第96話
轟音と共に大地が揺れた。
神崎隼人 "JOKER" の神がかった一撃によってその半分の生命を奪われた【古竜マグマロス】。
その巨大な体がカルデラの硬い岩盤に叩きつけられおびただしい粉塵が舞い上がる。
静寂。
数秒間の絶対的な静寂がその空間を支配した。
コメント欄の数万人の視聴者たちもまた息を殺してその光景を見守っていた。
誰もが思った。
勝ったと。
この一撃で勝負は決したのだと。
だが隼人だけは違った。
彼のギャンブラーとしての直感がけたたましく警鐘を鳴らしていた。
まだだ。
まだ終わっていない。
本当の地獄はここからだと。
その彼の予感を裏付けるかのように。
粉塵の奥で二つの巨大な黄金の光が再びその輝きを取り戻した。
そしてそれはこれまでの気だるそうな王者のそれではない。
屈辱と憎悪とそして純粋な殺意だけに満ち溢れた破壊の光だった。
「グルオオオオオオオオ」
地響きと共に放たれたのは咆哮。
だがそれは先ほどの威厳に満ちたそれとは全く質の違うただ痛みに耐えかねる獣の絶叫だった。
そしてマグマロスは動いた。
その傷ついた巨体をゆっくりと起こすとその全身の鱗の隙間からこれまでとは比較にならないほどの灼熱のオーラを迸らせ始めたのだ。
彼の黒い鱗が内側から発光しまるで溶岩そのものが竜の形を取ったかのような禍々しい姿へと変貌していく。
そしてそのオーラはカルデラ全体へと広がり先ほど彼が作り出した炎のリングをさらに激しく燃え上がらせた。
部屋全体が炎上状態になる。
床に立っているだけで彼の足元からチリチリと肉が焼ける音が聞こえてくる。
『うわあああ!なんだこれ!?』
『ボスの第二形態か!?』
『部屋全部燃えてるじゃねえか!逃げ場がねえぞ!』
コメント欄が悲鳴で埋め尽くされる。
隼人は舌打ちしながら自らのステータスウィンドウを確認した。
彼のHPバーがゆっくりとしかし確実に削られていく。
幸い彼の驚異的なHP自動回復能力がその炎上ダメージをほぼ相殺していた。
秒間1ダメージ食らうか食らわないか。
その程度のダメージ。
だがそれは彼のリジェネという最大の生命線を完全に潰されたことを意味していた。
「…なるほどな。回復はフラスコだよりか。つまりそう何度も攻撃を食らえないってことか」
彼は冷静に状況を分析する。
そして目の前の完全に覚醒した古竜と対峙した。
マグマロスの黄金の瞳にはもはや気だるそうな王者の余裕はない。
ただ目の前の虫けらを八つ裂きにするという純粋な殺意だけが燃え盛っていた。
そしてドラゴンの猛攻が始まった。
それはもはや先ほどまでの大振りで分かりやすい攻撃ではなかった。
速度も威力もそして何よりもその精度が全く違う。
マグマロスがその巨大な爪を振り下ろす。
その一撃はもはやただの薙ぎ払いではない。
隼人の回避の先を読むかのような的確な一撃。
隼人はそれを咄嗟に盾で受け止める。
ゴッッッッ!!!
凄まじい衝撃。
彼の体が数メートル後方へと吹き飛ばされる。
そして彼のHPバーが一気に2割削り取られた。
「ぐっ…!」
彼は呻き声を上げながら体勢を立て直す。
だがマグマロスの猛攻は止まらない。
二撃目が襲いかかる。
今度は逆の爪による高速の薙ぎ払い。
隼人はその攻撃を長剣で完璧に【パリィ】した。
キィィィィィィィィィィンッ!!!
甲高い金属音が響き渡り彼のHPがわずかに回復する。
そして彼はそのカウンターとして反撃の一撃を叩き込んだ。
だがそのダメージは微々たるもの。
そしてその反撃の硬直を狙い澄ましたかのようにマグマロスの三撃目が襲いかかった。
それは巨大な尻尾による回避不能の全方位攻撃。
ドッゴオオオオンッ!
隼人はその一撃をまともに食らい再び大きく吹き飛ばされた。
HPバーがさらに2割削られる。
彼の残りのHPは半分を切っていた。
『JOKERさん!』
『ダメだ!攻撃が速すぎる!』
『回復!フラスコを!』
コメント欄の悲鳴。
隼人は奥歯を噛みしめながらベルトに差した【ライフフラスコ】を呷った。
HPが半分ほど回復する。
だがドラゴンの連撃はまだ終わらない。
四撃目。
今度は噛みつきだ。
巨大な顎が彼を丸呑みにせんと迫り来る。
その攻撃を受ければ即死。
彼はその死の顎を紙一重で回避する。
だがその回避の先にマグマロスの五撃目が待ち構えていた。
再び爪による薙ぎ払い。
隼人はそれをなんとかパリィすることに成功した。
HPが回復しカウンターの一撃が放たれる。
そしてその瞬間。
マグマロスの連撃が一瞬だけ止まった。
大技の後のわずかな硬直。
それこそが隼人が待ち望んでいた唯一のチャンスだった。
「――ここしかねえ!」
彼は残された全ての魔力を解放し必殺の一撃を叩き込んだ。
【衝撃波の一撃】。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
その一撃は確かにマグマロスの体に深々と突き刺さりそのHPバーをさらに1割削り取った。
残りのHPは4割。
だがその反撃もここまでだった。
マグマロスはすぐに体勢を立て直し再び嵐のような猛攻を再開する。
それはもはや一方的な蹂躙。
隼人はただその猛攻を凌ぎ耐えそして千載一遇のチャンスを待つことしかできなかった。
彼のHPは常に3割と5割の間を行き来しライフフラスコのチャージも残りわずか。
まさに絶体絶命。
誰もが彼の敗北を確信した。
だが彼の瞳はまだ死んではいなかった。
その瞳の奥では静かにしかし確かに逆転への炎が燃え盛っていた。
物語は主人公が覚醒した古竜の圧倒的な力の前に絶望的な状況へと追い込まれながらもその不屈の闘志を失うことなく反撃の機会を窺うその最高の緊張感を描き
出して幕を閉じた。




