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第7話

 神崎隼人が、運命の分岐路を提示し、その選択を千人を超える観客へと委ねた瞬間、コメント欄は沸騰した。

 それは、まるで巨大なカジノで、ディーラーが全てのプレイヤーに「次のゲームのルールを決めていい」と宣言したかのようなもの。興奮と、無責任な好奇心と、そしてほんの少しの真剣さが入り混じった、熱狂の渦が巻き起こった。


 視聴者A: きたあああああ!視聴者参加型イベント!

 視聴者B: まじかよ!俺たちの意見でJOKERさんの未来が決まるのか!

 視聴者C: これは面白い!最高の配信者だろあんた!


 最初の興奮が少しだけ落ち着くと、コメント欄は、さながら国会のように、四つの選択肢を支持する各派閥による激しい議論の場と化した。


 まず、最も勢いが良かったのは【盗賊(Rogue)】を推す一派だった。彼らは、隼人が見せたトリッキーな立ち回りと、ハイリスクなギャンブルを愛する狂気に魅了されていた。

 視聴者D: 絶対に盗賊だろ!JOKERっていう名前からして、これ以外ありえねえ!

 視聴者E: 分かる!あのゴブリンとの戦い方、完全に盗賊のそれだった!ひらりと避けて、急所に一撃!最高じゃん!

 視聴者F: ナイフ捌きも上手くなりそうだしな!クリティカルヒットで一撃必殺とか、ロマンありすぎる!JOKERさんの配信で見たいのはそれだよ!

 彼らにとって、隼人はファンタジー世界の主人公そのもの。派手で、格好良く、視聴者を魅了するプレイスタイルこそが、彼に相応しいと信じていた。


 それに待ったをかけたのが、より長期的な視点を持つ【魔術師(Mage)】支持派だった。彼らは、隼人の持つ最大の切り札、【万象の守り】とのシナジーを重視していた。

 視聴者G: いや、お前ら分かってないな。目先の格好良さより将来性だろ。選ぶべきは魔術師だ。

 視聴者H: その通り。【万象の守り】の『全属性耐性+25%』があれば、詠唱中に敵に殴られても死なない。最強の魔法要塞になれるぞ。

 視聴者I: Lv1でこんなぶっ壊れ耐性装備を手に入れた意味を考えるべきだ。これは、神が「お前は魔術師になれ」って言ってるんだよ。後々、魔法剣士とかに派生しても熱い。

 彼らは、隼人の幸運を、単なる偶然ではなく、壮大な物語の伏線だと捉えていた。目先の利益よりも、未来の爆発的なリターンに賭けるべきだと主張した。


 そして、少数ながらも、ひときわ異彩を放っていたのが【無職(Jobless)】を支持する、いわば「狂人」たちだった。

 視聴者J: あえての無職。これしかない。

 視聴者K: wwwww 分かる。この狂った流れで、一番狂った選択をするのがJOKERだろ。

 視聴者L: 全てのクラスのスキルをちょっとずつ覚えられるっていう噂もあるぞ、無職。器用貧乏を極めし者、それもまた一興。茨の道だけど、JOKERさんならやってくれる!

 彼らは、もはや強さや効率など求めていない。ただ、神崎隼人という男が見せてくれるであろう、予測不能な、破天荒な物語そのものを楽しみにしていた。


 三つの派閥が、それぞれの正義を振りかざし、コメント欄で激しい論戦を繰り広げる。隼人は、その全てを、まるで高みの見物を決め込むディーラーのように、静かに、そして興味深そうに眺めていた。一つ一つのコメントが、彼にとっては貴重な情報源だ。視聴者が何を求め、何に熱狂するのか。それもまた、このテーブルの重要な「ルール」の一つだった。


 そんな白熱した議論の中に、ふと、これまでとは少し毛色の違う、冷静なコメントが流れ始めた。それは、おそらく、実際にダンジョンに潜っている現役の探索者か、あるいは、隼人と同じように、ゲームを極めることを愛する、熟練のプレイヤーからのものだったのだろう。


 視聴者M: …いや、待て。お前ら、一番大事なことを見落としてる。


 その一言は、荒れ狂うコメントの海に投じられた、小さな、しかし重い一石だった。


 視聴者N: ↑Mさん、どういうこと?

 視聴者M: 彼のスキルをよく見ろ。【複数人の人生マルチアカウント】持ちなんだぞ。つまり、このクラス選択は、一度きりの取り返しのつかない選択じゃないんだ。


 その指摘に、熱狂していたコメント欄が、わずかに静けさを取り戻す。そうだ、と誰もが思い出した。彼は、後からいくらでもビルドを、人生を、やり直せるスキルを持っているのだ。


 視聴者O: そうか!なら話は別だ!

 視聴者P: だったら、最初の一手はセオリー通り、最も生存率が高く、全ての基本となる【戦士(Warrior)】を選ぶべきだ。まずは、この過酷なダンジョンで「死なないこと」が最優先事項だろ。

 視聴者Q: その通りだ。戦士で近接戦闘の基礎、立ち回り、敵の対処法を完璧に学んでから、別のアカウントで盗賊や魔術師に派生するのが定石。焦るな、新人。まずは足元を固めろ。

 視聴者R: 【万象の守り】があるからって油断は禁物。他の部位は紙なんだからな。戦士のクラスボーナスでHPと防御力を底上げして、生存確率を1%でも上げるべきだ。


 その冷静かつ論理的な意見は、圧倒的な説得力を持っていた。熱狂に浮かされていた視聴者たちが、次々とその意見に同調し始める。

「確かに…」「言われてみればそうだ」「まずは戦士が安定か」

 あれほど激しく対立していた各派閥の勢いは急速に衰え、コメント欄の空気は、徐々に一つの結論へと収束していった。

 最初に選ぶべきは、【戦士】である、と。


 隼人は、その見事な流れの変化を、満足げに眺めていた。

 彼の心は、最初から決まっていた。もちろん、盗賊というクラスの持つ、ハイリスク・ハイリターンな魅力には、抗いがたいものを感じていた。だが、彼は知っている。本物のギャンブラーは、狂人ではあっても、ただの愚か者ではない。

 勝つためには、時に、最も退屈で、最も面白みのない、最も堅実な一手を打たねばならない瞬間があることを。無謀な賭けは、あくまで勝つための布石を十分に打った後で、ここぞという時にだけ仕掛けるものだ。今の自分は、まだその段階にはいない。


 彼は、自らの考えと、視聴者たちが導き出した結論が、完璧に一致したことに、静かな喜びを感じていた。

(…なるほどな。視聴は、最大の武器か)

 一人で考えていては、もしかしたら、盗賊というクラスの持つ魅力に負けていたかもしれない。だが、千人を超える客観的な視点が、彼を正しい道へと導いてくれた。彼らは、単なる観客ではない。このテーブルに参加する、頼もしい共犯者だ。


 隼人は、決断した。

 彼は、ARカメラの向こうにいる、新たな「仲間」たちに向かって、ニヤリと笑いかけた。

「確かに、お前らの言う通りだ。どんなギャンブルも、まずはテーブルのルールと、定石を覚えることから始まるもんな。盗賊や魔術師で派手に立ち回るのは、もう少し俺がこのゲームに慣れてからのお楽しみ、ってことにしよう」

 彼は、芝居がかった仕草で、一礼する。

「よし、お前らの意見、採用だ」


 その言葉に、コメント欄が「うおおおお!」「採用きた!」「俺たちのJOKER!」と、再び歓喜に沸き立つ。

 隼人は、その熱狂を背中で受け止めながら、迷いなく、目の前のウィンドウに手を伸ばした。

 彼の指が、四つの選択肢の中から、**[1] 戦士(Warrior)**のパネルに、確かに触れた。


 その瞬間、彼の全身を、レベルアップの時とはまた違う、力強い光が包み込んだ。

 それは、彼の存在の根幹を、より強固なものへと作り変えるような、変革の光だった。骨が軋み、筋肉が脈動する。これまでとは違う、ずっしりとした安定感が、体の中心に宿るのを感じた。


【クラスが 戦士(Warrior)に決定しました】

【ステータスボーナス:筋力+5、体力+10】

【新規スキル:パワーアタック Lv1 を習得しました】

 ・パワーアタック Lv1: 次の近接攻撃の威力を150%に上昇させる。クールダウン10秒。


 次々と表示されるシステムログ。

 光が収まった時、隼人は、自らの体に起こった確かな変化を感じていた。

 彼は、試しに、今までと同じ、あの刃こぼれのナイフを握り直してみる。

 すると、どうだろう。

 その手応えは、先ほどまでとは、まるで違っていた。これまで、ただの軽い鉄の棒のように感じていたナイフが、ずっしりと、しかし、しっくりと掌に馴染む。まるで、自分の腕の延長になったかのような、完璧な一体感。

 彼は、軽くナイフを素振りしてみた。

 ブンッ、と空気を切り裂く音も、以前より鋭く、重い。これが、筋力+5の効果か。そして、体の奥底から湧き上がってくるような、揺るぎない安定感。これが、体力+10の恩恵か。

 そして、彼の脳裏には、新たなスキル【パワーアタック】の使い方が、まるで最初から知っていたかのように、自然にインプットされていた。力を込め、相手の防御ごと叩き割る、力強い一撃のイメージ。


「…なるほどな」

 隼人は、自らの拳を握りしめ、その変化を確かめるように、呟いた。

「これが、『クラス』の力か。……悪くない」


 彼の視線は、もはや手元のナイフにはない。

 洞窟の、さらに奥。まだ見ぬ次の獲物が潜む、深い闇を見据えていた。

 最強のガントレットを手に入れ、最初のレベルアップを経験し、そして、最も堅実なクラスを得た。

 彼のショーの、本当の第二幕は、ここから始まる。

 新たな力を手にした彼の戦いは、一体、どんな興奮と奇跡を、観客たちに見せてくれるのだろうか。


 期待感を煽るように、虹色のガントレットが、闇の中で妖しく輝いた。

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視聴者参加型良き
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