第415話
その日の世界の空気は、一つの巨大な「祭りの後」の静けさと、そしてどこまでも優しい喪失感に包まれていた。
楽園諸島のサンクチュアリ・ポートに出現した、朱色の鳥居は、最後の大花火が夜空に咲き誇り、そして消えていくのと時を同じくして、まるで幻だったかのように、その姿を消した。
「幽世の祭壇」。
戦闘が一切なく、国籍や言語の壁すらも取り払われた、あの奇跡の一週間は、終わったのだ。
世界の探索者たちは、それぞれの日常へと還っていった。だが、その心には、決して消えることのない、温かい灯火が宿っていた。
その、あまりにも人間的で、そしてどこまでもグローバルな「祭りの後」の空気。
それは、太平洋の向こう側、アメリカ合衆国の巨大掲示板サイト『SeekerNet』で、最も色濃く、そして最も雄弁に、語られていた。
【SeekerNet - North America Board】
トレンド:
1位: #ThanksFestival
2位: #LanguageBarrierSucks
3位: #SeeYouInAgil
4位: Yuzuki Aria
5位: #CanSomeoneTranslateThis
【スレッドタイトル:【鬱】祭りの後の憂鬱スレ。もう、みんなに会いたい】
1: 名無しのSlayer
…終わっちまったな。
昨日の夜まで、あのビーチでロシアの熊野郎どもとウォッカを飲み交わしてたのが、夢みたいだ。
今朝、目が覚めて、いつものようにF級ダンジョンに潜ったら、あまりの静けさに、泣きそうになったぜ。
#ThanksFestival
2: 名無しのMage
お前だけじゃないぞ、スレイヤー。心が…空っぽだ。
ゲートが閉じる時、日本のヒーラーの女の子と、グリフォンの卵の最高の調理法について話してる最中だったんだ。名前すら、聞けなかった
#LanguageBarrierSucks
3: 名無しのPaladin
2
分かるぜ。俺は、ドイツの鍛冶屋とクラフトのコツを交換してたんだ。あいつ、両手メイスにデルヴの化石を使う、とんでもないアイデアを持っててさ。俺たちで、メタをひっくり返そうとしてたのに…。消えちまった。今頃、ドイツ語で何か書き込んでるんだろうが、俺には何一つ読めやしねえ
4: 名無しのRogue
言語翻訳、便利過ぎてたから、現実が辛いわ…。
まあ、冒険者友達増えたけどなww
早くレベル46になってアジールで言語翻訳されて再会しようぜと約束したぜ!
俺は、ブラジルの盗賊とダチになった。あいつの、サンバのリズムで敵の攻撃を避けるステップ、マジで神がかってるんだ。お互いの言語は分からねえけど、魂で理解り合えた。
#SeeYouInAgil
5: 名無しのJuggernaut
4
最高だな!#SeeYouInAgil が、新しい合言葉だ。
これで、またリフトを回す理由ができたってもんだ
その、あまりにも前向きな、しかしどこまでも名残惜しい、新たな目標。
スレッドには、祭りの間に生まれた、国境を越えた無数の友情の物語が、次々と書き込まれていった。
だが、その温かい空気の中で。
一つの、あまりにも根源的で、そしてどこまでも哲学的な「問い」が、投下された。
112: 名無しのScholar
言語翻訳無くなったの、悲しいな。なんで昔、神様は言語をバラバラにしたんだろう。絶対、同じのほうが平和だろうにね。
この一週間は、美しかった。分断のない世界の、ほんの断片を垣間見たようだった。
考えさせられるよな。
なんで神は、バベルの塔で言語を分けたんだろう。同じ言葉を話せば、世界はもっと平和だったはずなのに
113: 名無しのSlayer
112
おいおい、教授。深いところに行くな。
でも、まあ。言いたいことは分かるぜ
114: 名無しのPriest
112
あるいは、それは試練だったのかもしれません。借り物の魔法ではなく、我々自身の心で、その分断を乗り越えられるかどうかの。祭りは、我々に出会いの機会を与えてくれた。あとは、我々次第なのです
115: 名無しのRealist
さみしいが、これが普通だからな。言語はバラバラで、意思疎通が取れないのが普通。自動翻訳なんて、魔法だからなぁ。
お前ら、詩人になりすぎだろ。
世界が、普通に戻った。ただ、それだけだ。期待するな
その、あまりにも現実的で、そしてどこまでも冷徹な、しかし否定できない真実。
それに、スレッドは、再び静かな、そしてどこまでも深い、喪失感に包まれた。
そして、その喪失感を、最も深く、そして最も切実に感じていたのは、あの熱狂の中心にいた、VTuberのファンたちだった。
【スレッドタイトル:【苦痛】もう、推しの言ってることが分からない…】
1: 名無しのAria Fan (US)
…終わった。
アリア様が、さっき祭りの感想をXに投稿した。
きっと、美しくて詩的なことが書いてあるんだろう。でも、俺には、ただの…ぐにゃぐにゃした線にしか見えない。
最悪だ。本当に、最悪だ
[引用されたXの投稿]
癒月アリア@ナロウライブ @Aria_Yuzuki
夢のような、一週間でした。世界中の皆さんと、同じ空を見上げ、同じ光に心を震わせた、あの花火の夜を、私は一生忘れません。
言葉は、再び壁となってしまいました。でも、大丈夫。私達の魂が奏でた、あの夜のハーモニーは、決して消えはしないのですから。
また、いつか。
#V夏祭り
2: 名無しのLuna Fan (US)
1
分かるぜ、兄弟。
るなちゃんが、今配信してる。きっと、みかんちゃんとの「デート」の話をしてるんだろう。笑い声は、聞こえる。でも、なんで笑ってるのか、分からない。
これは、拷問だ
3: 名無しのNocturne Follower (US)
お前らは、まだ声が聞けるだけマシだ。
ノクターン様は、Xにたった一言だけ投稿した。
『…余韻』
Yo-inって、一体どういう意味なんだよ!?知りたい!誰か教えてくれ!
4: 名無しのKirinuki Watcher
3
「残光」とか「残響」みたいな意味だ
5: 名無しのNocturne Follower (US)
4
…ああ。
…なんて、美しいんだ。
クソッ、また泣けてきた
6: 名無しのV-Fan General
Vチューバーが、何言ってるか理解出来なくなったのが、悲しいわ。
楽園諸島や幽世の祭壇で、俺の言葉を拾ってくれたのが、思い出だ。
アリアさんが、俺のコメントを読んで、「あなたの魂は温かい」って言ってくれた、あの瞬間を、俺は一生忘れない。人生で初めて、本当に、誰かに見てもらえた気がしたんだ。
今、俺はまた、日本語の海の、その他大勢の、匿名の英語の名前に戻っちまった
7: 名無しのRuru Enjoyer
6
そんなこと言うなよ。
その思い出は、本物だ。そして、お前のものだ。
魔法は消えた。だが、それが創り出したものは、消えやしない
その、あまりにも温かい、そしてどこまでも力強い、慰めの言葉。
それに、スレッドは、静かな、しかしどこまでも深い、共感と、連帯感に包まれた。
祭りは、終わった。
夢の時間は、過ぎ去った。
だが、その夢が残した温もりだけは、確かに、彼らの心に、残り続けていた。
そして、その温もりは、やがて新たな「希望」へと、その姿を変えていく。
8: 名無しのJapanese Learner
…よし。決めた。
俺、日本語の勉強を始める。
今度こそ、本気で。
世界が、俺に魔法を返してくれないなら、俺が、俺自身の手で、創り出すしかない。
俺は、アリア様の言葉を、自力で理解する。
誰か、一緒にやる奴はいるか?
その、あまりにも無謀な、しかしどこまでも力強い、宣戦布告。
それに、スレッドの、全ての住人が、応えた。
『Me!』
『Count me in!』
『Let's do it!』
その日、世界の、あらゆる場所で。
小さな、しかし確かな「革命」が、始まった。
それは、国家や、ギルドや、そして神々の気まぐれに頼るのではない。
ただ、自らの意志と、努力だけで、言葉の壁を乗り越えようとする、名もなき者たちの、あまりにも人間的な、そしてどこまでも美しい、革命の始まりだった。




