第49話
神崎隼人は、SeekerNetの『戦士クラス総合スレ』に記された、四つの「正解」を静かに見つめていた。
戦わないという、最もクレバーなビジネス的判断。
金で解決するという、最もシンプルで確実な資本主義的判断。
パッシブを歪めるという、最も愚かで非効率な悪手。
そして、フラスコに頼るという、あまりにも博死がすぎる一時しのぎ。
どれもが、一つの答えではある。
だが、彼のギャンブラーとしての魂は、そのどれにも納得していなかった。
もっと、スマートな勝ち方があるはずだ。
もっと、俺らしい勝ち方が。
セオリーの裏をかく、第三の選択肢。
誰も思いつかない、イカサマのような一手が。
彼の思考が、袋小路に入りかけた、その時だった。
彼は、スレッドの流れをさらに深く、深く読み進めていく。
そして、無数の議論の果て。ほとんどの人間が見向きもしないスレッドの最下層で、彼は一つの短い、しかし核心を突いた書き込みを見つけ出した。
名もなき戦術家:
『…ここまで誰も言及していないようだが、第五の選択肢も存在するぞ』
その一言に、隼人の全ての意識が集中した。
名もなき戦術家:
『なぜ、お前たちは常に一つのオーラしか使えないと思い込んでいる?』
【結】第五の回答と、ギャンブラーの選択
その書き込みは、こう続いていた。
名もなき戦術家:
『答えは、スキルジェム**【吹雪の鎧】だ。
効果は二つ。一つは、おまけ程度の+30のエナジーシールド。そしてもう一つが、本命。「あなたは凍傷と凍結状態にならない」**という、絶対的な無効化能力だ。
ただし、これには二つの大きな代償がある。
一つは、このスキルが他の鎧シリーズのバフ…例えば、【モルテンシェル】や【鋼の肌】といった防御スキルを、無効化してしまうこと。
そしてもう一つが、最大MPの25%を予約するという、極めて重いコストだ』
25%のMP予約。
その数字を見た瞬間、コメント欄は、「使えねえな、それ」「戦士のMPじゃ、無理だろ」という、否定的な意見で埋め尽くされた。
だが、その書き込みの主は、それを鼻で笑った。
名もなき戦術家:
『だから、頭を使えと言っているんだ。
このスキルは、常に使うものじゃない。
お前たちが普段使っているオーラ…例えば、【自動呪言】のオーラを、一旦オフにする。そして、あの骸骨の百人隊長のような、凍結を使ってくる敵と対峙する、その時だけ、この【吹雪の鎧】をオンにするんだ。
ボスを倒し、危険が去れば、また元のオーラに戻せばいい。
たったそれだけのスイッチの切り替えで、あの最悪のギミックを、完全に無力化できる。
値段も、そこまで高くはない。フリーマーケットを探せば、5万円程度で見つかるはずだ。
これこそが、最もスマートで、最もコストパフォーマンスに優れた回答だと、俺は思うがな』
その、あまりにも鮮やかな「解法」。
隼人の脳内に、電流が走った。
これだ。
これこそが、俺が求めていた答えだ。
金に物を言わせる、ゴリ押しではない。
運に全てを委ねる、無謀な博打でもない。
ビルドの根幹を歪める、愚かな選択でもない。
状況に応じて、自らの手札を切り替える、極めて高度な戦術的判断。
(…なるほどな。面白い)
隼人の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
(普段は、最強の火力構成で雑魚を殲滅する。そして、ボス戦のここぞという場面でだけ、防御用のカードに切り替える。…完璧なスイッチングだ)
彼は、決めた。
これが、俺の選ぶべき道だ。
彼はすぐさま、SeekerNetのマーケット機能を起動し、【吹雪の鎧】のスキルジェムを検索した。
幸運にも、アメ横のフリーマーケットに、一つだけ出品があった。
価格は、5万円。
彼は、躊躇しなかった。
その場で、購入を確定させる。
数分後、彼の手元に、スキルジェムが転送されてくる。
彼は早速、その青白い宝石を手に取り、自らの魂へとセットした。
そして試すように、これまで発動させていた【自動呪言】のオーラをオフにする。
代わりに、【吹雪の鎧】を起動。
彼の体を、冷たい、しかし頼もしい吹雪のオーラが包み込み、MPバーの4分の1が、予約済みの色へと変わった。
動作は、完璧だ。
彼は満足げに頷くと、配信のスイッチを切った。
そして、ベッドへと倒れ込む。
彼の心は、すでに明日のリベンジマッチへと飛んでいた。
あの骸骨の王に、この新たな力が通用するのか。
いや、通用させてみせる。




