第391話
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、もはやただの情報交換の場ではなかった。それは、一つの巨大な研究機関であり、そして新たな黄金郷への地図を、世界の誰よりも早く描き出そうとする、無数の知性が火花を散らす、熱狂的な戦場と化していた。
B級ダンジョンから発見された、未知なる鉱脈への入り口、【ネファレム・リフト】。
その、あまりにも深く、そしてどこまでも危険な闇の底に眠るという、無限の富と、失われた古代の叡智。世界の探索者たちの熱狂は、今やただ一つの目標へと収束していた。
深淵へ。より、強く、より、速く。
【SeekerNet 掲示板 - B級ダンジョン総合スレ Part. 431】
1: 名無しのB級タンク
スレ立て乙。
さて、諸君。今日も始めようか。我々人類が、神々の気まぐれな悪戯に、どう立ち向かうべきかの議論を。
2: 名無しのC級(見学中)
1
乙です!
先輩方のおかげで、世界の謎が少しずつ解き明かされていくの、見てて最高に面白いです!
3: 名無しのA級(お忍び)
2
まあ、謎解きというよりは、命がけの人柱報告会だがな。
今日も、何人がリフトの闇に飲まれることやら…。
4: 名無しのB級戦士
3
だが、その価値はある!
書き込みを見たB級以上の各国の冒険者達は、B級以上のダンジョンで試練の要石が2分の1ぐらいの確率でドロップ事を確認した。
おかげで、俺のギルドも、ようやくメンバー全員分のキーストーンを確保できたぜ!
そして、ぞくぞくとネファレム・リフトに挑む。
今夜、俺たちも初挑戦だ!
5: 名無しのB級魔術師
4
おお!頑張れよ!
ちなみに、俺のパーティは昨日クリアしてきたぞ!
ランク1は、マジで楽勝だった。F級のゴブリンとスライムしか出なかったから、鼻歌交じりでクリアできたぜ。
報酬の1ポイントで、早速カエルのペット交換してきた!可愛い!
その、あまりにも平和な、そしてどこまでも希望に満ちた成功報告。
スレッドは、和やかな雰囲気に包まれた。誰もが、この新たなコンテンツが、自分たちの冒険に新たな彩りを与えてくれる、素晴らしい「ボーナスステージ」なのだと信じ始めていた。
その、あまりにも楽観的な空気を、一人の男の、狂気的なまでの行動が、完全に破壊することになる。
121: 名無しのリフトジャンキー
…ふぅ。
10周目、完了。
ポイント、55ポイントゲット。
うめえええええええええええええええええ!!!!!!
122: 名無しのゲーマー
121
は!?
10周!?
お前、いつから潜ってんだよ!?
123: 名無しのリフトジャンキー
122
ああ?昨日の夜から、ぶっ通しだが?
あるB級冒険者は、試練の要石をその場で買い取り、どんどんネファレム・リフトをクリアしていく。
俺だよ、俺。
ゲート前で、帰還してきた奴らから、キーストーン全部買い占めてんだよ。
一枚10万。安いもんだろ。
その、あまりにも常軌を逸した、そしてどこまでも合理的な、狂人の登場。
それに、スレッドが、どよめいた。
『マジかよ!』
『リフト廃人、爆誕の瞬間じゃねえか!』
『で、どうなんだよ!?奥に進むと、何か変わるのか!?』
その問いかけに、リフトジャンキーは、待っていましたとばかりに、その興奮冷めやらぬレポートを投下し始めた。
135: 名無しのリフトジャンキー
ああ、変わる!変わるぞ!
クリアする度に、ランクに応じたポイント貰える事が判明する!
ランク10超えたあたりから、敵のレベルも、C級相当になってきた。
報酬も、10ポイント!美味すぎる!
これ、マジで無限に稼げるぞ!
俺は、今日中にランク20まで行く!
見てろ、お前ら!
その、あまりにも熱狂的な、リアルタイム実況。
スレッドは、その一人の男の、無謀な挑戦に、釘付けになった。
誰もが、固唾を飲んで、その男の報告を待っていた。
そして、数時間後。
彼の、そのあまりにも高すぎたテンションが、唐突に、絶望の悲鳴へと変わった。
255: 名無しのリフトジャンキー
…おい。
…おい、お前ら。
ちょっと待て。
やばい。
マジで、やばい。
256: 名無しのゲーマー
255
どうしたんだよ、ジャンキー!
ついに、ボスでも倒せなかったか!?
258: 名無しのリフトジャンキー
256
違う!違うんだよ!
ランク15で、凍傷をしてくる敵と遭遇して、撤退する!
なんだよ、あいつら!青い骸骨の魔術師の集団だったんだが、一発食らっただけで、体の動きが完全に止まって、そのままハメ殺された!
ポータルで逃げなきゃ、死んでたぞ!
ふざけんな!聞いてねえぞ、そんなの!
その、あまりにも生々しい、そしてどこまでも理不尽な、初見殺しの報告。
それが、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
「俺もだ!ランク12で、出血が止まらなくなった!」「こっちはランク18で、サイレンス地獄だったぞ!」「炎上ダメージ、痛すぎる!」
そのほかにも、サイレントや出血や炎上など、様々な敵が出てくる事が判明する。
リフトの、その本当の顔。
それは、ただのボーナスステージなどではなかった。
あらゆるビルドを殺すためだけに設計された、悪意の塊。
悪魔の、ルーレットだったのだ。
その、絶望的な空気の中で。
一人の、冷静な分析官が、その混沌に、一つの仮説を投下した。
311: 名無しのビルド考察家
…なるほどな。
ようやく、見えてきた。
リフトの難易度は、ランクに応じて、特殊なデバフを付与する敵が出現するようになる、ということか。
ランク15あたりが、最初の壁。
凍傷対策がなければ、そこから先へは進めない。
実に、面白い設計だ。
その、あまりにも的確な分析。
それに、スレッドは、新たな攻略の糸口を見つけ出し、再びその熱を取り戻しかけた。
だが、その仮説すらも、次の瞬間には、覆されることになる。
355: 名無しのC級ヒーラー
あのー、すみません!
今、パーティでランク7に挑戦してるんですけど…。
なんか、青い骸骨の、凍傷撃ってくるやつに遭遇したんですけど…。
静寂。
そして、爆発。
『は!?』
『ランク7で、凍傷!?』
『嘘だろ!?』
358: 名無しのリフトジャンキー
355
マジかよ!
俺が、あれだけ苦しめられたやつが、そんな低ランクで出るのかよ!
361: 名無しのB級タンク
と思ったら、単純なゴブリンだったりする。
俺、今ランク25だけど、敵はゴブリンとスライムだけだぞ。
ラッキーすぎるwww
365: 名無しのリフトジャンキー
361
はぁ!?
なんだよ、それ!
完全にランダムだな!
**最初、ランクが関係してると思ってたが、**それも違うのかよ!
同じようにリフト回してる奴が、低ランクで凍傷してくる敵に遭遇してたわ。
もう、何も信じられねえ…。
その、あまりにも混沌とした、そしてどこまでも理不尽な、世界の真実。
スレッドは、もはやお祭り騒ぎではなかった。
一つの、巨大な謎解きに挑む、探偵たちの集会所と化していた。
そして、その謎解きの、最後のピース。
それを、発見したのは、一人の、名もなきヒーラーだった。
455: 名無しのC級ヒーラー
あの…。
さっき、リフトをクリアした後、試しにオベリスクの前で、お祈りしてみたんです…。
そしたら…。
なんか、目の前に、見たこともないウィンドウが開いて…。
456: 名無しのゲーマー
455
なんだよ!早く、言え!
458: 名無しのC級ヒーラー
455
ランキングと、オベリスクで念じる事で、ランキングが見える事が判明する…。
クリアしたランクと、クリアタイムが、表示してあるな…と、解説する。
これ、もしかして、ラダーランキングですか…?
その、あまりにも衝撃的な発見。
それに、スレッドは、本当の意味での「爆発」を起こした。
そして、その熱狂の、まさにその頂点で。
そのヒーラーは、最後の、そして最も重要な「爆弾」を、投下した。
465: 名無しのC級ヒーラー
おっ、注意書きが書いてあるな。
なになに?
ランキングに応じて、1日に1回ポイントが配布される…?
完全に、ランキングシステムだな、これ。
あと、「ランキングは、太陽系第3惑星時間で1ヶ月ごとにリセットされる」って書いてあるな…。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
そして、その静寂を破ったのは、この世界の、理を知り尽くした、賢者たちの、戦慄に満ちた声だった。
815: 元ギルドマン@戦士一筋
…なるほどな。
そういうことか。
日々のポイント稼ぎと、月一のラダーランキング。
二重の報酬システム。
そして、月ごとのリセット。
…これは、ただのダンジョンではない。
我々を、永遠にこのテーブルに縛り付けるための、完璧に設計された、「無限の競争」だ。
821: ハクスラ廃人
ああ、間違いないな。
神様とやらは、とんでもねえクソゲーを、俺たちに用意してくれたもんだぜ。
だがな…。
彼は、そこで一度言葉を切ると、その口元に、最高の、そして最も獰猛な笑みを浮かべた。
822: ハクスラ廃人
――最高の、テーブルじゃねえか。
その、あまりにも力強い、そしてどこまでもギャンブル狂らしい、宣言。
それに、スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。
誰もが、その未知なる、そしてどこまでも面白い、新たなゲームの虜になっていた。
その、あまりにも巨大な、そしてどこまでも混沌とした、新時代の幕開けを。
世界の、全ての探索者が、その胸に、確かな高揚感と共に、感じていた。




