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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
D級編

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59/491

第59話

 神崎隼人のD級ダンジョン【打ち捨てられた王家の地下墓地】の周回配信は、もはや彼と、彼の熱心な数万人の観客たちにとって、一つの確立された「日常」となっていた。

 その日も彼は、いつものように配信のスイッチを入れ、その冷たく静まり返った死者の都へと、その歩みを進めていた。

 彼のビルドは、もはやこのD級ダンジョンにおいては、完成の域に達している。

 レベルは10を超え、HPもMPも、そして何よりも彼の戦闘スタイルそのものが、この場所の理を完全に凌駕していた。


 彼の耳にはワイヤレスイヤホンが装着され、そこから流れる軽快な音楽の代わりに、彼が最近見始めたという海外ドラマの音声が流れていた。

 そして彼は、そのドラマの感想を視聴者たちとだらだらと語り合いながら、まるで散歩でもするかのようにダンジョンを進んでいく。

 その姿は、もはや命を賭ける探索者のそれではない。

 ただの退屈な日常を少しでも楽しようと工夫する、一人の青年のそれだった。


「いや、だからあの刑事は絶対に裏切るって。それも、かなり序盤からな。第一話の最初のシーンで、被害者の写真を見ながら意味ありげに自分の指輪を触ってたあれが伏線だろ。あれはただの癖じゃねえ。無意識のうちに自分の罪悪感を隠そうとする、人間の典型的な動きだ」


 彼のそのあまりにもマニアックな人間観察の持論に、コメント欄が沸き立つ。


『出たw JOKERさんの人間不信考察www』

『また始まったよ、このドラマの話w』

『でも分かる。あの刑事、怪しいよな。絶対に何か隠してる』

『えー、でもあの人は主人公のことすごい助けてくれてたじゃん!いい人そうだったよ!』


 隼人は、そのあまりにもピュアなコメントに、ふんと鼻を鳴らした。

「お前ら分かってねえな。いい人そうに見える奴ほど、腹の中は真っ黒なんだよ、この世界はな。それは、現実もフィクションも、そしてダンジョンも同じだ」


 彼がそう語りながら、ひょいと角を曲がったその瞬間。

 彼の目の前に、カタカタと音を立てる数体の骸骨兵が現れた。

 だが、隼人はその雑談を止めることはない。

 彼の右手は、もはや彼の意識とは別の生き物のように滑らかに動き、その腰に差されたユニーク長剣【憎悪の残響】を抜き放つ。

 そして、ただ軽く一閃。


 ザシュッ!


 彼の長剣が通り過ぎたその軌跡上の全ての骸骨兵が、その骨の体を青黒い霜で覆われながら一瞬で砕け散り、光の粒子となって消えていく。

 彼の全身を覆う【憎悪のオーラ】がもたらす、追加冷気ダメージ。

 そして、【脆弱の呪い】が作り出す、絶対的な防御の穴。

 その二つの相乗効果は、D級の雑魚モンスターですら、彼に一太刀浴びせることすら許さない。

 もはや、敵の姿を見るまでもない。

 ただ歩き、語り、そして時折剣を振るうだけ。

 それだけで、このD級ダンジョンは彼の独壇場と化していた。


『うわ、また一瞬で終わったw』

『もはやJOKERさんにとって、骸骨は道端の小石と変わらんな』

『この雑談しながら敵を殲滅していくスタイル、マジで好きだわw』


 コメント欄もまた、彼のそのあまりにも圧倒的な強さに、もはや驚愕ではなく、心地よい安心感すら覚えていた。

 JOKERの配信は安全だ。

 JOKERの配信は負けない。

 その絶対的な信頼感が、彼のチャンネルを数万人が集う巨大なコミュニティへと押し上げていた。


 そのあまりにも平和で、退屈な時間がどれほど続いただろうか。

 隼人がドラマの犯人についての自説を熱弁し、コメント欄がその是非を巡って盛り上がっていた、まさにその時だった。


 彼が、一体のひときわ豪華な鎧を身に着けた骸骨の騎士を、いつものように斬り捨てたその足元。

 これまで見慣れた魔石の紫色の光や、ガラクタの鈍い輝きとは明らかに違う、一つの強烈な光が生まれた。

 それは、まるで溶鉱炉の中から取り出された鉄塊のように、濃密で力強い橙色の光。

 ユニークの輝きだった。


 その光が生まれた瞬間。

 それまでドラマの話で盛り上がっていたコメント欄の空気が、一変した。

 全ての雑談がぴたりと止み、代わりに画面を埋め尽くしたのは、驚愕と熱狂の絶叫だった。


『!?』

『うおおおおおおおおおおおおおおおお!』

『光った!光ったぞ!橙色だ!』

『またユニークかよ!嘘だろ!』

『このドラマ雑談からの温度差!風邪引くわ!www』


 コメント欄が、一瞬にして爆発的なお祭り騒ぎへと変わった。

 隼人もまた、その予期せぬ「当たり」に、その瞳を大きく見開いた。

 彼は思わず、口元を緩ませる。

「ほう…」

「今日のテーブルは、まだ俺を楽しませてくれるらしいな」

 彼は熱弁していたドラマの話も忘れ、その神々しい橙色の光の元へと、ゆっくりと歩み寄っていく。

 そして、その光の中心に静かに横たわる一つの首飾りを、拾い上げた。

 それは、磨き上げられた黒曜石の土台に、まるで竜の瞳のような、内側から燃え盛る炎を宿した赤い宝石がはめ込まれた、美しいアミュレットだった。

 ARシステムが、その詳細な性能を表示する。


 ====================================

 名前: 劫火の眼差し(インファーナル・ゲイズ)

 種別: ユニーク・アミュレット

 効果:


 アタックに24~40の火ダメージを追加する。


 精度に+150


 回避力に+150


 火耐性+20%


 近くの敵を盲目にする。

【転】JOKERの「困惑」と有識者の「解説」

 隼人は、その表示された性能を見て、首を傾げた。

「…なんだこりゃ」

 彼の口から、素直な困惑の声が漏れる。

「追加の火ダメージに、精度と回避力…?あまりにもちぐはぐな性能だな」

 彼のビルドは、物理と冷気ダメージが主体だ。追加の火ダメージは、ほとんど意味をなさない。

 そして彼は、【生命の泉】と【混沌の血脈】、そして重装備によって圧倒的な耐久力を確保する、タンク型の戦士。回避力というステータスは、彼にとって最も縁遠いものの一つだった。

 精度は、確かに欲しい。だが、それだけのためにこの首飾りを装備するのか?

「それに盲目?効果もよく分からん。…俺には合わねえな。これは、売りか…?」


 その彼のあまりにも素直な呟き。

 それが、コメント欄に潜んでいたベテランたちの知識欲とお節介魂に、火をつけた。

 彼らは待っていましたとばかりに、その豊富な知識を披露し始める。


 疾風のローグ:

『おいおいJOKER!そいつを売りだなんて、とんでもねえこと言うんじゃねえ!そいつは、俺たち盗賊ローグが弓を使う時に、喉から手が出るほど欲しい首輪だぞ!分かってんのか!?』


 ハクスラ廃人:

『そうだぜ!いいかJOKER、よく聞け!精度と回避力は、弓ビルドにとっては生命線だ!遠距離から一方的に攻撃するためには、敵の攻撃を避けるための回避力と、その遠距離から確実にクリティカルを当てるための精度が、何よりも重要になる!』

『そして、追加の火ダメージも馬鹿にならねえ。弓ビルドは手数が多いからな。その一発一発に追加ダメージが乗るってのは、とんでもねえ火力アップに繋がるんだよ!』


 ベテランシーカ―:

『そしてJOKERさん。あなたが分からなかった**「盲目」**の効果。それこそが、このアミュレットの本当の価値です』

『「盲目」とは、範囲内の敵の精度と回避力が20%減少する、極めて強力なデバフです。つまり、これを装備しているだけであなたの攻撃は格段に当たりやすくなり、そして敵の攻撃は格段に当たりにくくなる。弓ビルドの生存性と火力を同時に爆発的に引き上げる、最高の効果なんですよ』


 そのあまりにも完璧な解説。

 隼人は、ようやくこの一見ちぐはぐに見えたユニークアミュレットの本当の価値と、その設計思想を理解した。

 これは彼のためではない。全く違う哲学を持つビルドのための、最高のパーツなのだと。


 そして最後に、あの元ギルドマンがその現実的な価値を告げた。


 元ギルドマン@戦士一筋:

『うむ。そのアミュレットは、これも比較的に出やすいユニークではある。だが、その性能はそこそこに優秀だ。特に、最近流行りの弓ビルドのプレイヤーからの需要は極めて高い。マーケットの相場も安定している。おそらく、15万円くらいでは売れるだろうな。いい拾い物をしたな、JOKER』



「…15万か。悪くないな」


 隼人はその価値に納得すると、手の中の首飾りを見つめた。

 なるほどな。盗賊系で、弓か…。

 彼の脳裏に、あの『疾風のローグ』の姿が浮かぶ。

 回避と速度に全てを賭ける、あの異端の戦闘スタイル。

 確かに、あのビルドとは最高の相性だろう。


(…俺がいつかその道を歩む時のために、取っておくのも面白いが…)


 彼はそこで一度言葉を区切ると、ニヤリと悪戯っぽく笑った。


「――いや、やめた。今の俺には必要ない」

「売りの一択だな」


 そのあまりにもドライで、そして彼らしい決断に、コメント欄が再び沸き立った。

『潔い!w』

『それでこそJOKERだ!』

『15万ゲット!おめでとう!』


 彼はその首飾りを、インベントリの奥深くへと仕舞った。

 彼の資産は、また大きく膨れ上がった。

 そして、その莫大な軍資金を元に、彼が次に為すべきことはただ一つ。

 あの忌々しいMPの枷から自らを解放し、次なる力の扉を開くこと。

 彼の頭の中は、すでにフィニッシュスキルを購入するための具体的な計画で、いっぱいだった。

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