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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
深淵の騎士、アルトリウス編

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446/491

第429話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、一つの巨大な熱狂の渦に、完全に飲み込まれていた。

 神崎隼人――“JOKER”。

 この世界の理そのものを、その身一つで蹂躙し続けてきた絶対的な王者が、初めて見せた「敗北」。それも、あまりにもあっけない、瞬殺という名の、完全な敗北。

 その衝撃は、世界の探索者たちに、絶望ではなく、むしろ一つの奇妙な、そしてどこまでも熱狂的な興奮をもたらしていた。

 神が、初めて血を流した。

 その、あまりにも人間的な光景。

 そして、その敗北に対する、JOKERの、あまりにも異質な反応。

 怒りでも、絶望でもない。

 ただ、心の底から楽しそうな、獰猛な笑み。

 その全てが、これから始まる、未知なる物語への、最高の序曲であることを、世界の誰もが、予感していた。


【SeekerNet 掲示板 - アルトリウス攻略総合スレ Part. 18】


 111: 名無しの実況民A

 …おい。

 …おい、お前ら。

 見たか、今の。

 JOKERが、笑ってる…。


 112: 名無しのゲーマー


 111

 ああ、見た。

 完全に、目がイッちまってる。

 最高の、ギャンブル狂の目だ。


 113: 名無しのビルド考察家

 …なるほどな。

 ようやく、理解した。

 我々が、このボスを「倒すべき壁」として見ていたのに対し、彼だけは、違う。

 彼は、これを「解き明かすべきパズル」として、見ているのだ。

 そして、彼は今、そのパズルの、最初のピースを手に入れた。

「正面からのゴリ押しは、通用しない」という、あまりにも当たり前で、そして最も重要な、そのピースをな。


 その、あまりにも的確な分析。

 スレッドが、その言葉の意味を噛しめるように、静まり返った、まさにその時だった。

 JOKERの配信画面が、再び動き出した。

 彼は、B級ダンジョンのオベリスクの前に、再び立った。

 彼の目の前には、先ほど彼がこじ開けた、神々の坩堝へと続く漆黒のポータルが、まだその口を開けたまま、静かに揺らめいている。

 コメント欄が、熱狂する。


『うおおおおお!再挑戦だ!』

『早すぎるだろ!』


 だが、JOKERは、その声援に、一切応えない。

 彼の表情から、笑みは消えていた。

 ただ、そこにあるのは、絶対的な、そしてどこまでも冷徹な、集中力だけだった。

 彼は、そのポータルの中へと、再びその身を投じた。


 神々の坩堝。

 その、荒涼とした、しかしどこか神聖な闘技場の中央で。

 彼は、再びその宿敵と、対峙した。

 深淵(しんえん)騎士(きし)、アルトリウス。

 だが、JOKERの動きは、一変していた。

 彼は、一切の攻撃行動をしない。

 ただ、逃げた。

 アルトリウスの、その神速の剣技から、ただひたすらに、逃げ続けた。


「グルオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 アルトリウスが、咆哮を上げる。

 その巨体が、信じられないほどの初速で、JOKERへと突進してくる。

 大剣が、横薙ぎに、閃光のように煌めく。

 JOKERは、それを、バックステップで、紙一重でかわす。

 だが、その一撃は、布石だった。

 薙ぎ払いの、その遠心力を利用して、アルトリウスの体は、コマのように高速で回転を始める。

 二撃目、三撃目の、回転斬り。

 その、あまりにも予測不能な、そしてどこまでも殺意に満ちた連撃。

 それに、JOKERの反応が、わずかに遅れた。

 彼の脇腹を、大剣の切っ先が、掠める。

 HPバーが、3割、消し飛んだ。

 そして、その硬直の隙を見逃すほど、深淵の騎士は、甘くはなかった。

 追撃の、突き。

 JOKERの、その心臓を、寸分の狂いもなく、貫いた。

 彼の視界が、白に染まる。


 オベリスクの前。

 彼は、無言で、再びポータルへと足を踏み入れた。

 視聴者たちは、彼がその動きを洗練させていく過程を目撃する。


 二度目の挑戦。

 彼は、あの回転斬りを、完璧に回避した。

 だが、その直後。

 アルトリウスは、天高く、跳躍した。

 そして、その巨体が、隕石のように、JOKERの頭上へと、降り注ぐ。

 回避が、間に合わない。

 彼の体は、その衝撃波だけで、闘技場の壁まで吹き飛ばされ、そしてHPをゼロにされた。


 三度目の挑戦。

 彼は、跳躍攻撃を、完璧に回避した。

 だが、その着地の隙を狙おうとした、彼の、その思考を、アルトリウスは読んでいた。

 着地の、その瞬間に放たれる、足元への、薙ぎ払い。

 避けられない。


 四度目、五度目、十度目…。

 彼は、入り口に戻され続けた。

 その度に、コメント欄は、困惑と、そして少しずつの、理解に、満たされていった。


『…おい、JOKERさん、何してるんだ?』

『なんで、攻撃しないんだよ?』

『いや、違う…。見てみろよ、彼の動きを』

『一度食らった技は、二度と食らってない…!』

『まさか…。こいつ、この挑戦の中で、敵の全ての動きを、記憶してるのか…?』


 その、あまりにも人間離れした、そしてどこまでもストイックな、学習能力。

 それに、SeekerNetの、全ての有識者たちが、戦慄した。


 ハクスラ廃人:

 …馬鹿野郎が。

 なんだよ、これ…。

 こいつ、俺たちが掲示板で、何時間もかけて分析してる内容を、たった一人で、それも数分で、その魂に直接、書き込んでやがる。

 これが、天才か…。


 元ギルドマン@戦士一筋:

 うむ。

 もはや、我々が口を出す領域ではない。

 ただ、見届けよう。

 一人の人間が、神の領域へと、その足を踏み入れる、その瞬間を。


 ◇


 数十回に及ぶ挑戦の末、彼はついに一つの「安全な隙」を見つけ出す。

 それは、アルトリウスが、あの天高く跳躍し、そして大剣を地面に突き立てる、その大技の、その直後。

 ほんの、コンマ数秒だけ生まれる、絶対的な硬直。

 それこそが、唯一の、そして許された、「反撃」の時間。


 二十回目の挑戦。

 JOKERは、初めて、その隙を突いた。

 アルトリウスの跳躍攻撃を、完璧に回避した、その直後。

 彼は、その全ての魂を込めて、その右の拳を、叩き込んだ。

 スキル、【スマイト】。

 黄金の雷霆が、炸裂する。

 アルトリウスの、その禍々しいHPバーが、初めて、確かに、そして目に見える形で、削り取られた。

 1割。

 たった、1割。

 だが、それは、人類が、初めて神の装甲を貫いた、歴史的な一撃だった。

 その直後、彼はカウンターの薙ぎ払いを受けて、入り口へと戻されたが。

 彼の口元には、確かな手応えを感じた、ギャンブラーの笑みが浮かんでいた。


 そこから、彼の、本当の「舞踏」が始まった。

 挑戦を繰り返す中で、彼がボスに与えるダメージは、1割、2割、3割と、少しずつ増えていく。


 三十回目の挑戦。

 彼は、そのHPを、2割削った。

 だが、そこで彼は、欲を出した。

 もう一撃、いける。

 その、ほんのわずかな慢心が、彼のステップを、コンマ数秒だけ、狂わせた。

 HPがゼロになり、入り口に戻される。


 四十回目の挑戦。

 彼は、そのHPを、3割削った。

 だが、そこから、アルトリウスの攻撃パターンに、新たな派生が加わった。

 それまで、単発で放たれていた突き攻撃が、二段突きへと、変貌していたのだ。

 その、未知なる一撃に、彼は対応できず、その胸を貫かれた。

 HPがゼロになり、入り口に戻される。


 視聴者は、JOKERが人間離れした集中力と学習能力で、不可能を可能へと変えていく様を、固唾を飲んで見守る。


 そして、五十回目の挑戦。

 彼は、ついにその場所へと、たどり着いた。

 世界の、トップギルドたちが、その総力を挙げても、決して超えることのできなかった、あの絶望の壁。

 4割の壁。

 彼は、その壁を、ただ一人で、そしてたった数時間で、乗り越えてみせた。

 アルトリウスのHPが、半分を切る。

 だが、その瞬間。

 アルトリウスが、咆哮を上げた。

 彼の、その折れていたはずの左腕が、深淵の闇を纏い、新たな「脅威」として、その姿を現したのだ。

 二刀流。

 これまでとは比較にならない速度と手数で襲いかかる、死の嵐。

 それに、JOKERは、なすすべもなく、蹂躙された。

 HPがゼロになり、入り口に戻される。


 だが。

 オベリスクの前に戻された、JOKERの表情に、絶望の色はなかった。

 彼の瞳は、燃えていた。

 最高の、そして最も面白い、パズルの、その最後のピースを、見つけ出した、子供のように。

 彼は、その配信画面の向こうの、言葉を失った数百万人の観客たちに、初めて、その声を聞かせた。

 その声は、震えていた。

 だが、それは恐怖からではない。

 抑えきれない、武者震いからだった。


「――面白い」

「面白いじゃねえか」

「ここからが、本当の戦いだろ?」



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