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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
4つ目の持たざる者編

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481/491

第464話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、一つの巨大な「祭り」の熱狂に、完全に支配されていた。

【アトラス】。

 数週間前に突如として世界の理に追加された、新たなエンドゲームコンテンツ。それは、これまでのダンジョンとは一線を画す、あまりにも深く、そしてどこまでも中毒性の高い「沼」だった。

 世界のトップランカーたちは、我先にとその未知なる領域へと足を踏み入れ、日夜、その開拓記録を競い合っていた。


【SeekerNet 掲示板 - アトラス攻略総合スレ Part. 28】


 1: 名無しのマップ開拓者

 スレ立て乙。

 さて、諸君。今日も始めようか。我々人類が、神々の気まぐれな悪戯に、どう立ち向かうべきかの議論を。

 俺は、昨日ようやくランク5のマップがドロップしたところだ。敵が、もうめちゃくちゃ硬い…。


 2: 名無しのA級魔術師


 >>1

 乙。

 ランク5か。大したもんだな。

 こっちは、まだランク3のマップを安定して周回するのがやっとだぜ。

 敵の数も、MODの効果も、ランクが上がるごとに指数関数的にキツくなっていく。


 3: 名無しのギルドマン

 うちのギルド、オーディンが昨日、世界で初めてランク8のマップをクリアしたらしいぞ。

 だが、その代償も大きかったようだ。A級の上位パーティが、半壊したとか…。

 この先、一体どうなっちまうんだ…。


 その、あまりにも熾烈な、そしてどこまでも過酷な、開拓時代の記録。

 スレッドには、期待と、興奮と、そしてそれ以上に大きな、未知への畏怖が渦巻いていた。

 誰もが、この新たなテーブルの、そのあまりにも高すぎる壁に、悪戦苦闘していた。

 ただ、一人の男を、除いては。


 ◇


【配信タイトル:【アトラス開拓】神々の庭、散歩してみるか】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:10,892,194人】


「よう、お前ら。見ての通り、今日はアトラスだ」

 JOKERの声は、どこまでも楽しそうだった。

 彼の配信画面に映し出されているのは、彼が所有する楽園諸島のプライベートアイランド。その、白砂のビーチに、彼専用のマップデバイスが、禍々しくも美しく鎮座していた。

「この数日間、裏でこそこそとマップを回していたが、ようやくレベルも上がったしな。そろそろ、本格的にこの新しいおもちゃで遊んでやろうと思ってな」


 彼の言葉を肯定するかのように、画面の隅に表示された彼のステータスウィンドウ。

 そこに記されたレベルは、【85】。

 その、あまりにも異常な、そしてどこまでも常軌を逸した成長速度。

 それに、コメント欄が、爆発した。


『は!?』

『レベル85!?いつの間に!』

『俺がランク2のマップでヒーヒー言ってる間に、この人、何周したんだよ!』


 JOKERは、その熱狂をBGMに、インベントリから一枚のマップストーンを取り出した。

【ランク10:溶岩の湖】。

 世界のトップギルドですら、まだ到達していない、未知の領域。

「まあ、小手調べには、ちょうどいいだろ」

 彼は、そう言うと、その灼熱の石を、マップデバイスへと、無造作に放り込んだ。

 そこから始まったのは、もはや開拓ではなかった。

 ただ、一方的な、そしてどこまでも美しい「蹂躙」だった。


 ◇


「――よし、終わりだ」

 数分後。

 JOKERは、そのランク10のマップの、ボスを倒し終えていた。

 彼の足元には、おびただしい数の高ランクアイテムと、そして次のランクへと続く、数枚のマップストーンが転がっている。

 彼は、その戦利品を手早く回収すると、その中の一枚を、再びマップデバイスへと投入した。

【ランク11:静寂の寺院】。

 彼は、その日一日、ただひたすらに、その作業を繰り返した。

 楽園諸島のマップデバイスで周回する。

 その、あまりにも退屈な、しかしどこまでも神がかった光景。

 それに、1000万人の観客は、もはや驚きすら通り越して、一種の安らぎすら感じ始めていた。

 だが、その水面下で。

 彼の、ギャンブラーとしての魂が、静かに、そして確実に、その渇きを訴え始めていたことを、まだ誰も知らなかった。

 そして、その渇きを癒すかのような、最高の「贈り物」。

 それが、彼の元へと届けられたのは、その日の配信が、終わりに近づいた、まさにその時だった。


 彼が、その日、20枚目となるランク12のマップ【水晶の鉱脈】をクリアした、その瞬間。

 ボスの亡骸から、ドロップしたのは、いつものマップストーンではなかった。

 一つの、異質な輝きを放つ、丸められた羊皮紙の巻物だった。

 その巻物は、獅子と、山羊と、そして蛇の頭を模した、禍々しい蝋で、厳重に封印されていた。


「――ほう!」


 JOKERの、その眠たげだった切れ長の瞳が、信じられないというように、大きく見開かれた。

 彼は、その巻物を拾い上げた。

 ひんやりとした、乾いた感触。

 彼がそれを視界に入れたその瞬間、彼のARコンタクトレンズが、その情報を自動的に表示した。


合成獣(キメラ)巣窟(そうくつ)

【ランク:???】

【種別:ガーディアンマップ】


「…ガーディアンマップ、だと…?」

 彼の口から、素直な、そしてどこまでも戦慄に満ちた、感嘆の声が漏れた。

 彼は、即座に、そのARウィンドウを操作し、SeekerNetの、そしてギルドの、最高機密データベースへとアクセスした。

 そして、彼は検索窓に、その名を打ち込んだ。

合成獣(キメラ)巣窟(そうくつ)』。

 数秒後。

 そこに表示されたのは、彼が、心の底から待ち望んでいた、最高の「答え」だった。


【検索結果:0件】


「…ドロップ報告は、一件もなしか」

 彼の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。

「――面白い」

 彼の、そのあまりにも静かな、しかしどこまでも重い一言。

 それが、この地獄の、本当の始まりを告げる、ファンファーレとなった。


 ◇


『は!?』

『ユニークマップ!?』

『なんだよ、それ!聞いたことねえぞ!』

『てか、ドロップ報告0件って…マジかよ!世界初かよ!』


 コメント欄が、これまでのどの熱狂とも比較にならない、本当の「爆発」を起こした。

 世界の、1000万人の観客が、歴史が動く、その瞬間の目撃者となっていた。

 その、あまりにも巨大な、そしてどこまでも純粋な好奇心の奔流。

 その中心で、JOKERは、その手にした、未知への「鍵」を、まるで愛おしい恋人でも見るかのように、眺めていた。

 そして、彼は言った。


「――じゃあ、入ってみるか」


 その、あまりにもあっさりとした、しかしどこまでも重い一言。

 それに、コメント欄が、今度は心配と、そして制止の声で、埋め尽くされた。


『おい!待て!』

『情報が、無さすぎる!』

『ランクも不明なんだぞ!?罠かもしれない!』

『気を付けて!』


 その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも温かい声援。

 それに、JOKERは、ふっと息を吐き出した。

 そして彼は、ARカメラの向こうの、その答えを待つ1000万人の観客たちに、その絶対的な、そしてどこまでも彼らしい「答え」を、告げた。


「分かってる。危ないなら、即退却するぜ」

「死んで元々、この世界はな」


 彼は、そう言うと、その楽園諸島の、美しいビーチに、静かに立った。

 そして、その手にした、キメラの巻物を、マップデバイスへと、捧げた。

 デバイスが、これまでにないほどの、禍々しい紫電を迸らせる。

 そして、彼の目の前に開かれたポータル。

 それは、いつもの青白い光ではない。

 まるで、血の渦。

 混沌そのものが、その口を開けたかのような、深紅の、絶望の渦だった。


「――じゃあ、いくか」


 彼は、その地獄の入り口を前にして、しかし最高の、そしてどこまでも楽しそうな、ギャンブル狂の笑みを浮かべて、その中へと、その一歩を踏み出した。

 彼の、新たな伝説が、また一つ、この世界の歴史に、確かに刻み込まれた、その瞬間だった。



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