第446話
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、もはや日常の全てを放棄していた。
仕事も、学業も、そして睡眠すらも。世界の、数千万に及ぶ探索者たちの視線は、一つの、あまりにも巨大な「事件」の余韻に、完全に支配されていた。
神崎隼人――“JOKER”。
この世界の理そのものを、その身一つで蹂躙し続けてきた絶対的な王者が、S級ダンジョンでアーティファクトをドロップし、そして、全世界が見守る生配信の真っ只中で、完璧な美少女へとその姿を変えた。
その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも美しい「神話」の誕生。
それは、世界の探索者たちに、絶望ではなく、むしろ一つの奇妙な、そしてどこまでも熱狂的な興奮をもたらしていた。
神が、初めて見せた、あまりにも人間的な「遊び心」。
その全てが、この停滞しかけていた世界に、新たな、そして最高のエンターテイメントを、提供したのだ。
【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1155】
1: 名無しのJOKERウォッチャー
スレ立て乙。
…はぁ。
まだ、心臓がバクバクしてる。
昨日のJOKERちゃんのアーカイブ、もう20回は見直しちまったよ。
あの、雫さんの前でガチ照れしてたシーン。
人類の宝だろ、あれは。
2: 名無しのゲーマー
1
乙。
分かる。めちゃくちゃ分かるぞ。
俺、あのシーンだけで白飯三杯は食える。
まさか、あのJOKERに、あんな可愛い一面があったなんてな…。
完全に、新しい扉が開かれた瞬間だった。
3: 名無しのA級(お忍び)
2
ああ。
だが、俺が驚いたのはそこじゃない。
変身後の、S級ダンジョンでの戦闘だ。
腕のサイズが変わった、と言いながらも、その動きには一切のブレがなかった。
むしろ、そのしなやかさが増した分、より洗練されていたようにすら見えた。
恐ろしい男だ。いや、女か。
もはや、性別など、あの男の前では些細な問題でしかないのかもしれんな。
4: 名無しのVファン
3
でも、やっぱり一番は、雫さんとのやり取りですよね!
あの、完璧なまでの「てぇてぇ」空間!
見てるこっちが、砂糖吐きそうになりましたもん!
JOKERちゃん、絶対雫さんのこと好きでしょ!
5: 名無しの週末冒険者
4
おいおい、お前ら。
少し、落ち着けよ。
確かに、JOKERちゃんの可愛さは、世界の真理だ。
だが、もっと重要なことがあるだろうが。
あの指輪だよ!【アニマとアニムスの円環】!
あれ、どうすんだ、JOKERは!?
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも本質的な問いかけ。
それに、それまで和やかな(?)空気に包まれていたスレッドの空気が、一瞬にして、欲望と、打算と、そして純粋な好奇心が入り混じった、熱狂の渦へと叩き込まれた。
211: 名無しの市場ウォッチャー
そうだ!
忘れてた!
あれ、神話級のアーティファクトだぞ!
数ヶ月前、中東の石油王が4兆5000億円で落札した、あの化け物アイテムじゃねえか!
JOKER、あれ売るのか!?売らないのか!?
212: 名無しのビルド考察家
211
いや、待て。
あの時のオークションは、世界で初めて市場に出たという、ご祝儀相場も含まれていた。
雫さんの話によれば、S級探索者の間では、比較的ドロップしやすい部類らしい。
とはいえ、それでも数兆円の価値があることには、変わりないがな。
213: 名無しの現実主義者
212
だよな。
売れば4兆5000億円だろ?
いや、少し値下がりして、3兆円だとしても、だ。
一生、遊んで暮らせる金額だぞ。
俺なら、即売りだ。
215: 名無しのゲーマー
213
いやいや、お前は分かってねえな。
あのJOKERだぞ?金なんざ、もはやただの数字でしかないだろ。
それより、あの「おもちゃ」を手に入れたんだ。
遊ばないわけが、ねえだろうが。
218: 名無しの名無し
でももったいないよな。
実際一度試してみたいな。
いや変な意味じゃなくて、試しにね?
その、あまりにも人間的で、そしてどこまでも正直な、魂の叫び。
それが、引き金となった。
スレッドは、もはやお祭り騒ぎではない。
一つの、巨大な「共感」の渦に、完全に飲み込まれていた。
221: 名無しの週末冒険者
218
それに草。
いやでもまあ試したいよね。
男なら、誰だって一度は考えるだろ。
自分が、もし女だったら、どんな感じなんだろうって。
それを、完全に、リスクなしで、体験できるんだぞ?
金じゃ、買えねえ価値があるぜ、あれには。
225: 名無しのVファン
221
分かります!
逆も、然りですよね!
私も、もし男の子になれたら、やってみたいこと、たくさんありますもん!
力仕事を、軽々こなしてみたり、低い声で、イケボ配信してみたり!
夢が、あります!
228: 名無しのA級(お忍び)
225
ふむ。
確かに、戦闘以外の面でも、興味深いアーティファクトではあるな。
潜入調査や、諜報活動においても、その価値は計り知れん。
性別を変えるだけで、別人として、世界に溶け込むことができるのだからな。
231: 名無しのハクスラ廃人
チッ。
くだらねえ。
そんな、ままごと遊びみてえなことに、興味はねえ。
だがな…。
まあ、俺が女になったら、どんなビルドを組むか。
それだけは、少しだけ、考えてみてもいいかもしれん。
その、あまりにもツンデレな、しかしどこまでもハクスラ廃人らしい一言。
それに、スレッドは、この日一番の、温かい笑いに包まれた。
そして、その和やかな空気の中で。
一人の、情報通を自称するユーザーが、一つの、あまりにも衝撃的な「新情報」を、投下した。
355: 名無しのギルド内部情報通
…おい、お前ら。
盛り上がってるところ悪いが、一つ、面白い話を教えてやろうか。
アニマとアニムスの円環が、実際あまり巷に出回らないのは、JOKERが言ってたように、収集家がいるらしいぞ。
それも、ただのコレクターじゃねえ。
世界の、トップクラスの富豪や、好事家たちだ。
356: 名無しのゲーマー
355
ほう?
なんで、そんな奴らが?
358: 名無しのギルド内部情報通
356
ここからが、本題だ。
これは、俺がギルドの鑑定部門の友人に、最高級の酒を何本もおごって、ようやく聞き出した、トップシークレットの情報なんだがな…。
震えんなよ。
アニマとアニムスの円環って、個体によって変化する性のタイプが違うらしい。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
スレッドの、全ての時間が止まったかのような錯覚。
そして、その静寂を破ったのは、一人の、あまりにも素直な、魂の絶叫だった。
『――マジ?』
その一言が、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
『は!?』
『タイプが違う!?どういうことだ!?』
『おい、詳しく教えろ!』
その、あまりにも熱狂的な問いかけ。
それに、情報通は、満足げに、そしてどこまでも優越感に浸った様子で、答えた。
365: 名無しのギルド内部情報通
ああ。
なんでも、その指輪が生成されたダンジョンの特性や、あるいはドロップした瞬間の、世界の魔素の流れみたいな、複雑な要因が絡み合ってな。
変身後の、大まかな「方向性」が、決まるらしい。
例えば、炎系のダンジョンでドロップした個体は、情熱的で、グラマラスな美女に。
氷系のダンジョンなら、クールで、知的な美女に。
森のダンジョンなら、素朴で、癒やし系の少女に、といった具合だ。
まあ、あくまで傾向であって、確定ではないらしいがな。
だから、世界の好事家たちは、自らの「理想の性」を求めて、様々なタイプの円環を、コレクションしてるってわけだ。
面白いだろ?
その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでもコレクター心をくすぐる、新情報。
それに、スレッドは、本当の意味での「爆発」を起こした。
もはや、それは賞賛ではない。
一つの、世界の理そのものが、自分たちの想像を、遥かに超えて、面白く、そして奥深かったという事実に対する、畏敬の念だった。
そして、その熱狂の、まさにその頂点で。
一人の、天才的な発想力を持つゲーマーが、その究極の、そしてどこまでも不謹慎な「仮説」を、投下した。
388: 名無しのビルド考察家
…待て。
待て待て待て待て待て。
じゃあ、JOKERが、あのクールビューティーに変身したのは、彼がドロップしたのが、S級の、あの無機質で、どこか冷たい【ゴブリンの要塞、ガンドール】だったから…?
だとしたら、もし、彼がもっと別の、例えば、S級の、もっとこう…ファンシーなダンジョンで、これを拾っていたとしたら…?
じゃあ、JOKERがクールビューティーに変身じゃなくて、こじんまりしたロリに変化するパターンもあったって事か?
静寂。
そして、爆発。
『は!?』
『ロリJOKER!?!?』
『なんだよ、それ!見てえ!見てえぞ!』
401: 名無しの名無し
ロリのJOKER想像つかねぇ!
その、あまりにも冒涜的で、そしてどこまでも魅力的な、もう一つの「IF」の世界線。
それに、スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。
誰もが、そのあり得たかもしれない、もう一人の「JOKERちゃん」の姿を、それぞれの心に、描き始めていた。
415: 名無しのVファン
(JOKERの、あの鋭い切れ長の瞳だけを切り抜いて、ナロウライブの、幼女系VTuberのアバターにコラージュした、クソコラ画像)
こんな感じか?
421: 名無しのゲーマー
415
やめろwwwwwwwwwwwwwwwwww
でも、ちょっと見てみてえwwwwwwwwwwwwwww
425: ハクスラ廃人
…チッ。
くだらねえ。
だが、まあ…。
もし、ロリJOKERが、あのスマイト徒手空拳ビルドで、「オラオラオラオラ!」とか言いながら、S級のボスを蹂躙するんだとしたら…。
それは、それで、一つの芸術かもしれんな。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも歪んだ、ハクスラ廃人の一言。
それが、この歴史的な一夜の、全てを物語っていた。




