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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
シンデレラストーリー編

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第452話

 その日の世界の空気は、一夜にして変わった。

 月ノ宮(つきのみや)るり。その、あまりにも無名だったVTuberの名前は、日の出と共に、この星の全ての探索者が知る、新たな「神話」の代名詞となっていた。

 彼女が、72時間の死闘の果てに掴み取った、たった一つの【高貴のオーブ】。その奇跡の瞬間を切り抜いた動画は、SeekerNetのあらゆる掲示板、Xのあらゆるタイムラインを、ウイルスのように駆け巡り、人々の、その眠っていたはずの、最も原始的な欲望に火をつけた。

 そして、その熱狂が最高潮に達した翌朝。

 るりは、その物語の、本当の主人公となった。


 ◇


 新宿の、安アパートの一室。六畳一間の、どこにでもいるありふれた空間。

 だが、その部屋の主は、もはやどこにでもいる少女ではなかった。

 月ノ宮(つきのみや)るりは、ベッドの上で、その小さな体を丸めていた。

 彼女のARコンタクトレンズの視界には、昨夜から鳴り止むことのない、天文学的な数の通知が、まるで滝のように流れ続けている。

 チャンネル登録者数、+3,528,194人。

 フレンド申請、9999+件。

 そして、その通知の、最も上部に、金色の、そしてどこまでも荘厳な紋章を付けた、いくつかの公式アカウントからのダイレクトメッセージが、絶対的な存在感を放っていた。


 ギルド【オーディン】日本支部渉外担当: 「月ノ宮(つきのみや)るり様。この度は、歴史的な偉業、誠におめでとうございます。つきましては、我がギルドへの移籍を、前向きにご検討いただきたく…契約金として、50億円を提示させていただきます」


 ギルド【青龍】日本支部人事部: 「龍の魂を持つ、若き才能よ。その力、我らが国家のために振るう気はないか。契約金100億。そして、北京本部の最高レベルの育成施設への、無条件での入所を約束しよう」


 ナロウライブ株式会社 CEO室: 「素晴らしい、実に素晴らしい才能です!ぜひ、我々と共に、世界のエンターテイメントの、新たな歴史を創りませんか?移籍金として、10億円。そして、あなたのための、専属の楽曲制作チームと、3Dモデル制作チームを、今すぐにご用意いたします!」


 カクヨムライブ株式会社 事業開発部: 「…深淵を、覗く者よ。我らと、来い。世界の、本当の景色を、見せてやる。金額は、言い値でいい」


 その、あまりにも巨大な、そしてどこまでも甘美な、誘いの言葉の数々。

 数時間前まで、視聴者数32人の、しがないVTuberだった少女。

 その彼女が、今、世界の全てを、その手にできる場所に立っていた。

 だが、彼女の心は、晴れやかではなかった。

 むしろ、これまでにないほどの、深い、深い霧の中にいた。


「…どうして、こうなっちゃったんだろう…」


 彼女の、そのか細い声が、静寂な部屋に、虚しく響いた。

 彼女は、ARウィンドウを操作し、自らの、数日前の配信のアーカイブ映像を、再生した。

 そこに映っていたのは、世界の誰もが注目する、シンデレラではない。

 ただ、数十人の、気心の知れた仲間たちと、他愛のない雑談をしながら、笑い合っている、一人の、どこにでもいる少女の姿だった。


『るりちゃん、頑張れー』

『眠くなったら、寝てもいいんだぞ?』

『俺たちはずっと、ここにいるからさ』


 その、あまりにも温かい、そしてどこまでも優しい、言葉の数々。

 それに、るりの瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。

(私は、ただ…。みんなと、一緒に、楽しく冒.険が、したかっただけなのに…)

 彼女は、その大きすぎる成功の、その重圧に、完全に押しつぶされそうになっていた。

 シンデレラの、憂鬱だった。


 ◇


 その日の夜。

 彼女は、その震える心に鞭を打ち、再び、配信のスイッチを入れた。

【配信タイトル:皆さん、本当にありがとうございました】

 その、あまりにも殊勝なタイトル。

 それに、世界の、全ての人間が、その答えを、予感していた。

 彼女が、どのギルドの、どの事務所の、その手を取るのか。

 その、歴史的な選択の瞬間を、見届けるために。

 彼女のチャンネルには、昨夜を遥かに上回る、500万人を超える視聴者が、殺到していた。


「…皆さん、こんばんは。月ノ宮(つきのみや)るりです」


 彼女の、その震える声。

 画面の中の彼女は、無理に、笑っていた。

 だが、その笑顔は、あまりにも痛々しく、そしてどこまでも、悲しげだった。

「あの、今日は、皆さんに、ご報告がありまして…」

 彼女が、その言葉を続けようとした、まさにその時だった。

 彼女の、その500万人が見守るコメント欄。

 そこに、一つの、あまりにも異質な、そしてどこまでも絶対的な存在感を放つコメントが、投下された。


 JOKER:

 面白いこと、やってんじゃねえか。だが、お前が本当にやりたいことは、それか?


 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 500万人の、その熱狂的なコメントの奔流が、ぴたりと、止まった。

 るりもまた、その言葉に、その動きを止めた。

 彼女は、そのあまりにも短い、しかしどこまでも彼女の魂の、その最も奥深くを抉るかのような、問いかけを、ただ呆然と、見つめていた。

 JOKER。

 この世界の、理そのものを体現する、絶対的な王者。

 その彼が、なぜ、今、ここに…?

 彼女の、その混乱しきった頭の中に、その言葉が、何度も、何度も、木霊する。

『お前が、本当にやりたいことは、それか?』


(…私が、本当に、やりたいこと…?)


 彼女は、自らの心に、問いかけた。

 お金?

 名声?

 大手ギルドの、その輝かしい地位?

 違う。

 違う。

 違う。

 私が、本当にやりたかったのは。

 あの、薄暗い下水道の中で。

 たった数十人の、仲間たちと。

 他愛のない話をして、笑い合いながら。

 まだ誰も見たことのない、宝物を、一緒に探す、あの時間。

 そうだ。

 それだけだった。

 それだけ、だったんだ。


 彼女の、その迷いの霧が、完全に晴れた。

 彼女は、ゆっくりと、その俯いていた顔を上げた。

 その瞳には、もはや戸惑いの色はない。

 ただ、自らの進むべき道を、改めて見定めたかのような、絶対的な覚悟の光だけが宿っていた。

 彼女は、ARカメラの向こうの、500万人の観客たちに、そして何よりも、あの王者に、その「答え」を、告げた。

 その声は、もはや震えてはいなかった。


「――ありがとうございます、JOKERさん」

 彼女は、そう言うと、最高の、そしてどこまでも吹っ切れたような、笑顔を見せた。

「私、目が覚めました」

 彼女は、そこで一度、深く、そして大きく息を吸い込んだ。

 そして彼女は、その全ての魂を込めて、宣言した。

 その言葉こそが、彼女が、シンデレラのガラスの靴を、自らの手で脱ぎ捨て、そして裸足のまま、自らの大地へと、再びその足で立った、その瞬間の、産声だった。


「オーディン様、青龍様、そしてナロウライブ様、カクヨムライブ様。この度は、私のような、名もなき配信者に、あまりにも身に余る、素晴らしいオファーを、本当にありがとうございました」

 彼女は、その場で、深々と、そしてどこまでも丁寧に、その頭を下げた。

「ですが、そのお話、全て、お断りさせていただきます」

「私は、お金や名声のために、冒険を始めたんじゃありません!」

 彼女の声に、力がこもる。

「ただ、この世界の、まだ誰も見たことのない景色を、皆さんと一緒に見つけたいんです!」

「だから、私は、この場所に残ります。私を、最初に見つけてくれた、この小さな事務所で。そして、私を、最初から信じてくれた、皆さんと、一緒に。これからも、私の冒撃を、続けていきたいんです!」


 その、あまりにも真っ直ぐな、そしてどこまでも気高い、決意表明。

 それに、コメント欄は、これまでのどの熱狂とも比較にならない、本当の「爆発」を起こした。

 もはや、それは言葉にならない、ただの、魂の絶叫の、洪水だった。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』

『るりちゃん!!!!!!!!!!!!!!!!』

『最高の、答えだ!』

『俺は、一生、お前についていくぞ!』


 その、あまりにも温かい、そしてどこまでも力強い、祝福の嵐。

 その中心で、るりの瞳から、再び、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 だが、それはもう悲しみの涙ではなかった。

 彼女は、最高の笑顔で、その涙を拭った。


 その、歴史的な宣言の後。

 世界の、トップギルドたちの、公式アカウントが、次々と、彼女のXアカウントに、リプライを送った。

 だが、それはもはや勧誘の言葉ではなかった。


 ギルド【オーディン】日本支部公式 @Odin_Guild_JP

 素晴らしい決断だ、月ノ宮(つきのみや)るり殿。君の、その気高い魂に、ヴァルハラの戦士たちも、敬意を表する。


 ギルド【青龍】日本支部公式 @Seiryu_Guild_JP

 ふん。面白い。実に、面白い女だ。その道が、どこへ続くのか。高みの見物を、させてもらおう。


 その、あまりにも温かい、そしてどこまでも粋な、敗者たちからのエール。

 彼女は、もはやただのシンデレラではない。

 自らの意志で、自らの物語を紡ぎ出す、新たな時代の「女王」となったのだ。

 その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも美しい、新たな伝説の始まり。

 それを、世界の、全ての人間が、ただ固唾を飲んで、見守っていた。

 そして、その熱狂の中心から、少しだけ離れた場所で。

 JOKERは、その配信を、静かに閉じていた。

 彼の口元には、満足げな、そしてどこか誇らしげな、笑みが浮かんでいた。

 彼は、ただ一言だけ、呟いた。

 その声は、誰にも聞こえなかったかもしれない。

 だが、それは確かに、この世界の、新たな女王の元へと、届いていたはずだ。


「――ああ。最高の、ショーだったぜ」

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