表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
幽世の祭壇編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

427/491

第411話

 貿易港「サンクチュアリ・ポート」のビーチ。

 その一角に、1日前に突如として出現した、巨大な朱色の鳥居。

 その奥からは、楽しげな祭囃子と、甘い綿あめの匂いが漂ってくる。

 JOKERと美咲と静は、そのお祭りを満喫するために、その光の中へと、足を踏み入れた。


「――わーっ!」


 最初に、その歓声を上げたのは、美咲だった。

 彼女の目の前に広がっていたのは、永遠の夕暮れが続く、どこまでも広がる夏祭りの会場だった。

 空には、時折美しい花火が打ち上がり、その光が、沿道に並ぶ無数の提灯の赤い光と、優しく混じり合う。

 道の両脇には、様々な妖怪たちが営む、無数の屋台が並んでいた。

「お兄ちゃん、見て!たこ焼き屋さん!タコさんが、自分の足焼いてる!」

「…ああ。シュールな光景だな」

「あっちには、りんご飴が!…うわっ、りんごに顔がついてる…!」

 その、あまりにも非現実的で、そしてどこまでも楽しそうな光景。

 それに、美咲と静は、その瞳をキラキラと輝かせながら、夢中で駆け回っていた。

 JOKERは、その二人の後を、少しだけ離れた場所から、その口元に穏やかな笑みを浮かべて、ついていく。

 彼の、孤独だった戦いの、その傷を癒すかのような、あまりにも温かい時間だった。


 やがて、三人は一つの屋台の前で、足を止めた。

 そこは、射的の屋台だった。

 棚の上には、ぬいぐるみや、精巧な細工が施された木刀といった、子供たちが喜びそうな景品が並んでいる。

 そして、その屋台の主人である、一本歯の下駄を履いた天狗が、その長い鼻を揺らしながら、威勢のいい声を上げていた。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!この、天狗(てんぐ)印のコルク銃で、見事景品を撃ち落としたお客さんには、そいつを丸ごとプレゼントだ!」


「お兄ちゃん、やりたい!」

 美咲が、その袖を、きゅっと引っ張る。

「…ああ。やってみろよ」

 美咲と静は、それぞれコルク銃を手に取ると、真剣な表情で、その的を狙った。

 パンッ、という、間の抜けた音。

 二人が放った弾は、惜しくも的を逸れ、その後ろの壁に、ぽすり、と虚しい音を立てて当たった。

「あー、難しい!」

「…むぅ。悔しい、です…」

 その、あまりにも可愛らしい、そしてどこまでも微笑ましい光景。

 それに、JOKERは、ふっと息を吐き出した。

 そして彼は、言った。


「…貸してみろ」


 彼は、美咲の手から、そのあまりにも軽いコルク銃を受け取った。

 そして彼は、その銃を構えた。

 その瞬間、彼の、その場の空気が、変わった。

 それまでの、穏やかな保護者の顔ではない。

 獲物を前にした、絶対的なギャンブラーの、その顔に。

 彼は、銃の重さ、コルクの形状、棚までの距離、そして、景品の重心。

 その、全ての変数を、その脳内で、一瞬にして計算し尽くした。

 そして、彼は引き金を引いた。


 パンッ!

 乾いた音が、響き渡る。

 放たれたコルクは、美しい放物線を描き、棚の、最も奥にあった、特賞の、巨大な熊のぬいぐるみの、その眉間に、寸分の狂いもなく、吸い込まれていった。

 そして、その巨体を、いともたやすく、棚の下へと叩き落とした。

 射的で無双するJOKER。

 静寂。

 そして、美咲と静の、割れんばかりの歓声。

「「すごい!」」

 だが、彼のショーは、まだ終わりではなかった。

 パンッ、パンッ、パンッ!

 彼は、その後も、立て続けに、その神がかった射撃を、披露し続けた。

 木刀、お面、そして風車。

 棚の上の、全ての景品が、まるで自ら落ちることを望んでいるかのように、次々と、その下へと落下していく。

 数分後。

 そこには、空っぽになった棚と、その前に呆然と立ち尽くす天狗の店主、そして、おびただしい数の景品の山を前に、どこか満足げな表情を浮かべるJOKERの姿だけがあった。


「…お、お客さん…」

 天狗の店主が、その震える声で、言った。

「――勘弁してくれ…」

 その、あまりにも切実な、魂の叫び。

 それに、JOKERは、最高の、そして最も不遜な笑みを浮かべて、答えた。

「…ああ。悪いな、親父さん。少し、熱くなっちまった」


 その、あまりにも大人げない、そしてどこまでもJOKERらしい一言。

 それに、美咲と静は、腹を抱えて、笑い転げていた。

 そして、その温かい笑い声の、その輪の中へと。

 一つの、新たな声が、加わった。


「おうおう、暴れてるな」


 その、聞き慣れた、そしてどこか飄々とした声。

 それに、JOKERは、はっとしたように振り返った。

 そこに立っていたのは、冒険者学校の、韓国からの留学生たちを率いる、あの教師。

 パク・ジフンと、その生徒達だった。


「…なんだ、アンタらか」

 JOKERは、照れくさそうに、そう言った。

「奇遇だな。アンタらも、祭り見物か?」

「ええ、まあ」

 ジフンは、そう言って人の良い笑みを浮かべた。

 だが、彼の後ろに控えていた、十数人の韓国人の生徒たちの目は、笑ってはいなかった。

 彼らの視線は、ただ一点。

 JOKER、ただ一人に、その全ての尊敬と、そして畏敬の念を込めて、注がれていた。

 そして、その中の一人が、その震える声で、呟いた。

「…ま、まさか…」

 その、あまりにも初々しい反応。

 それに、ジフンは、悪戯っぽく笑った。

 そして彼は、その生徒たちの、その背中を、パンと叩いた。


「おい、お前ら!本物のJOKERだぞ!」


 その一言が、引き金となった。

 生徒たちは、爆発した。


「本物だー!」

「うわああああ!JOKERだ!」

「握手して下さい!」


 その、あまりにも熱狂的な、そしてどこまでも純粋な、ファンの奔流。

 それに、JOKERは、一瞬だけ、その顔をひきつらせた。

 だが、彼は決して、その手を、引っ込めはしなかった。

 彼は、その一人一人の、その震える手を、少しだけ面倒くさそうに、しかしどこまでも真摯に、握り返した。

 それに応じるJOKER。

 その、あまりにも意外な、そしてどこまでも優しい、神対応。

 それに、生徒たちは、もはや言葉を失い、ただ感涙にむせんでいた。


 数分後。

 その、ささやかなファンミーティングが、終わりを告げる頃。

 ジフンは、その申し訳なさそうな顔で、JOKERに、深々と頭を下げた。

「悪かったな、プライベートの所を。じゃあな」

「…ああ」

 JOKERは、短く答えた。

 パク・ジフンと、生徒達は、去っていく。

 その、嵐のような一団が去った後。

 美咲が、その大きな瞳を、これ以上ないほどキラキラと輝かせながら、兄の顔を、見上げた。

 その声は、どこまでも誇らしげだった。


「人気者だね、お兄ちゃん!」


 その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも温かい、妹からの賛辞。

 それに、JOKERは、照れくさそうに、そしてどこまでもぶっきらぼうに、その頭をガシガシとかいた。

「…うるせえよ」

 だが、その口元は、確かに、緩んでいた。

「まあ、こんな時ぐらい、良いだろ」

 彼は、そう言って、どこか遠い目をした。

「流石に、『サインを下さい』とかは、断るかも知れないがな」


 その、あまりにもJOKERらしい一言。

 それに、美咲と静は、顔を見合わせた。

 そして、彼女たちは同時に、くすくすと笑った。


 ◇


 彼らは、その後も、その祭りを、心ゆくまで満喫した。

 そして、その日の冒険の、最後に。

 彼らは、その射的で手に入れた大量の景品を、全て「祭りの引換券」へと交換した。

 そして、その引換券を手に、景品交換所へと向かった。

 彼らが、選んだのは、一つの、あまりにも美しい、そしてどこまでもこの場所にふさわしい、記念品だった。

浴衣コスメティック】。

 そして、景品の浴衣アイテムで、浴衣姿になる、三人。

 彼らが、そのアイテムをインベントリから「使用」した、その瞬間。

 三人の体を、淡い、しかし確かな光が包み込んだ。

 光が収まった時。

 そこに立っていたのは、いつもの戦闘服の姿ではない。

 JOKERは、その黒いローブから、深い藍色の、粋な浴衣姿へと。

 美咲は、その制服から、朝顔の模様が描かれた、可愛らしいピンク色の浴衣姿へと。

 静は、そのモノトーンのドレスから、撫子の花が描かれた、しっとりとした紫色の浴衣姿へと。

 その、あまりにも見事な、そしてどこまでも魔法のような変身。

 それに、美咲と静は、その場でくるりと回りながら、歓声を上げた。


「わー!すごい!魔法みたいだね!」

 美咲と、静は、楽しそうにする。

 その、あまりにも無邪気な、そしてどこまでも美しい、二人の少女の姿。

 それに、JOKERは、ただ静かに、そしてどこまでも優しい目で見守っていた。

 そして彼は、その新たな「祭り」の装束を身にまとったまま、次の屋台へと、その視線を向けた。

 その瞳には、もはや退屈の色はない。

 ただ、この最高の休日を、心ゆから楽しむ、一人の兄の、温かい光だけが宿っていた。


「さて、どんどん景品取るぞ。ペットも、欲しいな」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ