第390話
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、穏やかな凪の中にあった。
JOKERがスマイト徒手空拳ビルドで世界のレベリングの常識を破壊した、あの狂乱から数週間。人々は、そのあまりにも巨大すぎる「理不尽」を、一つの遠い伝説として消化し、それぞれの日常へと戻っていた。
世界の中心は、もはやデルヴ鉱山の薄暗い闇ではない。
F級ダンジョンという、安全で、そしてどこまでも優しい揺り籠の中で繰り広げられる、VTuberたちの、ささやかな、しかし確かな輝き。
それこそが、人々の心を癒し、そしてこの新しい時代の「日常」を彩っていた。
【SeekerNet 掲示板 - 総合雑談スレ Part. 1721】
1: 名無しのゲーマー
スレ立て乙。
さて、と。今日も推しの配信見ながら、まったり雑談でもしますか。
2: 名無しのVファン
乙ですー!
昨日のアリアちゃんの配信、見ました?F級の森で迷子になって、リスナーに道案内してもらうやつ。マジで天使すぎて、浄化された…。
3: 名無しの週末冒険者
2
見た見たwww
**Vチューバーがさぁ、**ああいう風にダンジョンを楽しんでくれると、こっちもなんだか和むよな。俺たちが血眼になって魔石拾ってる横で、キャッキャしてるんだから。
4: 名無しのC級戦士
3
まあ、平和で良いことだ。
おかげで、初心者向けの装備の相場も安定してきたしな。
俺たち中堅層にとっても、悪い話じゃない。
その、あまりにも平和で、そしてどこまでもいつも通りの日常の会話。
それが、唐突に、そしてあまりにも無慈悲に断ち切られた。
その書き込みが投下されたのは、正午を少し回った、その時だった。
155: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
…おい。
…おい、お前ら。
ちょっと待て。
俺、今、【古竜の寝床】でマグマロス君しばき倒してきたんだが。
なんか、変なもん落とした。
おっ、なんかB級のボスが落とした。なにこれ?
その、あまりにも唐純な、そしてどこまでも不穏な書き込み。
それに、スレッドの空気が、わずかに変わった。
156: 名無しのゲーマー
155
どうせまた、ちょっと珍しいMODが付いたレア装備だろ。
見飽きたわ、そういうの。
157: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
156
違う!違うんだよ!
アイテムじゃねえ!石ころだ!
彼は、震える指で、その神々の遺産のスクリーンショットを、スレッドへと投下した。
158: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
[画像:手のひらに収まるほどの大きさの、黒曜石を削り出したかのような滑らかな八角形の石。その中央には、古代のオベリスクを模した紋様が、押した者の魂に呼応するかのように、淡い青白い光で明滅している。]
名前:
試練の要石
(Keystone of Trials)
レアリティ:
特殊 / フラグメント (Special / Fragment)
種別:
キーアイテム / リフトの欠片 (Key Item / Rift Fragment)
効果テキスト:
世界の各地に出現したオベリスクにこの要石を捧げることで、特殊な次元「ネファレム・リフト」へのポータルを開くことができる。
この要石で開かれるリフトのランクは、常に「1」から始まる。
リフトをクリアした場合、その達成度に応じて、より高いランクへと続く新たな要石が与えられる。この試練は、理論上、無限に繰り返すことができる。
このアイテムは、使用すると消費される。
フレーバーテキスト:
王を倒すだけでは、もはや強さの証明にはならない。
富や名声よりも、ただ純粋な『速さ』と『効率』が、この新たなテーブルの全てを決める。
さあ、始めようか。
この世界の、真の最強を決める、無限の競争を。
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
スレッドの、全ての時間が止まったかのような錯覚。
そして、その静寂を破ったのは、一人の、あまりにも素直な、そしてこのスレッドの全ての住人の心を代弁するかのような、一言だった。
165: 名無しのゲーマー
…は?
その一言が、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
『なんだこれ!?』
『ネファレム・リフト!?新しいダンジョンか!?』
『フレーバーテキスト、かっこよすぎだろ!』
その混乱の渦の中で、一つの、あまりにも重要な情報が、別のユーザーによってもたらされた。
172: 名無しのA級(お忍び)
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
釣りじゃねえぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
俺も今、A級の【ミノタウロスの洞窟】の入り口にいるんだが!!!!!!!!!!!!!!!
**同時に世界中のB級以上のダンジョンの前に、**見たこともねえ黒い石柱が生えてきやがった!!!!!!!!!!!!!!!
その、あまりにも衝撃的な報告。
それに、スレッドは、本当の意味での「爆発」を起こした。
世界の理が、今、この瞬間、書き換えられたのだ。
そして、その熱狂の、まさにその中心で。
あの、最初の発見者であるB級タンクが、一つの、あまりにも勇敢な、あるいは、ただの無謀な決断を下した。
255: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
…なるほどな。
これ使えって事か。
面白い。
俺が、人柱になってやるよ。
やってみるか。
この、ネファレム・リフトってやつが、一体何なのか。
この目で、確かめてきてやる。
見てろよ、お前ら。
その、あまりにもヒーロー的な、そしてどこまでも死亡フラグに満ちた宣言。
それに、スレッドは、熱狂した。
『うおおおおお!マジかよ!』『行ってこい!』『生きて帰ってこいよ!』
その声援に送られ、彼は、その未知なる冒険へと、その最初の一歩を、踏み出した。
◇
十分後。
スレッドは、お通夜状態となっていた。
あの勇敢なB級タンクは、帰ってこなかった。
彼が残した最後の書き込みは、「ポータル、開いた。中は、なんかキラキラしてて綺麗だ。行ってくる」という、あまりにも不穏な一言だけだった。
『…ダメだったか』
『だから、言わんこっちゃない。無謀だって』
『R.I.P. 名もなき勇者よ…』
その、あまりにも重く、そしてどこまでも悲しい諦観の空気。
それが、唐突に、そしてあまりにも劇的に、断ち切られた。
311: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
――ただいま。
そして、10分で出てきた。
その、あまりにも短い、しかしどこまでも力強い、生還の報告。
それに、スレッドが、爆発した。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』
『生きてたのか!』
『おかえり!おかえり、勇者よ!』
その、温かい祝福の嵐の中で。
彼は、その震える指で、自らが体験した、あまりにも常軌を逸した冒険の、その一部始終を、語り始めた。
315: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
…やばい。
…やばいぞ、あそこは…。
中は、毎回形が変わる、無限回廊みてえな場所だった。
**多分、レベル1の雑魚ばっかりだった。**スライムとか、ゴブリンとか、そういうのばっかり。
なんか、敵を倒したらゲージが出現して、100%になったらボスが魔法陣で召喚された。
そいつも、まあ大したことなかったな。ガーゴイルの、ちょっと弱いやつみたいな感じだった。
それも倒したらね、「ネファレムポイント+1」とポップアップが出たよ。
なんだこれ…
その、あまりにも淡々とした、しかしどこまでも核心を突いたレポート。
それに、スレッドは、新たな謎に、その頭を悩ませ始めた。
『ネファレムポイント?』『なんだ、それ?』『1ポイントだけかよ、しょぼいな…』
その、混沌の中心へと。
一人の、天才的な発想力を持つゲーマーが、一つの、あまりにも美しい「解」を、提示した。
328: 名無しのゲーマー
…なあ、お前ら。
さっき、タンクニキが言ってたろ。
「オベリスク」って。
もしかして、そのポイントって、あの石柱で使うんじゃねえか?
もう一回、行ってみろよ。
そして、その石柱の前で、強く念じてみろ。
「ポイントを使わせろ!」ってな。
その、あまりにもゲーム的な、そしてどこまでも説得力のある仮説。
それに、あのB級タンクが、応えた。
335: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
…分かった。
やってみる。
数分間の、沈黙。
そして、彼が次に投下した書き込みは、もはやただの報告ではなかった。
一つの、新たな世界の扉が開かれたことを告げる、神の啓示だった。
355: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
おい…。
なんだこれ…。
**しばらくして、オベリスクで念じる事で、**なんか、目の前に、見たこともねえウィンドウが開いたんだが…。
様々な景品がある事が発覚する。
おい、これ…。
時の揺り戻し、若返りの薬、1億ネファレムポイントって書いてあるな…。
ユニーク装備が、ずらりと凄い高いポイントで並んでる…。
これもしかして、交換できるって事か?
静寂。
そして、爆発。
『は!?』
『1億ポイント!?』
『若返りの薬が、交換できるのかよ!』
その、あまりにも衝撃的な事実。
だが、本当の「祭り」は、ここからだった。
388: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
うわ、なんだ、ペット?もいる。
なんか、注意書きが書いてあるな…。
「このペット達は一切戦闘に干与しない。あくまで世界に存在した残響を霊体ペットとして使役できるだけである…?」
391: 名無しのゲーマー
388
ペット!?マジかよ!
おい、タンクニキ!頼む!
ペット、交換してみてくれ!
395: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
…分かったよ。
じゃあ、この1ポイントで、交換できるやつを…。
これか。
1ポイントで、みどりのカエルを交換する。
…おお。
カエルを交換出来たwwww
つぶらなひとみで可愛い。よく見ると、うっすら透けてるな。
彼は、その言葉と共に、一枚の画像を、スレッドへと投下した。
[画像:B級タンクのアバターの肩の上に、ちょこんと乗っている、半透明で、大きなつぶらな瞳を持つ、緑色の可愛らしいカエルの霊体のスクリーンショット]
その、あまりにも平和で、そしてどこまでも愛らしい光景。
それが、引き金となった。
スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。
401: 名無しのB級タンク@古竜の寝床
凄いぞ!ドラゴンとか、色々なペットがいるな!
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!』
『可愛い!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『俺も欲しい!!!!!!!!!!!!!!!!』
『B級、行くしかねえ!!!!!!!!!!!!!!』
その日、世界の全てのB級以上の探索者が、理解した。
この世界は、ただのゲームではない。
神々が、気まぐれにサイコロを振るう、究極の「報酬」なのだと。
そして、その報酬を、自らの手で掴み取るための、新たな「道」が、示されたのだと。
新たな、そして最も中毒性の高い、ゴールドラッシュ。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも熾烈な、競争の時代の幕開けだった。




