第425話
【SeekerNet 掲示板 - B級ダンジョン総合スレ Part. 442】
1: 名無しのB級タンク
スレ立て乙。
さて、諸君。今日も始めようか。我々人類が、神々の気まぐれな悪戯に、どう立ち向かうべきかの議論を。
4: 名無しのB級戦士
…なあ、お前ら。
ちょっと、聞きたいんだが。
俺の、気のせいか…?
5: 名無しのゲーマー
4
どうしたんだよ、戦士ニキ。
また、リフトで変な敵でも引いたか?
6: 名無しのB級戦士
5
いや、違う。
さっき、【ミノタウロスの洞窟】のボスしばいてきたんだが、なんか、見たこともねえ石板が落ちた。
彼は、震える指で、その神々の遺産のスクリーンショットを、スレッドへと投下した。
[画像:無数の、淡く光る古代文字が刻まれた、黒曜石のような滑らかな石板。中央には、一つの巨大な、閉ざされた瞳の紋様が描かれている]
なんだ、これ…?
新種の、ユニークか…?
その、あまりにも奇妙な報告。
それに、スレッドの空気が、わずかに変わった。
鑑定結果が投下された瞬間、その空気は熱狂へと変わった。
【神を喚ぶ石板】
効果テキスト:
ネファレム・リフトのオベリスクにこの石板を捧げることで、忘れ去られたる神が待つ闘技場『神々の坩堝』へのポータルを開くことができる。
ポータルは、そのダンジョンインスタンスがリセットされるまで、開き続ける。
【神々の坩堝】の領域内では、世界の理が歪められている。挑戦者は、HPがゼロになっても決して死亡することはない。
ただし、HPがゼロになった場合、挑戦者は闘技場の入り口へと強制的に送還され、戦闘は完全に初期状態へとリセットされる。
フレーバーテキスト:
諦めない限り、何回でも戦う事が出来る。
さあ、無限の闘争を始めよう。
静寂。
そして、爆発。
『は!?』
『なんだ、これ!?新しいボスコンテンツか!?』
『HPがゼロになっても死なない!?マジかよ!』
『フレーバーテキスト、かっこよすぎだろ!無限の闘争!』
その熱狂は、瞬く間にSeekerNetの全ての掲示板へと、燎原の火のように燃え広がった。世界のB級以上のダンジョンボスやリフトガーディアンから、同じ石板が次々とドロップし始めたのだ。
世界のトップランカーたちは、この新たな挑戦状に、その闘争心の炎を、これ以上ないほど燃え上がらせていた。
誰もが、知りたがっていた。
この、神々の闘技場の先に、一体何が待っているのかを。
そして、その栄誉ある最初の人柱として、一人の男が、名乗りを上げた。
◇
北米、最強のA級探索者。
その二つ名は、“ブレイド・ダンサー“エッジ”。
PvP(対人戦)において、彼に敵う者はいないと謳われる、生粋のデュエリスト。
彼が、その日の夜、自身の配信チャンネルで、全世界に向けて宣言した。
【配信タイトル:【世界初】神々の坩堝、最初の扉を開ける男】
「――よう、お前ら。見ての通りだ」
彼の、その自信に満ち溢れた声が、数百万人の視聴者の鼓膜を揺らす。
「世界の誰もが、まだ見たことのない景色を、この俺が、最初に見せてやる。神だか、何だか知らねえが、俺の剣の錆にしてやるぜ」
その、あまりにも傲慢な、そしてどこまでも力強い宣戦布告。
それに、コメント欄は熱狂した。
彼は、B級ダンジョンのオベリスクの前に立つと、手に入れたばかりの【神を喚ぶ石板】を、高々と掲げた。
石板が、まばゆい光を放ち、オベリスクに吸い込まれていく。
そして、彼の目の前の空間が、ぐにゃりと歪み、一つの、禍々しいオーラを放つ漆黒のポータルが、その口を開けた。
彼は、不敵に笑うと、その闇の中へと、躊躇なくその身を投じた。
彼がたどり着いた場所。
そこは、荒涼とした、しかしどこか神聖な、無限に広がる円形の闘技場だった。
空には、月も太陽もない。ただ、砕け散った星々の残骸が、静かに、そしてどこまでも物悲しく輝いている。
そして、その闘技場の、中央。
それは、いた。
一体の、禍々しい騎士。
全身を、深淵の闇に染まった、禍々しい白銀の鎧に包んでいる。その左腕は力なく垂れ下がり、明らかに機能していない。右手一本で、彼の身長ほどもある巨大な大剣を、まるで小枝のように軽々と、その肩に担いでいた。
「深淵の騎士、アルトリウス」。
その、あまりにも圧倒的な、そしてどこまでも絶望的な存在感。
それに、エッジは、ゴクリと喉を鳴らした。
だが、彼はPvP最強の男。その誇りが、彼に恐怖を忘れさせた。
「面白い。面白いじゃねえか…!」
彼は、その手に持つ二本の長剣を構えると、一直線に、その深淵の騎士へと、斬りかかった。
戦闘が始まった瞬間、世界は息を呑んだ。
エッジの、その神速の剣技。A級のトップランカーですら、目で追うことのできないと言われる、その連続斬撃が、アルトリウスへと叩き込まれる。
だが。
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!
彼の剣は、アルトリウスの鎧に、傷一つ付けることができない。
そして、アルトリウスが、動いた。
それは、もはや剣技ではなかった。
ただの、暴力の奔流。
予備動作が、ない。
エッジが、一撃を放った、その硬直の、コンマ数秒の隙間。
アルトリウスの、その巨大な大剣が、まるで幻影のように、その姿を現した。
「なっ!?」
エッジの、その驚愕の声。
それと、彼の体に、凄まじい衝撃が走るのは、ほぼ同時だった。
一撃でHPが3割消し飛ぶ。
彼は、その衝撃で後方へと吹き飛ばされ、受け身を取ることもできず、闘技場の石畳の上を、無様に転がった。
「…ぐっ…!?」
何が、起きた?
彼が、その混乱の中から、ようやく立ち上がろうとした、その時。
彼の目の前に、アルトリウスの、巨大な影が、音もなく現れていた。
そして、その大剣が、無慈悲に、振り下ろされる。
二撃目、三撃目、四撃目。
**回避不能のコンボの前に、挑戦者はなすすべもなくHPをゼロにされ、**彼の視界は、完全に白に染まった。
◇
「――はっ…!?」
エッジは、気がつくと、B級ダンジョンの、オベリスクの前に立っていた。
夢…?
いや、違う。
彼のインベントリから、【神を喚ぶ石板】が、消えていた。
そして、彼の配信のコメント欄が、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
『嘘だろ…』
『エッジが、何もできずに…』
『なんだよ、あの化け物は…』
彼は、その場で膝から崩れ落ちた。
A級最強の男の、そのプライドは、完全に、そして木っ端みじんに、砕け散った。
その、あまりにも衝撃的な敗北。
それは、世界の探索者たちに、恐怖よりもむしろ、闘争心の炎を燃え上がらせた。
SeekerNetの掲示板は、その日、サーバーがダウンするほどの、熱狂に包まれた。
【SeekerNet 掲示板 - アルトリウス攻略総合スレ Part. 1】
1: 名無しの剣士
スレ立て乙。
見たか、お前ら。
あれは、化け物だ。
だが、倒せない敵じゃねえ。
俺は、見たぞ。奴の、わずかな隙を。
あの回転斬りの後は、コンマ数秒だけ、硬直がある。
2: 名無しのタンク
1
いや、それよりも突き攻撃だ。あれは、予備動作がわずかに大きい。パリィ可能か?
3: 名無しの魔術師
2
馬鹿野郎!あの速度の突きを、パリィできる奴がいるかよ!
それより、跳躍攻撃だ!あれは、着地の瞬間が、最大のチャンスのはずだ!
4: ハクスラ廃人
3
どいつもこいつも、熱くなってやがる。
だが、まあ、いい。
それでこそ、探索者だ。
最高の、祭りが始まったじゃねえか。
その、あまりにも熱く、そしてどこまでも挑戦的な、議論の応酬。
世界の、全てのトップランカーたちが、その日、一つの共通の目標を、その魂に刻み込んだ。
打倒、アルトリウス。
その、あまりにも高く、そしてどこまでも魅力的な壁を、最初に乗り越えるのは、一体誰なのか。
その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも面白い、新たなゲームの幕開けを。
世界の、全ての人間が、ただ固唾を飲んで、見守っていた。




