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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
マエストロの新作編

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473/491

第456話

 その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。

 スイス、ジュネーブ。アルプスの山々に抱かれ、清らかなレマン湖を望む、世界の平和と中立の象徴。その湖畔に、ガラスと鋼鉄でできた近代的なビルが、静かに、そして荘厳にそびえ立っていた。

【国際公式ギルド】本部。

 その、最上階。世界の全ての富と、欲望と、そして何よりも「力」が、今、この瞬間、一つのテーブルへと収束しようとしていた。


 磨き上げられた、黒曜石の床。壁一面に設置された巨大なモニターには、世界の主要都市のダンジョンゲートの様子が、リアルタイムで映し出されている。そして、フロアに置かれた最高級の革張りのソファには、世界中から集まった屈強な、あるいは知的な、あるいはその両方を兼ね備えた男女が、静かにその時を待っていた。

 彼らは皆、それぞれのギルドの命運をその両肩に背負った、「代理人」。

 彼らの目的は、ただ一つ。

 一人のSS級クラフトマニアが、「気まぐれ」で市場に流した、しかしこの世界の全ての知性スタッキングビルドの頂点に立つ、究極の神の装備。

【決戦の渇き】。

 その落札だった。


 広大なラウンジのあちこちで、ひそやかな、しかし熾烈な情報戦が繰り広げられている。

 高級なブランドスーツに身を包んだ北欧のギルド、【オーディン】の代理人たちは、冷静な表情の裏で、必死にライバルギルドの資産状況を分析している。

 黒一色の機能的な戦闘服に身を包んだ中国のギルド、【青龍】の幹部たちは、その鋭い瞳で互いにだけ分かるサインを送り合い、連携の最終確認を行っていた。

 陽気なラテン系の、しかしその瞳の奥に冷徹な計算を宿した、南米のギルド【太陽の帝国】の交渉人。

 彼らは皆、この日のために本国から天文学的な資金を動かし、このジュネーブの地に集結したのだ。

 このワンド一本で、自らのギルドに所属する知性スタッキング使いのA級は、S級やSS級への昇格が間違いなしとなる。

 それは、ギルドの戦力図を、そして世界のパワーバランスを根底から覆しかねない、あまりにも大きな「賭け」だった。今回は、純粋にどのギルドが覇権を握るかの勝負だ。


 ラウンジの中央に設置された巨大な天文時計の針が、運命の時刻を指し示す。

 オークション開始まで、あとわずか。

 ラウンジの空気が、さらに張り詰めていく。


 ◇


【SeekerNet 掲示板 - ライブ実況スレ Part. 18】


 1: 名無しの実況民A

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ヴォルタの新作オークション!!!!!!!!!!!!!!!

 歴史が、動くぞ!!!!!!!!!!!!!!!


 2: 名無しのゲーマー


 1

 乙!

 うおおおおお!見てる!見てるぞ!

 なんだよ、この会場!SF映画かよ!


 3: 名無しの市場ウォッチャー


 2

 世界のトップギルド、全員集合じゃねえか…。

 オーディン、青龍は当然として、月詠も、赤い熊も、イギリスの円卓の騎士もいるぞ!

 これは、戦争だ…。


 その、あまりにも熱狂的な、そしてどこまでもグローバルな祭りの始まり。

 その中心で、運命の時刻が訪れた。

 オークションハウスの全てのモニターが、一斉に切り替わった。

 黄金の荘厳なファンファーレと共に、一つのアイテムが、立体的なホログラムとしてラウンジの中央に映し出される。

 禍々しいまでの魔力を秘めた、黒檀のような木肌。その表面を、まるで稲妻そのものを封じ込めたかのような、青白いルーン文字が走り、明滅している。

【決戦の渇き】。

 その神々しいまでの姿に、ラウンジ全体が息を呑んだ。


 オークショニアを務める老紳士が、その甲高い、しかし威厳のある声で宣言した。

「――これより、【決戦の渇き】のオークションを開始いたします!」

「開始価格は、200億ドルより!」


 そのあまりにも暴力的な開始価格。

 それに、ラウンジがどよめいた。

 だが、そのどよめきはすぐに熱狂へと変わる。

 開始のゴングが鳴り響いた、そのコンマ数秒後。

 モニターの入札額が、凄まじい勢いで跳ね上がり始めたのだ。


【入札者:Guild_Odin_Asset】

【入札額:350億ドル】


『うおおおおお!いきなりオーディンが150億ドルも上乗せしやがった!』

『5兆円ドル相当にまですぐ到達したぞ!』


 スレッドが、絶叫で埋め尽くされる。

 だが、その熱狂の火に、さらに油を注ぐかのように。

 中華の赤い龍が、その倍の速度で、カウンターを叩きつけた。


【入札者:Guild_Seiryu_Fund】

【入札額:400億ドル】


 熾烈な価格入札が繰り返される。

 10億ドル、20億ドルという、もはや国家予算ですらない金額が、まるでポーカーのチップのように、軽々とテーブルの上を飛び交っていく。

 それは、もはやオークションではない。

 国家間の、見えざる戦争。

 それぞれのギルドが、そのプライドと未来を賭けて、札束のミサイルを撃ち合っているかのようだった。

 価格は、わずか数分で500億ドル、600億ドルと、異常なまでの速度で吊り上がっていく。

 ラウンジの代理人たちの額には玉のような汗が浮かび、その指先は、興奮と緊張でわずかに震えていた。


 だが、そのあまりにも熾烈な戦いの流れ。

 しかし、事態は一変する。

 オークション開始から、ちょうど30分が経過したその時だった。

 それまで沈黙を保っていた一つの名前が、突如として入札者リストにその姿を現したのだ。

 その名前を見た、瞬間。

 ラウンジの全ての代理人たちの顔から、血の気が引いた。

 その表情は、絶望そのものだった。


【入札者:Valkyrie Capital】


 ヴァルキリー・キャピタル。エヴリン・リードが率いる、アメリカの怪物。

 そのあまりにも絶対的な名前。

 そして彼らが提示した入札額。

 それは、これまでのちまちまとした数十億ドル単位のレイズを、完全に嘲笑うかのような一撃だった。


【入札額:750億ドル】


 その、あまりにも暴力的で、そしてあまりにも格の違いを見せつけるかのような一撃。

 それにラウンジは、水を打ったように静まり返った。

 大混乱に陥る、各国の個人ギルドの代理人たち。

 彼らは、理解してしまった。

 このテーブルに、自分たちの座る席はもはやないと。

 この怪物が現れた、その時点で。

 このゲームの勝敗は、すでに決していたのだと。


「…くそっ」

 オーディンの代理人が、悪態をついた。

「なぜ奴らが、ここに…!」

 だが、その声はあまりにも弱々しかった。

 SS級冒険者の圧倒的資産力の前では、なすすべもない。

 それでも、青龍だけは、その国家の威信を賭けて、最後の無駄な抵抗を試みた。


【入札者:Guild_Seiryu_Fund】

【入札額:751億ドル】


 1億ドルのレイズ。

 それは、彼らの最後の意地だった。

 だが、そのあまりにもささやかな抵抗。

 それをヴァルキリー・キャピタルは、鼻で笑うかのように一瞬で叩き潰した。


【入札者:Valkyrie Capital】

【入札額:851億ドル】


 100億のレイズの、返答が返ってくる有り様。

 そのあまりにも無慈悲な力の差。

 それについに、全てのギルドの代理人たちの心が折れた。

 彼らは、次々とその入札の権利を放棄していく。

 モニターの上の入札者リストから、一人、また一人とその名前が消えていく。

 そして最後に残ったのはただ一人。

 絶対的な、王者だけだった。

 ヴァルキリー・キャピタルが10兆円ドル相当で落札する。


 やがて、運命のカウントダウンがゼロになる。

 オークショニアが、その小さな、しかしこの世のどんな権威よりも重いハンマーを、振り下ろした。


「――落札!!」


【【決戦の渇き】は、ヴァルキリー・キャピタル様によって**750億ドル(約10兆円)**で落札されました!】


 その絶対的な結果。

 それにラウンジは、もはやため息すら出なかった。

 ただ、そのあまりにも理不尽な現実を受け入れるしかなかった。


 ◇


 オークション終了後。

 ラウンジの片隅にある、バーカウンター。

 そこに、敗北したギルドの代理人たちが集まっていた。

 彼らは、ヤケクソになったように高級な、しかし今の彼らにとっては砂の味しかしないであろう酒を、煽っていた。

 そして、彼らの口から漏れ出すのは、ただ愚痴と諦観だけだった。


「…ヴァルキリー・キャピタルが勝ったか」

 中国のギルドの男が、言った。

「完敗だ。手も、足も出なかった」

「ああ」

 オーディンのギルドの男が、頷く。

「だが、これで終わりじゃねえ。次はうちが落札する」

 その、あまりにも力強い、そしてどこまでも不屈の闘志。

 それに、その場にいた全ての敗者たちが、静かに、しかし力強く頷いた。

 彼らの夢は、今日この場所で一度は潰えた。

 だが、その炎は、決して消えてはいなかった。

 世界の、本当の戦いは、まだ始まったばかりだったのだ。

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