表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
D級編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/491

第46話

 神崎隼人は、D級ダンジョン【打ち捨てられた王家の地下墓地】の、薄暗く静まり返った回廊を背にして、荒い息を繰り返していた。

 彼の目の前のARウィンドウには、先ほどまで死闘を繰り広げていた、巨大な墓室の入り口が映し出されている。

 その奥からは、もはや追ってくる気配はない。

 王は、自らの領域から出ることはないらしい。


 彼は、負けたのだ。

 探索者としてダンジョンに足を踏み入れて以来、初めての明確な「敗北」。

 だが、不思議と彼の心に悔しさや絶望の色はなかった。

 むしろ、その瞳は、極上の難解なパズルを前にした子供のように、爛々と輝いていた。


 その彼の、敗北とも勝利ともつかない、絶妙な表情。

 それを見ていた一万人を超える観客たちもまた、様々な感情の渦に飲み込まれていた。

 コメント欄は、彼の無事を安堵する声と、そのあまりにもクレバーな判断を賞賛する声で、埋め尽くされていく。


『おおおおお、生きてる!よかった…!』

『マジで死んだかと思った…。心臓に悪すぎるだろ、この配信…』

『いや、あれは本当によく判断した!あのまま続けてたら、絶対に詰んでたぞ!』

『これぞ戦略的撤退!最高の判断だ、JOKERさん!』


 これまでの彼の圧倒的な勝利に、熱狂していた視聴者たち。

 彼らは、この初めての「敗北」を通じて、JOKERという男のもう一つの凄み…つまり、**「引くべき時に引ける胆力」**を目の当たりにし、より一層、強く彼に魅了されていた。

 熱くなることなく、常に冷静にテーブルの状況を分析し、勝率が最も高い選択を取り続ける。

 それこそが、本物のギャンブラーの姿なのだと。


 そして、その賞賛の嵐の中で。

 いつものように、あのベテラン探索者たちが、この戦いの本当の「意味」と「恐ろしさ」について、その重い口を開いた。


 元ギルドマン@戦士一筋: …ふぅ。見事な判断だった、JOKER。俺がお前の立場でも、同じ選択をしただろう。いや、もっと早く逃げ出していたかもしれん。


 その最大級の賛辞。

 それに、新規の視聴者たちが疑問を呈する。

『え?でも、JOKERさんならもっと粘れば勝てたんじゃないの?』

『HPリジェネも、パリィ回復もあるんだし、時間はかかっても、いずれは…』


 その甘い観測を、一刀両断したのは、あの辛口のハクスラ廃人だった。


 ハクスラ廃人: 甘えな、素人が。お前らは、何も分かってねえ。あの状況はな、お前らが思っているよりも遥かに、**「詰んでる」**んだよ。


 その言葉に、コメント欄がざわつく。

 そして彼は、このD級ダンジョンのボスが持つ、本当の、そして最も恐ろしいギミックの正体を、語り始めた。


 ハクスラ廃人: お前ら、さっきの凍傷フロストバイトのデバフ見てたか?あれはな、ただスロウとDoTが付くだけじゃねえんだ。あのデバフが一定数スタックすると、全く別の状態異常に**『進化』**するんだよ。


『進化…?』


 ハクスラ廃人: ああ。それは、探索者の間で最も恐れられている、最悪の状態異常。**『凍結フリーズ』**だ。


 凍結。

 その一言に、経験豊富な探索者たちが、息を呑むのが分かった。


 元ギルドマン@戦士一筋: その通りだ。凍結状態に陥った探索者は、5秒間、完全に一切の行動ができなくなる。ポーションを飲むことも、スキルを使うことも、そしてガードや回避すらも許されない。ただの、氷の彫像となる。


 ベテランシーカ―: そして本当に恐ろしいのは、ここからです。5秒間の、完全な無防備状態。その間に、周囲の骸骨兵たちから無数の攻撃を受け、再び凍傷のデバフが蓄積されていく。そして、ようやく凍結が解けたその瞬間には、また次の凍結が待っている…。


 ハクスラ廃人: そういうことだ。一度凍らされたら、もう終わり。凍傷が溜まり、凍結し、その間にまた凍傷が溜まり、そしてまた凍結する。その無限ループに囚われ、HPが尽きるまで、ただ嬲り殺されるのを待つだけ。まさに死のコンボ。完璧な、「詰み」の盤面だ。


 その、あまりにも絶望的な解説。

 コメント欄は、先ほどまでの安堵の雰囲気から一転、本当の恐怖と戦慄に支配されていた。


『なんだよ、それ…。クソゲーかよ…』

『そんなの、ソロで勝てるわけねえじゃん…』

『JOKERさん、本当に紙一重だったんだな…。あのまま続けてたら…』


 元ギルドマン@戦士一筋: そうだ。だからこそ、俺たちはJOKERの判断を褒めているんだ。パーティプレイなら、まだやりようはある。仲間が凍結を解除するスキルを使ったり、敵のヘイトを取ってくれたりな。だが、ソロであれに遭遇したら、死を覚悟するしかない。撤退という選択肢が残っているうちに、このテーブルから「降りる」。それが、唯一の正解だったんだ。


 神崎隼人は、そのコメント欄のやり取りを、静かに見つめていた。

 そして、自らの判断が正しかったことを、確信する。

 あの時、彼が感じた言いようのない嫌な予感。

 それは、ギャンブラーとしての彼の直感が、この無限ループの絶望を、無意識のうちに見抜いていたということなのだろう。


 彼は荒い息を整えながら、カメラの向こうの観客たちに、語りかけた。

 その表情に、敗北の色はない。

 むしろ、その瞳は、最高の難問を前にした挑戦者の光に満ち溢れていた。


「…なるほどな。面白いじゃねえか」

「凍結の無限ループか。最高のイカサマだな。気に入ったぜ」

 彼は、ニヤリと笑う。

「どうやって、あのクソったれなオーラと、凍傷のスタックを無効化するか…」

「あるいは、凍結そのものを対策するか…」


 そうだ、彼は負けたのではない。

 新たな、そして最高に解きがいのある「パズル」を、見つけたのだ。

 彼は、今日の配信をそこで終了した。

 彼の頭の中は、すでに次なる一手でいっぱいだった。

 あの絶望的な状況を覆すための、新たなビルド。

 新たな、スキルコンボ。

 あるいは、まだ見ぬユニークアイテム。

 フラスコか?パッシブスキルか?それとも、全く新しい発想か?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ