第50話
神崎隼人は、再びあの忌々しい場所へと戻ってきた。
D級ダンジョン、【打ち捨てられた王家の地下墓地】。
ひんやりとした、大理石の床。壁に描かれた、王族たちの瞳のない肖像画。そして、彼の肌を刺す、静かで冷たい死の気配。
前回、彼はこの場所で、初めての「敗北」を喫した。
ボスのギミックを見抜けず、戦略的撤退を余儀なくされた。
だが、今日の彼は違う。
彼の腰のベルトには、マーケットで手に入れた5本のフラスコが、確かな存在感を放っている。
そして何よりも、彼の魂には、昨夜新たに手に入れた一つのスキルジェム…**【吹雪の鎧】**が、静かにその出番を待っていた。
準備は、万端だ。
テーブルのルールも、ディーラーのイカサマの手口も、全て見切った。
あとは、このテーブルで俺が最強であることを、証明するだけ。
彼は、地下墓地の入り口でARコンタクトレンズを装着し、配信のスイッチを入れた。
タイトルは、シンプルに、そしてこれ以上ないほど挑戦的だった。
『【D級リベンジ】骸骨の王よ、遊びは終わりだ【新スキルテスト】』
そのタイトルが表示された、瞬間。
彼のチャンネルには、通知を待ち構えていた数万人の観客たちが、津波のように殺到してきた。
コメント欄は、彼のリベンジマッチを期待する熱狂的な声で、埋め尽くされる。
『きたああああああ!リベンジ配信!』
『待ってたぜ、JOKERさん!』
『あのクソボスを、どう攻略するのか見せてくれ!』
『新スキルテストってことは、あの吹雪の鎧か!?』
隼人は、その熱狂を背中に感じながら、カメラの向こうの観客たちに、不敵に笑いかけた。
「よう、お前ら。昨日は、見苦しいところを見せちまったな」
彼は、わざとそう嘯いてみせる。
「昨日は、テーブルのルールを知らなかった。だが、今日の俺は違う。イカサマのタネは、見切った。今度は、こっちがハメる番だ」
その力強い宣言に、コメント欄がさらに沸き立つ。
彼はゆっくりと、地下墓地の重い石の扉を押し開け、その冷たい闇の中へと、再びその身を投じた。
地下墓地の内部は、相変わらず静寂に包まれていた。
だが、今の隼人には、その静寂すらも心地よいBGMに感じられた。
彼はまず、最初の広間へと進む。
カタカタと、お馴染みの音を立てて、数体の骸骨兵が地面から湧き出てきた。
以前の彼であれば、【無限斬撃】で一瞬で処理していた相手。
だが、今日の彼は違った。
「さてと。まずは、こいつの性能テストから始めるとすっか」
彼はそう言うと、自らのオーラを切り替えた。
これまで彼の火力の根幹を支えていた、【自動呪言】のオーラをオフにする。
そして代わりに、昨夜手に入れたばかりの、新たなスキルを起動させた。【吹雪の鎧】。
彼の全身を、青白いダイヤモンドダストのような冷気のオーラが、ふわりと包み込む。
彼のMPバーの25%が、予約済みの鈍い灰色へと変わった。
そして彼は、信じられない行動に出た。
殺到してくる骸骨兵の一体の攻撃を、彼は避けるでもなく、パリィするでもなく、ただその場に仁王立ちし、無防備にその身に受け止めたのだ。
『え!?』
『JOKERさん、何してんだ!?』
『避けないのかよ!』
視聴者たちの、悲鳴。
そして、骸骨兵の錆びついた剣が、確かに彼の胸当てを捉えた。
ゴン、という鈍い音。
だが、彼の赤いHPバーは、ピクリとも動かなかった。
代わりに、そのHPバーの上に新たに出現した、細く、しかし確かな青色のゲージが、ほんのわずかに1ミリほど減少しただけだった。
==================================== 物理ダメージ 1 を、受けました エナジーシールドが、ダメージを肩代わりしました エナジーシールド: 30/30 -> 29/30
「…なるほどな」
隼人は、その光景に感嘆の声を漏らした。
「HPの身代わりになるシールドか。これが、エナジーシールド…」
彼はその場で、骸骨の攻撃を数発受け続ける。
その度に、青いシールドだけが削れていき、彼の生命線であるHPは、全く傷つかない。
そして彼がバックステップで距離を取ると、魔法のような現象が起こった。
ダメージを受けなくなってから、ちょうど10秒後。
削れていた青いエナジーシールドのゲージが、一瞬で全快したのだ。
「10秒ダメージを食らわなけりゃ、全回復。…こりゃ、強いな」
彼は、そのあまりにも便利な防御システムに、心の底から感心していた。
「たった30のエナジーシールドでこれなら、もし100、いや、200もあれば…?まともな攻撃じゃ、HPに傷一つ付かなくなる。鉄壁じゃねえか?」
彼の、その素直な感想。
それが、コメント欄に潜んでいたある一派の魂に、火をつけた。「魔法使い派閥」。
彼らはこれまで、JOKERのあまりにも戦士に特化したビルドに、少しだけ寂しさを感じていたのだ。
魔術師A: そうだ!それだよ、JOKERさん!それこそが、魔法使いの戦い方だ!
ハクスラ廃人: HPを捨てて、ESに全てを賭ける。それが、俺たちCIビルドの真髄よ!
ベテランシーカ―: HPを気にせず、立ち回れる。詠唱に、集中できる。だから、魔法使いは強いんです。JOKERさん、あなたはその才能の入り口に、今、立ったんですよ!
その熱狂的な、魔法使い派閥のコメント。
それを見た他の視聴者たちも、次々と新たな期待の声を上げ始めた。
『次は、絶対魔法使いやってくれ!』
『JOKERさんの、MPスタックビルド見てみてえ!』
『【複数人の人生】があるんだから、やらない手はないだろ!』
その、あまりにも熱烈なラブコールに、隼人は苦笑いを浮かべた。
そして彼は、いつものJOKERの不敵な笑みで、その期待を焦らすように答えた。
「はっ…それも面白そうだな。だが、そいつは強い魔法使い用の装備が手に入った時の、お楽しみだな」
その一言は、魔法使い派閥の期待をさらに煽る、最高のファンサービスとなった。
「さてと。ウォーミングアップは、終わりだ」
隼人はそう言うと、オーラを再び【吹雪の鎧】から、【自動呪言】へと切り替えた。
彼の全身を、再び禍々しい紫色のオーラが包み込む。
そして彼は、そこから本当の無双を始めた。
【無限斬撃】で骸骨兵を一撃で粉砕し、MPを回収する。
ネクロマンサーの集団が現れれば、その復活の詠唱が終わる前に、骸骨の壁を**【鉄壁の報復】でいなしながら強引に突破し、その懐で【衝撃波の一撃】**を叩き込む。
彼の前にはもはや、どんな敵も、どんなギミックも、意味をなさなかった。
彼は、このD級ダンジョンですら、自らの絶対的なホームグラウンドへと変えてしまっていた。
そして、ついに。
彼は、あの因縁の場所へとたどり着いた。
巨大な、円形のホール。
その中央に鎮座する、骨の玉座。
前回、彼に初めての敗北を味わわせた王が、そこにいた。
【骸骨の百人隊長】。
彼はゆっくりと立ち上がり、その空虚な眼窩の鬼火で、再び現れた侵入者を睨みつける。
そして、前回と全く同じように、その全身から青白い憎悪のオーラを放ち始めた。
広間全体が、凍てつく冷気に包まれる。
だが、隼人はもう動じない。
彼はその光景を冷静に見つめながら、ゆっくりと自らのオーラを切り替えた。
【自動呪言】を、オフに。
そして、【吹雪の鎧】を、オンに。
彼の体を、ダイヤモンドダストのようなオーラが包み込む。
それは、これから始まる吹雪の中での死闘を覚悟した、王者の構えだった。
彼は長剣を構え、ARカメラの向こうの観客たちに、そして目の前の骨の王に、静かに告げた。
「さてと」
「リベンジマッチの時間だ」
「――今度は、最後まで付き合ってもらうぜ、骨の王様」




