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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
レジェンダリージェム編

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第420話

 北欧ギルド【オーディン】日本支部 - 作戦司令室。

 その、北欧のミニマルで機能的なデザインで統一された、広大な作戦司令室の空気は、氷のように冷たく、そしてどこまでも張り詰めていた。

 中央に設置された巨大なホログラムモニターには、SeekerNetのマーケットに表示された、いくつかのレジェンダリージェムの取引ログが、無機質な数字の羅列となって映し出されている。

 その光景を、ギルドマスターであるビョルンは、その氷河のように冷たい瞳で、ただ静かに見つめていた。

 彼の周りには、十数人のアナリストたちが息を殺して、その言葉を待っている。

 やがて、ビョルンは、ふっと息を吐き出した。


「…面白い」

 彼の、その静かな、しかしどこまでも重い一言。それに、副官であるイングリッドが、静かに頷いた。

「はい。市場は、完全に熱狂しています。未強化のジェムですら、1000万円という高値で安定。もはや、B級探索者の装備更新のペースを、遥かに上回るインフレです」

「ああ」

 ビョルンは、頷いた。


 彼は、そこで一度言葉を切ると、その場の全ての人間へと、絶対的な王者の命令を下した。


「――これより、ギルド【オーディン】は、レジェンダリージェム攻略のための、新たな体制へと移行する」

「ギルドメンバーを、二つの部隊へと再編成せよ」

 彼の、その静かな、しかし揺るぎない声が、司令室の空気を震わせた。

「一つは、『要石(かなめいし)供給部隊』。B級メンバーの中から、最も効率的に、そして最も安定して通常ダンジョンのボスを周回できる者を選抜し、24時間体制で、ただひたすらに、試練(しれん)要石(かなめいし)を供給させろ。彼らの仕事は、ただの『労働』だ。だが、その労働こそが、我々の帝国の、礎となる」

「そして、もう一つ。『リフト攻略・ジェム育成部隊』。SS級のラグナルを筆頭に、我がギルドが誇る、最高のトップランカーたち。彼らは、一切の雑務から解放される。彼らの仕事は、ただ一つ。供給部隊から提供される、無限のリソースを使い、自らのジェムを、世界の誰よりも早く、そして高く、育て上げることだ」

「これは、戦争だ。物量と、効率と、そして何よりも『時間』を巡る、新たな戦争なのだ。青龍や、ヴァルキリーに、後れを取ることは、決して許さん」


 その、あまりにも合理的で、そしてどこまでも冷徹な、組織改革。

 それに、司令室の全ての人間が、静かに、しかし力強く頷いた。

 彼らの、もう一つの戦争が、今、始まった。


 ◇


 そのオーディンの、あまりにも先進的な動き。

 それを、中国の赤い龍が、見過ごすはずもなかった。

 北京、ギルド【青龍】の本部。

 その、最高戦略会議室でもまた、全く同じ、しかしその規模においては、オーディンを遥かに凌駕するほどの、巨大な歯車が、回り始めていた。


「――面白い。面白いではないか、オーディンの若造も」

 ギルドマスターである趙将軍は、その玉座のような椅子に深く腰掛け、モニターに映し出されたオーディンの内部通達のリーク情報を、その老獪な瞳で、楽しそうに眺めていた。

「分業、か。悪くない発想だ。だが、我々には、彼らにはない、最大の武器がある」

 彼は、そう言うと、隣に控える若きアナリスト、林へと、その視線を向けた。

「林。我が国の、B級以上の探索者の総数は、今、何人だ?」

「はっ。最新のデータによれば、約20万人です。日本の、10倍以上の数字かと」

「うむ」

 趙将軍は、満足げに頷いた。

「ならば、話は早い」

 彼の、その静かな一言。それが、この国の、そしてこの世界の、運命を決定づけた。

「全B級以上のギルドメンバーに、通達を出せ」

「本日より、レジェンダリージェムの育成を、国家の最優先事項とする、と」

要石(かなめいし)供給部隊と、ジェム育成部隊に分ける。その基本的な思想は、オーディンと同じでいい。だが、その規模を、10倍にしろ。いや、100倍にだ」

「金なら、ある。人なら、いる。我々が、やるべきことは、ただ一つ。その圧倒的な『数』の力で、北欧の、あの小賢しい神々の軍勢を、正面から、蹂躙するだけだ」


 その、あまりにも中国的で、そしてどこまでも暴力的なまでの、人海戦術。

 それに、会議室の全ての将軍たちが、獰猛な笑みを浮かべて頷いた。

 彼らの、新たな時代の長征が、今、始まった。


 ◇


【SeekerNet 掲示板 - B級ダンジョン総合スレ Part. 433】


 111: 名無しのB級タンク

 …おい。

 …おい、お前ら。

 ちょっと、ヤバいことになってるぞ。


 112: 名無しのC級(見学中)


 111

 どうしたんですか、タンクさん。

 また、変なペットでも交換したんですか?


 113: 名無しのB級タンク


 112

 違う!違うんだよ!

 俺、今、いつものように【古竜(こりゅう)寝床(ねどこ)】で要石(かなめいし)掘ってるんだが。

 なんか、周りの様子が、おかしい。

 オーディンと、青龍の連中が、何十パーティも、なだれ込んできやがった。

 それも、ただの周回じゃねえ。

 なんか、役割分担してやがる。

 ボス部屋までを最短ルートで駆け抜けて、要石(かなめいし)だけを回収していくパーティと、その要石(かなめいし)を受け取って、リフトにだけ突っ込んでいくパーティに、分かれてるんだ。

 なんだよ、これ…。


 その、あまりにも生々しい、現場からの報告。

 それに、スレッドは、戦慄した。


 125: ハクスラ廃人

 …始まったな。

 ギルドによる、組織的な、ジェム育成戦争が。

 もう、俺たちみてえな、個人でちまちまやってるソロプレイヤーが、太刀打ちできるレベルじゃねえ。

 奴らは、この世界を、まるで工場のように、効率的に運営し始めやがった。


 132: 元ギルドマン@戦士一筋

 この時点でのトップランカーたちのジェムランクは、ようやく15~20に到達したあたり。

 だが、その差は、日に日に開いていくだろう。

 これが、組織力の差だ。


 その、あまりにも圧倒的な、そしてどこまでも残酷な「格」の違い。

 それに、スレッドは、深い、深い諦観の空気に包まれた。

 だが、その絶望の淵で。

 なおも、抗おうとする者たちがいた。

 この、理不尽なゲームのルールを、捻じ曲げてでも、生き残ろうとする、本物のプレイヤーたちが。


 ◇


 ギルド【月詠(つくよみ)】作戦司令室。

 その空気は、オーディンや青龍のような、冷徹な計算高さや、暴力的な熱狂とは、全く違うものだった。

 そこにあったのは、一つの「家族」のような、温かい、しかしどこまでも真剣な、絆の空気だった。

 マスターは、そのホログラムモニターに映し出された、二つの巨大ギルドの、圧倒的な進捗状況を、ただ静かに見つめていた。

 そして彼は、その場の全てのギルドメンバーへと、問いかけた。


「…見ての通りだ。物量では、我々に勝ち目はない」

 彼の声は、静かだった。

「だが、俺たちは、諦めるか?」

 その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも本質的な問いかけ。

 それに、その場にいた、数十人のギルドメンバーたちが、同時に、そして力強く、その首を横に振った。

「当たり前だろ、マスター!」

「俺たちには、俺たちの戦い方がある!」

「チームワークなら、どこにも負けねえ!」


 その、あまりにも力強い、そしてどこまでも温かい、仲間たちの声。

 それに、マスターは、最高の、そしてどこまでも誇らしげな笑みを浮かべて、頷いた。

「…ああ、そうだな」

「ならば、行くぞ。我々の、全てを賭けて」


 彼らが、選んだ戦術。

 それは、あまりにも無謀で、そしてどこまでも、彼ららしいものだった。

 ギルドの、全てのメンバー。

 F級の、新人から、A級の、トップランカーまで。

 その全ての人間が、この日から数日間、自らの全ての稼ぎを、ただ一つの目的のために、捧げ始めたのだ。

 ギルドの、エースパーティが持つ、たった一つのレジェンダリージェム。

絶望(ぜつぼう)せし(もの)残響(ざんきょう)】。

 その、ランクを、25まで上げるためだけに。


 ◇


 そして、運命の日。

 ギルド【月詠】は、その挑戦を、全世界へと、ライブ配信で公開した。

【配信タイトル:【挑戦】我々の絆で、世界の壁を壊す夜】

 彼らが挑むのは、これまで世界の誰もが、その攻略を諦めていた、悪夢のテーブル。

 ナイトメア・リフト、ランク75。


 戦いは、熾烈を極めた。

 だが、彼らは決して、諦めなかった。

 そして、その死闘の、まさにそのクライマックス。

 彼らの、そのランク25に到達したばかりの、レジェンダリージェムが、その真の力を、解放した。

 セカンダリーボーナス。

 15メートル以内にいる敵の移動速度を、30%低下させる、絶対的な支配のオーラ。

 それまで、神速の動きで彼らを翻弄していた、ナイトメアの怪物たちが、まるで泥の中を這うかのように、その動きを鈍らせる。

 その、あまりにも大きな、そしてどこまでも決定的な、一瞬の隙。

 それを見逃すほど、月詠の戦士たちは、甘くはなかった。

 彼らの、その渾身の、そして全ての仲間たちの想いを乗せた一撃が、ボスの、その心臓を、確かに、そして完全に、貫いた。

 勝利。

 その、あまりにも劇的な、そしてどこまでも美しい、逆転劇。

 それに、SeekerNetは、この日一番の、そしてどこまでも温かい、祝福の嵐に、完全に包まれた。

 ジェムの育成は、トップランカーにとっての必須科目となる。

 その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも力強い真実。

 それを、日本の、小さな、しかし最も気高いギルドが、その魂の全てで、世界へと証明した、歴史的な一夜だった。



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