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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
D級編

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61/491

第61話

 神崎隼人のD級ダンジョン【打ち捨てられた王家の地下墓地】の周回配信は、もはや彼と、彼の熱心な数万人の観客たちにとって、一つの確立された「日常」となっていた。

 その日も彼は、いつものように配信のスイッチを入れ、その冷たく静まり返った死者の都へと、その歩みを進めていた。

 彼のビルドは、もはやこのD級ダンジョンにおいては、完成の域に達している。

 レベルは11に到達し、HPもMPも、そして何よりも彼の戦闘スタイルそのものが、この場所の理を完全に凌駕していた。


 彼の耳にはワイヤレスイヤホンが装着され、そこから軽快なテクノミュージックが流れている。

 彼の思考は、戦闘にはない。

 ただその無機質なビートに身を任せながら、まるで散歩でもするかのようにダンジョンを進んでいく。

 その姿は、もはや命を賭ける探索者のそれではない。

 ただの退屈な日常をこなす、一人の青年のそれだった。


「…はぁ」


 彼が一つ大きなため息をついた、その瞬間。

 彼の目の前に、カタカタと音を立てる数体の骸骨兵が現れた。

 だが、隼人はその表情を一切変えることはない。

 彼の右手は、もはや彼の意識とは別の生き物のように滑らかに動き、その腰に差されたユニーク長剣【憎悪の残響】を抜き放つ。

 そして、ただ軽く一閃。


 ザシュッ!


 彼の長剣が通り過ぎたその軌跡上の全ての骸骨兵が、その骨の体を青黒い霜で覆われながら一瞬で砕け散り、光の粒子となって消えていく。

 彼の全身を覆う【憎悪のオーラ】がもたらす、追加冷気ダメージ。

 そして、【脆弱の呪い】が作り出す、絶対的な防御の穴。

 その二つの相乗効果は、D級の雑魚モンスターですら、彼に一太刀浴びせることすら許さない。

 もはや、敵の姿を見るまでもない。

 ただ歩き、そして時折剣を振るうだけ。

 それだけで、このD級ダンジョンは彼の独壇場と化していた。


『もはやJOKERさんにとって、骸骨は道端の小石と変わらんな』

『この無心で敵を殲滅していくスタイル、マジで好きだわw』


 コメント欄もまた、彼のそのあまりにも圧倒的な強さに、もはや驚愕ではなく、心地よい安心感すら覚えていた。

 JOKERの配信は安全だ。

 JOKERの配信は負けない。

 その絶対的な信頼感が、彼のチャンネルを数万人が集う巨大なコミュニティへと押し上げていた。


 そんな地道な、しかし確実なレベル上げと金策を続けること数時間。

 彼が、一体のネクロマンサーをその復活の詠唱が終わる前に斬り捨てた、その瞬間だった。

 彼の全身を、黄金の光が包み込んだ。


【LEVEL UP!】

【LEVEL UP!】


 D級ダンジョンの高い経験値効率。

 それは、彼のレベルを一気に二つ引き上げていた。

 レベルは11から13へ。

 新たなステータスポイントとパッシブスキルポイントが、彼の魂に刻み込まれる。

「…おっと」

 予期せぬ連続レベルアップに、隼人は小さく声を漏らした。

『おお!レベルアップ!』

『2レベも上がったのか!』

『おめでとうJOKERさん!』

 コメント欄が、祝福の声で満たされる。

 彼はその声援に小さく手を振りながら、自らの成長を確かめるようにステータスウィンドウを開いた。

 確かに、彼の力はまた一段上のステージへと到達していた。


 そのレベルアップの祝福ムードが流れる平和な時間が続いていた、まさにその時だった。

 彼が、レベルアップのお祝いとばかりに周囲の残りの骸骨兵を一掃した、その一体の足元。

 これまで見慣れた魔石の紫色の光や、ガラクタの鈍い輝きとは明らかに違う、一つの強烈な光が生まれた。

 それは、まるで溶鉱炉の中から取り出された鉄塊のように、濃密で力強い橙色の光。

 ユニークの輝きだった。


 その光が生まれた瞬間。

 それまで和やかにレベルアップを祝福していたコメント欄の空気が、一変した。

 全ての雑談がぴたりと止み、代わりに画面を埋め尽くしたのは、驚愕と熱狂の絶叫だった。


『!?』

『うおおおおおおおおおおおおおおおお!』

『光った!光ったぞ!橙色だ!』

『またユニークかよ!嘘だろ!この男どうなってんだ!』

『レベルアップ直後のユニークドロップ!神の祝福かよ!www』


 コメント欄が、一瞬にして爆発的なお祭り騒ぎへと変わった。

 隼人もまた、その予期せぬ「当たり」に、その瞳を大きく見開いた。

 彼は思わず、口元を緩ませる。

「ほう…」

「今日のテーブルは、まだ俺を楽しませてくれるらしいな」

 彼は、その神々しい橙色の光の元へと、ゆっくりと歩み寄っていく。

 そして、その光の中心に静かに横たわる一つの盾を、拾い上げた。

 それは、カイトシールドと呼ばれる中型の盾。その表面はまるで鏡のように磨き上げられており、そこには無数の戦闘で受けたであろう深い傷跡が、歴戦の勲章のように刻まれている。

 ARシステムが、その詳細な性能を表示する。


 ====================================

 名前: 背水の防壁バックウォーター・ウォール

 種別: ユニーク・カイトシールド

 効果:


 全元素耐性 +4%


 毎秒50のライフを自動回復する。


 あなたへの凍結効果時間 -80%


 ライフ低下時に毎秒100のライフを自動回復する *(ライフ低下時とは、ライフが50%を切った状態の事を言う)

 そのあまりにも強力で、そして特徴的な性能。

 それを目にしたコメント欄が、再び専門的な議論の場へと変わっていく。


『うおお、背水の防壁じゃん!』

『これも有名なユニークだよな!』

『戦士系のビルドなら、一度はお世話になる盾だ!』


 その熱狂のコメント欄をよそに。

 隼人は、その性能を冷静に分析し、そして思わずぼやいた。

 その声は、ARカメラのマイクがしっかりと拾っていた。


「…はぁ。またこれかよ」


 そのあまりにも贅沢なため息。

 それに、視聴者たちが一瞬固まる。


「なんで俺のドロップは、こういちいちピンポイントで有用なもんばっかり出るんだよ。いや、普通はこんなにピンポイントで有用な物出ないぞ。マジで。たまには、こう、使い道に本気で頭を悩ませるような、変態的なユニークとか出てこねえのかよ。これじゃ、ビルドの最適解が決まりすぎてて、つまんねえだろうが」


 そのあまりにも常人離れしたぼやき。

 神に愛されすぎた男の、贅沢な悩み。

 それに、コメント欄はもはや笑うしかなかった。


『出たwwwww JOKERの贅沢ぼやきタイムwwwww』

『嫌味か!最高級の嫌味だぞ、それ!w』

『俺にくれ!俺が有効に使ってやるから!』


 隼人は、そんな視聴者たちの声をBGMに、改めて盾の性能を吟味する。

 確かに、強力だ。

 だが、彼のビルドにとっては、少しちぐはぐな部分もある。

 彼は、思考を整理するように、声に出して分析を始めた。


「まず、『あなたへの凍結効果時間 -80%』。これは強い。強いが、今の俺には完全に腐る。なぜなら、俺には凍結を100%無効化する【吹雪の鎧】があるからな。わざわざ80%カットの保険をかける必要はない」


「次に、『全元素耐性 +4%』。これも地味に嬉しいが、俺の耐性はすでにオーラで飽和気味だ。大きなアドバンテージにはならん」


「だが…」

 彼の瞳が、鋭く光った。

「問題は、こいつらだ」


 彼が指し示したのは、残りの二つの効果。

『毎秒50のライフを自動回復する』

『ライフ低下時に毎秒100のライフを自動回復する』


「今の俺のリジェネが、秒間35。それにこいつを足せば、秒間85。もはや、C級ダンジョンの継続ダメージですら無視できるレベルになる。

 そして何より、このローライフ時の追加リジェネ。これがヤバい。

 俺のHPが半分以下になったその瞬間、秒間185ものHPが回復する。もはや、最高級のライフフラスコを常に飲み続けているのと同じだ。

 まさに、『背水の防壁』。死にそうになればなるほど死ななくなる、最高の『保険』だ」


 そのあまりにも的確な分析に、ベテラン視聴者たちも同意の声を上げる。


 元ギルドマン@戦士一筋:

『うむ。その盾の真価は、そこにある。まさに、戦士系のビルドが持つべき盾だ。市場価格も安定していて、10万円は下らないだろうな』


 売るか、使うか。

 コメント欄の意見も、二つに割れていた。

『凍結無効が腐るなら、売って別の装備買った方がいいだろ!』

『いや、あのリジェネは破格だ!絶対に装備すべき!』


 隼人は、その議論を静かに見つめていた。

 そして、彼は決めた。

 彼のギャンブラーとしての魂が、その答えを導き出していた。


「…面白いじゃねえか」

 彼は、ARカメラの向こうの観客たちに語りかける。

「確かに、あんたらの言う通り、この盾の凍結対策は今の俺には必要ない。完全に腐る。だがな、お前ら分かってねえな」

 彼は、ニヤリと笑った。

「ギャンブルってのはな、『保険』が厚ければ厚いほど、より大きな勝負に出られるんだぜ?」


 彼の瞳が、妖しく光る。

「この盾があれば、俺はもっと無茶な立ち回りができる。もっとハイリスクな選択肢を取ることができる。HPが半分になるまで被弾を無視して、攻撃に集中するとかな」


 彼はそう言うと、これまで左手に何も持たず長剣を両手で構えていたそのスタイルを、変えることを決意した。

 彼は、空いていた左手に、この**【背水の防壁】**を装備した。

 その瞬間。

 彼のステータスウィンドウが更新され、その防御能力と生存能力が劇的に向上した。


「決まりだな。こいつは、俺が使う」


 その決断に、コメント欄が再び沸き立った。

 彼のビルドが、また一つ新たなステージへと進化した瞬間だった。

 物語は、新たな「保険」を手に入れ、その戦術の幅をさらに広げた主人公の、その尽きることのない成長への渇望を描き出して幕を閉じた。

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