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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
空間拡張技術編

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第440話

 その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。

魔石(ませき)エネルギーを利用した空間拡張技術】。

 日米両政府による、あまりにも唐突な、そしてどこまでも世界の常識を覆す発表。その衝撃は、SeekerNetの熱狂的な議論の場から瞬く間に現実世界へと溢れ出し、人々の日常を、その根底から揺さぶり始めていた。

 誰もが、夢を見た。

 テント一つが、一軒家になる。

 そのあまりにも、甘美な未来。

 だが、その未来は、もはやただの夢物語ではなかった。

 二つの超大国は、その神の御業を現実のものとするための、最初の、そして最も巨大な一歩を、驚異的な速度で踏み出したのだ。


【World Seeker's Journal - テクノロジー欄】

 20XX年X月XX日

 特集:『箱』の革命 - 空間拡張技術、物流業界に最初の恩恵。日本の住宅事情も新たな時代へ


 ホワイトハウスでの歴史的共同会見から、わずか10日。世界がまだその衝撃の余韻に浸っている間に、日米両政府は、矢継ぎ早にその具体的なロードマップを公表した。

 曰く、「本技術は、まず公共性の高いインフラ分野から、段階的に導入を進める」と。

 そして、その最初の実験場として選ばれたのは、世界の経済をその血管のように支え続ける、あまりにも身近な、しかしどこまでも重要な舞台だった。

 アメリカ政府と日本政府は、まず運送トラックの荷台の空間拡張を、手始めに始める。

 その報は、当初、多くの専門家たちを懐疑的にさせた。「なぜ、住宅や、より注目度の高い分野ではないのか?」と。だが、両政府の狙いは、極めて合理的だった。物流。それこそが、この新たな技術の安全性と経済的効果を、最も早く、そして最も劇的に、世界に示すことができる最高のショーケースだったのだ。


 アメリカでは州間を走る巨大なトレーラートラックが、日本では都市の隅々にまで商品を届ける中型の配送トラックが、その最初の「被験体」として選ばれた。国営の工場で秘密裏に生産された空間拡張装置が、次々とその荷台に取り付けられていく。

 その結果は、言うまでもなかった。

 これまで一度に運べる荷物の量に、常に頭を悩ませてきた運送業界は、一夜にしてその物理的な制約から、完全に解放されたのだ。

 そして、その恩恵は、すぐに我々の日常へと還元され始めた。

 スーパーマーケットの棚から、品切れが消えた。ネット通販で注文した商品が、翌日の早朝には玄関の前に届くようになった。

 物流コストの劇的な低下は、あらゆる商品の価格を、わずかに、しかし確実に押し下げ、世界の経済を、内側から静かに、そして力強く潤し始めた。


 そして、日本。

 この国土の狭さという宿命的な課題を抱える島国は、さらに大胆な次なる一手へと打って出た。

 次に、日本政府はワンルームマンション運用会社と連携し、実験的にワンルームの入口に空間拡張を施し、10倍の部屋につながるように改造する。

 そのあまりにも夢のような、そしてどこまでも野心的なプロジェクト。

 その最初の実験場として選ばれたのは、東京だった。

 おおよそ、東京内のワンルームマンションが対象だったが、効果は劇的だった。

 外から見れば、ただの古びた六畳一間の小さなアパート。

 だが、その玄関のドアを開けた瞬間、そこに広がっていたのは、もはや独房のような閉塞感ではない。

 60畳の、広大なリビングダイニングだった。

 家賃は、据え置き。

 その報は、SNSを通じて瞬く間に日本中を駆け巡った。

 これまで高い家賃と狭い居住空間に、ただ耐えるしかなかった若者たちが、歓喜の声を上げた。

 これは、ただの技術革新ではない。

 我々の「幸福」の形そのものを再定義する、革命なのだと。


 ◇


【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1925】


 311: 名無しのトラック運転手

 …おい、お前ら。

 俺、今、泣いてる。

 マジで、泣いてる。


 312: 名無しのゲーマー


 311

 どうしたんだよ、トラ運ニキ。

 また荷崩れでも起こしたか?


 313: 名無しのトラック運転手


 312

 違う!違うんだよ!

 俺の、この20年もののボロいトラック。

 昨日、会社の命令で政府の指定工場に持って行かされたんだ。

 そしたらな…。


 彼は、震える指で一枚の画像をスレッドへと投下した。


[画像:薄暗いトラックの荷台の内部を撮影した写真。だがその空間は体育館のようにどこまでも広く、そして奥が見えないほど続いている]


 314: 名無しのトラック運転手

 …俺の相棒の腹の中が、なんか四次元ポケットみてえになっちまったんだよ…。

 昨日まで、パンパンに積んでも、せいぜい段ボール50箱が限界だったのに。

 今日、試しに積んでみたら、500箱積んでもまだ半分も埋まらなかった…。

 なんだよ、これ…。


 そのあまりにも人間的な、そしてどこまでも切実な魂の叫び。

 それに、スレッドは、この日一番の温かい祝福の嵐に、完全に包まれた。


『うおおおおお!トラ運ニキ、おめでとう!』

『良かったな!マジで、良かったな!』

『これが、新しい時代の「当たり前」になるんだな…』


 そして、その熱狂は、もう一つの、より身近な「奇跡」の報告によって、さらに加速していく。


 555: 名無しの貧乏学生

 ヤバい。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 俺、今、自分の部屋で声出して泣いてる。


 556: 名無しの週末冒険者


 555

 どうした、学生君。

 単位でも落としたか?


 558: 名無しの貧乏学生


 556

 違うんです!

 俺、東京の家賃3万円の、風呂なしトイレ共同の四畳半のボロアパートに住んでるんですけど。

 今日、大家さんから「国の実験に協力することになったから」って、なんか玄関のドアノブに変な機械、取り付けられたんですよ。

 で、さっきバイトから帰ってきて、いつものようにドア開けたら…。


[画像:広々とした真新しいフローリングのリビングダイニングの写真。大きな窓からは新宿の夜景が見える。部屋の隅にはまだ荷解きされていない段ボールが一つだけポツンと置かれている]


 559: 名無しの貧乏学生

 …俺の部屋が、四十畳になってたんです…。

 家賃3万円のままなのに…。

 なんだよ、これ…。

 俺、今日からここで暮らしていいのか…?

 夢じゃ、ないのか…?


 そのあまりにも劇的な、そしてどこまでも感動的なシンデレラストーリー。

 それに、スレッドは、もはや言葉を失っていた。

 ただ、そのあまりにも巨大な、そしてどこまでも優しい「奇跡」の前に、ひれ伏すしかなかった。

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