表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
レプリカユニーク編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

404/491

第388話

 その日の世界の空気は、一つの巨大な「問い」を巡って、静かな、しかしどこまでも深い熱気に包まれていた。

【レプリカ・アルベロンの戦闘鉄靴】。

 世界のメタゲームを、そして国家間のパワーバランスそのものを根底から覆しかねない、神々の遺産。

 その所有権を巡る、究極のオークション。

 その開始時刻が、刻一刻と迫っていた。

 日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、もはやただの情報交換の場ではなかった。それは、歴史の転換点をその目に焼き付けようとする、無数の魂が集う、巨大な電子の円形闘技場コロッセオと化していた。


 そして、その熱狂の、まさにその中心で。

 一人の男が、高みの見物を決め込んでいた。


【配信タイトル:【神々の戦争】30兆円のブーツ、お前らと見届ける】

【配信者:JOKER】

【現在の視聴者数:5,128,492人】


 西新宿のタワーマンション、その最上階。JOKERは、漆黒のハイスペックPC【静寂(せいじゃく)(おう)】の前に座り、ARカメラの向こうの500万を超える観客たちに、不敵な笑みを向けていた。


「よう、お前ら。見ての通り、今日は観戦モードだ」

 彼の声は、どこまでも楽しそうだった。

「世界の、メタゲームが、今、この瞬間、塗り替えられようとしている。その、歴史の転換点を、お前らと一緒に、高みの見物を決め込もうじゃねえか」

 彼のモニターには、ギルド公式オークションハウスのライブストリーミング映像と、SeekerNetのライブ実況スレッドが、二分割で表示されている。


 X(旧Twitter)トレンド - 日本

 1位: #アルベロンオークション

 2位: #30兆円チャレンジ

 3位: 蔵前って誰

 4位: #オーディン頑張れ

 5位: #青龍頑張れ


 @Dungeon_Gamer_Taro

 おい、お前ら!始まるぞ!

 あと10分で、世紀の札束殴り合いが始まる!

 ポップコーンとコーラは、準備したか!? #アルベロンオークション


 @V_Fan_Aoi

 VTuberの子たちも、みんな実況配信の準備してる!

 るなちゃんは「難しいことは分かりませんが、みんなで応援しましょう!」って言ってるし、ノクターン様は「愚者の饗宴。観測する価値はある」って言ってる。

 温度差で風邪ひきそうwww #V探索者デビュー


「はっ、愚者の饗宴、ね。あの魔女、なかなか良いこと言うじゃねえか」

 JOKERは、コメントを拾いながら、タバコの煙を吐き出した。

「まさに、その通りだ。これは、ただのオークションじゃねえ。自らの欲望と、プライドと、そして国家の威信を賭けた、最高のショーだ」


 @Build_Kousatsu

 さて、と。

 今回のプレイヤーリストは、どうなるか。

 オーディン、青龍、ヴァルキリー・キャピタルは、間違いなく来る。

 問題は、それに続くダークホースがいるかどうかだ。

 個人的には、中東の王族と、アメリカの個人富豪イーサン・スターリングの動向に注目している。 #アルベロンオークション


 @Hacksla_Haijin

 チッ。

 くだらねえ。

 俺たちが、汗水垂らしてダンジョンで稼いだ金が、こんな馬鹿げた投機ゲームに消えていくのか。

 まあ、いい。最高のエンターテイメントには、違いないからな。

 高みの見物を、決め込ませてもらうぜ。


 そして、運命の時刻。

 オークションの開始を告げる、荘厳なファンファーレが鳴り響いた。


【SeekerNet 掲示板 - ライブ実況スレ Part. 1】


 1: 名無しの実況民A

 きたああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!

 始まった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 開始価格、1兆円!!!!!!!!!!!!!!!


 2: 名無しのゲーマー


 1

 乙!

 いきなり、動いたぞ!


【入札者:Guild_Odin_Asset】

【入札額:2兆円】


「ほう、オーディンが口火を切ったか」

 JOKERが、解説を始める。

「いきなりの倍プッシュ。テーブルから、雑魚を降ろすための、定石だな。やる気マンマンじゃねえか」


 3: 名無しの実況民B


 2

 オーディン、いきなり倍プッシュかよ!

 やる気マンマンじゃねえか!


 4: 名無しの市場ウォッチャー


 3

 いや、それに対する青龍の返しが、エグい!


【入札者:Guild_Seiryu_Fund】

【入札額:5兆円】


「…はっ、面白い」

 JOKERの口元が、吊り上がった。

「青龍は、前回のフラクチャーオーブのオークションで、オーディンに競り負けてるからな。あの時の恨み、ここで晴らす気満々だ。これは、もうただのオークションじゃない。代理戦争だ。オーディンの『革新性』と、青龍の『物量』。どっちが、この新しい時代の覇権を握るのか。その、最初の戦いってわけだ」


 その、あまりにも熾烈な、そしてどこまでも劇的な幕開け。

 スレッドは、開始からわずか数分で、1000レスを超える異常なまでの速度で、そのログを積み重ねていく。

 8兆。

 10兆。

 12兆。

 モニターの数字は、もはや現実の金銭ではなく、ただのスコアのように、その価値を増していく。

 その、神々の戦争の中で。

 誰もが、一つの「違和感」に、気づき始めていた。


 211: 名無しのビルド考察家

 …おい、お前ら。

 少し、おかしくないか?

 あの、ヴァルキリー・キャピタルが、全く動かない。

 前回、あれほどの執念を見せていた、アメリカの鷲が、だ。


「ああ、賢明な判断だ」

 JOKERは、そのコメントに頷いた。

「嵐の前の静けさ、だ。奴らは、待っている。オーディンと青龍が、互いに血を流し尽くす、その瞬間をな。そして、最後に全てをかっさらう。それが、奴らのやり方だ。最も合理的で、そして最も、タチが悪い」


 その、あまりにも的確な分析。

 スレッドが、新たな緊張感に包まれた、まさにその時だった。

 一つの、全く新しい、そしてどこまでも謎めいた名前が、その入札者リストに、静かに、しかし絶対的な存在感を放って、その姿を現した。


【入札者:Kuramae_Shouten】

【入札額:12兆1000万円】


 静寂。

 JOKERの、その解説する声も、一瞬だけ止まった。

 そして、爆発。


『は!?』

『蔵前商店!?誰だよ、それ!』

『個人商店か!?個人が、12兆円のテーブルに着くのかよ!』


 その、あまりにも唐突な、そしてどこまでも規格外な、プレイヤーの乱入。

 それに、スレッドは、そしてこのオークションを見守っていた世界の全てが、混乱の渦に叩き込まれた。

 オーディンも、青龍も、そのあまりにも予測不能な一手に、その動きを、一瞬だけ止めた。


「蔵前商店…?」

 JOKERは、その名前を、口の中で転がした。

 彼の、ギャンブラーとしての記憶の、その最も奥深く。

 一つの、伝説が、蘇る。

「…ああ、掲示板で見たな。伝説のバイヤーだったか」

 彼は、そう呟いた。

「だが、奴は表舞台には決して出てこない、影の存在のはずだ。なぜ、今…?」

 彼の、その独り言のような呟き。

 それを、コメント欄が拾った。


『え!?JOKERさん、知ってるのか!?』

『伝説のバイヤー!?詳しく!』


「いや、俺も噂でしか知らねえよ。ただ、この世界の黎明期から、ただひたすらにアイテムの価値の変動だけを追い続けて、A級にまで上り詰めた、異端中の異端だと。だが…」

 JOKERの瞳が、鋭く光る。

「でも、そこまでの資金があるのか?10年で蓄えた?いや、これは…」

 彼の思考が、一つの、あまりにも巨大な、そしてどこまでも不穏な可能性へと、たどり着く。

(…まさか)

 彼は、その思考を、慌てて打ち消した。

 そして、ARカメラの向こうの、500万人の観客たちに、聞こえるように言った。

「…いや、憶測で言うのは、止めよう」

(…日本政府だな、こりゃ)


 彼の、そのあまりにも意味深な、そしてどこまでも真理を突いた、心の声。

 その、静かな確信を裏付けるかのように。

 蔵前商店は、神々のテーブルを、まるで自らの庭であるかのように、優雅に、そしてどこまでも冷徹に、荒らし始めた。

 彼の入札スタイルは、異常だった。

 オーディンが、1兆円単位の、力強いレイズを叩きつければ。

 彼は、その数秒後、まるで嘲笑うかのように、「1000万円」だけを上乗せする。

 青龍が、最後の1秒で、心理的な揺さぶりをかけるスナイプ入札を仕掛ければ。

 彼は、そのさらに0.1秒後を突き、完璧なカウンターを叩き込む。

 それは、もはや資金力の戦いではない。

 純粋な、心理戦。

 そして、そのテーブルを、完全に支配していたのは、この名もなき、日本の商人だった。


 15兆。

 18兆。

 20兆。

 価格は、ついに、世界の誰もが予想だにしなかった領域へと、突入した。

 その、息が詰まるようなデッドヒートの果てに。

 ついに、ヴァルキリー・キャピタルが、沈黙を破った。

 彼らは、この混沌としたテーブルを、その圧倒的な資本力で、一度リセットしようとした。


【入札者:Valkyrie_Capital_LLC】

【入札額:25兆円】


「…出たな、本命が」

 JOKERが、呟く。

「だが、もう遅い。このテーブルは、完全にあの『蔵前』の空気に飲まれてる」


 彼の、その予言通り。

 その、あまりにも静かな、そしてどこまでも無慈悲な、蔵前の次の一手。

 それに、世界の全てが、戦慄した。


【入札者:Kuramae_Shouten】

【入札額:30兆円】


 静寂。

 そして、青龍が、降りた。

 ヴァルキリー・キャピタルもまた、沈黙した。

 彼らは、理解してしまった。

 この男は、自分たちとは、違うのだと。

 彼は、金で戦っているのではない。

 ただ、このゲームを、楽しんでいるだけなのだと。

 そして、その無限の愉悦の前では、いかなる資本も、意味をなさないのだと。


 残り時間、10秒。

 入札履歴は、もう動かない。

 9、8、7、6、5、4、3、2、1…。


『――オークション終了』


 モニターに、最終落札価格が表示された。

 その数字は、世界の歴史を、永遠に、そして完全に、塗り替えていた。


【最終落札価格: 30,000,000,000,000円】

【落札者: Kuramae_Shouten】


 30兆円。

 その、あまりにも巨大な数字。

 そして、その隣に輝く、あまりにも無名な、商人の名前。

 その、あまりにもアンバランスな、そしてどこまでも美しい結末。

 それに、スレッドは、もはや言葉を失っていた。


 その日の夜。

 SeekerNetは、「蔵前」という名の、新たな神の誕生に、熱狂していた。

『一体、何者なんだ…』

『日本の、隠された最終兵器か…』

 その、無数の憶測と、賞賛の嵐の中で。

 JOKERは、その配信を、静かに締めくくった。



 その、無数の憶測と、賞賛の嵐の中で。

 ただ一人、その真実を知る男がいた。

 霞が関、内閣危機管理センター。

 その、薄暗い一室で。

 坂本純一郎は、そのモニターに映し出された、勝利の二文字を、ただ静かに、見つめていた。

 彼の、その深い皺の刻まれた顔に、初めて、心の底からの、そしてどこまでも満足げな笑みが浮かんだ。

 彼の、人生最大のギャンブルは、終わった。

 そして、彼は勝ったのだ。

 この世界の、誰よりも鮮やかに、そして美しく。

 彼の本当の「物語」が始まるのは、彼がこの神々の兵器を、自らの「剣」として、その手に収める、そのもう少しだけ先の話。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ