江戸川ころんは普通の主婦である
※コロン様主催『アフォの祭典』企画参加作品です。
江戸川ころんは普通の主婦である。──と自分では思っている。
某ミステリ系人気アニメの主人公と一字違いの名前ではあるけど、特に頭脳明晰なわけでもない。
スケボーにも乗れないし、謎の改造をした腕時計を持っているわけでもない。
優しい夫と巡り合い、会社勤めを続けつつ主婦業もこなすという、世間一般の同年代女性のごく平均的な生き方だと思っている。──自分では。
「ただいまー。あれ、ころん、何かイヤなことでもあった?」
夫の新一は、帰ってきてちらっと見ただけで、ころんの心理状態を察してくれる。なかなかに出来る夫だ。
「あー、あれだろ。また、池の上に張った氷の上に乗って、氷が割れて池に落ちちゃったとか?」
「そ、そんなわけないじゃん! そんなの、1回しかやったことないし──」
「いやいや。そもそも普通の大人は、そんなことをやろうなんて考えもしません」
「うっ──」
夫の言い分は、ぐうの音も出ないほどに正論だ。
確かにころんには『要らんことしぃ』なところがある。余計なことに首を突っ込んで、そのために面倒な事態に巻き込まれたことだって、一度や二度ではないのだ。
「──で? なにがあったの?」
「いや、特に何があったとかいうわけじゃないんだけど──私、何だかご近所さんの間で『一番怒らせちゃいけない人』って思われてるみたい」
「あ~、なるほど~」
「え、何その納得したような顔!? ころん、善良な一市民だよ? 悪さなんてしてないよ!」
「うん、むしろいいことをしてるとは思うんだけどさ。
でもこないだ、猫をイジメてた中学生たちを叱ったよね、トラウマを植えつけるレベルで」
「それは確かにやったよ。でも別に手をあげたわけでもないし、声も荒げたつもりもないし」
「ギロリと睨みつけて『顔は覚えたからね』って言ったんだろ? 近所の人が見てたけど、その子たち怯えて半泣きだったらしいじゃん」
思わぬ劣勢に立たされて、ころんはひるんだ。
「で、でもやったことは正しいことじゃん!
前に、タクシー待ちの列に横入りしたお兄ちゃんを注意した時も、他の人たちはみんな『あんたが正義だ!』って褒めてくれたし」
「僕、人生で一度も『正義だ』なんて褒め方されたことないんだけど。
想像してみてよ。駅前で何か『正義!』『正義!』と謎のコールが沸き起こってて、その中心でコールを浴びてるのが自分の妻だったと気づいた夫の気持ちを」
またしてもぐうの音も出ない。
確かにころんは、普通の人よりかなりの高確率で珍しい出来事に遭遇する。
やたらと交通事故の目撃者になるし、おぼれた子どもを助けたこともあるし、銀行のATMではキャッシュカードを拾う。
家族で夢の国に遊びに行ったら、なぜか体調不良になった見ず知らずの人の介抱する羽目になったり。
TV番組の感想を手紙で送っただけなのに、なぜかレポーター採用の面接に参加させられてたり。
ちなみに、G〇ogleのストリートビューでも少なくとも3か所で自分が映っているのを発見している。顔にぼかしは入っているけど、トレードマークのお団子頭とファッションで自分だとわかってしまうのだ。
──新一は、ころんのこういう部分を『巻き込まれ体質』と呼んでいる。
「うわーん、何で怖い人みたいに思われちゃうんだよー。私は普通に過ごしてるだけなのにー!
動物をもふもふすることと、ハンドクラフトでちまちま何か作るのだけが趣味な、ごく普通の小市民なのにー!」
「──あ。もしかするとそれが原因かも」
新一がぽつりと漏らした言葉にころんがすかさず反応する。
「え、何? 何か心当たりとかあるの?」
「いや、この前ころんの薬を代わりに取りに行ったことあっただろ? その時に、何故か薬剤師さんがやたらと僕の体調を気にして、質問攻めにあった」
「え? 何で?」
「いや、薬剤師さんが言うには『守秘義務があるからホントは言っちゃいけないんですけど、奥様がたまに劇薬を買っておられまして』って──」
「え、嘘!? 毒でも盛ってるとか、疑われてんの!?」
「あ、もちろんちゃんと訂正しといたよ。『あれは手作り石鹸の材料で、作ってるとこもよく見るから心配ないですよ』って」
「うわー、そうか、劇薬買ってるとこをご近所さんにでも見られてたかー」
ころんはがっくりとうなだれた。確かにそんなところを目撃されたのでは、変な噂を立てられても仕方ないかもしれない。
新一がすかさずフォローの言葉をかける。
「あ、でもひとつ謎は解けたわけだからさ。原因がわかれば対処も考えられるし。
ここはひとつ、ポジティブに考えて──」
──その言葉を聞いた時、ころんの脳裏に天啓のように突然ある言葉が浮かんだ。たぶん、勘違いなんだろうけど。
「──そうか、そういうことだったのね……」
不敵な笑みを浮かべてゆらりと立ち上がり、天を見上げるように仁王立ちするころん。
そして右手の人差し指を天に向けて高く掲げ、高らかに宣言した。
「新一。私、『名探偵』になる!」
「──えええええええっ!?」
新一は混乱していた。いったい今の話の流れから、どこをどう通ればそんな答えに辿り着くのだろう。
ころんはアホの子である。某アニメの主人公は『体は子ども、頭脳は大人!』をキャッチフレーズにしているけど、その真逆と言っても過言ではない。
およそ『名探偵』という職種とはかけ離れたタイプなのだが──そもそも、『名探偵』とはなろうとしてなれるようなものなのだろうか?
「ふっふっふ、新一。『名探偵』にもっとも必要な資質って、何だと思う?」
「え? それはやっぱり、『推理力』とか『観察力』とか──」
「そうだよね、それも確かに必要だよね。でもね、もっと根源的なところで必要な資質があるんだよ。
それは──『行く先々でやたらと事件に出くわす巻き込まれ体質』だよ!」
「!!!」
「いい? どんなに優秀な能力を持っていても、事件に巻き込まれなきゃ意味がない。そして、普通の人は一生のうちに事件に巻き込まれることなんてほとんどないのよ」
話しているうちに勢いがついてきたのだろう。ころんの顔がどんどん輝き、言葉が力を増していく。
「その点、私は天性の『巻き込まれ体質』だし!
推理力とかは鍛えれば伸ばせるかもしれないけど、『巻き込まれ体質』だけは鍛えようがない。
つ・ま・り! 生まれながらに最強の『巻き込まれ体質』な私こそが最強!
そう、私は『名探偵』になるために生まれてきたような女なんだわ!」
──この時点で、新一はころんを止めることを完全にあきらめた。ここまで燃え上がったころんを止めたりしたら、まずロクなことにならない。それは経験則としてイヤというほど身に染みている。
「そうと決まったら、さっそくミステリを読みまくって勉強しなきゃ!
──『名探偵ころん』! ああ、何て華麗な響き!
ドラマ化のオファーとかきたら──そうね、北川K子主演なら考えてあげてもいいわね」
何だか不遜なことを口走っているころんを醒めた目で見ながら、新一は今回の騒動が早く終息するよう祈るばかりであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ただいまー。あれ、ころん、何かイヤなことでもあった?」
翌日。新一が帰宅すると、ころんがふてくされるようにテーブルに突っ伏していた。その周りには、ちょっと古びた文庫本が10冊ほど散らばっている。
「新一、聞いてよ。今日さ、古本屋でミステリの名作と言われる本をまとめ買いしてきたんだよね。
そしたら、ほとんどの本がこれだったよ!」
ころんが一冊の本を開き、最初の方のページを見せてきた。
登場人物紹介のページだが──ひとりの人物名が丸で囲まれ、『真犯人はこいつ!』と落書きされている。たぶん、元の持ち主のいたずらだろうけど。
「もーっ! 何でこんなことすんだよー! 読む気なくなっちゃったじゃん!
心が折れたよーっ! もう名探偵めざすのやめたーっ!」
──こんなところでも、やっぱり『巻き込まれ体質』を発動させてしまうころんなのであった。
作中のほとんどのエピソードは、コロン様の各種エッセイからネタをいただきました(一部かなり誇張したりアレンジした部分もありますけど)。
コロン様の見事なまでの『巻き込まれ体質』っぷりは、各種エッセイをご覧ください。
なお、最後の『登場人物紹介ページで犯人バラし』だけは、筆者がやられてしまったエピソードです(T_T)