表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
D級編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/491

第48話

 その日の夜、神崎隼人は、西新宿の殺風景な自室の闇の中に、一人座っていた。

 ギシリと軋む椅子。古びたパソコンのモニターだけが、彼の険しい表情を、ぼんやりと照らし出している。

 彼の脳裏には、数時間前のあの光景が、まるで呪いのように焼き付いていた。

 ひんやりとした、大理石の広間。

 玉座から立ち上がる、巨大な骸骨の王。

 そして、その王が放つ青白い憎悪のオーラをその身に浴び、無限に立ち上がってくる死者の軍勢。

 なすすべもなく、その身を蝕んでいった「凍傷」の、冷たい痛み。

 HPバーが、みるみるうちに削り取られていく、あの絶対的な絶望感。


 彼は、負けたのだ。

 探索者としてダンジョンに足を踏み入れて以来、初めての明確な「敗北」。

 それは、彼のプライドを深く傷つけた。

 だが、それ以上に彼の魂を震わせていたのは、別の感情だった。

 悔しさではない。恐怖でもない。

 それは、あまりにも難解で、あまりにも理不尽なパズルを前にした、子供のような純粋な**「好奇心」と「闘争心」**だった。

 あのイカサマテーブルを、どうひっくり返すか。

 あの必勝のギミックを、どう破壊するか。

 その思考が、彼のギャンブラーとしての本能を、最高に刺激していた。


 彼は、SeekerNetを開いた。

 そして、向かう先はただ一つ。

『戦士クラス総合スレ』。

 彼はその検索窓に、あの忌々しい敵の名前を、一字一字確かめるように打ち込んでいく。

『骸骨の百人隊長 凍傷 凍結 対策』


 そして彼は、この敗北の分析と、次なる勝利への布石、その全てをショーとして世界に晒すことを決めた。

 彼は、配信のスイッチを入れる。

 タイトルは、挑発的だった。


『【作戦会議】D級ボス「骸骨の百人隊長」を、どうハメるか?』


 そのタイトルを目にした彼のファンたちが、彼の無事を安堵すると同時に、その不遜な態度に呆れ、そして熱狂しながら、次々と彼のチャンネルへとなだれ込んできた。

 彼の敗北を見届けた数万人の視聴者たちが、彼の次なる一手に注目し、固唾を飲んで見守っている。

 JOKERのリベンジマッチ。

 その第一幕が、今、始まった。


【承】戦士スレに記された、四つの「正解」

 隼人が検索結果として表示されたスレッドを開くと、そこはまさに地獄の様相を呈していた。

『【悲報】百人隊長に、また全滅させられた…』

『【助けて】凍結ループから、抜け出せません』

『このクソボス設計した奴、頭おかしいだろ!』

 阿鼻叫喚の悲鳴。そして、幾多の屍を乗り越えた先人たちの、血の滲むような知識の蓄積。

 彼は、その膨大な情報の中から、彼が求める答えを探し当てていく。

 そして、彼が見つけ出した「凍結」への対策は、大きく分けて四つだった。


 彼は、その一つ一つを、視聴者に見せるように読み上げていく。


【第一の回答:戦わない】

「…ほう、まず一つ目の回答か」

 隼人は、スレッドの中で最も多くの「いいね」が付けられた、あるベテランの書き込みを見つけた。それは、あまりにもシンプルで、あまりにも身も蓋もない回答だった。


 名無しの古参兵:

『いいか、新人。お前が百人隊長の凍結ループにハメられて、ここに泣きついてきたというのなら、俺が授けられる答えはただ一つだ。「そういう敵とは、戦うな」』


 その一言に、コメント欄がざわつく。


 名無しの古参兵:

『そもそも、百人隊長は倒してもドロップするアイテムが、そのリスクと労力に全く見合っていない。大したレアも、ユニークも落とさないくせに、ギミックだけはD級の中でもトップクラスにいやらしい。つまり、典型的なハイリスク・ローリターンのクソボスだ。

 ダンジョンは、一つじゃない。行く場所は、選べるんだ。お前のような低級の探索者が、十分な対策を用意できないうちは、危険なテーブルには最初から近寄らない。ビジネスと、同じだ。これに尽きる』


 その、あまりにも合理的で、正しい意見。

 隼人は、静かに頷いた。

「なるほどな。勝てないゲームは、しない。これが、ビジネスとしては理想の立ち回りだ」

 彼は、そう視聴者に語りかける。

 そして、その口元に獰猛なギャンブラーの笑みを浮かべて、続けた。


「だがな、俺はギャンブラーだ。勝てないゲームを、どうひっくり返すか。それを考えるのが、最高に楽しいんじゃねえか」


 その狂気に満ちた言葉に、視聴者たちは歓喜の声を上げた。

 これこそが、彼らが愛するJOKERの姿だったからだ。


【第二の回答:ユニークで対策する】

「さて、次だ」

 隼人は、別の回答を探し始める。

 次に多く語られていたのは、特定のユニークアイテムによる、物理的な対策だった。


 ハクスラ廃人:

『それでも、どうしてもあの骨野郎を倒したいっていう、酔狂な奴がいるなら話は別だ。答えは、いつだってシンプル。**「金で殴れ」**だ』


 スレッドには、対策となる様々なユニークアイテムの情報が、並んでいた。


 ハクスラ廃人:

『一番簡単なのは、【夢の破片ドリーム・フラグメント】。あのMPスタックビルドの最終装備の一つでもある、イカれた指輪だ。あれを装備すれば、凍傷も凍結も、完全に無効化できる。だが、まあ、値段はお前らの想像を絶する。本気で買うなら、億は覚悟しろ』

『そこまで金がない貧乏人には、別の選択肢もある。**【氷霜のフロスト・ピーク】ってユニーク兜だ。こいつは、凍結状態だけを無効化してくれる。凍傷のスロウとDoTは食らうが、あの最悪の無限ループだけは、避けられる。これなら、数十万で手に入ることもあるだろう』

『あるいは、もう少しトリッキーな手もあるぜ。【冬の抱擁ウィンターズ・エンブレイス】**っていうユニーク指輪。こいつは面白い効果でな。凍傷のスタック数を、5個までに強制的に制限するんだ。つまり、どんなに攻撃を食らっても、凍結には絶対に至らないってわけだ。これも、比較的安価で手に入る』


 隼人は、その多様な選択肢に、深く感心した。

「なるほどな。カードは、一枚じゃねえってことか」

 彼は、視聴者たちに語りかける。

「金持ちは、最強のカードを買ってこのゲームを降りる。だが、頭を使えば、弱いカードでも十分に戦えるってわけだ。面白いじゃねえか」


【第三の回答:パッシブツリーで対策する】

「三つ目の回答は…パッシブツリーか」

 彼は、さらにスレッドを読み進めていく。

 そこには、パッシブスキルツリーの奥深くにあるキーストーンで対策するという方法も、記されていた。

 だが、スレッドの論調は一様に、**「これはあまりオススメしない」**というものだった。


 ベテランシーカ―:

『時々、いらっしゃいますね。パッシブツリーのキーストーン**【揺るぎなき意志】**(気絶と凍結を無効化する)を取得して、対策しようとする新人の方が。ですが、はっきり言って、それは最悪の選択です』

『なぜなら、あのキーストーンは、戦士のスタート地点からあまりにも遠すぎる、知性インテリジェンス系のエリアにあるからです。そこまでポイントを伸ばす、その過程で失う火力や耐久力は、計り知れません。費用対効果が、まるで合わないのです』

『そもそも、たった一つのダンジョンの、たった一体のボスのギミックのために、ビルドの根幹をなすパッシブを歪めるのは、愚者のすること。振り直しには、高価なオーブが必要です。絶対に、やめておきましょう』


 隼人もまた、この意見に完全に同意した。

 彼の貴重なパッシブスキルポイントを、こんな局所的な対策に使う気は、毛頭ない。

「なしだな。パスだ」

 彼は一言、そう呟いた。


【第四の回答:フラスコで対策する】

「そして最後が、フラスコか」

 それは、彼がすでに雫から教えられていた方法だった。

 スレッドでの評価も、彼女のそれと全く同じだった。


 元ギルドマン@戦士一筋:

『最後に、**【加熱のフラスコ】**だな。これを使えば、確かに一時的に凍結は解除できる。だが、ソロでこれに頼るのは、愚の骨頂だ。効果時間は、数秒。チャージにも、限りがある。あれは、あくまでパーティで誰かが事故った時の、最低限の保険。これからパーティプレイを考えているなら、一本用意しておくべきだという程度の代物だ。ソロでこれに命を預けるのは、ただの自殺行為だ』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ