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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
C級編

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第69話

 新宿の夜の喧騒は、隼人の高揚した心を、優しくクールダウンさせてくれるようだった。

 彼はC級ダンジョンから帰還した後、その足でまっすぐにあの場所へと向かっていた。

 西新宿の超高層ビル群の一角。

 ガラス張りの近代的なビル。

『関東探索者統括ギルド公認 新宿第一換金所』。

 もはや彼にとってこの場所は、ただの換金所ではない。

 自らの戦果を確かな「価値」へと変え、そして次なる戦いへの新たな「知識」を得るための、重要な拠点となっていた。


 自動ドアをくぐると、そこにはやはり彼の期待通りの人物がいた。

 艶やかな栗色の髪をサイドテールにまとめた、知的な美貌の受付嬢。

 水瀬雫が彼の姿を見つけると、その大きな瞳を嬉しそうに細め、プロフェッショナルの笑顔の中に、隠しきれない温かな歓迎の色を滲ませて出迎えてくれた。


「JOKERさん!お待ちしておりました!」

 その声は、弾んでいた。まるで、待ちわびた恋人を出迎えるかのような、純粋な喜びに満ちていた。

「C級ダンジョン【忘れられた闘技場】、完全攻略、本当におめでとうございます!そして…!」

 彼女はそこで一度言葉を切ると、自分のことのように嬉しそうな、満面の笑みを浮かべた。

「レベル16到達!おめでとうございます!」


 その手放しの祝福。

 隼人は、そのあまりにもストレートな好意に、少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。

「…ああ。見てたのか」

「もちろんです!最初から最後まで、全部!もう、心臓がいくつあっても足りませんでしたよ!」

 彼女は興奮気味にそう言うと、胸に手を当てて大げさに息をついてみせた。

「特に最後のボス戦!10体のグラディエーター軍団が出てきた時は、私、思わず悲鳴を上げちゃいました…。でも、JOKERさんは本当にすごかったです!あの絶望的な状況を、まさかあんな鮮やかな方法でひっくり返しちゃうなんて…!」

 彼女の瞳は、キラキラと輝いていた。もはやそれは、ギルド職員のそれではない。一人の英雄の武勇伝を目の当たりにした、ファンのそれだった。


「…まあな」

 隼人は、ぶっきらぼうにそう答えながら、インベントリから今日の戦果であるおびただしい数の魔石とドロップアイテムを、カウンターのトレイの上に置いた。

 その圧倒的な量に、雫は改めて息を呑む。

「…これ、全部今日の一日で…?信じられません…」

 彼女は、手慣れた、しかしどこかうっとりとした手つきで、それらを鑑定機へとかけていく。

 その鑑定を待つ、わずかな時間。

 それは、彼らにとって恒例となった、貴重な作戦会議の時間だった。


「それにしても、レベル16ですか」

 雫は鑑定機のモニターを見つめながら、切り出した。その横顔は、再びプロの軍師のそれへと戻っていた。

「これでJOKERさんも、ついにあのロマンの扉を開く権利を、手に入れたわけですね」

「…ロマンの扉?」

 隼人が聞き返す。

「はい。【フィニッシュスキル】です」

 雫は、微笑んだ。

「敵を特定の状態異常で倒した時に発動する、特殊な追加効果。JOKERさんが以前、SeekerNetで調べていらっしゃいましたよね?あの時はレベルが足りなくて、涙を飲んでいましたが…」

「ああ、あれか」

 隼人は思い出した。

 敵の死体を爆発させたり、氷の刃に変えたりする、あの派手でどこか厨二心をくすぐるスキル群。

 確かに、あの時は喉から手が出るほど欲しかった。

 だが、今の彼は違う。

「…だが、今の俺に必要か、それ?」

 隼人の、その冷静な問いかけ。

 それに、雫は待っていましたとばかりに、深く頷いた。

「…いいえ。正直に申し上げます。今のJOKERさんには、おそらく不要です」

 そのあまりにも、きっぱりとした物言い。

「ほう…?」

「今のあなたの火力は、すでにC級の雑魚モンスターをオーバーキルできる領域に達しています。【憎悪の残響】と【脆弱の呪い】、そしてあなたの高い筋力。その相乗効果の前では、フィニッシュスキルがもたらす追加ダメージは、誤差程度の意味しか持たないでしょう。むしろ、そのために貴重なMPを予約してしまう方が、デメリットになりかねません」

 完璧な分析。

 彼女は、彼のビルドを彼以上に正確に理解していた。


「じゃあ、レベル16になっても大して意味はねえってことか」

 隼人は、少しだけがっかりしたような声を出した。

 だが、雫はその言葉を、楽しそうに否定した。

「いいえ、そんなことはありません!」

 彼女は身を乗り出し、その大きな瞳を輝かせた。

「フィニッシュスキルなんて、ただの前座です。レベル16で本当に解禁されるのは、もっともっと重要で、そしてあなたの戦い方を根底から変えてしまう可能性を秘めた、新しい力の体系なんです!」

 その思わせぶりな言い方。

 隼人のギャンブラーとしての好奇心が、激しく刺激される。

「…なんだ、それは」

「――【チャージスキル】です」

 雫は、その運命の言葉を告げた。


「チャージ…?」

 隼人は、その聞き慣れない単語を口の中で繰り返した。

「はい」

 雫は頷くと、彼女の得意分野であるその完璧な解説を始めた。

 彼女はARウィンドウを操作し、三色の美しいオーブの画像を表示させる。

 赤、緑、そして青。

「チャージとは、一言で言えば、戦闘中に様々な方法で入手可能な、一時的な力のエネルギー体のようなものです。このオーブがあなたの周りを浮遊し始め、あなたに強力な恩恵を与えてくれます。効果時間は10秒。ですが、効果時間内に新たなチャージを獲得すれば、その時間はリセットされます。つまり、戦い続けている限り、その力は永続するということです」


 彼女はまず、赤いオーブを指し示した。

「一つ目は、【持久力チャージ】。主に、戦士系のクラスが得意とするチャージです。その力の性質は、不屈の防御力と忍耐力」

「効果は絶大です。1チャージごとに、全ての属性耐性が4%上昇し、さらに物理ダメージ軽減率も4%増加します。基本的に、チャージは三つまで溜めることができるので、最大で全属性耐性+12%、物理ダメージ軽減+12%という、鉄壁の防御バフを常にその身に纏うことができるのです」

 そのあまりにも強力な効果。

 隼人は、息を呑んだ。

【不動の王冠】と合わせれば、彼の物理ダメージ軽減率は50%近くにまで跳ね上がる。もはや、C級の攻撃などそよ風同然になるだろう。


 次に、雫は緑色のオーブを指し示す。

「二つ目は、【狂乱チャージ】。こちらは、盗賊系のクラスが得意とするチャージ。力の性質は、限界を超えた速度と、狂気的な攻撃性」

「効果は、こちらも凄まじいですよ。1チャージごとに、攻撃速度と詠唱速度が4%増加し、さらに与えるダメージそのものも4%増加します。最大まで溜めれば、攻撃速度+12%、ダメージ+12%。JOKERさんのあの流れるような【無限斬撃】が、さらに手の付けられない速度と威力になることでしょう」

 攻撃速度12%アップ。

 その甘美な響き。

 隼人の心臓が、ドクンと高鳴った。


 そして最後に、青いオーブ。

「三つ目が、【パワーチャージ】。魔術師系のクラスが得意とするチャージです。力の性質は、理性を超えた魔力と、必殺の一撃を生む洞察力」

「効果は、極めてシンプルかつ凶悪です。1チャージごとに、スペルのクリティカル率が50%も増加します。最大まで溜めれば、クリティカル率+150%。彼らが放つ魔法は、そのほとんどが防御を無視するほどの、必殺のクリティカルヒットとなるでしょう」


 三つのチャージ。

 三つの異なる、力の哲学。

 隼人は、そのあまりにも奥深い新たなシステムに、ただ圧倒されていた。

「ちなみに、この最大スタック数である三つという上限は、パッシブスキルツリーを深く掘り進めることで、さらに増やすことも可能です。トップランカーの中には、七つや八つものチャージを同時にその身に宿す、怪物もいるとか…」


 雫はそこで一度言葉を切ると、楽しそうに隼人に問いかけた。

「さて、JOKERさん。あなたなら、どの力が欲しいですか?」

 その問いに、隼人は少し考え込んだ。

 戦士である以上、セオリーは持久力チャージだろう。物理ダメージ軽減は、今の彼にとって最も魅力的な選択肢だ。

 だが、雫は彼の思考を見透かしたかのように続けた。

「戦士系の方には、持久力チャージと狂乱チャージの両方がオススメされることが多いですね。鉄壁の守りを選ぶか、嵐のような攻撃を選ぶか。それは、その人の戦い方の哲学によります」

 彼女はそこで、悪戯っぽく微笑んだ。

「でも…。JOKERさんは、守りをガチガチに固めるよりも、もっとスリリングで攻撃的な戦い方の方が、お好きなのではありませんか?」

 その言葉。

 彼女は、彼の本質を完全に見抜いていた。

 そうだ、俺はギャンブラーだ。

 鉄壁の守りも魅力的だが、それ以上に俺の魂が求めるのは、確率の波を乗りこなし、敵を圧倒的な速度と火力で蹂躙する、あの快感。


「…狂乱チャージか」

 隼人は、呟いた。

「攻撃速度が12%も上がるのは、確かに嬉しいな。今の俺のビルドとも相性がいい」

「ええ、そう思います!」

 雫は、嬉しそうに頷いた。

「では、問題は次ですね」

 隼人は、核心を突いた。

「そのチャージとやらは、どうやって手に入れるんだ?」


 その問いを待っていましたとばかりに、雫の瞳がキラリと輝いた。

「はい。その入手方法はいくつか存在します。特定のユニーク装備の効果であったり、あるいはパッシブスキルであったり…。ですが、最もメジャーで、そしてJOKERさんにオススメなのは、やはりこれでしょう」

 彼女はARウィンドウに、一つの禍々しいアイコンのスキルジェムの情報を表示させた。

 そのスキルの名は。


【血の怒り(Blood Rage)】


「このスキルは、レベル16から解禁される、戦士と盗賊のための特殊なバフスキルです」

 雫は、その詳細な性能を解説し始めた。

「まずコストですが、MPではなく、あなたのライフを12消費して発動します。そして、スキルが起動している間、あなたの攻撃速度は常に5%上昇します」

「ほう…」

「ですが、このスキルの真価はそこではありません。起動中にあなたが敵を倒したその瞬間。100%の確率で、【狂乱チャージ】を一つ入手することができるのです」

 敵を倒すたびに、チャージが溜まる。

 なんとシンプルで、なんと強力な効果。

「だが、うまい話には裏があるんだろ?」

 隼人のギャンブラーとしての勘が、そう告げていた。

「…はい。ご名答です」

 雫は、少し表情を引き締めた。

「このスキルには、一つ大きなデメリットが存在します。それは、起動中、あなたの最大ライフの4%を、毎秒物理ダメージとして受け続けるというものです」

 自傷ダメージ。

 常に自分の身を削りながら戦う、諸刃の剣。

「…なるほどな。ハイリスク・ハイリターンか。面白い」

 隼人はそのリスクを恐れるどころか、むしろそのギャンブル性を歓迎していた。

 だが、雫は首を横に振った。

「いいえ、JOKERさん。あなたにとっては、あるいはそれはノーリスク・ハイリターンになるかもしれません」

「…どういうことだ?」

「考えてもみてください」

 雫は、自信に満ちた声で語り始めた。

「あなたのビルドには、すでに答えが用意されています。【決意のオーラ】による物理ダメージ軽減。そして、【生命の泉】と【混沌の血脈】がもたらす強力なHPリジェネ。私の計算が正しければ、あなたのリジェネ能力は、この【血の怒り】がもたらす自傷ダメージを、ほぼ完全に相殺することが可能です」

「そして、C級以上のダンジョン。あの、圧倒的な敵の密度。あなたは敵を倒し続ける限り、常に【狂乱チャージ】を最大スタックさせたまま戦い続けることができるのです。デメリットを完全に踏み倒し、メリットだけを享受する。それこそが、あなたのビルドの強みなのですから」


 その完璧なプレゼンテーション。

 隼人は、ただ感嘆の息を漏らすしかなかった。

 彼女は、彼の軍師。

 彼の、勝利の女神。

「…なるほどな。リスクを別のカードで完全にカバーするか。ギャンブルの基本だな」

 彼は、深く頷いた。

「面白い。そのスキル、ぜひ使ってみたい」

 彼の心は、完全に決まっていた。

「はい!ぜひ、ご検討ください!」

 雫は、心の底から嬉しそうに微笑んだ。


 その時、鑑定の終了を告げる電子音が鳴り響いた。

 雫がモニターを確認し、笑顔で告げる。

「お待たせいたしました。C級ダンジョンの魔石も加わりましたので、今回は素晴らしい金額になりましたよ。買い取り価格、合計でちょうど30万円になります」

 30万円。

 その圧倒的な金額。

 彼は、それを受け取ると、静かに立ち上がった。

 彼の心は、すでに次なる一手へと向かっていた。

 新たな目標。

【血の怒り】。

 その狂乱の力を手に入れるための、新たなギャンブルが今、始まろうとしていた。

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