第426話
北米の英雄“ブレイド・ダンサー“エッジ”の、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも一方的な敗北。その報は、瞬く間に世界中を駆け巡った。だが、その絶望的なまでの力の差は、世界の探索者たちの心を折るどころか、逆にその魂に、これ以上ないほどの闘争心の炎を燃え上がらせていた。
SeekerNetの掲示板は、もはやただの情報交換の場ではなかった。それは、人類の叡智を結集し、神殺しを成し遂げるための、24時間休むことのない巨大な作戦司令室と化していた。
【SeekerNet 掲示板 - アルトリウス攻略総合スレ Part. 3】
111: 名無しの剣士
スレ立て乙。
エッジの敗北ログ、もう100回は見直した。
間違いねえ。奴の剣技は、速すぎる。だが、無敵じゃねえ。
必ず、どこかに隙があるはずだ。
112: 名無しのタンク
問題は、その隙を見つける前に、こっちが持たないことだ。
エッジですら、数発で沈んだんだぞ?
生半可な防御じゃ、話にならん。
113: 名無しの魔術師
ならば、答えは一つ。
奴が動く前に、焼き尽くす。
超火力の魔法で、一撃の下に沈めるしかあるまい。
その、あまりにも熱く、そしてどこまでも楽観的な議論。
誰もが、自らの信じる「最強」の形こそが、あの深淵の騎士を打ち破る鍵であると信じていた。
そして、その証明のために。
世界の、あらゆる場所から。
新たな挑戦者たちが、次々と、その神々の闘技場へと、その身を投じていった。
それは、人類の、誇りと、意地と、そして尽きることのない好奇心を賭けた、壮大な、そしてどこまでも無謀な、挑戦の時代の幕開けだった。
◇
挑戦者、その一:『不沈艦』ラインハルト
最初の挑戦者、エッジの敗北から数時間後。
ヨーロッパサーバーが、動いた。
名乗りを上げたのは、ドイツ最強のギルド【鉄の意志】が誇る、A級上位のタンク、ラインハルト。
その二つ名は、『不沈艦』。
B級ダンジョン【古竜の寝床】の主、マグマロスの最大火力のブレスを、その身一つで受け止め、一歩も引かなかったという伝説を持つ、欧州最高の盾だった。
【配信タイトル:【証明】絶対的な防御は、全ての矛を砕く】
「――見ていろ、世界」
配信が始まるなり、ラインハルトは、そのゲルマン民族らしい、厳格で、そしてどこまでも自信に満ちた声で、宣言した。
「アメリカの若者のように、小手先の剣技に頼るから、負けるのだ。真の戦いとは、揺るぎない意志と、鋼鉄の肉体で、敵の全てを受け止め、そしてその心が折れるまで耐え抜くことにある。我がギルドの、そして我が国の誇りにかけて、それを証明しよう」
彼の、そのあまりにも力強い言葉に、コメント欄は熱狂した。
『いけー!ラインハルト!』
『ドイツの科学力は世界一ィィィ!』
『不沈艦伝説、見せてくれ!』
彼は、その声援を背に、闘技場へと足を踏み入れた。
その身を包んでいるのは、ドイツの最高技術の粋を集めて作られた、神話級のユニーク装備に匹敵すると噂される、オーダーメイドの巨大なタワーシールドと、全身を覆うプレートアーマー。そのHPは、A級タンクの中でも群を抜く、1万を超えていた。
アルトリウスが、姿を現す。
ラインハルトは、その巨大な盾を、大地に根を張るかのように、固めた。
そして、彼は叫んだ。
「来い、化け物め!この『鉄の壁』を、越えられるものならな!」
戦いは、始まった。
アルトリウスの、その神速の剣技が、ラインハルトの盾へと叩き込まれる。
ガッッッッ!!!!!!!!
凄まじい、金属の断末魔。
ラインハルトの巨体が、数メートル後方へと吹き飛ばされる。
だが、彼は倒れない。
「…ぐっ…!効くな…!」
彼のHPバーが、2割ほど、消し飛んだ。
だが、彼は笑っていた。
(耐えきれる!)
その確信が、彼の心を、さらに鋼鉄へと変える。
彼は、その場に踏みとどまり、アルトリウスの、その嵐のような猛攻を、ただひたすらに、その盾一つで受け止め続けた。
一撃、二撃、三撃…。
コメント欄は、そのあまりにも壮絶な光景に、熱狂した。
『すげえ!耐えてるぞ!』
『これだ!これこそが、アルトリウスの攻略法だ!』
だが、その楽観的な空気が、絶望に変わるのに、そう時間はかからなかった。
四撃目。
ラインハルトの、その自慢のタワーシールドに、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
そして、五撃目。
パリンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
甲高い、ガラスが砕け散るような音と共に。
ドイツの誇る、絶対的な盾が、木っ端みじんに、砕け散った。
「なっ…!?」
ラインハルトの、その鉄仮面のような表情が、初めて、純粋な驚愕に歪んだ。
そして、そのがら空きになった、彼の胸の中心。
そこに、アルトリウスの、その大剣の切っ先が、寸分の狂いもなく、吸い込まれていった。
彼の視界が、白に染まる。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、そして「タンクですら攻撃を5発貰うとHPがゼロになる」という、あまりにも残酷な、世界の新たな「常識」だけだった。
◇
挑戦者、その二:『一撃の魔女』ジンソル
ラインハルトの敗北から、一夜。
世界が、そのあまりにも暴力的なまでの物理攻撃力の前に、沈黙していた、その時。
アジアの、小さな半島から、新たな挑戦者が、名乗りを上げた。
韓国、A級最上位の魔術師、ジンソル。
その二つ名は、『一撃の魔女』。
彼女は、その膨大な魔力を、ただ一つの魔法に集約させ、A級のボスですら一撃の下に葬り去るという、究極のガラスキャノンだった。
【配信タイトル:――答えは、常に、火力】
「物理が、ダメなら」
彼女の、その透き通るような、しかしどこまでも冷徹な声が、数百万人の視聴者の心を、支配した。
「魔法で、消し炭にするまでです」
彼女の、そのあまりにもシンプルで、そしてどこまでも力強い回答。
それに、世界は、再び熱狂した。
彼女は、闘技場に足を踏み入れると、アルトリウスとの距離を、最大まで取った。
そして、彼女は詠唱を始めた。
その、あまりにも長く、そしてどこまでも複雑な、神々の言語。
彼女の全身から、この星の大気そのものを震わせるほどの、膨大な魔力が溢れ出し、その手に持つ杖の先端へと、収束していく。
アルトリウスが、その脅威を察知し、彼女へと突進を始める。
だが、彼女は動じない。
その詠唱は、止まらない。
そして、アルトリウスが、その剣の間合いに彼女を捉える、そのコンマ数秒前。
彼女の、その最後の一言が、紡ぎ出された。
「――星よ墜ちよ《》」
彼女の杖の先端から、一つの、小さな太陽が生まれた。
そして、その太陽は、全てを焼き尽くす、純粋な破壊の奔流となって、アルトリウスへと、叩き込まれた。
誰もが、そのあまりにも圧倒的な光景に、勝利を確信した。
だが。
アルトリウスは、その光の奔流を、避けなかった。
彼は、その光の、その中心へと、自らの大剣を、突き立てた。
そして、彼はその剣で、太陽を、まるで果実のように、真っ二つに、切り裂いたのだ。
光が、霧散する。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、その大剣にまとわりつく光の残滓を、鬱陶しそうに振り払う、アルトリウスの姿だけだった。
魔法は、効かなかった。
そして、その絶望的な事実を、ジンソルが認識する前に。
アルトリウスの姿が、彼女の目の前から、掻き消えるように、消えていた。
そして、彼女の背後で、一つの、冷たい金属の感触。
彼女の、そのガラスのように脆い体は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、その存在を、完全に消滅させた。
◇
挑戦者、その三、その四、その五…
その後も、挑戦は続いた。
フランスの、A級盗賊エミールは、その神がかった回避能力で、数分間、アルトリウスの猛攻を避け続けた。だが、彼の、その予測不能な跳躍からの叩きつけ攻撃に、その反応が、一瞬だけ遅れた。
カナダの、A級ネクロマンサーは、数百体のスケルトンの軍勢を壁として、時間を稼ごうとした。だが、アルトリウスの回転斬りの一閃が、その壁を、まるで草を刈るように、薙ぎ払った。
ブラジルの、A級格闘家は、その驚異的な身体能力で、アルトリウスの懐へと潜り込み、渾身の連撃を叩き込んだ。だが、その鎧は、彼の拳を、まるで赤子のそれのように、弾き返した。
無数の、敗北。
無数の、砕け散った誇り。
その、あまりにも膨大な屍の山の上で。
世界の探索者たちは、ついに、一つの、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも絶望的な「真実」に、たどり着いた。
【SeekerNet 掲示板 - アルトリウス攻略総合スレ Part. 15】
811: 名無しのビルド考察家
…データは、出揃ったな。
諸君、聞いてくれ。
これが、我々が導き出した、唯一の、そして絶望的な結論だ。
812: 名無しのゲーマー
811
ごくり…。
815: 名無しのビルド考察家
第一に、アルトリウスの攻撃力は、あまりにも高く、どれだけ防御を固めたタンクですら、攻撃を5発貰うとHPがゼロになる。
つまり、防御に専念するという選択肢は、ない。
818: 名無しのビルド考察家
第二に、彼の動きは、あまりにも速く、攻撃の隙がほとんどないため、時間内に有効なダメージを与えきれない。
彼のHPは、推定で数百万。並のA級パーティが、一時間殴り続けて、ようやく倒せるかどうかというレベルだ。
だが、彼を相手に、一時間、ノーミスで立ち回れる人間など、この世には存在しない。
821: 名無しのビルド考察家
結論だ。
このボスを倒すために必要なのは、火力でも、耐久力でも、そして連携でもない。
ただ、一つ。
――これを倒すには、根本的に、当たらないという選択肢を取るしかない。
彼の、全ての攻撃を、完璧に、そして未来永劫に、避け続ける。
そして、そのコンマ数秒の隙間に、確実に、ダメージを叩き込み続ける。
そんな、神の領域の芸当を、成し遂げる者だけが、この試練を乗り越える資格を得る。
その、あまりにも無慈悲な、そしてどこまでも正しい、結論。
それに、スレッドは、静まり返った。
誰もが、理解してしまった。
自分たちには、不可能だと。
そんな、神の真似事など、できはしないと。
世界の、全ての探索者が、そのあまりにも高く、そしてどこまでも美しい壁を前にして、深い、深い絶望の淵に、沈んでいた。
彼らは、まだ知らなかった。
その、絶望の、さらにその先に。
一人の、道化師が、その舞台の幕が上がるのを、ただ静かに、そしてどこまでも楽しそうに、待っていたということを。




