第392話
【SeekerNet 掲示板 - B級ダンジョン総合スレ Part. 431】
1: 名無しのB級タンク
スレ立て乙。
さて、諸君。今日も始めようか。我々人類が、神々の気まぐれな悪戯に、どう立ち向かうべきかの議論を。
2: 名無しのC級(見学中)
1
乙です!
昨日の、B級タンクさんの人柱レポート、最高でした!カエルのペット、可愛かったです!
3: 名無しのA級(お忍び)
2
ああ。だが、あの後、北米の猛者がランク30あたりで混沌ダメージの嵐に飲まれて、撤退したらしいぞ。
やはり、このリフトは、生半可な覚悟で挑むべきではない。
4: 名無しのB級戦士
3
だよな…。
俺も、昨日ランク5まで行ったけど、敵の組み合わせが悪くて、二回もポータルで逃げ帰る羽目になった。
完全に、運ゲーだ、これ。
その、あまりにもリアルな、そしてどこまでも人間的な、試行錯誤の記録。
スレッドは、この新たな世界の理を、一歩ずつ、しかし確実に解き明かしていく、開拓者たちの熱気で満ち満ちていた。
誰もが、この混沌としたテーブルに、一つの確かな「答え」をもたらしてくれる、英雄の登場を、待ち望んでいた。
そして、その英雄は、あまりにも唐突に、そしてどこまでも当然のように、その舞台へと降臨した。
◇
【配信タイトル:【新コンテンツ】ネファレム・リフト、ちょっと味見してみるか】
【配信者:JOKER】
【現在の視聴者数:6,128,492人】
西新宿のタワーマンション、その最上階。JOKERは、漆黒のハイスペックPC【静寂の王】の前に座り、ARカメラの向こうの600万を超える観客たちに、不敵な笑みを向けていた。
彼のモニターには、SeekerNetのB級ダンジョン総合スレが、大写しにされていた。
「よう、お前ら。見ての通り、今日は新しいテーブルだ」
JOKERの声は、どこまでも楽しそうだった。
「お前らが、この数日間、必死に泥水を啜りながら開拓してきた、この新しい『地獄』。その答え合わせを、今からしてやろうじゃねえか」
その、あまりにも不遜な、そしてどこまでもJOKERらしい宣戦布告。
それに、コメント欄が、爆発した。
『きたあああああああ!』
『王の帰還!』
『味見www JOKERさん、余裕すぎるだろwww』
『待ってたぜ!あんたなら、このクソゲーをどう攻略するのか、見せてくれ!』
その熱狂をBGMに、彼は淡々と、準備を始めた。
「まずは、これだ」
彼は、公式マーケットの画面を開くと、検索窓に、一つの単語を打ち込んだ。
『試練の要石』
そこには、B級探索者たちが、なけなしの金で出品した、数十個のキーストーンが並んでいた。価格は、1個10万円。
JOKERは、その全てを、何の躊躇もなく、カートへと放り込んだ。
「**試練の要石を購入して、**と。まあ、20個もあれば、今日の遊びには十分だろ」
数百万の金が、一瞬で消える。
だが、彼の表情は、少しも変わらない。
彼は、その手に入れた「チケット」をインベントリにしまい込むと、その魂を、切り替えた。
戦士でも、ネクロマンサーでもない。
あの、世界の理を破壊した、究極の「矛」。
スマイト徒手空拳ビルドへと。
「さて、と。行くか」
彼は、近場のB級ダンジョンのオベリスクで、リフトに入る。
彼がゲートをくぐった瞬間、彼の全身を、むわりとした熱気が包み込んだ。
B級の呪い。
だが、今の彼にとって、それはもはやただの挨拶に過ぎなかった。
彼の目の前には、黒曜石を削り出したかのような、滑らかな八角形の石柱…オベリスクが、静かに、しかし絶対的な存在感を放って、鎮座していた。
彼は、そのオベリスクに、一枚のキーストーンを捧げた。
石柱が、共鳴するように青白い光を放ち、彼の目の前に、特殊な次元への扉…ネファレム・リフトへのポータルが、その口を開いた。
「――ショーの始まりだぜ」
彼が、その光の渦の中へと、その一歩を踏み出した、その瞬間。
世界の、歴史が、再び、そして今度こそ決定的に、動き始めた。
◇
リフトの内部は、彼の予想通り、混沌としていた。
ある区画は、ゴブリンの洞窟のような湿った土の匂いがし、またある区区画は、古竜の寝床のような灼熱の空気に満ちている。
そして、そこから湧き出てくるのは、レベル1の、あまりにも弱々しいモンスターたち。
「…なるほどな。最初は、こんなもんか」
JOKERは、その光景に、少しだけ拍子抜けしたような、しかしどこまでも楽しそうな表情で、その拳を構えた。
そして、彼は叫んだ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
黄金の雷霆が、嵐のように、吹き荒れる。
スマイトのラッシュで、雑魚敵を掃除しながら、100%まで貯める。
進捗ゲージが、凄まじい勢いで上昇していく。
そして、ゲージが100%に達した、その瞬間。
彼の目の前の空間に、禍々しい紫色の魔法陣が展開された。
そして、その中心から、一体の、巨大なガーゴイルが、その石の巨体を現した。
リフトガーディアン。
だが。
「――終わりだ」
JOKERの、その冷徹な一言。
黄金の拳が、ガーゴイルの、その硬い石の心臓を、寸分の狂いもなく、貫いた。
ボスが召喚される。ワンパンする。
ガーゴイルは、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、その存在ごと、この世界から完全に消滅した。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、そして彼のARウィンドウにポップアップした、一つの小さな、しかし確かな勝利の証だけだった。
ポイント+1ゲット。
『うおおおおおお!はっや!』
『ランク1、クリアタイム28秒!世界記録、爆誕!』
『まあ、そうなるよなwww』
その、あまりにも当然な、そしてどこまでも圧倒的な勝利。
それに、コメント欄が、祝福の言葉で埋め尽くされる。
JOKERは、その声援に、満足げに頷くと、ドロップしたランク2のキーストーンを拾い上げ、そしてオベリスクの前へと、帰還した。
「さて、と。次は、お楽しみの時間だな」
彼は、そう言うと、オベリスクの前で、静かに目を閉じ、そして念じた。
彼の目の前に、広大な、そしてどこまでも美しい、景品の交換ウィンドウが、ホログラムとして展開される。
若返りの薬、1億ポイント。
神話級のユニーク装備の数々。
その、あまりにも眩しい光景。
それに、コメント欄が、再び熱狂の渦に叩き込まれた。
『うおおおおお!これが、報酬画面か!』
『やべえ!夢がありすぎる!』
JOKERは、その神々の宝物庫を、まるでデパートのショーウィンドウでも眺めるかのように、気怠そうにスクロールしていく。
そして、彼は一つのタブの前で、その指を止めた。
【ペット】。
彼は、そのタブを開くと、表示された可愛らしい、あるいは禍々しい、様々な霊体のリストを、吟味し始めた。
そして彼は、その中の一つを、指差した。
1ポイントで交換できる、緑色の、つぶらな瞳を持つ、カエルの霊体。
彼は、何の躊躇もなく、その交換ボタンを、タップした。
彼の足元に、ぽよん、という可愛らしい音と共に、半透明の、緑色のカエルが、その姿を現した。
カエルは、彼の足に、ぴょんぴょんと飛び跳ね、そしてその肩の上へと、ちょこんと乗った。
その、あまりにも意外な、そしてどこまでも和む光景。
それに、JOKERは、ふっと、その口元を緩ませた。
「おっ、意外と可愛いな」
その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも素直な一言。
それに、コメント欄が、この日一番の、温かい笑いに包まれた。
『wwwwwwwwwwwwwwwww』
『JOKERさん、カエル好きだったのかwww』
『ペット枠、確定だな!』
「いや、別にそういうわけじゃねえが…」
JOKERは、照れくさそうに、そう言いながらも、その肩の上のカエルを、満更でもない様子で眺めていた。
そして彼は、再び景品リストへと、その視線を戻した。
彼の瞳が、ある一点で、ぴたりと止まった。
そこに表示されていたのは、九本の、美しい黄金の尾を持つ、白銀の狐の霊体だった。
その、あまりにも気高く、そしてどこまでも美しい姿。
それに、JOKERの、その眠たげだった瞳が、子供のように、キラキラと輝いた。
「九尾の狐?カッコいいじゃねーか。ぜひ、欲しいな」
その、あまりにも無邪気な、そしてどこまでも正直な、魂の叫び。
それが、彼の、新たな目標が定まった瞬間だった。
彼は、ARカメラの向こうの、数百万人の観客たちに、そして自らの魂に、宣言した。
その声は、新たなゲームの始まりを告げる、ファンファーレだった。
「――よーし、どんどんリフト回すぞ!」
そこから始まったのは、もはやただのレベリングではなかった。
ただ、一方的な、そしてどこまでも美しい「蹂躙」だった。
ランク2、3、5、10…。
彼は、その圧倒的な火力で、リフトの階層を、凄まじい勢いで、駆け上がっていく。
そして、その日の配信が終わる頃。
彼は、20までノンストップで上げ続けていた。
彼は、その日の成果を、満足げに、そしてどこか誇らしげに、配信画面に表示させた。
「ランク1から、20まで。
獲得ポイントは、1 + 2 + 3 + … + 20。
つまり、今日の稼ぎは、210ポイントだ」
その、あまりにも異常な、そしてどこまでも常軌を逸した、成長速度。
それに、コメント欄は、もはや意味をなさない絶叫の洪水で、埋め尽くされていた。
JOKERは、その熱狂をBGMに、静かに、そして満足げに、頷いた。
「…まあ、九尾までは、まだまだ先が長いがな」




