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第458話

 その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。

 スイス、ジュネーブ。アルプスの山々に抱かれ、清らかなレマン湖を望む、世界の平和と中立の象徴。その湖畔に、ガラスと鋼鉄でできた近代的なビルが、静かに、そして荘厳にそびえ立っていた。

【国際公式ギルド】本部。

 その、最上階。世界の全ての富と、欲望と、そして何よりも「力」が、今、この瞬間、一つのテーブルへと収束しようとしていた。


 ◇


【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1162】


 1: 名無しの実況民A

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 祭りだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ガチの、神々の戦争が、始まるぞ!!!!!!!!!!!!!!!


 2: 名無しのゲーマー


 1

 乙!

 ああ、もう心臓が持たねえ!

 第四の【持たざる者】オークション、あと10分で開始だ!


 3: 名無しの市場ウォッチャー


 2

 今夜は眠れねえな!

 出品者は、フランスのLuckyPierre!

 JOKERのアルトリウス討伐以降、このジュエルの価値は青天井だ!一体、いくらまで跳ね上がるんだ…!?


 4: 名無しのJOKERウォッチャー

 そして、その神々の戦争を、神自身が実況するという、最高の茶番劇が、今、始まる…!


 その、あまりにも的確な書き込みと同時に。

 世界の、全ての探索者のARコンタクトレンズに、一つの、あまりにも見慣れた配信開始の通知が、ポップアップした。


【配信タイトル:【神々の強欲】第四の『持たざる者』、誰の手に】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:9,541,293人】


 西新宿のタワーマンション、その最上階。JOKERは、漆黒のハイスペックPC【静寂(せいじゃく)(おう)】の前に座り、ARカメラの向こうの1000万に迫る観客たちに、不敵な笑みを向けていた。

 彼のモニターには、EUギルドが運営する公式オークションハウスの、荘厳なゴシック建築風のラウンジのライブ映像が映し出されている。


「よう、お前ら。見ての通り、今日は観戦モードだ」

 JOKERの声は、どこまでも楽しそうだった。

「世界の、メタゲームが、今、この瞬間、塗り替えられようとしている。その、歴史の転換点を、お前らと一緒に、高みの見物を決め込もうじゃねえか」

 彼の、そのあまりにも不遜な物言い。

 それに、コメント欄が、いつものように温かいツッコミと笑いに包まれる。


『きたあああああああ!』

『JOKERさんの実況解説付きとか、最高の特等席じゃねえか!』


 そして、運命の時刻。

 オークションの開始を告げる、荘厳なファンファーレが鳴り響いた。


 ◇


 EUギルドの、バーチャルオークションハウス。

 その中央に、一つのアイテムが、立体的なホログラムとして映し出される。

 禍々しいオーラを放つ、スモールクラスタージュエル【持たざる者】。

 そして、その出品者名。


【出品者:LuckyPierre】


 その、あまりにも陽気な、そしてどこまでも威厳のない名前。

 それに、JOKERの配信のコメント欄が、爆発した。


『名前で草』

『ラッキーピエールwwwふざけてんのかwww』

『この歴史的なオークションの出品者名がこれかよwww』


 JOKERもまた、そのあまりにも間の抜けた名前に、思わず吹き出した。

「…はっ。威厳の欠片もねえな。最高じゃねえか」

 彼が、そう呟いた、その瞬間だった。

 オークションの、火蓋が、切って落とされた。

 開始価格は、10億ユーロ。

 だが、その数字は、表示されたコンマ数秒後には、もはや過去の遺物となっていた。


【入札者:Guild_Seiryu_Fund】

【入札額:50億ユーロ】


【入札者:Guild_Odin_Asset】

【入札額:60億ユーロ】


【入札者:Guild_Tsukuyomi_JP】

【入札額:65億ユーロ】


 青龍、オーディンも参戦する。月詠も参戦する。

 10億、20億という、もはや国家予算ですらない金額が、まるでポーカーのチップのように、軽々とテーブルの上を飛び交っていく。

 価格は、わずか数分で150億ユーロ…日本円にして、200億円ドル相当まで前哨戦という感じで跳ね上がった。


「まあ、ここまでは想定内だな」

 JOKERが、その熱狂の渦の中で、冷静に分析を始める。

「アルトリウスを倒した俺のビルドを真似したい連中は、世界中にいるだろうしな。このジュエルは、そのための、最低限の『入場券』だ。喉から手が出るほど、欲しいはずだ」

 彼の、その的確な解説。

 スレッドが、その言葉の意味を噛みしめるように、静まり返った、まさにその時だった。

 それまで、沈黙を保っていた、一つの絶対的な名前が、その入札者リストに、静かに、しかし絶対的な存在感を放って、その姿を現した。


【入札者:Valkyrie Capital】


「おっと」

 JOKERの、その眠たげな切れ長の瞳が、信じられないというように、大きく見開かれた。

「【決戦の渇き】を落札したばかりなのに、こいつらも参戦かよ」

 彼の、その驚きの声。

 それが、この地獄の、第二幕の始まりを告げる、ファンファーレとなった。


 ヴァルキリー・キャピタルが提示した入札額。

 それは、これまでのちまちまとした数十億単位のレイズを、完全に嘲笑うかのような一撃だった。


【入札額:220億ユーロ】


 300億円ユーロ相当のレイズを仕掛けるヴァルキリー・キャピタル。

 その、あまりにも暴力的で、そしてあまりにも格の違いを見せつけるかのような一撃。

 それに、ラウンジは、水を打ったように静まり返った。

 だが、今日のテーブルには、まだ降りる気のないプレイヤーがいた。


【入札者:Guild_Seiryu_Fund】

【入札額:230億ユーロ】


【入札者:Guild_Odin_Asset】

【入札額:240億ユーロ】


 それに負けじとレイズする青龍とオーディン。

 彼らの、その不屈の闘志。

 それに、ヴァルキリー・キャピタルは、鼻で笑うかのように、さらに巨大なミサイルを、叩きつけた。


【入札者:Valkyrie Capital】

【入札額:300億ユーロ】


 さらに400億円ユーロ相当のレイズをするヴァルキリー・キャピタル。

 その、あまりにも無慈悲な力の差。

 それに、月詠が、そして他の全ての中堅ギルドが、沈黙した。

 テーブルに残されたのは、三つの、神々の名前だけ。

 その、息が詰まるようなデッドヒートの果てに。

 JOKERが、その全てのカードを読み切り、そしてその究極の「答え」を、世界へと告げた。


「…読めたぜ」

 彼の、その静かな声が、1000万人の観客の、その魂を震わせた。

「ヴァルキリー・キャピタル、今回も何が何でも落札する気だぜ」

「こいつら、アメリカの存在感を示すのが目的か?レプリカ・アルベロンの戦闘鉄靴のオークションで、日本の『蔵前』に負けたからな。あの時の屈辱を、ここで晴らす気だ。アメリカの威信って奴を、世界に見せつけたいんだろうな」


 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質を突いた、分析。

 それを、肯定するかのように。

 ヴァルキリー・キャピタルが、その最後の、そして全てを終わらせる、一撃を放った。


【入札者:Valkyrie Capital】

【入札額:375億ユーロ】


 500億円ユーロ相当のレイズで周りは沈黙する。

 静寂。

 オーディンが、降りた。

 青龍もまた、沈黙した。

 彼らは、理解してしまった。

 この怪物は、自分たちとは、違うのだと。

 これは、もはやビジネスではない。

 ただの、国家の威信を賭けた、戦争なのだと。

 そして、その土俵に、自分たちは立つことすら許されないのだと。

 やがて、運命のカウントダウンがゼロになる。

 オークショニアが、その小さな、しかしこの世のどんな権威よりも重いハンマーを、振り下ろした。


「――落札!!」


【【持たざる者】は、ヴァルキリー・キャピタル様によって**375億ユーロ(約500億円)**で落札されました!】


 その、あまりにも劇的な、そしてどこまでも美しい結末。

 それに、スレッドは、もはや言葉を失っていた。

 ただ、そのあまりにも巨大な「理不尽」の前に、ひれ伏すしかなかった。

 その日の夜。

 SeekerNetは、「ヴァルキリー・キャピタル」という名の、新たな神の誕生に、熱狂していた。

『世界の、全ての富を、独占する気か…』

 その、無数の憶測と、賞賛の嵐の中で。

 JOKERは、その配信を、静かに締めくくった。

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