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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
C級編

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第67話

 C級ダンジョン【忘れられた闘技場】。

 その名が示す通り、そこは古代の闘争の記憶が、魔素によって歪んだ形で現代に蘇った、呪われた遺跡だった。風化した石造りの観客席、血と砂にまみれた広大なアリーナ、そして空気中に漂う錆びついた鉄と、濃密な闘争の匂い。

 神崎隼人は、その忌まわしき戦場の入り口に、再び立っていた。

 数日前、彼はこの場所で初めて「格上」の洗礼を受けた。ゴブリン・グラディエーターという、たかが二体の雑魚モンスターの完璧な連携の前に、彼のビルドの脆さを、そして自らの慢心を、痛いほどに思い知らされたのだ。

 あの日の敗走の記憶は、まだ彼の肌に生々しい感触として残っている。


 だが、今の彼はあの時の彼ではない。

 彼の頭上には、黒鉄の威圧的なオーラを放つ一つの王冠が、鎮座していた。

【不動の王冠】。

 公式オークションハウスで、彼のなけなしの全財産と、ギャンブルで培った全ての知略を注ぎ込み、競り落とした究極の切り札。

 彼の腰には、最強の物理アタッカーへの道を切り開く、新たなスキルジェムがセットされている。

【スペクトラル・スロー】。

 そして彼の魂には、数多のベテラン探索者たちの知識と、自らの敗北から得た確かな教訓が、刻み込まれていた。


「さてと」


 彼はいつものように、ARコンタクトレンズ型のカメラを起動させ、配信を開始した。

 タイトルは、シンプルかつ挑戦的。


『【リベンジ】C級闘技場、完全攻略RTA』


 そのタイトルを目にした数万人の視聴者たちが、一斉に彼のチャンネルへと殺到する。コメント欄は、期待と、そしてそれ以上に大きな不安の声で、瞬く間に埋め尽くされていった。


『ついにリベンジか…!』

『おいおいJOKER、本当に大丈夫なのか?前回のグラディエーター戦、見てるこっちがトラウマになったんだが…』

『新しい兜手に入れたみたいだけど、それでどこまでやれるんだ?』

『C級の壁は、そんなに甘くないぞ!無理はするなよ、JOKERさん!』


 隼人は、その心配の声をまるで心地よいBGMのように聞き流しながら、静かに、そして確かにその覚悟を固めていた。

 彼はARウィンドウを操作し、自らの現在のステータスを配信画面に共有した。

 そこには、以前とは比較にならないほど強固になった、彼の「城壁」が表示されている。


 ==================================== 名前: 神崎 隼人(JOKER) クラス: 戦士 Lv.4 HP: 740 / 740 MP: 157 / 275 (予約: 118) 物理ダメージ軽減率: 35% (決意のオーラ Lv.10)

【不動の王冠】がもたらした、HP+100、MP+50の恩恵。

 そして何よりも、彼の生存率を劇的に引き上げる絶対的な数値。

『物理ダメージ軽減率: 35%』

 それは、【決意のオーラ】がもたらす神の護り。

 これまでの彼が、どれほどこの重要なステータスを軽視していたか、その数字が雄弁に物語っていた。


「見ての通り、新しいオモチャを手に入れてきた」

 彼は、自らの頭に輝く黒鉄の王冠を、軽く叩いて見せる。

「こいつがどれほどの価値を持つのか。今日、この場所で証明してやる」

「――ここからが、本当のショーの始まりだ」


 その力強い宣言と共に、彼は闘技場の巨大なゲートをくぐり、あの因縁の血と砂のアリーナへと、その復讐の第一歩を踏み出した。


 広大なアリーナに足を踏み入れた隼人。

 肌を刺す、濃密な魔素の空気。遠くから聞こえる、獣の咆哮。

 彼は長剣【憎悪の残響】を、ゆっくりと鞘から抜き放つ。その刀身が、洞窟の天井の亀裂から差し込むぼんやりとした光を反射して、妖しく輝いた。

 彼の全身を、三つのオーラが陽炎のように包み込む。

【憎悪のオーラ】がもたらす、青黒い冷気の闘気。

【脆弱の呪い】が放つ、禍々しい紫の波動。

 そして新たに加わった【決意のオーラ】が生み出す、黄金色の揺るぎない守りの力。

 三色のオーラが複雑に絡み合い、彼の周囲の空間をわずかに歪ませていた。


 彼がアリーナの中央へと歩を進めた、その瞬間。

 彼の前と後ろ。

 二つの巨大な鉄格子が、同時にギギギ…という耳障りな音を立ててせり上がってきた。

 そして、その奥の暗闇から、二つの影がゆっくりとその姿を現す。

 ゴブリン・グラディエエーター。

 前回、彼に初めての「連携」という戦術の洗礼を浴びせた、あの忌々しいコンビだった。


 一体は、前衛。

 分厚い鉄の盾と鋭利なショートソードを構え、その緑色の瞳でじっと隼人の動きを観察している。その立ち姿には、一切の隙がない。

 そしてもう一体は、後衛。

 隼人から最も遠い位置に陣取り、その手には黒くしなやかな、強靭なショートボウが握られている。矢筒には、見るからに毒々しい紫色の液体が塗られた矢が、何本も詰められていた。

 完璧な布陣。

 それは、ただのモンスターではない。明確な戦術思想を持った、「軍隊」の動きだった。


『うわ、また出たぞこいつら!』

『前衛と後衛の、最悪のコンビじゃねえか!』

『前回の悪夢が蘇る…!JOKERさん、今度こそどうするんだ!?』


 コメント欄が、その絶望的な光景に悲鳴を上げる。

 前回、隼人はこの連携の前になすすべもなく翻弄された。

 前衛を攻撃しようとすれば、後衛から的確な援護射撃が飛んでくる。

 後衛を潰そうとすれば、前衛が鉄壁の守りでその進路を阻む。

 そのあまりにもクレバーで、いやらしい戦術。


 だが、隼人の表情は驚くほど穏やかだった。

 彼の口元には、むしろ不敵な笑みすら浮かんでいる。

 彼は、この状況を待っていた。

 この完璧な布陣こそ、自らが手に入れた新たな「力」と「戦術」を試すための、最高の舞台装置だと確信していたからだ。


「さてと」

 彼は、ARカメラの向こうの数万人の観客たちに語りかける。

 その声は、自信と、そしてこれから始まる一方的なショーへの期待感に満ちていた。

「前回は随分と楽しませてもらったからな。今日は、その礼をさせてもらうぜ」

「お前らが教えてくれた、新しい『カード』でな」


 彼は、動いた。

 だが、その動きは視聴者たちの予想を完全に裏切るものだった。

 彼は、セオリー通り手前にいる盾持ちの前衛グラディエーターには、目もくれなかった。

 彼のターゲットは、ただ一つ。

 アリーナの最も奥に陣取る、あの忌々しい弓兵。


『え!?』

『おいおい、いきなり後衛に突っ込む気か!?』

『無茶だ!前衛が、絶対に邪魔に入るぞ!』


 視聴者たちが、困惑と制止の声を上げる。

 その通りだった。

 隼人が後衛のスナイパーへと一直線に駆け出した、その瞬間。

 前衛のグラディエーターが即座に反応し、その進路を塞ぐように立ちはだかった。

 だが、それこそが隼人の狙いだった。

 彼は、前衛のグラディエーターが盾を構えたそのまさに目の前で、急停止した。

 そして彼は、そのありったけの魔力を右腕に集中させる。


「――見せてやるよ。俺の、新しい一手だ」


 彼は、長剣を振るわなかった。

 代わりに彼は、その右腕をまるで円盤を投げるかのように、しなやかに、そして力強く振り抜いた。

 その瞬間、彼の右手に握られた愛剣【憎悪の残響】から、全く同じ形状の半透明の「霊体」が、分離するように生まれ出た。

 青白い魔力の光を放つ、剣の幻影。

 それが、彼の新たなスキル。

【スペクトラル・スロー】。


 シュオオオオオオッ!


 霊体の剣は、ブーメランのように高速で回転しながら、空中を飛翔した。

 その軌道は、直線ではない。

 わずかに弧を描きながら、目の前の前衛グラディエーターの盾の脇をすり抜け、その背後にいる後衛のスナイパーへと、吸い込まれるように飛んでいく。

 それだけではない。

 彼のスキルにリンクされたサポートジェム、【投射物増(2)】の効果が発動する。

 一本の霊体の剣が、空中で三つに分裂したのだ。

 中央の一本がスナイパー本体を。

 そして左右の二本が、その逃げ道を塞ぐように扇状に広がっていく。

 完璧な、包囲網。


「キシャ…!?」

 後衛のスナイパーは、そのあまりにも予測不能な攻撃に、初めて驚愕の声を上げた。

 回避しようと、横に跳ぶ。

 だが、その先には分裂したもう一本の霊体の剣が、待ち構えていた。

 逃げ場はない。

 ザシュッ!

 霊体の剣が、スナイパーの胸の中心を寸分の狂いもなく貫いた。

【脆弱の呪い】によって物理耐性を奪われ、【憎悪のオーラ】がもたらす追加の冷気ダメージをまともに受けたその体。

 スナイパーは、悲鳴を上げる間もなくその場で青黒い氷の結晶となって砕け散り、光の粒子となって消滅した。

 一撃。

 たった、一撃だった。


 静寂が、アリーナを支配する。

 後に残されたのは、相棒を失い、呆然と立ち尽くす前衛のグラディエーターと、そしてその光景を信じられないという表情で見つめる、数万人の視聴者たちだけだった。


『…………は?』

『今、何が起こった…?』

『剣が…飛んだ…?しかも、分裂したぞ…?』

『後衛が…一撃で…?』


 コメント欄が、理解不能な現象に完全にフリーズしていた。

 隼人は、そんな視聴者たちの反応に満足げに鼻を鳴らした。

「どうだ。これが、俺の新しい『回答』だ」

 彼は、ゆっくりと残された最後の一体へと向き直る。


「グルアアアアアアアアアアッ!!」

 相棒を一瞬で失った前衛のグラディエーターが、怒りと、そしておそらくは恐怖に、その醜い顔を歪ませながら雄叫びを上げた。

 その手にしたショートソードを、力任せに隼人へと叩きつけてくる。

 それは、怒りに任せた大振りな、しかしC級モンスターの全てを込めた渾身の一撃だった。

 前回、彼が受け止めきれずに体勢を崩された、あの重い一撃。


 だが、隼人はもはやそれをパリィすることすらしなかった。

 彼は、その攻撃を、自らの左腕に構えた盾【背水の防壁】で、真正面から受け止めた。

 ゴッッッッ

 鈍い金属の塊がぶつかるような、重い衝撃音。

 だが、隼人の体はびくともしなかった。

 彼の足は、大地に根を張った大樹のように、その場から一歩も動いていない。

 彼の視界の隅に、ARシステムがその戦闘結果を、無慈悲な、しかし彼にとっては最高の数値を表示していた。


 ==================================== 物理ダメージを 258 受けました 物理ダメージ軽減率 35% により、ダメージを 90 軽減しました 最終ダメージ: 168

 HP: 740 -> 572


「…はっ」

 隼人の口から、乾いた、そして歓喜に満ちた笑いが漏れた。

「――まるで、痛くねえな」

 前回、彼のHPを半分以上ごっそりと奪い去った、あの絶望的な一撃。

 それが今や、彼のHPバーを4分の1ほどしか、削ることができていない。

 これこそが、【不動の王冠】がもたらす【決意のオーラ】の絶対的な力。

 効果は、本物だ。

 彼は、その圧倒的な防御力を、その身をもって実感していた。


『硬ええええ』

『なんだ今の防御力…!C級の攻撃だぞ、あれ!?』

『決意のオーラ、やべえええええ!JOKERさん、もはや歩く要塞じゃん!』

『スペクトラル・スローで後衛を瞬殺して、前衛の攻撃は仁王立ちで受け止める…。なんだ、この完璧な戦術は…!』


 コメント欄が、今度こそ本当の熱狂と賞賛の嵐に包まれた。

 もはや、そこに不安の色はない。

 ただ、絶対的な強者への畏怖と尊敬だけが、そこにはあった。


「グル…?」

 前衛のグラディエエーターは、信じられないという顔で、目の前の闖入者を見つめている。

 自らの渾身の一撃を平然と受け止められ、そしてその相棒は一瞬で塵と化した。

 その、理解不能な現実。

 その醜い顔に、初めて純粋な「恐怖」の色が浮かび上がった。


「さあ、ウォーミングアップは終わりだ」

 隼人は、長剣を構え直す。

「ここからは、俺の一方的なショーの時間だ」

 彼は、もはや脅威ではなくなった最後の一体を蹂躙するために、その一歩を踏み出した。

【無限斬撃】。

 彼の十八番。

 MPを自己回復しながら無限に攻撃を続けることができるその主力技が、恐怖に足がすくんだグラディエーターへと叩き込まれる。

 ガキン、ザシュッ、キィン、ザシュッ!

 盾を弾き、鎧を砕き、その肉を断つ。

 グラディエエーターの攻撃は、もはや彼の鉄壁の守りの前には、赤子の手をひねるようなもの。

 時折、攻撃が彼の体を掠める。

 だが、そのわずかなダメージは、彼の二つのリジェネ能力…【混沌の血脈】と【生命の泉】が、即座に回復させていく。

 攻撃を受ければ受けるほど、彼のHPはむしろ全快へと近づいていく。

 あまりにも、理不尽な光景。


 やがて数分後。

 グラディエーターは、その体を支えきれず、ゆっくりとその場に崩れ落ち、ひときわ強い光を放ちながら消滅した。


 静寂が戻る。

 隼人は、荒い息一つ乱すことなく、その勝利を噛みしめていた。

 彼はドロップした魔石を拾い上げると、ARカメラの向こうの熱狂する観客たちに語りかける。

 その声は、絶対的な自信に満ちていた。


「…どうだ。これが、俺の見つけ出したこのテーブルの必勝法だ」

 彼はそこで一度言葉を切ると、最高の不敵な笑みで締めくくった。

「初手、【スペクトラル・スロー】で厄介な後衛を確実に仕留める」

「そして、残ったドン亀の前衛は、この鉄壁の守りで受け止めながら、ゆっくりと料理する」

「これが、この【忘れられた闘技場】における、俺の黄金パターンだ」


 そのあまりにも完璧な、勝利の方程式。

 それは、彼の知略と大胆な投資、そしてそれを完璧に実行するプレイヤースキルが生み出した、芸術品だった。

 C級ダンジョンという、最初の大きな壁。

 彼はそれを、ただ乗り越えたのではない。

 完全に、「攻略」してみせたのだ。


 彼の視線は、もはやこのアリーナにはない。

 さらに奥深く。

 この闘技場の本当の「主」が眠るであろう、未知なる領域へと向けられていた。

 新たな力と完璧な戦術を手に入れた彼。

 その進軍を阻むものは、もはや何もなかった。

 物語は、主人公が過去の雪辱を果たし、絶対的な勝利の方程式を確立した、その最高のカタルシスと共に幕を閉じた。

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