第65話
神崎隼人は、自室の古びたゲーミングチェアに深く身を沈め、目の前のモニターに映し出されたSeekerNetのトップページを睨んでいた。
彼の頭の中では、先ほど水瀬雫から与えられた二つの大きな課題と、そのヒントが渦巻いている。
物理耐性の低さ。そして、遠距離攻撃手段の欠如。
前者は、レベルという絶対的な壁か、あるいは未知のユニーク装備という不確定なギャンブルでしか解決できない。
ならば、彼が今確実に行動を起こせるのは後者だ。
「スペクトラル・スロー…」
彼は検索窓に、雫が教えてくれたそのスキルの名前を打ち込んだ。
武器の霊体を投擲するアタックスキル。戦士でも、違和感なく使える遠距離攻撃。
その響きは、彼の渇ききった心に染み渡る、甘い水のように感じられた。
彼がエンターキーを押すと、検索結果には無数のスレッドが表示される。
その中でもひときわ大きな盛り上がりを見せていたのが、やはりあの場所だった。
『戦士クラス総合スレ Part.128』
彼は迷いなく、そのスレッドをクリックした。
そこは、彼のような脳筋戦士たちが、日夜自らのビルドの優位性を語り合い、そして新たな可能性を模索する、熱狂的な議論の場。
彼はスレッド内検索で、再び「スペクトラル・スロー」と打ち込んだ。
彼の目の前に、ベテラン戦士たちの実践的な議論が表示される。
元ギルドマン@戦士一筋:
『C級に上がったばかりの新人戦士から質問だ。「スペクトラル・スロー」を手に入れたんだが、どういうサポートジェムをリンクさせるのが一番効率的だろうか?』
そのあまりにも今の自分と同じ境遇の書き込みに、隼人は思わず身を乗り出した。
その問いかけに、スレッドの猛者たちが次々と回答していく。
ハクスラ廃人:
『そりゃ決まってんだろ。まず必須なのは、**【マナ・リーチ】**だ。スペクトラル・スローは、連発すると意外とMPを食う。だが、こいつを付けとけば、敵にヒットするたびにMPが回復するから、実質ノーコストで投げ放題になる』
脳筋バーサーカー:
『次に、**【速度増加】**だな。投射物の速度が上がるってことは、単純にDPSが上がるってことだ。敵に、回避の隙を与えねえ。シンプルに強い』
ベテランシーカ―:
『そして忘れてはならないのが、**【投射物増(2)】**です。これは少し特殊なサポートジェムで、リンクさせた投射物スキルが、一度に追加で2つの投射物を発射するようになるという効果です。つまり、一度スキルを使えば、三つの武器の霊体が扇状に飛んでいく。殲滅力が、段違いになりますよ』
三つのサポートジェム。
マナ・リーチ、速度増加、そして投射物増。
それは、あまりにも合理的で、そして完成された「最適解」だった。
隼人は、そのベテランたちの知識に静かに感心しながら、呟いた。
「…なるほどな」
彼は、その三つのサポートジェムの名前を、脳内に刻み込む。
これで、彼の次なるビルドの方向性はほぼ固まった。
だが、彼はそこで思考を止めなかった。
ギャンブラーは、常に複数の選択肢を検討する。
彼は、「念のため」、他の遠距離攻撃スキルについても調べてみることにした。
検索窓に、『戦士 遠距離スキル』と打ち込む。
するとそこには、彼の想像を超える、多種多様な、そしてどこかロマンに溢れたスキルたちが表示された。
【シールド・チャージ / シールド・スロー】
効果: 盾を構えて敵に突撃する、移動兼攻撃スキル。そして、その派生として、幻影の盾を投げるというスキルも存在する。
特徴: 装備している盾の物理耐性が高ければ高いほど、その幻影の威力も上昇するという、特殊な性質を持つ。タンクビルドが、サブの遠距離攻撃として採用することが多い。
隼人の評価: (…面白い。俺の【背水の防壁】はリジェネ特化で、物理耐性は低い。今の俺には、合わねえな)
【ポイズン・コンコクション / エクスプローシブ・コンコクション】
効果: ライフフラスコを消費して、敵に毒や爆発性の液体を投げつけるという、異色のスキル。
特徴: 装備しているフラスコの効果が、そのまま威力に反映される。
隼人の評価: (…フラスコを投げつける?馬鹿げてる。だが、面白い。覚えておこう)
【スペクトラル・スライサー】
効果: 幻影のクナイを生成し、それを投げる。
特徴: 物理ダメージと混沌ダメージのハイブリッド。手数が多く、状態異常との相性がいい。
隼人の評価: (…クナイか。悪くない。だが、俺のビルドとは少し思想が違うな)
様々な可能性。
だが、やはり今の彼にとって、最も魅力的で、そして最も効率的なのは、最初の選択肢だった。
【憎悪の残響】という最強の物理武器。
その性能を100%引き出すことができる、【スペクトラル・スロー】。
それこそが、彼が今選ぶべき最高のカードだった。
【結】新たな力の購入と、次なる一歩
彼は、決断した。
そして、即座に行動を起こす。
彼はSeekerNetのマーケットへとアクセスし、検索窓に必要なスキルジェムの名前を、次々と打ち込んでいった。
【スペクトラル・スロー】
【マナ・リーチ】
【速度増加】
【投射物増(2)】
四つのスキルジェム。
その合計金額は、約10万円。
C級ダンジョンをクリアした今の彼にとっては、決して痛い出費ではない。
彼は、躊躇なくその全てのジェムを購入した。
数分後。
彼の手元に、四つの新たな力が転送されてくる。
彼はその宝石を手に取り、自らの魂へとセットした。
そして彼は、静かに立ち上がる。
彼の心は、すでに決まっていた。
この新たな力を試す最高の場所。
それは、もちろんあの場所しかない。
(…面白い。実に、面白いじゃねえか)
彼の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
(C級ダンジョン。お前が俺に与えた課題は、俺が、俺のやり方で完璧にクリアしてやる)
彼のギャンブルは、まだ終わらない。
むしろ、ここからが本当の始まりなのだ。




