第468話
その日の世界の空気は、一つの巨大な「祭り」の熱狂に、完全に支配されていた。
【四天王集結、アトラスの守護者たち】。
JOKERが、そのあまりにも唐突な、そしてどこまでも挑戦的な「招待状」を、世界の頂点に立つ三人の少女たちへと送った、あの日から数日。
SeekerNetの掲示板は、連日その話題で持ちきりだった。
誰が、最初に、己が担当するガーディアンのマップを見つけ出すのか。
そして、誰が、最初に、その未知なる試練を乗り越えるのか。
世界の、数千万の視線が、四人の天才たちの、その次なる一手に注がれていた。
そして、その沈黙を最初に破ったのは、やはり、あの最も自由で、そして最も予測不能な、オーディンの不死鳥だった。
◇
【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1175】
1: 名無しの実況民A
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
始まるぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
アリスちゃんが、見つけたらしいぞ!!!!!!!!!!!!!!!
最初の、ガーディアンマップを!!!!!!!!!!!!!!!!
2: 名無しのゲーマー
1
乙!
マジかよ!一番乗りは、アリスちゃんか!
さすが、持ってる女は違うな!
3: 名無しのビルド考察家
2
一体、どのガーディアンだ…?ミノタウロスか?フェニックスか?
いや、彼女の猪突猛進なスタイルを考えれば、あるいは…。
その、あまりにも巨大な期待。
それに、答えるかのように。
午後9時きっかり。
二つの、あまりにも見慣れた配信が、同時に始まった。
【配信タイトル:【アトラスガーディアン】ヒュドラさん、見つけましたわ!【レース一番乗り!】】
【配信者:アリス@オーディン】
【配信タイトル:【神々の観戦席】不死鳥vs多頭蛇、高みの見物】
【配信者:JOKER】
JOKERの配信画面には、アリスの、そのやる気に満ち溢れたサムネイルが大きく映し出され、そのワイプの中で、JOKER、ソフィア、そして湊が、どこか楽しそうに、その歴史的瞬間の始まりを待っていた。
「よう、お前ら。見ての通り、今夜は観戦モードだ」
JOKERの声が、1200万を超える観客の鼓膜を揺らす。
「四天王レース、最初の走者は、あのお転婆娘、アリスだ。さて、どんなショーを見せてくれるかな」
その、あまりにも楽しそうな声。
それが、この血と、氷と、そして不屈の魂の物語の、始まりの合図だった。
◇
「皆さん、こんばんはー!アリスですわ!」
アリスは、その大きなサファイアのような青い瞳を、闘志の炎で燃え上がらせていた。
彼女のARウィンドウには、一枚の、禍々しい紋様が刻まれたマップが表示されている。
【ヒュドラの巣窟】。
「やりましたわ!ついに、見つけました!JOKER先輩、小鈴さん、ソフィアさん!お先に、行かせていただきますわよ!」
その、あまりにも無邪気な、そしてどこまでも挑戦的な、勝利宣言。
それに、コメント欄は「頑張って!」「アリスちゃんなら、やれる!」「一番乗り、おめでとう!」といった、温かい応援の言葉で埋め尽くされていた。
彼女は、その声援を背に、自らの楽園諸島のマップデバイスに、その神々の領域への鍵を、捧げた。
開かれたポータルは、どこまでも深く、そしてどこまでも湿った、緑色の渦だった。
彼女が、その中へと飛び込んだ先。
ヒュドラマップは、下水道だった。
それは、かつて月ノ宮るりが伝説を創り上げた、あの【忘れられた下水道】を、さらに巨大に、そしてさらに禍々しくしたかのような、古代の、巨大な地下水路。
「…うぅ。少し、ジメジメしますわね」
アリスは、その美しい顔を、わずかに歪ませた。
だが、彼女は歩みを止めない。
彼女は、その闇の奥深くへと、下水道を進んでいく。
そして、数十分後。
彼女は、ついに、その場所へと到達する。
そこは、ひときわ巨大な、円形の空間だった。
天井からは、滝のように汚水が流れ落ち、その水しぶきが、不気味な緑色の燐光を放つ苔を、妖しく照らし出している。
そして、その空間の、中央。
それは、いた。
弓矢を携えた敵が、待ってる。
身長は、3メートルほど。その下半身は、巨大な蛇。だが、その上半身は、驚くほどに引き締まった、人間の女性のものだった。その肌は、青白い鱗に覆われ、その背中からは、まるで孔雀の羽のように、無数の、蛇の頭が生えていた。そして、その手に握られているのは、彼女の身長ほどもある、珊瑚と骨でできた、巨大な弓。
【ヒュドラの守護者、リリス】。
その、あまりにも美しく、そしてどこまでも冒涜的な姿。
そして、アリスが、本当に驚愕したのは、そのボスの姿ではなかった。
横には、大砲が、大量にある。
その、円形の闘技場を囲むようにして、数十門の、古代の遺跡から発掘されたかのような、禍々しい紋様が刻まれた、石造りの大砲が、静かに、そして確かに、その砲門を、彼女ただ一人へと向けていた。
「なるほど、こういうタイプですの。…行きましょう!」
アリスは、その絶望的な光景を前にして、しかし不敵に笑った。
彼女は、その手に、黄金の雷霆を纏った。
そして、一直線に、そのヒュドラの守護者へと、突撃していった。
その、あまりにも無謀な突撃。
それに、コメント欄が、加速する。
『いけえええええええええええ!』
『アリスちゃん!突撃!突撃!』
戦いの火蓋は、切って落とされた。
アリスの突撃と、ほぼ同時に。
闘技場を囲む、数十門の大砲が、火を噴いた。
だが、放たれたのは、炎ではない。
大砲から、冷気属性の氷玉が、交互に出てきてる。
それは、絶対零度の、氷の弾丸。
闘技場の床を、まるでビリヤードの玉のように、不規則に反射しながら、アリスへと殺到する。
そして、弓矢で攻撃を仕掛けてくる。
ヒュドラの守護者、リリスもまた、その神速の弓捌きで、無数の、追尾性能を持つ氷の矢を、雨のように放ってきた。
上から、下から、そして横から。
その、あまりにも理不尽な、全方位からの弾幕。
「きゃっ!」
アリスは、その死の弾幕の中を、踊るように駆け抜ける。
立ち位置を常に考えなければ、凍結してしまう。いやらしいギミックだ。
「…ほう。面白い」
神々の観戦席で、JOKERが、その瞳を細めた。
「ただのボス戦じゃねえ。弾幕シューティングか。あのお転婆娘に、捌ききれるか?」
その、JOKERの問いに、答えるかのように。
アリスは、その弾幕の、ほんのわずかな隙間を、完璧に見切り、そしてついに、ヒュドラの懐へと、潜り込んだ。
接近戦を仕掛け、スマイトを一撃入れる。
「オラッ!」
黄金の雷霆が、炸裂する。
だが、その彼女の拳が、ヒュドラの、その青白い鱗に触れた、その瞬間だった。
弓矢で遠くを攻撃したと思うと、そこにワープしてしまう。
ヒュドラは、闘技場の、対極にある壁際へと、一本の矢を放ち、そしてその矢が着弾するのと同時に、その姿を、そこへと転移させていた。
「うわー!なんて事ですの!死ぬ気で接近したのに、また初めから!?」
と絶叫するアリス。
その、あまりにも無慈悲な、そしてどこまでも心を折りに来る、ヒットアンドアウェイ戦法。
それに、アリスは、その美しい顔を、これ以上ないほど、悔しさに歪ませた。
だが、彼女は諦めない。
**再び大砲の氷玉を避けながら、接近戦を仕掛けてスマイトする。これを複数回繰り返し、**そしてついに、彼女は、その無敵だったはずの戦術の、一つの「綻び」を、見つけ出した。
彼女は、あえて、その氷玉の一つを、その身に受けた。
HPが、3割、消し飛ぶ。
だが、その代償として。
彼女は、その被弾の硬直を、スマイトの、次なる一撃の、完璧な「起点」へと、変えてみせたのだ。
そして、彼女は、その傷ついた体で、しかしこれまでで最も速く、そして最も力強い一撃を、再びヒュドラの、その懐へと、叩き込んだ。
そして、ヒュドラが、ワープする、そのコンマ数秒前。
彼女は、その耳につけた通信機に、その全ての魂を込めて、叫んだ。
「JOKER先輩!見ましたか、今の!これですわ!」
その、あまりにも誇らしげな、そしてどこまでも弟子らしい、叫び。
それに、JOKERは、最高の、そしてどこまでも満足げな笑みを浮かべて、答えた。
「ああ。見てたぜ。最高の、一撃だった」
その、師弟の、あまりにも温かい、そしてどこまでも美しい、魂の交感。
それに、神々の観戦席にいた、ソフィアと湊もまた、その息を呑んでいた。
そして、彼らは理解した。
このレースの、本当の面白さを。
それは、ただのタイムアタックではない。
それぞれの、天才たちが、それぞれのやり方で、その魂を、成長させていく、物語なのだと。
戦いは、続いた。
アリスは、その後も、何度も、何度も、その命を散らし、そして蘇り、その度に、ヒュドラのHPを、確実に削り取っていった。
そして、ついにその時は来た。
彼女の、その不屈の猛攻の前に、ヒュドラの、その美しい鱗が、ひび割れ、そしてその神々の領域の力が、尽きようとしていた。
アリスは、その最後の、そして全てを終わらせるための一撃を、その黄金の拳に込めた。
そして、彼女は叫んだ。
「――これで、おしまいですわ!」
黄金の雷霆が、炸裂する。
ヒュドラの守護者は、その美しい顔に、初めて、満足げな笑みを浮かべたかのように見えた。
そして、彼女は、その存在ごと、この世界から完全に消滅した。
静寂。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、荒い息をつきながら、しかし確かな勝利を噛みしめる、一人の少女の姿だけだった。
そして、その彼女の足元に、一つの、小さな、しかしひときわ強い輝きを放つ、ドロップ品が、静かに、その姿を現した。
それは、ヒュドラの、その鱗の一枚のようだった。
ヒュドラのフラグメント、ゲット!
「…ふぅ。やった、やりましたわ…!」
アリスは、その場にへたり込んだ。
だが、その表情は、これ以上ないほどの、達成感に満ち溢れていた。
彼女は、その勝利の証を、震える指で拾い上げた。
そして、彼女は呟いた。
その声は、どこまでも、正直だった。
「…あとこれ、3回ですの…?しんどいですわね…」
その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも可愛らしい、本音。
それに、コメント欄は、万雷の拍手喝采と、そして温かい笑いに包まれた。
だが、彼女は、すぐにその顔を上げた。
その瞳には、再び、不屈の闘志の炎が、宿っていた。
「…でも、負けてられませんわ!」
彼女の、その力強い宣言。
それが、このあまりにも長く、そしてどこまでも美しい、レースの、新たな始まりを告げる、号砲となった。
世界の、本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。




