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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
B級編

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第94話

 B級ダンジョン【古竜の寝床】。

 その灼熱のアリーナに、絶対的な静寂が戻ってきた。

 神崎隼人 "JOKER" は、血の海に膝をつき、荒い息を繰り返しながら、自らが成し遂げた奇跡的な勝利の余韻に浸っていた。

 彼の目の前には、先ほどの死闘の証である、おびただしい数の魔石とドロップアイテムがキラキラと輝いている。

 HPは、残り1割。

 フラスコは、空っぽ。

 精神は、燃え尽きる寸前。

 だが、彼の心は、これ以上ないほどの達成感と、そして純粋なギャンブルの快感で満たされていた。

 これだ。

 これこそが、俺が求めていた本当の戦いだ。


 コメント欄は、彼の神がかった逆転劇に、賞賛と安堵の声で溢れかえっていた。

 だが、同時に、そのあまりにも無謀な戦い方に、多くの視聴者が肝を冷やしていた。


『勝った…!勝ったけど、心臓に悪すぎるだろ、この配信!』

『もう見てるだけで、寿命が縮むわ!』

『JOKERさん、頼むからもう無茶はしないでくれ!』


 その心配の声。

 それに、隼人は血に濡れた口元を歪め、獰猛な笑みを浮かべた。

 彼は、ARカメラの向こうの観客たちに聞こえるように、言い放った。

 その声は、疲労困憊のはずなのに、不思議なほどの力強さに満ちていた。


「…分かってねえな、お前ら」

「ギリギリぐらいで、ちょうどいいじゃねえか」


 その一言。

 それに、コメント欄が絶句した。

 この男は、正気か。

 あの死線を潜り抜けてなお、まだスリルを求めているというのか。

 彼の、ギャンブラーとしての狂気。

 その底知れなさに、視聴者たちは改めて戦慄した。


 彼は、その場でしばらく休息を取った。

 彼の驚異的なHPリジェネ能力が、その傷だらけの体を、ゆっくりと、しかし確実に癒していく。

 数分後。

 彼のHPバーは、完全に回復していた。

 彼は、ドロップしたアイテムを全て回収すると、静かに立ち上がった。

 そして、彼はアリーナのさらに奥へと続く巨大な通路へと、その歩みを進めていく。

 その姿に、コメント欄が再びパニックに陥った。


『おいおい、嘘だろ!?』

『まだ進むのかよ!』

『今日は、もう帰ろうぜJOKERさん!』


 だが、彼の耳にその声は届いていない。

 彼の魂は、すでに次なるテーブルを求めていた。

 このB級ダンジョンという最高の舞台で、もっと踊りたい。

 もっと狂いたい。

 もっと、生を実感したい。

 その純粋な渇望が、彼を突き動かしていた。


 ◇


 彼が次にたどり着いたのは、溶岩の川が流れる巨大な洞窟だった。

 その中央に架かる、一本の細い石の橋。

 その橋の上で、彼を待ち受けていたのは、8体の【竜人族の精鋭部隊】だった。

 先ほどの10体よりは、少ない。

 だが、その構成は、よりいやらしく、そして殺意に満ちていた。

 前衛には、巨大な塔の盾を構えた【竜鱗の守護者】が一体だけ。

 だが、その後ろに、二刀流の【竜血の剣士】が三体。

 そして、さらにその後方、高台の上には、【竜眼の射手】が四体も陣取っている。

 タンク一体。

 近接アタッカー三体。

 そして、遠距離スナイパーが四体。

 巫女ヒーラーがいない代わりに、純粋な火力に特化した超攻撃的な布陣。

 それは、侵入者を回復させる隙すら与えず、一瞬で殲滅するという、明確な殺意の現れだった。


「…8人か。さっきより、マシだな」

 隼人はそう呟くと、何の躊躇もなく、その石の橋へと足を踏み入れた。

 そして、彼は攻撃を仕掛けた。

 その初手は、もはや彼の代名詞とも言えるあの技。

【スペクトラル・スロー】。

 後方のスナイパー軍団を、一掃するための最適解。

 だが、竜人たちは、同じ手を二度も食らうほど、愚かではなかった。

 隼人が霊体の剣を放った、その瞬間。

 前衛の守護者が、動いた。

 彼は、その巨大な戦斧を地面に叩きつけた。

 そのスキルは、【グラウンド・スラム】。

 凄まじい衝撃波が橋全体を揺がし、隼人の体勢を大きく崩す。

 その一瞬の硬直。

 それを狙い澄ましたかのように、四体の射手から一斉に矢が放たれた。

 それは、もはやただの矢ではない。

 着弾と同時に爆発する、【爆散の矢】。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!

 四つの爆発が橋の上で連鎖し、隼人の体を炎の嵐が包み込んだ。

「ぐおおおっ!?」

 彼のHPバーが、一瞬で半分近くまで削り取られる。

 そして、その爆炎の中から、三体の【竜血の剣士】が神速のステップで飛び出してきた。

 その三対の曲刀が、嵐のように吹き荒れ、彼の体に無数の傷を刻んでいく。

 あまりにも、完璧なカウンター戦術。

 あまりにも、美しい死のコンビネーション。


 だが、隼人はまだ死んでいなかった。

 彼のHPが3割を切った、その瞬間。

 再び、あの二つの力が発動する。

【不屈の魂】と、【背水の防壁】。

 黄金の光と生命のオーラが、彼の体を包み込み、死の淵から彼を引き戻す。

 彼は、その一瞬の無敵時間と驚異的な回復力を利用して、体勢を立て直した。

 そして、彼は笑っていた。

 血にまみれ、ボロボロになりながら、それでも彼は心の底から楽しそうに笑っていた。

「…面白い。面白いじゃねえか、お前ら…!」

 彼は、再び突撃した。

 今度は、小細工なし。

 ただ純粋な、暴力と暴力のぶつかり合い。

 彼は、殺到する剣士たちの斬撃をその身に受けながら、その全てを上回る速度と手数で、反撃の剣を叩き込む。

【無限斬撃】の嵐。

 血飛沫が舞い、金属音が鳴り響く。

 それは、もはや戦術も何もない、ただの命の削り合い。

 そして、その泥仕合を制したのは、わずかな差で、隼人だった。

 彼はなんとか目の前の敵を倒し切った。

 だが、彼の体もまた限界だった。

 HPは再び1割を切り、フラスコも使い果たしていた。


『もうやめてくれ!』

『心臓が持たない!』

『JOKERさん、生きてるか!?』


 コメント欄が、悲鳴で埋め尽くされる。

 だが、隼人はその場で倒れ込むことはなかった。

 彼はHPが全回復するのを待ち、そしてまた次の敵に挑んでいく。

 それから、彼はその綱渡りを何度も、何度も繰り返した。

 時には罠にかかり、時には奇襲を受け、その度にHPを3割以下まで削られ、そしてそこから奇跡の逆転劇を演じる。

 そのあまりにも無謀で、そしてあまりにも美しい戦い。

 それは、視聴者たちの心を掴んで離さなかった。

 彼の配信は、もはやただのゲーム実況ではない。

 一つの命が燃え尽きる、その瞬間までを記録するドキュメンタリーだった。


 そして、彼はその死闘の果てに、ついにボス部屋の前までたどり着いた。

 その道程で、彼のレベルは合計で4も上がっていた。

 レベルは、16から20へ。

 新たな力が、彼の魂に宿る。

 彼は、ボス部屋の巨大な扉を前にして、荒い息を整えた。

 そして、ARカメラの向こうの観客たちに語りかける。

 その声は、疲労困憊のはずなのに、不思議なほどの力強さに満ちていた。


 B級ダンジョン【古竜の寝床】。

 その最深部に続く、巨大な扉。

 その扉の前で、神崎隼人 "JOKER" は、静かに自らの呼吸を整えていた。

 彼の背後には、数々の死闘の痕跡が、生々しく残っている。

 血と砂と、そして光の粒子となって消え去った竜人たちの怨念。

 彼は、その全てを乗り越えて、今、ここに立っている。

 レベルは、20に到達。

 彼の魂には、新たな力が満ち溢れていた。

 だが、彼は知っていた。

 この扉の向こうにいる存在は、これまでのどの敵とも比較にならない、本物の「格上」であるということを。

 生半可な覚悟で挑めば、一瞬でその命を刈り取られるだろう。


「…さすがに、このまま突っ込むのは自殺行為か」


 彼は、自嘲気味に呟いた。

 彼のギャンブラーとしての血は、今すぐにでもこの扉を蹴破り、未知なる大勝負に挑めと叫んでいる。

 だが、同時に、彼のもう一つの側面…冷徹なゲーマーとしての思考が、それを制止していた。

 勝負は、始まる前にすでに始まっている。

 準備を怠った者に、勝利の女神は微笑まない。

 彼はその場であぐらをかくと、自らの魂の内側…広大なパッシブスキルツリーの星空を開いた。

 彼の手元には、まだ5ポイントの未割り振りのパッシブスキルポイントが、残されている。

 この貴重な5ポイントを、どう使うか。

 それこそが、このボス戦の勝敗を分ける、最後の鍵となるだろう。


 彼の配信のコメント欄もまた、固唾を飲んで彼の選択を見守っていた。


『ついにボス戦か…!』

『JOKERさん、頑張れ!』

『パッシブ、どう振るんだろうな…』

『ここは火力に全振りか?それとも、防御か?』


 視聴者たちの期待と憶測が入り混じる中、隼人はただ静かにその星空を眺め、思考を巡らせていた。

 彼の脳内で、無数のシミュレーションが繰り返される。

 この5ポイントで、何ができる?

 どこを伸ばし、どこを捨てるべきか。


(まず考えるべきは、生存だ)


 彼は、結論付けた。

 B級のボスの火力は、未知数だ。

 一撃でも受ければ、致命傷になりかねない。

 ならば、まず確保すべきはHP。

 死ななければ、負けることはない。

 ギャンブルの、基本だ。


 彼は、パッシブツリーの中からHPに関連するノードを探し始めた。

 そして、彼は一つの魅力的な星団に目をつけた。

 それは、戦士クラスのスタート地点からほど近い場所にある、耐久力に特化したエリアだった。

 彼は、その星団の中から最も効率的なルートを選び出していく。


「よし、まず一つ目はこれだ」


 彼が最初に選んだのは、一つの中ノードだった。


【不屈の闘志】 (1ポイント)


 効果:


 最大HPの1%を、毎秒自動回復する。


 近接物理攻撃ダメージが、10%増加する。


 筋力が、+20される。


「…強いな」

 彼は、思わず声を漏らした。

 たった1ポイントで、これだけの効果。

 HPリジェネ、火力、そして基礎ステータス。

 その全てを、バランス良く底上げしてくれる完璧なスキル。

 これを取らないという、選択肢はない。

 彼のHP自動回復はさらに向上し、その継戦能力は、また一段上のステージへと引き上げられるだろう。


「次に、これだ」


 彼は、その中ノードへと至る経路上にある、二つの小ノードを選択した。


【最大HP +5%】 (1ポイント)

【最大HP +5%】 (1ポイント)


 二つの小ノードで、合計10%のHP増加。

【不屈の闘志】の効果と合わせれば、彼の生存率は、劇的に向上するはずだ。

 これで、合計3ポイントを使用した。

 残りは、2ポイント。

 彼は、さらに思考を深めていく。


(HPは、確保した。だが、それだけでは足りない)

(B級のボスは、おそらくC級のグラディエーター以上に、回避力が高いはずだ)

(そして、攻撃速度も尋常ではないだろう)

(つまり、俺に必要なのは…)


 彼の視線が、パッシブツリーの別の領域へと移動する。

 そこは、戦士と盗賊のクラスエリアが交差する、技巧的なスキルが集まる星団だった。

 そして、彼はその中に、求めていた答えを見つけ出した。


「…これと、これだ」


 彼が最後に選んだのは、二つの異なる中ノードだった。


【鋼の神経】 (1ポイント)


 効果:


 回避力とアーマーが、24%増加する。


 最大ライフが、8%増加する。


【迅速なる刃】 (1ポイント)


 効果:


 攻撃速度が、10%増加する。


 精度が、10%上昇する。


 俊敏性が、+20される。


 回避力と、アーマー値の増加。

 それは、彼の物理防御能力をさらに強固なものにする。

 最大ライフの増加も、純粋に嬉しい。

 そして、攻撃速度と精度の上昇。

 それは、彼の攻撃の安定性と手数を、飛躍的に向上させるだろう。

 完璧な、選択。

 攻守共に、一切の隙がない。


 彼は、決断した。

 この5ポイントの割り振りこそが、B級の主を打ち破るための、最高の「回答」だと。

 彼は、自らのパッシ-ブスキルツリーに、その新たな光の道筋を描き出した。

 彼の魂に、5つの新たな力が刻み込まれていく。

 その瞬間、彼の全身を、これまでにないほどの全能感が包み込んだ。

 血が騒ぎ、肉体が躍動する。

 力が、みなぎってくる。


「…よし」

 彼は、短く、そして力強く呟いた。

「準備は、整った」


 彼は、ゆっくりと立ち上がった。

 その瞳には、もはや一切の迷いはない。

 ただ、目の前の巨大な扉の向こうにいる未知なる強敵への、純粋な闘志だけが燃え上がっていた。

 彼は、ARカメラの向こうの数万人の観客たちに語りかける。

 その声は、絶対的な自信に満ち溢れていた。


「ギアが上がってきたぜ」

「このまま帰るのも、ボスに悪いよな?」

 彼は、ニヤリと笑った。

 そして、彼はその巨大な扉へと手をかけた。

 B級ダンジョンの主との対決。

 彼の、新たな伝説の始まりだ。

 物語は、主人公が自らのビルドの最後の仕上げを終え、万全の状態で未知なる強敵へと挑む、その最高の瞬間を描き出して幕を閉じた。


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