第399話
その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。
ネファレム・リフト。
その無限の階層の頂を目指す、トップギルドたちの熾烈な競争。
そして、その副産物として生まれた、霊体ペットという名の、新たな文化。
世界は、その二つの熱狂に、完全に浮かされていた。
誰もが、この平和な祭りが、永遠に続くと信じていた。
その、あまりにも楽観的な空気に、国家という、最も巨大で、そして最も計算高いプレイヤーが、静かに、しかし確かな足取りで、その駒を進めてくるまでは。
X(旧Twitter)トレンド - 日本
1位: #G7ダンジョンサミット
2位: #うちの子見て
3位: #ペット外交
4位: 八咫烏
5位: #リフト戦争
【The New Stage of Diplomacy】
@WeeklyDungeon_News
【速報】来月スイス・ジュネーブで開催されるG7首脳会議に先立ち、各国政府が、ネファレム・リフトで交換可能な霊体ペットを、公式な「国の象徴」として採用する動きが、世界中で加速しています。これは、新たな時代の「ソフトパワー」外交の始まりであると、専門家は指摘しています。 #ペット外交 #G7ダンジョンサミット
@Dungeon_Gamer_Taro
は!?
マジかよ!
政治家も、ペット自慢始めるのかよwww
もう、なんでもありだな、この世界はwww
@Build_Kousatsu
…いや、笑い事ではない。
これは、極めて高度な政治的メッセージだ。
どの国が、どれだけのリフトポイントを蓄積し、そしてどれほど「格」の高いペットを交換できるか。それが、その国のダンジョン攻略能力と、国力そのものを、世界に示すための、最も分かりやすい指標となる。
静かなる、軍拡競争だ。
@V_Fan_Aoi
難しいことは分からないけど、日本のペットが、可愛い子だといいなー!
その、あまりにも巨大な、そしてどこまでも新しい、外交の舞台。
その火蓋は、やはりこの国の、あの老獪な指導者によって、切って落とされた。
首相官邸公式 @Kantei_Go_JP
【お知らせ】
日本政府は、国際社会における我が国の文化的象徴として、また、世界の探索者コミュニティとの連携を深めるため、本日、ネファレム・リフトのポイント交換により、公式な霊体ペットを迎え入れましたことを、ご報告いたします。
その名は、「八咫烏」。
神話の時代より、我が国の民を導いてきた、太陽の化身です。
この三本足の烏が、世界の未来を、そして人類の進むべき道を、正しく照らしてくれることを、我々は信じています。
[画像:首相官邸の庭園。首相と坂本大臣が、一体の、神々しい霊体の隣で、厳かに記念撮影している写真。その霊体は、漆黒の羽を持ち、その足は確かに三本あり、その瞳は黄金の太陽のように輝いている]
@Dungeon_Gamer_Taro
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!
ヤタガラス!マジかよ!
渋い!渋すぎる!だが、最高にカッコいいじゃねえか!
#ペット外交 #八咫烏
@LunaFan_No1
きゃー!ヤタガラス様ー!
うちのるなちゃんのペットの白兎「もちもち大福くん」と、お友達になってくださいー!
その、日本の、あまりにも「らしい」、そしてどこまでも気高い選択。
それに、世界の、他の国々が、黙っているはずもなかった。
まるで、示し合わせたかのように。
各国の指導者たちが、次々と、自らの「切り札」を、世界のテーブルへと提示し始めたのだ。
The White House (Official) @WhiteHouse
Today, we welcome a new symbol of American strength and freedom.
This specter eagle, named "Liberty," will serve as a constant reminder of the values our great nation represents. God Bless America.
(本日、我々はアメリカの力と自由の新たな象徴を歓迎します。
「リバティ」と名付けられたこの鷲の霊体は、我々の偉大な国家が象徴する価値を、常に思い起こさせてくれるでしょう。アメリカに神の祝福を)
[画像:ホワイトハウスの執務室。アメリカ大統領が、その肩に、巨大な白頭鷲の霊体を止まらせ、自信に満ちた笑みを浮かべている写真。鷲の瞳は、鋭く、そしてどこまでも誇り高い]
中華人民共和国中央人民政府 (Official) @china_gov
【公告】
中華民族五千年の歴史と、その無限の発展を象徴する、新たな守護者を、世界に紹介する。
見よ。これぞ、天命を授かりし、巨大な黄金の龍である。
この龍の飛翔と共に、我々は世界の新たな時代を、領導していく。
[画像:北京の紫禁城を背景に、中国の国家主席が、その周りを旋回するように飛翔する、全長数十メートルはあろうかという、巨大な五本爪の龍の霊体と共に、静かに佇んでいる写真]
【The Pet Cold War】
SeekerNet 掲示板 - 国際情勢分析スレ Part. 88
1: 名無しの国際ウォッチャー
スレ立て乙。
…始まったな。
ペット冷戦が。
2: 名無しのゲーマー
1
乙。
ああ、もうめちゃくちゃだ。
日本のヤタガラス、アメリカのワシ、中国の龍。
全員、カッコよすぎるだろ…。
どんだけポイント使ったんだよ、これ…。
3: 名無しのビルド考察家
2
ポイントだけではない。
これらの、国家を象徴するレベルの最上級ペットは、交換に必要なポイントもさることながら、その交換条件として、リフトランク100以上をクリアしていることが、暗黙の前提となっているという噂だ。
つまり、これは、ただのペット自慢ではない。
水面下で、各国の特殊部隊(D-SLAYERSやデザート・イーグル)が、どれほどの高ランクに到達しているかを誇示する、軍事パレードそのものなのだ。
4: 名無しのA級(お忍び)
3
そういうことだ。
そして、その裏側で、ギルド間の、熾烈な情報戦が繰り広げられている。
「中国の龍は、ブレスを吐くらしいぞ」
「いや、アメリカのワシは、ソニックブームを放つらしい」
「日本のヤタガラスは、未来予知の能力があるとか、ないとか…」
全て、ただの霊体ペットのはずだ。戦闘能力は、ない。
だが、その「噂」そのものが、新たな抑止力として、機能し始めている。
恐ろしい時代になったもんだ。
そして、その奇妙で、そしてどこまでも壮大な、国家間の茶番劇。
その、クライマックスとなる舞台。
G7ダンジョンサミットが、スイス、ジュネーブで、その幕を開けた。
世界の、全てのニュースネットワークが、その歴史的瞬間を、生中継していた。
レマン湖のほとり、国際公式ギルド本部の、荘厳な会議室。
そこに、世界の指導者たちが、集結した。
アメリカ大統領、日本の首相、ドイツの首相、フランスの大統領…。
彼らは、その固い表情で、握手を交わし、そして世界の未来について、語り合う。
だが、その日の、本当の主役は、彼らではなかった。
彼らの、その肩の上で、あるいはその背後で、静かに、しかし絶対的な存在感を放つ、神々しい霊体のペットたち。
会議が、終わり。
最後の、記念撮影の時間。
世界の指導者たちが、横一列に並ぶ。
そして、その各国の首脳陣と一緒に、記念撮影する、それぞれの国の象徴たち。
日本の首相の肩には、三本足の烏が。
アメリカ大統領の腕には、白頭鷲が。
中国の国家主席の背後には、巨大な龍が、その姿を淡く揺らめかせている。
その、あまりにもシュールで、そしてどこまでも歴史的な一枚の写真。
それが、全世界へと配信された、その瞬間。
X(旧Twitter)は、爆発した。
『なんだこれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『シュールすぎるだろwwwwwwwwww』
『完全に、ポケモンマスターたちのサミットじゃねえかwww』
『でも、カッコいい…。マジで、カッコいい…』
その、あまりにも平和で、そしてどこまでも人間的な、熱狂。
その中心で、この世界のパワーバランスは、もはや核兵器の数でも、経済力でもない。
自国の「推しペット」の、その「格」によって左右されるという、新たな時代へと、完全に、そして未来永劫に、移行してしまったのだ。
その、あまりにも壮大で、そしてどこまでも滑稽な、世界の茶番劇。
それを、西新宿のタワーマンションの一室で。
JOKERは、ただ一人、その配信画面の、小さなワイプの中で、静かに、そしてどこまでも楽しそうに、眺めていた。
彼の肩の上では、1ポイントで交換した緑色のカエルが、呑気に、ゲコ、と鳴いた。
そして、彼の背後では、1800ポイントをはたいて手に入れた九尾の狐が、その九本の美しい尾を揺らしながら、退屈そうに欠伸をしていた。
JOKERは、その全ての光景を一瞥すると、ふっと、その口元を緩ませた。
そして彼は、ARカメラの向こうの、数百万人の観客たちに、聞こえるように呟いた。
その声は、どこか呆れたような、しかしどこまでも、満足げな響きを持っていた。
「…まあ、平和で、良いことだ」
彼の、そのあまりにも人間的な、そしてどこまでも優しい一言。
それが、この新しい時代の、本当の幕開けを告げる、ファンファーレとなったのかもしれない。




