第53話
神崎隼人がD級ダンジョン【打ち捨てられた王家の地下墓地】の主、【骸骨の百人隊長】を討伐し、その忌々しいギミックを完全に打ち破ってから、数日が経過した。
その衝撃は、これまでのどの奇跡よりも大きく、そして深く、日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』という情報の海を、揺るがしていた。
サイトのトップページに表示される、リアルタイム人気スレッドランキング。
その上位は、もはや彼の名前で埋め尽くされていた。
1位:『【神回】JOKER、D級ボスを初見で撃破【リベンジマッチ】 Part.12』
2位:『【議論】JOKERのビルドは、本当に戦士なのか? Part.5』
3位:『【アンチスレ】新人JOKER、運だけで成り上がってる説 Part.2』
4位:『【募集】JOKERさんを見て冒険者を始めましたが、心が折れそうです』
5位:『【予想】JOKERの次のビルドは、魔術師か盗賊か』
賛否両論。賞賛と、嫉妬。そして、憧れと、絶望。
あらゆる感情が渦巻きながらも、その全ての中心にいるのは、間違いなく彼、神崎隼人 "JOKER" だった。
F級ダンジョンに初めて足を踏み入れてから、わずか一ヶ月。
一人の無名の青年は、もはやこの世界の誰もが無視できない、巨大な熱狂の中心となっていたのだ。
そして、その中でもひときわ大きな盛り上がりを見せていたのが、一つのスレッドだった。
そこは、ただ彼を賞賛したり、あるいは貶したりするだけの場所ではない。
彼のこれまでの軌跡を、冷静に、そして専門的に分析しようと試みる、百戦錬磨のベテラン探索者たちが集う議論の場だった。
スレッドタイトル:『新人JOKERの「異常性」について、真剣に語るスレ』
そのスレッドは、静かに、しかし確実に一つの巨大なうねりとなり、JOKERという男の「伝説」を形作っていくことになる。
1. 名無しのベテランシーカ―
さてと。
例の新人…JOKERが、探索者登録をしてから、ちょうど一ヶ月が経過した。
俺は、彼の全ての配信をリアルタイムで見てきたが、正直に言って、まだ頭の整理が追いついていない。
F級のゴブリンの洞窟から始まり、E級の砦と毒蛇の巣窟を制覇。そして先日、あの初見殺しで有名なD級の骸骨の王すらも、打ち破ってみせた。
この一ヶ月の成長速度は、明らかに異常だ。
お前らは、彼の本当のヤバさを、どこに感じている?
2. ハクスラ廃人
そりゃ、決まってんだろ。
議論の余地もねえ。
**「運」**だよ。
それも、尋常じゃねえ、神に愛されたとしか言いようのないレベルのな。
あいつのドロップ見てみろよ。お前ら、正気でいられるか?
・初日:【万象の守り】(ノーマル等級のガラクタから、クラフトでいきなり国宝級のユニークを創造。もはや、意味が分からん)
・数日後:【清純の元素】(初心者救済ユニークの代表格。これを拾えるかどうかで、序盤の安定性が天と地ほど変わる)
・同日:【灰燼の首飾り】(STR型火炎トーテムビルドの、最終装備候補の一つ。F級でドロップする代物じゃねえ)
・E級ダンジョン:【混沌の血脈】(ライフビルドの必需品。これも本来なら、C級以上でようやくお目にかかれるクラスだ)
・そしてD級ボスドロップ:【憎悪の残響】(ノーコストで、憎悪のオーラ。は?頭おかしいのか?)
なあ、信じられるか?
たった一ヶ月で、ユニーク等級を5個だぞ?
しかも、そのほとんどが、特定のビルドの核となりうる、超有用なやつばかりだ。
俺なんか、もう5年このクソゲーをやってるが、ダンジョンでユニークなんて、片手で数えるほどしか見たことねえぞ。しかも、そのほとんどが使い道のない、ゴミユニークだ。
「ユニークが出た!」って喜んで鑑定したら、『移動速度が10%下がるが、敵が落とすゴールドの量が5%増える』みたいなクソ効果だった時の、俺の気持ちが分かるか?
当たり前のように、ポンポンユニーク出てるけど、普通はこんなに出ない。
絶対に、何かしらのカラクリがある。スキル【運命の天秤】がドロップにも影響してるのか、あるいはあいつ自身が、幸運の女神の隠し子かなんかだ。
3. 元ギルドマン@戦士一筋
ハクスラ廃人の言う通り、運も確かに異常だ。その点は、誰も否定できんだろう。
だが、俺が本当に末恐ろしいと思うのは、そこじゃない。
彼の**「判断力」と「胆力」**だ。
お前ら、あの骸骨の百人隊長戦を、思い出してみろ。
自分の鉄壁の防御ビルドが、全く通用しないと悟った、あの瞬間。
普通のプレイヤーなら、どうなる?
間違いなく、パニックになる。「こんなはずじゃなかった」「俺の最強のビルドが…」と固執し、なすすべもなくフラスコを浪費し、そして死ぬか、あるいは泣きながら撤退する。それが、凡人の限界だ。
だが、彼は違った。
彼は、即座に戦術を切り替え、まるで盗賊のように、回避とパリィを主体とした立ち回りに、完全にスイッチした。
自分の得意な戦い方、これまで勝利を積み重ねてきた「成功体験」を、躊躇なく捨てられるあの冷静さ。
そして、勝ち筋が見えるまで決して諦めない、あの執念。
あれは、レベル9の新人が持つ精神力じゃない。
何千、何万という死線を乗り越え、酸いも甘いも噛み分けた、百戦錬磨のトップランカーのそれだ。
彼は、ただの幸運だけの男ではない。その幸運を掴み取るだけの、器が彼にはある。
4. 疾風のローグ
ああ、分かるぜ、ギルドの旦那。
あいつは、根っからの**「ギャンブラー」**なんだよ。
俺たち盗賊が、回避でリスクを「ゼロ」に近づける戦い方を好むのと同じように。
あいつは、リスクが高ければ高いほど、その状況を楽しんでいる。
あの絶望的な状況で、あいつの瞳は、恐怖ではなく、歓喜に輝いていた。俺には、そう見えたぜ。
そして、そのギリギリの土壇場で、最高のパフォーマンスを発揮する。
あれはもはや、才能としか言いようがない。
技量も、度胸も、判断力もある。
そして、何よりも一番重要な「運」が、飛び抜けて良い。
そりゃ、強いに決まってる。こんなの、アンフェアだろ。
ベテランたちの、その的確な分析に、それまでただ熱狂していただけの他の視聴者たちも、次々と同意の声を上げていく。
『確かに…。言われてみれば、彼の本当の強さは、そこなのかもしれないな…』
『ただの幸運だけの男じゃない。その幸運を掴み取るだけの、全てを持っているってことか…』
『JOKERさんみて冒険者始めたけど、ドロップしょぼすぎてワロタ。ゴブリンの耳と、汚れた布しか出ねえぞ…』
『分かる。俺もJOKERさんのクラフト見て、「俺も!」って思ってなけなしのオーブ使ったら、ただのゴミができた。泣きたい』
その悲痛な叫びは、JOKERという存在が、いかに規格外であるかを改めて証明していた。
そしてスレッドには、彼の未来を占う、新たな議論が巻き起こる。
『で、結局、JOKERさんは次に何を目指すんだろうな?』
『個人的には、魔法使いビルド組んでほしいなー。あの圧倒的な殲滅魔法を、JOKERさんが使ったらどうなるのか、見てみたい!』
『いや、あの華麗な立ち回りを見たら、盗賊ビルドだろ?回避とクリティカルで全てを葬り去る、暗殺者JOKER、絶対格好良いって!』
『今の戦士ビルドを極めるのも、見てみたいけどな。あの完全反射ビルドとか、目指さないかな』
その無数の期待の声。
それら全てを見つめながら、一人の視聴者が、このスレッドの結論とも言える、一つの言葉を投稿した。
『つまり、JOKERは「戦士」とか、「ギャンブラー」とか、そういう既存のカテゴリーには収まらない。**「JOKER」という、一つの新しい「ジャンル」**なんだ…』
その一言は、全ての視聴者の心を捉えた。
そうだ、彼はもはや、ただの新人ではない。
この世界の常識を、ルールを、そして探索者のあり方そのものを、根底から覆しかねない、規格外のイレギュラー。
最後に、あのベテランシーカ―が、静かにその言葉を締めくくった。
ベテランシーカ―
ええ。
彼が、次に何をするのか。
私には、全く予想ができません。
D級を制覇した今、彼はC級を目指すのか。
あるいは、我々の想像の斜め上を行く、誰も思いつかないような新たなギャンブルに挑むのか。
ですが、一つだけ確信していることがあります。
彼が歩むその道は、必ず私達の心を震わせる、最高のエンターテイメントになるということ。
私は、ただ一人のファンとして、彼の次なるショーを楽しみに待つだけです。
その書き込みを最後に、スレッドは賞賛と期待の言葉で、埋め尽くされた。
物語は、一人の男のたった一ヶ月の軌跡が、もはや彼一人の物語ではなく、数万人の観客を巻き込んだ壮大な「伝説」へと変わり始めた、その事実を描き出して、幕を閉じた。




