第395話
その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。
ネファレム・リフト。
その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも残酷な実力指標の出現から数週間。世界の探索者たちの日常は、完全にその無限の階層攻略へと塗り替えられていた。
もはや、それはただのコンテンツではない。
一つの、巨大な文化。
一つの、終わることのない、世界規模の祭りだった。
X(旧Twitter)トレンド - 日本
1位: #リフト戦争
2位: #今日のRift
3位: #オーディン
4位: #青龍
5位: JOKERまだ?
【The Global Rift War】
@WeeklyDungeon_News
【リフト戦争、激化】
ネファレム・リフトのラダーランキングを巡る競争は、今や世界中のトップギルドを巻き込む、一大国際イベントの様相を呈しています。現在トップを走るのは、依然として中国の【青龍】。その到達ランクは、前人未到の「58」に達しています。
#リフト戦争
@Dungeon_Gamer_Taro
青龍、マジでヤバいな。
一日中、ギルドメンバーを交代させながら、24時間体制でリフト回してるらしいぞ。
もはや、人海戦術だ。
@Build_Kousatsu
だが、その背後には北欧の【オーディン】が、ランク57でピッタリと張り付いている。
少数精鋭、そして何よりも緻密なビルド構築。青龍の「物量」に対し、オーディンは「質」で対抗している形だ。
この二つのギルドのデッドヒートから、目が離せない。 #リフト戦争
@V_Fan_Aoi
VTuberの子たちも、リフト頑張ってるよ!
るなちゃんが、昨日初めてランク10をクリアして、配信で号泣してた。
「みんなの応援があったからですー!」って。
こっちも、もらい泣きしたわ…。 #V探索者デビュー
その、あまりにもハイレベルな頂上決戦と、そのすぐ足元で繰り広げられる、微笑ましい成長物語。
世界の探索者たちは、その両方を、それぞれの楽しみ方で、消費していた。
そして、その熱狂は、もはや日米中という、これまでの主要国だけの、ものではなくなっていた。
世界の、あらゆる場所から。
新たな挑戦者たちが、その鬨の声を、上げ始めていたのだ。
X(旧Twitter)
Indra's Spear [IND] @IndraSpear_India
【VICTORY!】
我がギルド「インドラの槍」は、先ほどネファレム・リフトのランク55をクリアしました。これは、インド亜大陸における初の快挙です。
我々の魂の輝きが、ガンジスを照らす!
#RiftWar #IndraSpear
Império do Sol @ImperioDoSul_BR
【FESTA!!!!】
リフトランク50、クリア!見たか、世界!これこそが、太陽の帝国の実力だ!
サンバのリズムは、誰にも止められない!
南米大陸初の記録だぜ!
#GuerraDoRift #ImperioDoSul
Outback Wreckers @OutbackWreckers_AU
Rank 48 cleared. Not bad.
(ランク48、クリア。まあ、悪くない)
#RiftWar
SeekerNet 掲示板 - ライブ実況スレ Part. 12
『うおおおおお!インドのギルド、来たぞ!ランク55!』
『ブラジルのやつら、陽気すぎだろwwwクリア報告でサンバ踊ってやがるwww』
『オーストラリア、一言だけなの渋すぎるwwwだが、強い!』
『やべえ、マジで世界中のギルドが参戦してきた!国際色豊かなギルド達が、〇〇国内初というただし書きを付けながら自慢する流れになってて、最高に面白い!』
『もはや、探索者のワールドカップじゃねえか、これ!』
その、あまりにも健全な、そしてどこまでも熱狂的な、世界規模の祭り。
だが、その頂点に立つ者たちの戦いは、もはやただの記録更新競争では、なかった。
彼らの視線は、すでに次なるステージへと、向けられていた。
ギルド【月詠】公式 @Tsukuyomi_Guild_JP
【新たな挑戦】
ネファレム・リフト、ランク60。
その、あまりにも高く、そして分厚い壁。
我々は、本日、この壁に挑みます。
そして、その最初の「基準」を、我々の手で、この世界の歴史に刻みます。
クリアタイム:15分02秒。
これが、ランク60の世界だ。
#リフト戦争 #月詠
その、あまりにも誇り高い、そしてどこまでも挑戦的な、宣言。
それに、SeekerNetは、再び、熱狂の渦に叩き込まれた。
ランク60。
それは、B級上位の装備で固めたパーティですら、一瞬で蹂躙されるという、魔の領域。
その、最初の記録。
それは、この世界の、新たな「常識」が生まれた瞬間だった。
だが、その常識は、あまりにも早く、そしてどこまでも無慈悲に、破壊されることになる。
◇
【配信タイトル:スマイト徒手空拳ビルド、リハビリ終了のお知らせ】
【配信者:JOKER】
【現在の視聴者数:7,128,492人】
その日、JOKERは、デルヴ鉱山の闇から、帰ってきた。
彼のレベルは、地道な、しかし常軌を逸したレベリングの果てに、50の大台に到達していた。
「よう、お前ら。見ての通り、今日はリフトだ」
JOKERの声は、どこまでも楽しそうだった。
「レベルも上がったし、そろそろ本格的に、この新しいおもちゃで遊んでやろうと思ってな」
彼のモニターには、月詠が叩き出した、あの15分02秒という記録が、大写しにされていた。
『JOKERさん!ついに、リフト戦争に参戦か!』
『待ってたぜ!』
『月詠の記録、超えられるのか!?』
その、あまりにも純粋な期待の声。
それに、JOKERは、ふっと息を吐き出した。
そして彼は、ARカメラの向こうの、700万人の観客たちに、その絶対的な、そしてどこまでも不遜な「答え」を、告げた。
「…15分?遅えな」
その、あまりにも短い、しかしどこまでも重い一言。
それが、この世界の、新たな常識が、生まれる前の、最後の言葉だった。
彼は、その言葉と同時に、ランク60のキーストーンを、オベリスクへと捧げた。
そして、彼はその嵐の中へと、ただ一人、踊るように、その身を投じていった。
そこから始まったのは、もはや戦闘ではなかった。
ただ、一方的な、そしてどこまでも美しい「蹂躙」だった。
ランク60の、B級上位ですら一撃で沈めるという、圧倒的な物量の暴力。
それが、彼の、黄金の雷霆の前では、まるで春の雪のように、溶けていく。
彼は、戦っていない。
ただ、踊っているだけ。
ジャズの、即興演奏のように。
その、あまりにも神がかった光景。
それに、700万人の観客は、もはや言葉を失っていた。
ただ、そのあまりにも巨大な「理不尽」の前に、ひれ伏すしかなかった。
そして、その舞が終わった時。
彼の目の前のARウィンドウに表示されたクリアタイム。
それは、世界の全ての探索者を絶望させるには、十分すぎるほどの数字だった。
【クリアタイム:5分12秒】
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、爆発。
『は!?』
『ご、5分!?』
『嘘だろ!?月詠の記録を、10分も縮めたのかよ!』
『ソロで!?』
『なんだよ、この男…。なんだよ、この男…!』




