第57話
神崎隼人は、自らの絶対的な成長を実感していた。
D級ダンジョン【打ち捨てられた王家の地下墓地】。
あれほど彼を苦しめたあの場所は、もはや彼の安定した収入源であり、そして格好のレベル上げの狩場と化していた。
ユニーク長剣【憎悪の残響】がもたらすノーコストの攻撃オーラ、【憎悪のオーラ】。
そして、その火力をさらに15%増幅させる【脆弱の呪い】。
この二つの相乗効果によって、彼のただの一振りは、もはやD級の雑魚モンスターが耐えられるレベルのものではなくなっていた。
スキルを使うまでもない。
ただ歩き、剣を振るうだけで敵は砕け散り、経験値と魔石へと変わっていく。
その圧倒的な殲滅速度は、彼の資産を日に日に増やしていった。
だが、彼は決して満足はしていなかった。
彼のギャンブラーとしての本能が、常に囁きかけるのだ。
(この火力は本物か?)
(今の俺の強さは、ただこの剣一本に依存しているだけではないのか?)
(もしこの先、物理攻撃が全く通用しない敵が現れたら?その時、俺はどうする?)
彼は知っていた。
「調子を整えるのも、地道に勝つ事から始める」。
今のこの安定した勝利は、次なる大きなギャンブルに挑むための、最高の準備期間なのだと。
その日の夜。
ダンジョンから帰還した隼人は、自室で再びSeekerNetの情報の海へとダイブした。
目的は明確だ。
先日フリーマーケットで手に入れたMP+110の装備。
そして、レベルアップによって得られた潤沢なMP。
この新たなリソースを使い、彼のビルドを次のステージへと引き上げる、新たなオーラスキルを探すために。
彼が向かったのは、いつもの『戦士クラス総合スレ』。
彼は検索窓にこう打ち込んだ。
『オーラ おすすめ 火力以外』
彼の今の火力は、D級においてはすでにオーバースペック気味だ。
彼が求めているのは、純粋なダメージの上乗せではない。
もっと戦略的で、もっと未来の投資となるような、新たな「力」。
スレッドを読み漁っていくと、ベテランたちの議論は、大きく二つの方向に収束していた。
それは、戦士というクラスの永遠のテーマとも言える、二つの選択肢だった。
【第一の回答:活力のオーラ】
一つ目の回答。
それは、**【活力のオーラ(バイタリティ)】による「生存性の極致」**を目指すという思想だった。
元ギルドマン@戦士一筋:
『火力は憎悪のオーラで十分だというのなら、次に目指すべきはやはり「死なないこと」の追求だろう。
そこでお勧めするのが**【活力のオーラ】**だ。
レベル1の時点ではMP予約28で毎秒10のHP自動回復。お前の指輪【混沌の血脈】と合わせれば、秒間25のリジェネだ。これだけでも十分に強力。
だが、このスキルの真価はその成長性にある』
ハクスラ廃人:
『その通りだぜ。こいつはスキルレベルが上がるにつれて、その回復量と消費MPがとんでもねえ勢いで跳ね上がっていく。
最終的には毎秒193回復というとんでもない性能になるが、その代わり予約MPも233必要になる。
つまり、MPがあればあるほどその恩恵がデカくなる、大器晩成型のオーラってわけだ』
ベテランシーカ―:
『ええ。隼人さんのように【生命の泉】のパッシブを取得しているプレイヤーにとっては、最高の選択肢の一つです。
割合回復の【生命の泉】と、固定値回復の【活力のオーラ】。
この二つのリジェネを同時に展開すれば、あなたはまさに「歩く要塞」。C級、B級のボスの強力な継続ダメージすらも、笑って耐え抜くことができるでしょう』
それは、あまりにも堅実で、そして魅力的な提案だった。
これさえあれば、二度とあのバジリスクのようなDoT地獄に苦しめられることはないだろう。
【第二の回答:精密のオーラ】
だが、隼人はすぐにその選択肢に飛びつきはしなかった。
彼は、もう一つの全く思想の異なる提案に、目を奪われていたからだ。
それは、**【精密のオーラ】**という、あまりにも地味で、しかし本質的な力だった。
疾風のローグ:
『リジェネ?耐性?戦士の旦那方は、相変わらず亀みてえな戦い方が好きらしいな。
俺たちスピード狂から言わせりゃ、そんなもんは二の次だ。
お前ら忘れてねえか?この世界の大原則を。
**「当たらなければ意味がない」**ってな』
ハクスラ廃人:
『…出たなローグ。だが、こいつの言うことにも一理ある。
JOKER、よく聞け。C級以上のダンジョンになると、回避力が異常に高いエリートモンスターが頻繁に出現するようになる。
そいつらは硬くはない。だが、とにかく攻撃が当たらねえ。
お前の自慢の一撃も、空を切るだけならただの素振りだ。
そのクソッタレな泥試合を避けるために必要になるのが、**「精度」**というステータスだ』
元ギルドマン@戦士一筋:
『うむ。そして、その精度を最も効率的に確保する手段。それが**【プレシジョン(精密のオーラ)】**だ。
こいつはレベル10から使用可能で、予約MPもたったの22。それでいて、精度を+93も上げてくれる。まさに「使い得」の神スキルだ。
C級に挑戦するなら、これがないと話にならないと言っても過言ではない』
活力のオーラか、精度のオーラか。
生存性を取るか、未来への投資を取るか。
隼人は、その二つの選択肢を前にして、静かに思考を巡らせていた。
彼は選んだ。
だが、その選択は視聴者たちの予想の斜め上をいくものだった。
彼は、どちらか一方を選ぶのではない。
「…面白い」
彼は、ARカメラの向こうの観客たちに、不敵に笑いかけた。
「――両方試してみりゃ、いいだけの話だろ?」
そのあまりにもJOKERらしい回答に、コメント欄が沸き立った。
そうだ、彼には【複数人の人生】がある。
一つのビルドに固執する必要など、ないのだ。
彼はその場でマーケットへとアクセスした。
そして、彼がまず購入したのは**【プレシジョン(精密のオーラ)】**のスキルジェムだった。
価格は3万円。
彼のギャンブラーとしての判断が、より優先順位が高いのはこちらだと告げていた。
なぜなら、「攻撃が当たらない」という事態は、「HPが足りない」という状況よりも遥かに、彼にとって屈辱的な「敗北」を意味するからだ。
そして彼は、残りの金で【活力のオーラ】のジェムも購入した。
こちらは4万円。少し高かったが、彼の資産はまだ十分に残っている。
二つの新たなオーラ。
二つの新たな可能性。
彼はその二つの宝石を手に取り、自らの魂へとセットした。




