第413話
その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。
ネファレム・リフト。
その無限の階層の頂を目指す、トップギルドたちの熾烈な競争。
JOKERという絶対的な指標が生まれて以降、単純な到達ランク競争は下火になったものの、水面下では、より困難な「ナイトメア・リフト」の攻略を巡る、静かで、しかしどこまでも熾烈な情報戦と、ビルド開発競争が繰り広げられていた。
世界の空気は、常に張り詰めていた。誰もが、次のメタゲームの覇権を狙い、息を殺して互いの動向を窺っていた。
その、あまりにも張り詰めた弦が、ぷつりと音を立てて切れたのは、全ての始まりの場所…楽園諸島に、あの朱色の鳥居が出現してから、三日目の夜のことだった。
X(旧Twitter)トレンド - 日本
1位: #ギルド大酒盛り
2位: #リフト戦争休戦
3位: #V夏祭り
4位: 世界の酒
5位: #今日のてぇてぇ
【The Truce of the Drunken Gods】
The Red Bears Guild (Official) @RedBears_Russia
(自動翻訳)
もうたくさんだ!
リフト!紋章!ビルド考察!俺の頭はもう爆発寸前だ!
祭りがあるんだろう?酒があるんだろう?
今夜、俺たち「赤い熊」は、全ての戦いを放棄する!そして、ただ飲む!
ウォッカを浴びるほど飲むぞ!
文句のある奴は、サンクチュアリ・ポートのビーチで、俺と飲み比べで勝負だ!
#リフト戦争休戦 #ギルド大酒盛り
その、あまりにもロシア的で、そしてどこまでも正直な、魂の叫び。
それが、引き金となった。
張り詰めていた世界の空気が、一瞬で、緩んだ。
そして、そのあまりにも魅力的な提案に、世界の猛者たちが、次々と、そしてどこまでも楽しそうに、乗っかってきたのだ。
ギルド【オーディン】日本支部公式 @Odin_Guild_JP
@RedBears_Russia
面白い。
その挑戦、我らヴァルハラの戦士たちが、受けて立とう。
ただし、貴殿らのその泥水のような酒では、話にならん。
我らが、本物の神々の酒…黄金のミードを持参してやる。
感謝するがいい。
#ギルド大酒盛り
ギルド【青龍】日本支部公式 @Seiryu_Guild_JP
@Odin_Guild_JP
ふん。蛮族の、蜂蜜酒か。
我らが、三千年の歴史が育んだ、至高の白酒「茅台」の前では、ただの砂糖水に過ぎん。
本当の「天の美禄」というものを、教えてやろう。
#ギルド大酒盛り
Knights of Albion [KOA] @AlbionKnights_UK
A gathering of warriors? Excellent. We shall bring a cask of the finest single malt Scotch whisky from the Scottish Highlands. Let us toast to a momentary peace.
(戦士たちの集いか。素晴らしい。我々は、スコットランド高地より、最高級のシングルモルト・スコッチウイスキーの樽を持参しよう。束の間の平和に、乾杯を)
#ギルド大酒盛り
その、あまりにもハイレベルな、そしてどこまでも楽しそうな、酒の自慢合戦。
それに、世界の、全ての探索者が、熱狂した。
そして、その祭りの、最高の舞台を用意したのは、やはりこの国の、最ももてなしの心を知る、あのギルドだった。
ギルド【月詠】公式 @Tsukuyomi_Guild_JP
皆様、お待ちしておりました。
最高の酒には、最高の肴と、最高の舞台が必要です。
今宵、我らがギルド島「高天原」のビーチに、ささやかながら宴の席を、ご用意させていただきました。
世界中の銘酒を、心ゆくまでお楽しみください。
#ギルド大酒盛り #月詠
【The Grand Banquet of the World】
その日の夜、ギルド島「高天原」は、神話の時代の光景を、この世に再現していた。
白砂のビーチには、おびただしい数の篝火が焚かれ、その炎が、夜空と、そして集いし英雄たちの顔を、赤々と照らし出す。波の音と、祭囃子と、そして何よりも、国籍も言語も違う、男たちの、女たちの、どこまでも楽しそうな笑い声が、完璧なハーモニーを奏でていた。
日本酒や、世界中のお酒が飲み放題、食べ放題の特設会場。
そこには、世界の全てがあった。
月詠が用意した、全国各地の、幻の地酒が並ぶカウンター。
オーディンが持ち込んだ、巨大な樽から注がれる、黄金色のミード。
青龍が、厳かな作法で振る舞う、芳醇な香りの茅台酒。
ロシアの赤い熊たちが、ラッパ飲みしている、瓶のまま凍らせたウォッカ。
イギリスの騎士たちが、チェイサーの水と共に嗜む、琥珀色のスコッチ。
ブラジルの太陽の帝国が、ライムを絞って陽気に回し飲みしている、サトウキビの蒸留酒、カシャッサ。
そして、その酒の肴として。
テーブルの上には、世界中のダンジョンから集められた、最高の食材が並んでいた。
A級【海竜の巣窟】でしか獲れない、巨大な海老の炭火焼き。
B級【古竜の寝床】の溶岩で焼き上げた、サラマンダーの丸焼き。
そして、F級【ゴブリンの洞窟】のゴブリンの耳を、秘伝のタレで揚げた、B級グルメ。
その、あまりにも混沌とした、そしてどこまでも幸福な光景。
それを、世界の探索者たちは、X(旧Twitter)のタイムラインを通じて、リアルタイムで目撃していた。
@Dungeon_Gamer_Taro
なんだこれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
マジで、世界中のギルドが、月詠の島に集まって、酒盛りしてやがる!!!!!!!!!!!!!!!!
#ギルド大酒盛り
@V_Fan_Aoi
(ギルド【赤い熊】のメンバーが、ブラジルのサンバ隊のリズムに合わせて、コサックダンスを踊っている動画)
もう、めちゃくちゃだよwwwwwwwwwwwwwww
平和すぎるだろwwwwwwwwwwwwwwww
#ギルド大酒盛り
@Build_Kousatsu
…面白い。
実に、面白い光景だ。
数週間前まで、リフトのランキングを巡って、コンマ1秒を争い、殺伐とした空気を漂わせていたこの男たちが、今、同じ酒を酌み交わし、笑い合っている。
この「季節祭典」の、自動翻訳機能。
そして、「楽園諸島」という絶対的な安全地帯。
この二つの理が、世界の探索者文化に、革命的な変化をもたらした、歴史的な夜だ。
【The Sake Tasting Game】
宴が、最高潮に達した、その時だった。
この宴の主催者である、ギルド【月詠】のマスターが、その優雅な浴衣姿で、静かに立ち上がった。
そして彼は、その場の全ての英雄たちへと、一つの、あまりにも日本的な、そしてどこまでも面白い「遊戯」を、提案した。
「皆様。今宵は、お楽しみいただけておりますでしょうか」
彼の、その静かな声が、マイクを通じて、会場の隅々にまで響き渡る。
「つきましては、この宴の余興として、一つ、ささやかなゲームをご提案させていただきたい。名付けて、『利き酒大会』。世界中から集められた、この珠玉の銘酒たち。その銘柄と、国を、目隠しで当てていただくという、シンプルなゲームです。優勝者には、我々月詠から、ささやかながら、最高の賞品をご用意しております」
その、あまりにも粋な提案。
それに、血と鉄の匂いに飽きていた、戦士たちの魂が、燃え上がった。
『うおおおおお!面白そうだ!』
『やってやろうじゃねえか!』
そこから始まったのは、もはやただの飲み会ではなかった。
自らの、舌と、知識と、そして何よりも酒への愛を賭けた、もう一つの「戦争」だった。
お酒が飲める人たちは、酒の種類当てゲームを楽しんだりしている。
最初の挑戦者は、オーディンの、あのSS級“ラグナル”。
その、神々の末裔を自称する男の前に、十の、小さな御猪口が並べられる。
彼は、その一つ一つを、テイスティングし、そしてそのあまりにも正確な味覚で、次々と、その答えを言い当てていく。
「…ふむ。これは、日本の新潟の酒、『久保田 万寿』。米の、清らかな香りがする」
「これは、スコットランド、アイラ島のウイスキー、『ラフロイグ』。正露丸のような、独特のピート香。間違いない」
その、あまりにも圧倒的な知識。
それに、会場がどよめいた。
だが、彼が最後に残した、一つの杯。
その、無色透明の液体を、口に含んだ瞬間。
彼の、その完璧だったはずの表情が、初めて、わずかに歪んだ。
「…なんだ、これは…?水…?いや、違う。微かな、甘みと…そして、魂を焼くかのような、アルコールの熱。…分からん…」
その、神の男の、あまりにも人間的な敗北宣言。
それに、会場は、爆笑の渦に包まれた。
正解は、ブラジルの、サトウキビの蒸留酒、カシャッサ。
ブラジルの、太陽の帝国のメンバーたちが、腹を抱えて、笑い転げている。
その、あまりにも平和で、そしてどこまでも楽しそうな光景。
それを、Xのタイムラインを通じて、世界中が、リアルタイムで、目撃していた。
@Gamer_Tetsu
利き酒大会、ヤバすぎるwww
あの、オーディンのラグナル様が、カシャッサ一杯で、撃沈してやがるwww
#ギルド大酒盛り
@V_Fan_Sato
(月詠のギルドマスターが、青龍の将軍に、熱燗の正しい作り方を、身振り手振りで教えている写真)
なんだ、このてぇてぇ空間は。
世界、平和すぎだろ。




