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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
持たざる者同好会レベリング編

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第423話

 その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、穏やかな凪の中にあった。

 世界のトップギルドたちが、ネファレム・リフトという無限の階層を舞台に、日夜熾烈なランキング争いを繰り広げている。その一方で、大多数の探索者たちは、VTuberたちの配信に心を癒され、楽園諸島で手に入れた自らの島を飾り付けることに夢中になっていた。世界は、戦闘狂たちの熱狂と、一般探索者たちの平和な日常という、二つの異なる時間軸の上で、緩やかに、しかし確実に回り続けていた。


 その、あまりにも巨大な世界の歯車の、その中心から、ただ一人、完全に隔絶された男がいた。

 神崎隼人――“JOKER”。

 彼は、その全ての狂騒を、まるで対岸の火事のように、あるいは、水槽の中の熱帯魚を眺めるかのように、ただ静かに、そしてどこか退屈そうに、見下ろしていた。

 彼の主戦場は、もはやランキングボードの上ではない。デルヴ鉱山の、絶対的な闇と静寂の中。そこが、彼の新たな玉座であり、世界の理そのものを蹂躙するための、最高の実験場だった。


 だが、そのあまりにも孤独な作業にも、彼は飽き始めていた。

 その日の午後、いつものようにデルヴ鉱山でレベルを一つ上げ終えた彼は、ふと、ARコンタクトレンズの片隅に、一つの通知が来ていることに気づいた。

 それは、彼が気まぐれで作った、ごく普通のLINEグループからのものだった。


 グループ名:持たざる者同好会 (3)


 アリス: (可愛らしいウサギがぺこりとお辞儀するスタンプ)

 アリス: 「JOKER先輩、小鈴さん、こんにちは!最近、全然同好会らしい活動ができていませんでしたし、もしよかったら今度、三人で一緒にリフトでレベリングでもしませんか?」


 その、あまりにも後輩らしい、そしてどこまでも純粋なお願い。

 それに、中国で黙々と修行を続けていた小鈴が、数分後に返信した。


 小鈴: 「…良い提案ですね。私も、お二人の戦い方を、間近で見てみたいです。賛成します」


 二人のやり取りを、デルヴ鉱山の、モンスターの死体の山の上で眺めていたJOKER。彼は、普段なら既読無視を決め込むところだったが、アリスが続けて送ってきた、ある一言に、その指を止めた。


 アリス: 「ちなみに、試練(しれん)要石(かなめいし)代は、うちのギルド(オーディン)の経費で落ちるので、お二人の分も浮きますよ!」


 その、あまりにも魅力的で、そしてどこまでも抜け目のない提案。それに、JOKERはふっと、その口元を緩ませた。

(…ほう。ギルドの経費ね。面白い)

 彼は、キーボードを叩いた。


 JOKER: 「いいぜ、乗ってやるよ。ちょうど、一人で潜るのも飽きてきたところだ」


 この一言で、歴史上、最も危険で、そして最も贅沢なレベリングパーティの結成が、あまりにもあっさりと決定した。

 JOKERは、集合場所として楽園諸島の座標を送ると、自らのスマイト徒手空拳ビルドのステータスを、満足げに眺めた。

 レベル60。

 第三の試練への、挑戦権を得るレベル。

 だが、今の彼にとって、あのクソゲーに再び挑むことよりも、この新しい「遊び」の方が、よっぽど魅力的に映っていた。


 ◇


 数時間後。楽園諸島、貿易港「サンクチュアリ・ポート」。

 エメラルドグリーンに輝く穏やかな海と、どこまでも続く白い砂浜。その、あまりにも平和な光景の中に、三つの、あまりにも異質な影があった。

 神崎隼人――“JOKER”。

 その身を包んでいるのは、ただの布の服と、いくつかの安物の革装備。だが、その佇まいから放たれるプレッシャーは、周囲のA級探索者たちですら、思わず道を譲るほどの、絶対的な王者のそれだった。

 アリス@オーディン。

 プラチナブロンドの美しい髪をツインテールにし、その身を包んでいるのは、オーディン特注の、フリルと鋼鉄の装甲が融合した、ゴシックロリータ風の戦闘服。その背後には、ペットの白熊「わたあめちゃん」が、主を守るようにして控えている。

 そして、龍 小鈴(ロン・シャオリン)

 艶やかな黒髪を、高い位置で二つの大きな団子に結い上げ、その身を包んでいるのは、伝統的な、しかし戦闘のために機能的に改良された、深紅の拳法着。その背中には、金色の糸で、天へと昇る一匹の龍が、勇壮に刺繍されていた。


 世界のメタゲームを破壊した、三人の「持たざる者」。

 その、歴史的な邂逅。

 だが、その場の空気は、どこまでも、ぎこちなかった。


「…その」

 最初に、その沈黙を破ったのは、アリスだった。

「JOKER先輩!本物ですわ!配信で見るより、ずっと…その…オーラが、すごいですね!」

「…ああ」

 JOKERは、短く答えた。

「…龍 小鈴、です。お初に、お目にかかります」

 小鈴もまた、その完璧な武人の作法で、深々と頭を下げた。

「…おう」


 その、あまりにも噛み合わない会話。

 それに、JOKERは、心の底から面倒くさそうに、ため息をついた。

「…堅苦しいのは、抜きだ。今日は、ただのレベリングだろ。さっさと、行くぞ」

 彼は、そう言うと、その場にオベリスクを呼び出し、一枚の試練(しれん)要石(かなめいし)を捧げた。

 彼が選択したのは、ランク80。

 世界のトップギルドですら、フルパーティで挑んで、ようやくクリアできるかどうかという、悪夢の領域。


「えっ!?ランク80ですの!?」

 アリスが、素っ頓狂な声を上げる。

「…問題、ありません」

 小鈴は、静かに、しかし力強く頷いた。

「…はっ。お前らなら、余裕だろ」

 JOKERは、そう言って不敵に笑うと、その光の渦の中へと、躊躇なくその身を投じた。

 彼の、そして彼女たちの、本当の「遊び」が、今、始まった。


 ◇


 リフトの内部は、灼熱の溶岩と、鋭い氷の結晶が、同時に存在する、矛盾した世界だった。

 ランク80のナイトメア・リフト。

 その空間に満ちる魔素は、肌を刺すように濃密で、そしてどこまでも悪意に満ちていた。

「――よし、散開だ」

 JOKERの、その短い命令が、三人のヘッドセットに響き渡る。

「雑魚は、各自で処理しろ。ボスが出たら、俺が合図する。そこからが、本番だ」

「はいですわ!」

「…承知」

 その言葉を合図に、三つの影が、三つの異なる方向へと、瞬時に散開した。

 その光景は、もはやただの探索ではない。

 絶対的な強者が、自らの庭を蹂躙するための、ただの儀式だった。


 JOKERは、北の回廊を進む。

 彼の前方に、数十体の、炎を纏ったミノタウロスの軍勢が現れる。

 だが、彼は動じない。

 彼の、パーティチャットの声は、どこまでも穏やかだった。

「おい、小鈴。お前のそのS級スキル、物理ダメージ減少率75%と、回避率75%が最低保障って、マジかよ。イカれてるな」


 小鈴: 「…はい。ですが、師からは、それに頼りすぎるなと、常に言われております」


 その、あまりにもストイックな返答を聞きながら、JOKERは、その右の拳を、軽く振るった。

 スキル、【スマイト】。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」


 黄金の雷霆が、炸裂する。

 ミノタウロスの軍勢が、一瞬で蒸発していく。


 東の回廊では、アリスが、氷のゴーレムの群れと、戯れていた。

「わわっ!冷たいですわ!」

 彼女は、ゴーレムの放つ吹雪に、わざと当たりにいく。そのHPバーが、一瞬で底をつく。

 だが、次の瞬間。

予備心臓(よびしんぞう)】が、その鼓動を再開する。

 彼女は、全回復した状態で、その無防備なゴーレムたちの、その中心へと飛び込んだ。


「JOKER先輩の真似ですわ!――オラオラオラオラ!」


 彼女の、そのあまりにも可愛らしい、しかしどこまでも lethal な拳が、炸裂する。

 ゴーレムたちが、粉々に砕け散る。


 西の回廊。

 小鈴は、ただ静かに、そして美しく、舞っていた。

 彼女の前には、無数の、俊敏な動きで襲いかかってくる、影の暗殺者たち。

 だが、その全てが、彼女の、その薄い拳法着に触れることすら、できない。

 彼女の、その回避率は、もはや確率ではない。

 一つの、絶対的な「理」だった。

 そして、その回避の、ほんのわずかな隙間。

 彼女の、その小さな拳が、閃光のように煌めく。


「――喝ッ!」


 黄金の雷霆が、影を薙ぎ払う。

 その、あまりにも圧倒的な、三者三様の蹂躙劇。

 その中で、彼らの会話は、続いていた。


 JOKER: 「アリス。お前のギルド、オーディンは、要石(かなめいし)代を経費で落とせるほど、儲かってるのか?」

 アリス: 「はいですわ!なんでも、元素(げんそ)()べる(もの)の指輪の転売で、大儲けしたとか…?」

 JOKER: 「…はっ。あの、狸親父が」


 小鈴: 「…アリスさん。その、ゴシックロリータの戦闘服。動きにくくは、ないのですか?」

 アリス: 「えっ!?これ、可愛いじゃないですか!小鈴さんの、その拳法着も、とっても素敵ですわよ!」

 小鈴: 「…ありがとうございます」


 その、あまりにも平和で、そしてどこまでも女子高生らしい会話。

 それに、JOKERは、ふっと息を吐き出した。

 そして彼は、その日の、本当の目的を、思い出したかのように、言った。


「…おい、お前ら。腹、減らねえか?」


 その、あまりにも唐突な問いかけ。

 それに、二人の少女が、同時に、そして元気よく、答えた。


 アリス: 「お腹、すきましたわ!」

 小鈴: 「…はい。すきました」


「よし」

 JOKERは、頷いた。

「じゃあ、さっさと終わらせるか」


 彼が、そう言った、その瞬間だった。

 リフトの、進捗ゲージが、100%に達した。

 洞窟全体が、地響きを立てて揺れ始める。

 そして、三人の、その中心の空間に、禍々しい紫色の魔法陣が展開された。

 ボスだ。


「――集合!」


 JOKERの、その短い、しかし絶対的な命令。

 それに、三つの影が、三つの異なる方向から、一つの場所へと、瞬時に収束していく。

 リフトガーディアンとして召喚されたのは、ランク80の、三体の巨大なキメラだった。

 獅子の頭、竜の翼、そして蛇の尾を持つ、冒涜的なまでの怪物。

 その、三体の連携攻撃は、世界のどのトップギルドですら、全滅を覚悟するほどの、絶望的な弾幕。


 だが。

「――俺が、引き受ける」

 JOKERが、その三体のキメラの、その真正面へと、ただ一人、仁王立ちになった。

 チャンピオンの、挑発スキルが、炸裂する。

 三体の、全ての憎悪が、彼一人へと、集中する。

 そして、その三方向からの、絶対的な死の奔流。

 それを、小鈴が、その小さな体で、受け止めた。

「――ここは、通しません」

 彼女の、そのS級ユニークスキルが、JOKERの、その鉄壁の防御を、さらに神の領域へと引き上げる。

 そして、その絶対的な壁の、その内側で。

 アリスが、その全ての魂を込めて、その拳を、振り下ろした。

 彼女の、その不死身の特攻が、キメラたちの、その完璧だったはずの連携を、内側から、粉々に砕き散らす。

 そして、そのがら空きになった、三つの心臓。

 そこに、JOKERの、三つの黄金の雷霆が、寸分の狂いもなく、叩き込まれた。

 ワンパンだった。

 いや、スリーパン、か。


 静寂。

 後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、おびただしい数のドロップ品の山を、満足げに眺める、三人の、最強たちの姿だけだった。

 彼らは、その戦利品を手早く回収すると、その場でポータルを開いた。

 これを20回繰り返してリフト周回とレベリングをこなした。

 そして、その日の、本当の「報酬」を、手に入れるために。

 彼らは、新宿の、あの焼肉店へと、その姿を消していった。


「――よし、約束通り、焼肉行くか。俺の奢りだ」

「わーい!」

「…ご馳走に、なります」


 その、あまりにも温かい、そしてどこまでも尊い、新たな仲間たちの、その最初の宴。

 それを、西新宿の、夜景だけが、静かに、そしてどこまでも優しく、照らし出していた。

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