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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
C級編

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第71話

 情報の海から帰還した神崎隼人の瞳には、新たな、そしてより狂的な光が宿っていた。

 C級ダンジョン【忘れられた闘技場】の完全攻略。レベル16への到達。そして、30万円というこれまでの人生で手にしたことのない大金。

 それらは確かに、彼の自信をより強固なものにした。

 だが、彼がSeekerNetの深淵で垣間見た「チャージ」という名の無限の可能性。

 そのあまりにも広大で奥深い世界の前にあっては、今の自分など、まだスタートラインに立ったばかりのひよこに過ぎない。

 彼はその事実を、悔しさではなく、むしろ歓喜と共に受け止めていた。

 この世界は、まだ始まったばかりなのだと。


 彼の次なる一手は、決まっていた。

 水瀬雫が、そして数多のベテランたちがその有効性を保証してくれた、あの諸刃の剣。

【血の怒り(Blood Rage)】。

 その狂乱の力を、手に入れること。

 彼は再び、上野の混沌の市場へと足を運んだ。

 30万円という潤沢な軍資金を手に、彼はもはや以前のようなちまちました値切り交渉はしない。

 彼は市場で最も品揃えが良く、そして最も信頼のできる老舗のスキルジェム専門店へと向かった。

 そして彼は、そのショーケースの中に、禍々しい血のような赤い輝きを放つ一つのスキルジェムを見つけ出した。


「【血の怒り】レベル1、クオリティ0%。これを貰おうか」

「毎度あり!8万5千円だよ!」


 彼は一切の躊躇なく、その大金を支払った。

 彼の資産は大きく目減りした。

 だが、彼の心はこれ以上ないほどの達成感と、そして未来への期待感で満たされていた。

 彼はその場で手に入れたばかりのスキルジェムを、自らの魂へとセットした。

 その瞬間、彼の内なる血が沸騰するような、熱い感覚が全身を駆け巡った。


 ◇


 その日の配信。

 彼のチャンネルにログインした数万人の視聴者たちが目にしたのは、もはや見慣れた闘技場でも、地下墓地でもなかった。

 画面に映し出されていたのは、鬱蒼と木々が生い茂る広大な森。

 木々の間からは不気味な瘴気が立ち込め、遠くからは獣の咆哮とも人の悲鳴ともつかない、不気味な音が聞こえてくる。


 C級ダンジョン【彷徨える魂の森】


「よう、お前ら。今日は新しいオモチャを試すには、うってつけの場所に来てみたぜ」

 隼人は、ARカメラの向こうの観客たちに不敵な笑みを浮かべた。

「なんでもこの森はな。一体一体の敵は大したことねえが、その数がとにかく尋常じゃねえらしい。まさに雑魚の天国。あるいは、地獄か」

 彼はそこで一度言葉を切ると、自らの胸をポンと叩いた。

「見せてやるよ。俺の、新しい戦い方をな」


 その力強い宣言と共に、彼はその瘴気に満ちた森の中へと、その一歩を踏み出した。

 森の中は、彼の予想通りモンスターの楽園だった。

 木々の陰から、物陰から、まるで無限に湧いてくるかのように、様々な種類のモンスターが彼に襲いかかってくる。

 醜い緑色の肌をした、ゴブリンの亜種。

 鋭い爪を持つ、狼型の魔獣。

 そして空からは、羽音を立てて巨大な昆虫型のモンスターが急降下してくる。

 それはまさに、物量による波状攻撃。

 並の探索者であれば、その圧倒的な数の暴力の前に、なすすべもなく蹂躙されていただろう。


 だが、隼人はその絶望的な光景を前にして、ただ静かに笑っていた。

「…いいぜ。最高の舞台じゃねえか」

 彼は脳内で、あの忌々しくも魅力的なスキルのトリガーを引いた。


【血の怒り(Blood Rage)】発動。


 彼の心臓が、ドクンと大きく脈打つ。

 全身の血管が浮き上がり、その内側を流れる血が、まるで沸騰したかのように熱を帯びる。

 彼の視界が、わずかに赤く染まった。

 そして、彼のステータスウィンドウに二つの新たなアイコンが点灯する。

 一つは、攻撃速度が5%上昇するバフのアイコン。

 そしてもう一つは、彼の最大HPの4%が毎秒物理ダメージとして失われていく、デバフのアイコン。

 彼のHPバーが、ゆっくりと、しかし確実に削られていく。

 だが、彼は気にしない。

 彼の強力なリジェネ能力が、その自傷ダメージをほぼ完全に相殺していたからだ。

 彼はデメリットを完全に踏み倒し、メリットだけを享受する準備を整えた。


「さあ、ショーの始まりだ」


 彼は、襲いかかってくるモンスターの群れの中心へと、自ら飛び込んでいった。

 そして彼は、その右腕に握られた長剣【憎悪の残響】を振るった。

【無限斬撃】。

 彼の十八番。

 ザシュッ!

 最初の一体のゴブリンが、彼の剣の錆となる。

 その瞬間。

 彼の体に、劇的な変化が訪れた。

 彼の周囲に、一つの緑色に輝くオーブがふわりと現れたのだ。

【狂乱チャージ】。

 その獲得と同時に、彼の全身をこれまでにない全能感が包み込む。

 攻撃速度が4%上昇。ダメージが4%増加。

【血の怒り】のバフと合わせれば、攻撃速度はすでに9%も上昇している。

 彼の動きが、明らかに速くなった。


「グルアアアッ!」

 二体目の狼が、彼の喉元へと食らいついてくる。

 だが、その動きは今の彼にはあまりにも遅すぎた。

 彼はその牙を紙一重でかわし、カウンターの一撃を叩き込む。

 二体目撃破。

 彼の周りに、二つ目の【狂乱チャージ】が灯る。

 攻撃速度+13%。ダメージ+8%。

 彼の力は、雪だるま式に加速していく。


「ハハ…ハハハ…!なんだこれ…!速ええ…!速すぎる…!」

 隼人は、もはや笑いが止まらなかった。

 三体目の昆虫モンスターを空中で切り裂き、三つ目の【狂乱チャージ】を獲得する。

 攻撃速度+17%。ダメージ+12%。

 それに、彼のユニークガントレット【万象の守り】がもたらす攻撃速度+15%が加わる。

 合計攻撃速度+32%。

 彼の振るう剣は、もはや常人の目には捉えきれない残像と化していた。

 シュンシュンシュンシュンッ!

 空気を切り裂く音が、連続で響き渡る。

 彼の周囲にいたモンスターたちは、何が起こったのか理解する間もなく、その体を無数の斬撃によって切り刻まれ、光の粒子となって消滅していった。


「なるほどな…。こりゃ楽しい。爽快感、抜群だぜ…!」

 隼人は、その圧倒的な速度と殲滅力に、心の底から酔いしれていた。

 敵を倒せば倒すほど、自分が強くなっていく。

 この無限に続く、上昇のスパイラル。

 これこそが、【血の怒り】と【狂乱チャージ】がもたらす麻薬的な快感だった。


 彼のそのあまりにも異次元の無双劇。

 それを目の当たりにした数万人の視聴者たちもまた、その興奮を隠しきれずにいた。

 コメント欄は、熱狂の坩堝と化していた。


『速えええええ』

『なんだ今の攻撃速度…!JOKERさん、人間やめてないか!?』

『血の怒り、やべええええ!デメリット、完全に踏み倒してるじゃん!』

『敵を倒すたびに加速していくとか、まさに悪魔の所業…!』


 そして、その熱狂の中で、ベテランの探索者たちがその専門的な知識を披露し始める。


 ハクスラ廃人:


 見ろよ、お前ら。JOKERの攻撃速度は、今30%を超えてる。

 この世界において攻撃速度っていうのはな、25%を超えたあたりから世界が変わるんだよ。

 それまでは一振り一振りを意識して振るう感じなんだが、25%を超えるともはや「振るう」っていう感覚じゃなくなる。

 剣が勝手に敵を追尾し、切り刻んでいくような、そんな感覚。

 まさに、無双ゲームが始まったって感じだな。


 元ギルドマン@戦士一筋:


 うむ。そして、その爽快感こそが、我々戦士が狂乱チャージビルドに魅了される最大の理由だ。

 持久力チャージの安心感も捨てがたい。だが、この全てをなぎ倒していく圧倒的な全能感。

 これを一度味わってしまったら、もう後戻りはできん。


 そのあまりにも的確な解説に、これまで探索者という存在に縁のなかった一般の視聴者たちも、その世界の魅力に引き込まれていく。


『へええ、そんなに違うもんなんだ…』

『攻撃速度25%の壁か。なんか格ゲーみたいで、面白いな』

『そんなに楽しいなら、一回体験してみたいなー』

『JOKERさんのおかげで、探索者に興味湧いてきたわ。俺もやってみようかな…』


 隼人は、そんなコメント欄の温かい空気を感じながら、ただ楽しむようにその剣を振り続けた。

 彼はもはや、金のためだけに戦っているのではなかった。

 妹を救うためという、絶対的な目的。

 そして、彼の戦いを見て楽しんでくれる数万人の観客たちの期待に応えるため。

 その二つの大きな想いが彼の背中を押し、彼の剣をさらに加速させていた。


 森の奥深くへと進むにつれて、敵の数はさらに増していく。

 だが、それは彼にとって好都合でしかなかった。

 敵が多ければ多いほど、【血の怒り】の効果は途切れることがない。

 彼の狂乱チャージは常に最大スタックを維持し、彼の攻撃速度は常に神速の領域にあり続けた。

 彼は、もはや歩く台風。

 彼が通り過ぎた後には、ただおびただしい数の光の粒子とドロップアイテムだけが残されていた。

 彼は楽しんでいた。

 心の底から。

 この圧倒的な力を振るうことを。

 この無双の快感を。

 この世界を。


 物語は、主人公が新たな力を完全にそのものとし、これまでにない圧倒的な爽快感と共に戦場を駆け抜けていく、その最高の瞬間を描き出して幕を閉じた。

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