第414話
その日の世界の空気は、一つの巨大な「祭り」の喧騒によって、完全に上書きされていた。
楽園諸島のサンクチュアリ・ポートに突如として出現した、巨大な朱色の鳥居。その奥に広がる、永遠の夕暮れに包まれた夏祭りの世界**「幽世の祭壇」**。
戦闘が一切なく、国籍や言語の壁すらも取り払われる、そのあまりにも優しく、そしてどこまでも楽しい空間。
その報は、瞬く間に世界中を駆け巡り、熾烈なリフト戦争に疲れた探索者たちの心を、瞬く間に鷲掴みにした。
そして、その熱狂は、最終日である今夜、一つの、あまりにも壮大なクライマックスへと、その歩みを進めようとしていた。
X(旧Twitter)トレンド - 世界
1位: #V夏祭りフィナーレ
2位: #幽世の花火
3.位: #最後の夜
4.位: JOKER
5位: #ありがとう祭りの神様
【The Final Night of the Festival】
@WeeklyDungeon_News
【速報】本日21時より、季節祭典「常夏の幽世・夏祭り」のフィナーレを飾る、特大花火大会が開催される模様です。打ち上げ総数は、史上最大規模の5万発。世界の探索者たちが、今、この瞬間のために、楽園諸島へと集結しています。 #V夏祭りフィナーレ
@Dungeon_Gamer_Taro
うおおおおお!ついに来たか、最終日!
この一週間、マジで楽しすぎた…。仕事、行きたくねえ…。
最高の場所で見届けるために、昼から場所取りしてるぜ! #幽世の花火
@V_Fan_Aoi
推しのVTuberちゃんたちも、全員浴衣姿で集合配信してる!
ナロウライブも、カクヨムライブも、今日は事務所の垣根を越えて、みんなで見るんだって!
てぇてぇが、臨界点を突破する…! #V夏祭り
@US_Explorer_Bob
(自動翻訳)
I can't believe it's already the last day. I've made so many friends from Japan, from Brazil, from all over the world this week. I don't want this to end.
(もう最終日なんて、信じられない。この一週間で、日本の、ブラジルの、世界中のたくさんの友達ができた。終わってほしくないよ)
@Hacksla_Haijin
チッ。
浮かれやがって。
まあ、いい。俺も、少しだけ、その祭りとやらの結末を、見届けてやるとするか。
その、あまりにも平和で、そしてどこまでも名残惜しそうな、世界の声。
その、巨大な熱狂の渦の中心から、少しだけ離れた場所。
祭りの会場を見下ろす、小さな丘の上。
そこに、六つの影があった。
◇
「――わーっ!すごい人…!」
神崎美咲は、その大きな瞳を、これ以上ないほどキラキラと輝かせながら、眼下に広がる光の海を見下ろしていた。
提灯の赤い光、屋台の賑わい、そして、この日のために世界中から集まった、何十万という探索者たちの、熱気。その全てが、一つの巨大な、そしてどこまでも温かい生命体のように、ゆっくりと脈打っていた。
彼女の隣では、桜潮静が、その光景に息を呑みながら、静かに、しかし深く頷いている。
彼女たちの、その少し後ろ。
水瀬雫は、その優しい眼差しで、眼下の喧騒と、そして何よりも、その喧騒を心から楽しんでいる二人の少女の姿を、見守っていた。
その隣では、鳴海詩織が、その慈愛に満ちた笑みを浮かべ、まるで我が子たちの成長を見守る聖母のように、静かに佇んでいる。
そして、そのさらに後ろ。
冬月祈は、その感情の読めない紫色の瞳で、そのあまりにも非合理的なまでの熱量の奔流を、ただ冷静に、そしてどこか興味深そうに、分析していた。
「…なるほど。これが、『祭り』という現象ですか。膨大なエネルギーの、非生産的な消費。ですが、その過程で生まれる精神的な高揚感は、確かに、観測する価値がありますわね」
その、あまりにも彼女らしい分析。
それに、詩織が、くすくすと楽しそうに笑った。
「ふふっ。祈さんったら、相変わらずですわね。でも、たまには、理屈を忘れて、この空気に身を委ねてみるのも、悪くありませんわよ?」
「…検討します」
その、あまりにも穏やかで、そしてどこまでも尊い、五人の少女たちの時間。
その、完璧な円環から、ほんの少しだけ離れた場所。
一本の、大きな木の幹に、その背中を預けるようにして。
神崎隼人――“JOKER”は、その腕を組み、ただ黙って、その全ての光景を、その目に焼き付けていた。
彼の表情は、いつものポーカーフェイス。
だが、その瞳の奥に宿っていたのは、もはやただのギャンブラーの光ではない。
自らが、その命を賭けて守り抜いた、この平和な日常。
その、あまりにも眩しく、そしてどこまでも愛おしい輝きを、ただ静かに、そしてどこまでも深く、噛みしめるかのような、穏やかな光だった。
幽世の祭壇最終日。花火大会が行われるということで、各国の冒険者達で大変賑わっている。
主人公、美咲、静、雫、鳴海詩織、冬月祈。6人が集まり、花火を見物する。
やがて、その時が来た。
祭りの会場の、全ての提灯の光が、ふっと、一斉に消える。
そして、絶対的な静寂と、期待に満ちた闇が、世界を支配した。
その、息が詰まるような数秒間の後。
夜空の、その最も高い場所で。
最初の、光が生まれた。
ヒュルルルルルルルルルルルル………。
一つの、小さな光の点が、祈るような軌跡を描きながら、天へと昇っていく。
そして、その光が、その頂点に達した、その瞬間。
ドンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
世界が、割れた。
夜空という名の、黒いキャンバス。
その上に、巨大な、黄金色の牡丹の花が、咲き誇った。
その、あまりにも圧倒的な、そしてどこまでも美しい、祝砲。
それが、この歴史的な一夜の、幕開けを告げる、ファンファーレとなった。
「――始まった…!」
美咲の、その歓喜の声。
それを皮切りに、地上の、何十万という魂から、一つの巨大な歓声が、天へと向かって、放たれた。
そこから始まったのは、もはやただの花火大会ではなかった。
一つの、神々が創り出した、光と音の、交響曲だった。
5万発の特大花火大会。
赤、青、緑、そして金。
無数の、色とりどりの光の華が、次々と、夜空を埋め尽くしていく。
菊、牡丹、そして柳。
その、あまりにも儚く、そしてどこまでも美しい、生命の輝き。
勿論、Vチューバー達や各ギルドの人々も、この花火を楽しんでいる。
@Yumemi_Luna_Live
「わあああああああ!綺麗ー!みんな、見てー!おっきな、ハートの花火だよー!」
#V夏祭りフィナーレ
@Nocturne_Abyss_Live
「…ふん。悪くない。この、一瞬で消え去る刹那の美学。我の、魂と共鳴する」
#V夏祭りフィナーレ
@Guild_Tsukuyomi_Official
(ギルド島「高天原」の、温泉に浸かりながら、花火を見上げるメンバーたちの写真)
最高の、夏だ。
#ギルド大酒盛り #V夏祭りフィナーレ
その、あまりにも温かい、そしてどこまでも幸福な、世界の声。
その、全ての光景を。
丘の上の、六人は、ただ黙って、見上げていた。
美咲は、その大きな瞳を、これ以上ないほどキラキラと輝かせ、その隣で、静もまた、その光のシャワーに、ただ心を奪われていた。
雫と詩織は、その美しい横顔に、穏やかな笑みを浮かべ、そして祈ですら、その分析的な瞳を、ほんの少しだけ、和ませていた。
そして、JOKER。
彼は、その腕を組んだまま、ただ、その夜空に咲き誇る、無数の光の華を、その目に焼き付けていた。
彼の脳裏に、浮かび上がるのは、一つの、あまりにも遠い、夏の日の記憶。
まだ、両親が生きていて。
まだ、妹が病に倒れる前の。
あの、近所の神社の、小さな、しかしどこまでも温かい、夏祭りの夜。
父の、その大きな肩車の上から見た、あの小さな、しかしどこまでも大きく見えた、線香花火の光。
その、あまりにも懐かしく、そしてどこまでも愛おしい光景。
それが、今、目の前の、この神々しいまでの光の奔流と、確かに、重なっていた。
彼の、そのポーカーフェイスの、その奥の奥で。
一つの、温かい、しかしどこか塩辛い何かが、こみ上げてくるのを、彼は感じていた。
だが、彼は決して、その涙を、流しはしなかった。
ただ、その代わりに。
彼は、その隣で、同じ空を見上げている、愛する妹の、その小さな手を、そっと、そして強く、握りしめた。
その、あまりにも不器用な、そしてどこまでも温かい、兄の優しさ。
それに、美咲は、最高の笑顔で、握り返した。
そして、ついにその時は来た。
それまで、夜空を彩っていた無数の光が、ふっと、その輝きを潜める。
そして、絶対的な静寂と、最後の奇跡を待つ、期待に満ちた闇が、再び、世界を支配した。
その、息が詰まるような数秒間の後。
地平線の、その全てから。
一つの、巨大な光の線が、天へと向かって、放たれた。
そして、その全ての光が、夜空の、その一点へと収束した、その瞬間。
ドンッ!!!!!!
世界が、白に染まった。
**最後の大花火が、終わり、**そのあまりにも眩しい、そしてどこまでも優しい光が、ゆっくりと、しかし確実に、その輝きを失っていく。
そして、その光と同時に。
幽世の祭壇が、閉じていく。
提灯の赤い光が、屋台の賑わいが、そして祭囃子の音が、まるで夢から覚めるかのように、すうっと、その存在を、消していく。
そして、彼らは楽園諸島へと転送される。
彼らが立っていた丘の上の、その柔らかな草の感触が、サンクチュアリ・ポートの、あの白い砂浜の、さらさらとした感触へと、変わっていた。
言語も、元に戻った。
それまで、当たり前のように理解できていたはずの、周囲の、様々な国の言葉が、再び、ただの「音」の羅列へと、戻っていく。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも寂しい、世界の再構築。
それに、美咲は、寂しさを抱きながら、ぽつりと、呟いた。
「…終わっちゃったね」
その声は、日本語だった。
だが、その言葉の意味を、理解できたのは、その場にいた、六人だけだった。
彼らの周りでは、先ほどまで笑い合っていたはずの、国籍の違う探索者たちが、互いの言葉が通じなくなったことに戸惑い、そしてどこか寂しげな表情で、それぞれの言語で、別れの言葉を交わしていた。
「ああ。終わったな」
JOKERは、そう言って、その浴衣姿から、いつもの黒いローブへと戻った、自らの体を見下ろした。
祭りは、終わったのだ。
みんな、日常(ダンジョン冒険者/探索者)に戻っていく。
彼は、その背後に立つ、五人の少女たちへと、向き直った。
そして彼は、言った。
その声は、いつも通りの、ぶっきらぼうな、それだった。
だが、その奥には、確かな、そしてどこまでも温かい、響きがあった。
「――さて、と」
「帰るか。俺たちの、日常へ」
その言葉に、五人の少女たちは、顔を見合わせた。
そして、彼女たちは同時に、最高の笑顔で、頷いた。
彼らの、あまりにも短く、そしてどこまでも美しい祭りの夜は、終わった。
だが、彼らの、本当の物語は、まだ始まったばかりだったのだから。




