第56話
(…足りない)
彼の脳裏には、あのSeekerNetの深淵で垣間見た、神々の領域が焼き付いて離れない。
「フィニッシュスキル」による、芸術的なまでの連鎖爆破。
複数のオーラをその身に宿し、歩く要塞と化す「オーラスタッカー」。
それらの力に比べれば、今の自分は、まだあまりにも非力で、あまりにも平凡だ。
(もっと、MPがあれば…)
それこそが、彼の現在の最大の課題だった。
MP。
その、絶対的なリソースの不足。
それが、彼のビルドの可能性に、重い枷をはめていた。
新たなオーラを張ることも、強力なフィニッシュスキルを起動することもできない。
彼は、決意した。
次なる一手は、装備の更新。
特に、彼のビルドの中で最も性能が低い、「頭」と「胴」の二つの部位。
この二つのスロットで、MPを大幅に引き上げること。
それこそが、彼が次のステージへと進むための、最も確実な切符だった。
彼はその日の周回を終えると、ダンジョンを後にした。
向かう先は、新宿の換金所ではない。
混沌と欲望と、そして彼が求めるお宝が眠る街、上野。
JRの高架下に広がる、あの治外法権のフリーマーケット。
彼が一度はその身を投じ、そして勝利を掴んだ、思い出の場所だ。
彼の銀行口座には、この数日間の稼ぎで、再び20万円を超える軍資金が眠っている。
彼はもはや、ガラクタの山から奇跡のかけらを探し出す、貧しい冒険者ではない。
明確な目的を持って、市場に乗り込んできた、プロのバイヤーだった。
アメヤ横丁の喧騒をすり抜け、JRの高架下へと足を踏み入れる。
そこは相変わらず、混沌としたエネルギーに満ち溢れていた。
ベンダーたちの怒号。探索者たちの真剣な、値切り交渉の声。そして、そこかしこから漂ってくる得体のしれない食べ物の匂い。
隼人は、その胡散臭い空気に、むしろ心が落ち着くのを感じていた。
ここは、騙される方が悪い、自己責任の世界。
彼のギャンブラーとしての本能が、研ぎ澄まされていくのを感じた。
彼の目的は、明確だった。「頭」と「胴」、二つの装備。
そして、その条件はただ一つ。
「二つの装備で、合計HP+20以上、そして何よりも、合計MP+100以上」。
これだけのMPがあれば、彼は新たに一つの強力なオーラか、あるいはあの魅力的なフィニッシュスキルを起動することができる。
彼は、高価なユニークアイテムには目もくれない。
彼が探すのは、名もなき職人が作り、誰かが使い古した、しかし確かな性能を秘めた「レア等級(黄色)」の装備。
その方が、コストパフォーマンスも、そして何よりも「探す」というギャンブルの楽しみもあるからだ。
彼はまず、防具を専門に扱う、いくつかの露店を見て回った。
山のように積まれた、中古の鎧や兜。
その中から、自らの「鑑定眼」だけを頼りに、お宝を探し出す。
(…ダメだ。HPは高くても、MPが低い)
(こいつはMPは高いが、マイナスの特性(MOD)が付いてやがる)
(これは、ただのゴミだな…)
数時間の探索。
彼の目はすでに、何百、何千というアイテムを、そのフィルターにかけていた。
だが、彼の理想とする完璧な組み合わせは、なかなか見つからない。
やはり、MP増加のMODは需要が高いらしい。良品は、すぐに売れてしまうのだろう。
彼が、少しだけ焦りを感じ始めた、その時だった。
彼は、マーケットの最も奥まった、そして最も薄暗い一角で、一つの露店に足を止めた。
そこは、老人の店主が一人で切り盛りする、古びた防具屋。
商品のほとんどが、錆びつき、あるいは凹んだ、ガラクタ同然の品揃え。
だが、隼人の目は、そのガラクタの山の中に埋もれていた、二つのアイテムを見逃さなかった。
一つは、ひどく使い込まれた鉄の兜。
もう一つは、上質な、しかし無数の傷跡が刻まれた革の鎧。
どちらも、見た目はみすぼらしい。
だが、その二つのアイテムから放たれる魔力のオーラは、周囲のガラクタとは、明らかに質が違っていた。
(…見つけた)
彼の口元に、笑みが浮かんだ。
「…オヤジ、これ見せてくれ」
隼人が声をかけると、眠たそうにしていた老人の店主が、ゆっくりと顔を上げた。
「…ん?ああ、好きなだけ見ていきな」
隼人はまず、鉄の兜を手に取った。
ARシステムが、その性能を表示する。
====================================
アイテム名: 賢者の鉄兜
等級: レア(黄)
効果:
最大MP +60
最大HP +15
雷耐性 +8%
====================================
MP+60。HP+15。
悪くない。むしろ、大当たりだ。
次に彼は、革の鎧を手に取った。
====================================
アイテム名: 魔道士の革鎧
等級: レア(黄)
効果:
最大MP +50
最大HP +10
受ける気絶時間が、15%短縮
====================================
MP+50。HP+10。
これもまた、彼の求める条件を完璧に満たしていた。
二つ合わせれば、MPは+110。HPは+25。
完璧だ。
問題は、値段だけ。
「…オヤじ、この二つでいくらだ?」
隼人の問いかけに、老人はその鋭い目で、彼をじろりと見つめた。
「…ほう。兄ちゃん、なかなか目利きじゃねえか。そいつらは、見た目は悪いが、なかなかいいMODが付いてる。二つ合わせて、そうだな…7万円でどうだい?」
7万円。
市場価格としては、妥当なラインだろう。
だが、隼人は首を横に振った。
「高いな」
「…何が高い。これだけの性能だ。むしろ、安いくらいだぞ」
「確かに、性能はいい。だがな、オヤジ」
隼人の目が、鋭く光る。
「この兜と鎧。どちらも、前の持ち主の名前が刻まれてる。ギルドの紋章もな。俺が調べた限り、この紋章のギルドは、一ヶ月前のC級ダンジョンのレイドで、半壊したはずだ」
「…!」
老人の顔が、わずかに強張る。
「つまり、こいつらは正規のルートで市場に流れてきたもんじゃねえ。死んだ探索者から剥ぎ取った、『ワケあり品』だろ?ギルドにバレたら、あんたの店も、おしまいだぜ?」
「…………」
「俺は、それを見逃してやる。その代わり、この二つ合わせて、5万円で売れ。俺にとっても、あんたにとっても、悪い話じゃないはずだ」
完璧な、ブラフと脅し。
彼のギャンブルの腕が、ここでもその真価を発揮する。
長い、沈黙の後。
老人は、深くため息をついた。
「…分かったよ。兄ちゃんの勝ちだ」
「5万円で、持ってきな」
駆け引きの末、彼は二つの極めて有用なレア装備を、合計5万円という破格の値段で、手に入れることに成功したのだ。
隼人はその場で、手に入れたばかりの兜と鎧を装備した。
彼がこれまで身に着けていた、ガラクタの装備をインベントリへと仕舞う。
そして、新たな力をその身に宿した、瞬間。
彼のステータスウィンドウが更新され、HPとMPの最大値が、大幅に上昇した。
HP: 392 -> 417
MP: 60 -> 170
MPが、170。
これまでの、約3倍。
その圧倒的なリソースの増加。
それは、彼に新たな、そして無限の可能性の扉を開いたことを、意味していた。
彼は、スキルウィンドウを開く。
これまで灰色で表示され、彼を焦らしていた、数々のオーラスキルやフィニッシュスキルのアイコン。
それらが今、彼の目の前で、起動可能な状態となって、力強く輝いている。
【決意のオーラ】で、鉄壁の物理要塞となるか。
あるいは、【フィニッシュ・オブ・アイス】で、氷のフィニッシュブローを手に入れるか。
【憤怒のオーラ】で、さらなる火力を追求するのも面白い。
「…なるほどな」
彼の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「これで、ようやく本当の『ビルド構築』が、始められるってわけだ」
物語は、次なるビルドの方向性を前にして、主人公がその選択肢の多さに歓喜し、自らの無限の可能性に心を躍らせる、その最高の瞬間を描き出して、幕を閉じた。
項目値・詳細出典・算出根拠
名前神崎 隼人 / JOKER
レベル10
クラス戦士 Lv.4
HP570 / 570(基礎310 + 装備140) × パッシブ1.20
MP170 / 170 (予約: 0)(基礎60 + 装備110)
筋力 (Strength)50基礎25 + ステ振り25
体力 (Constitution)27
敏捷 (Dexterity)17
知性 (Intelligence)12
精神 (Mentality)11
幸運 (Luck)??
ステータスポイント残り: 15温存10 + Lv10獲得分5
パッシブスキルポイント残り: 3Lv8,9,10の獲得分
種別スキル名備考出典
ユニークスキル【複数人の人生】複数のビルドを保存・切り替え可能。
【運命の天秤】確率を操作し奇跡的な結果を生み出す。
クラススキル 【パワーアタック Lv.1】次の近接攻撃の威力を150%に上昇させる。
【挑発 Lv.1】
【不屈の魂 Lv.1】(パッシブ) HP35%以下で一度だけデバフ全解除&物理軽減。
カスタムスキル【無限斬撃】(ヘビーストライク + マナ・リーチ + 近接物理ダメージ増加 + 速度増加)
【衝撃波の一撃】(パワーアタック + 衝撃波 + 残虐 + 気絶)
【鉄壁の報復】(パリィ + ガード時にライフ回復 + リポスト + クールダウン短縮)
オーラスキル 【元素の盾 Lv.10】周囲の味方の全属性耐性+26%。(【清純の元素】により付与)
【憎悪のオーラ Lv.15】物理ダメージの37%を追加冷気ダメージとして得る。(【憎悪の残響】により付与)
【自動呪言】リンクした呪いを自動発動。MP予約10%。
【吹雪の鎧】凍傷・凍結無効。MP予約25%。
所持スキルジェム【脆弱の呪い】自動呪言とリンク中。
【フロストウォール】インベントリに保管中。
スロット装備品名効果・備考出典
武器【憎悪の残響】Lv15憎悪のオーラ付与(MP予約0) / 装備要件: 筋力50
頭賢者の鉄兜 (レア)HP+15, MP+60, 雷耐性+8%
胴魔道士の革鎧 (レア)HP+10, MP+50, 気絶回復速度+15%
手【万象の守り】 (ユニーク)攻撃速度+15%全属性耐性+25%
足【使い古された革のブーツ】移動速度+8%
首輪【清純の元素】 (ユニーク)全耐性+5%HP+40スキル【元素の盾 Lv.10】付与
指輪 (左)【元素の円環】 (ユニーク)【元素の盾】のMP予約コストを100%減少させる。
指輪 (右)【混沌の血脈】 (ユニーク)攻撃に15-30混沌ダメージ追加毎秒15HP自動回復。
ベルト【宿命の腰帯】 (レア)HP+100全属性耐性+15%混沌耐性+25%
スロットフラスコ名効果出典
1ライフフラスコ (中)HPを回復する。
2マナフラスコ (小)MPを回復する。
3水銀のフラスコ使用後4秒間移動速度が40%上昇する。
4解呪のフラスコ使用時自身にかかっている呪い(デバフ)を解除する。
5アメジストのフラスコ使用後6秒間混沌耐性が35%上昇する。




