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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
クソゲー共同攻略編

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465/491

第448話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、一つの巨大な「祭り」の予感に、朝から揺れていた。

 数日前にA級ダンジョンをソロで蹂躙し、その名を世界のトップシーンに刻み込んだばかりの少年、朱雀(すすざく) (みなと)。彼が、次なる試練として、あの悪名高き【皇帝の迷宮】に挑むことを、自身のX(旧Twitter)アカウントで、控えめに、しかし確かに告知したのだ。

 それだけでも、十分な事件だった。

 だが、その歴史的な挑戦に、二人の、あまりにも規格外な「仲間」が同行するという噂が、まことしやかに囁かれ始めた時。世界の熱狂は、臨界点を突破した。


【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1160】


 1: 名無しの湊ウォッチャー

 おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 マジかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 湊君のラビリンス挑戦配信、アリスちゃんと小鈴ちゃんも一緒らしいぞ!!!!!!!!!!!!!!!

「持たざる者同好会」、初陣だ!!!!!!!!!!!!!!!


 2: 名無しのゲーマー


 1

 うおおおおお!マジかよ!

 世界の理を破壊した、ヤバい奴らが三人揃って、世界の理で最もクソな場所に挑むのかよ!

 面白すぎるだろ!


 3: 名無しのビルド考察家


 2

 興味深い。実に、興味深いな。


 その、あまりにも巨大な謎と、そしてそれ以上に大きな期待。

 それに、答えるかのように。

 その日の午後9時。

 二つの、あまりにも対照的な配信が、同時に始まった。


【配信タイトル:【初見】皇帝の迷宮、頑張ります…!【with アリスさん、小鈴さん】】

【配信者:朱雀(すざく) (みなと)


【配信タイトル:【高みの見物】新人たちの地獄遠足、実況解説】

【配信者:JOKER】


 世界の、全ての時間が、止まった。

 数百万、いや、1000万に迫る視聴者たちが、その二つの配信画面を、固唾を飲んで見守っていた。

 湊の配信画面には、迷宮の、あの荘厳な、しかしどこまでも悪意に満ちた入り口の前で、三人の、あまりにも美しい少年少女が、不安げに、しかしどこか楽しそうに、身を寄せ合っている姿が映し出されていた。

 そして、JOKERの配信画面。

 そこには、西新宿のタワーマンションの一室で、漆黒のハイスペックPCの前に座る彼が、自らのモニターに湊たちの配信画面を三分割で映し出し、その口元に、最高の、そして最も意地悪な笑みを浮かべている姿があった。


「よう、お前ら。見ての通り、今日は観戦モードだ」

 JOKERの声が、1000万人の鼓膜を揺らす。

「俺が直々に、あのクソゲーの面白さを、解説してやる。まあ、面白いのは俺だけだがな」

 その、あまりにもJOKERらしい宣戦布告。

 それが、この歴史的な一夜の、始まりの合図だった。


 ◇


「うぅ…本当に、クソゲーの匂いがしますわ…」

 アリスが、その美しい顔を、心の底からうんざりしたというように歪ませた。

「…武の道における、避けられぬ試練。ですが、話に聞く限り、あまりにも非効率的で、不毛な時間だと感じます」

 小鈴もまた、その黒曜石のような瞳に、明確な嫌悪の色を浮かべて、静かに頷いた。

 湊は、そんな二人の姿に、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ははは…。でも、行かないと、アセンダンシー、取れないですからね」


 三人は、意を決すると、その黄金の扉の中へと、その一歩を踏み出した。

 そして、彼らは遭遇した。

 最初の、試練。

 床一面に敷き詰められた、感圧式のパネル。その、ほんのわずかな一部分だけが安全地帯であり、それ以外を踏めば、天井から無数の毒矢が降り注ぐという、古典的で、しかし極めて悪質なトラップ。

 誰が、最初に行くか。

 三人は、顔を見合わせた。

 そして、その沈黙を破ったのは、湊の、一つの、あまりにも合理的な、そしてどこまでも悪魔的な提案だった。


「…あの。この苦痛は、平等に分ち合うべきだと思うんです」

 彼の、その真摯な瞳。

「じゃんけんで負けた人が、次のエリアのトラップを全て解除するまで進む、というのはどうでしょう!」


 その提案を、高みの見物を決め込んでいたJOK-ERが、拾った。

「おーっと、ここで湊君、悪魔のルールを提案だ!素晴らしい!これぞ、友情を試す最高のゲーム!仲間を犠牲にして、自分だけが楽をする。美しい!実に、美しいじゃねえか!」

 その、嬉々とした解説に、彼の配信のコメント欄が、爆発した。


『飯ウマ!!!!』

『地獄の始まりだ!』


「それですわ!」

 アリスは、その天才的な提案に、快諾した。

 小鈴も、静かに頷く。

 こうして、世界の頂点に立つ三人の天才による、史上最もレベルが低く、そして最も真剣な「じゃんけん大会」が、開催された。


「最初はグー!じゃんけん…」


 三人の手が、宙を舞う。

 その光景を、JOKERが、スローモーションで解説していく。

「さあ、出ました!小鈴は、グー!武人の、揺るぎない意志を感じさせる、完璧なグーだ!対するアリスは、パー!全てを包み込む、聖女の慈愛か!それとも、全てを攫っていく、強欲の掌か!そして、湊は…チョキ!トリッキーな、盗賊のような一手だ!さあ、結果は!」

 結果、アリスが、一人だけ負けた。


「ひぃん!」

 アリスの、素の悲鳴が、迷宮に響き渡る。

「そ、そんな…。私、こういうの、弱いですのに…!」

 彼女は、半泣きになりながらも、その小さな体で、一歩、また一歩と、その死の床へと、足を踏み出していく。

「あっちですわ!」「いや、違う!そっちですわ!」「きゃああああああ!」

 その、あまりにも可愛らしい絶叫と、試行錯誤。

 それを、湊と小鈴は、後方で、温かい(?)笑みを浮かべて見守っていた。

 JOKERの配信のコメント欄は、「可愛い」「守りたい」という声援と、「もっとやれ」という悪魔の囁きで、完全に二分されていた。


 ◇


 だが、その和やかな空気は、長くは続かなかった。

 迷宮の奥に進むにつれて、トラップはどんどん悪質になっていく。

 回転ノコギリが、壁と床から同時に襲いかかってくる、地獄の回廊。

 その前で、二度目のじゃんけん大会が、開催された。

 今度の空気は、少しだけ、真剣だった。

 負けたのは、小鈴。

 彼女は「…仕方ありません」と呟くと、その身を翻した。

 そこから始まったのは、もはやただのトラップ回避ではなかった。

 一つの、完璧な「演武」だった。

 彼女は、武術の達人ならではの神がかった体捌きで、回転する刃の間を、まるで舞を舞うかのように、駆け抜けていく。

 その、あまりにも美しく、そしてどこまでも人間離れした光景。

 それに、湊とアリスは、ただ呆然と、立ち尽くすことしかできなかった。

 JOKERですら、「…チッ。面白くもなんともねえな」と、その完璧すぎる攻略に、悪態をついていた。


 そして、三度目の正直。

 彼らがたどり着いたのは、最後の、そして最も悪質なトラップエリアだった。

 床一面が針地獄と化し、その中のごく僅かな安全地帯を、巨大な振り子が薙ぎ払う、究極のクソゲーエリア。

 ここで、三人の表情から、完全に「遊び」が消えた。

「…ここだけは、絶対に行きたくない」

 アリスが、震える声で言った。

「…ええ。私もです」

 小鈴も、その額に、うっすらと汗を滲ませていた。


「――おっと、顔が真剣になってきましたね」

 JOKERの、その楽しそうな声が、世界の、1000万人の観客の元へと届けられる。

「いい目だ。獲物を狩る時と同じ目をしている。…じゃんけんだけどな」

「さあ、始めようか。友情破壊じゃんけん、ファイナルラウンドだ」


 三度目の、じゃんけん。

 その、あまりにも重い空気。

 三人は、無言で、互いの呼吸、筋肉の微細な動き、視線の揺らぎから、相手が出す手を読み切ろうとする、心理戦の領域に突入していた。

「…じゃんけん…」

 湊の声が、震える。

 そして、三つの手が、同時に、その運命を、示した。

 結果、負けたのは、この悪魔のルールを提案した、張本人。

 朱雀(すざく) (みなと)だった。


「そ、そんな…!」

 彼の、その絶望の叫び。

 それを、アリスと小鈴が、「頑張ってくださいね、湊さん(にっこり)」「あなたの勇姿、目に焼き付けます」と、悪魔のような笑顔で見送る。

 コメント欄は、そのあまりにも美しい友情の(?)光景に、熱狂と、そして少しずつの同情に、包まれていた。


『飯ウマ!!!!』

『鬼だ!悪魔だ!女子二人!』

『いや、見てるとキツイなこれ…。あの針地獄は、マジで心が折れる』

『お前ら、自分がやると考えると笑えなくなるぞ。ラビリンスは、マジで心を折ってくるからな』


 湊は、半泣きになりながらも、その地獄の針山へと挑んでいった。

 彼は、何度も針に刺され、何度も振り子に弾き飛ばされ、そしてその度に、心が折れそうになりながらも、それでも、一歩、また一歩と、前進していった。

 その、あまりにも壮絶な、そしてどこまでも滑稽な死闘の果てに。

 彼は、ついに、その最後のトラップを、解除した。


 ◇


 ボス戦は、ダイジェストだった。

 三人の天才が、その鬱憤を晴らすかのように、皇帝イザロを、ただの一度の連携で、完全に粉砕した。

 そして、疲れ果てた三人が、祭壇の前で抱き合って喜ぶ姿を見て、JOKERは、その日の配信を、最高の、そして最もJOKERらしい一言で、締めくくった。

「――どうだ、お前ら。最高のショーだったろ?」

「友情とは、かくも美しく、そしてかくも、残酷なものだという、最高の教訓を、お前らは今日、学んだはずだ」

「まあ、俺は、絶対にやりたくないがな」


 その日、世界の探索者たちは、本当の「友情」の意味を、その目に焼き付けることになった。

 それは、共に笑い、共に戦うことだけではない。

 時に、友を犠牲にし、その屍を乗り越えて、楽をすること。

 それもまた、一つの、美しい友情の形なのだと。

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