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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
レプリカユニーク編

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401/491

第385話

 

 西新宿の空を貫くかのようなタワーマンションの最上階。

 その広大なリビングの、床から天井まで続く巨大な窓からは、宝石箱をひっくり返したかのような東京の夜景が一望できた。

 神崎隼人――“JOKER”は、その光の海に背を向け、ギシリと軋む高級ゲーミングチェアにその身を深く沈めていた。

 時刻は、午前8時を少し回ったところ。

 彼の新たな日常が、始まろうとしていた。


「…さて、と」


 彼は、椅子からゆっくりと立ち上がった。

 彼の魂は、今や三つの顔を持つ。

 一つは、世界の理不尽さと戦うための、絶対的な「力」。A級探索者としての、彼の原点である【戦士ビルド】。

 一つは、世界の理そのものを、自らの手で書き換えるための、「知恵」。神々の領域すらも視野に入れた、彼の新たなる挑戦である【スマイト徒手空拳ビルド】。

 そして、もう一つ。

 ただ、純粋にゲームを楽しむための、「遊び」。彼の気まぐれな探求心が生み出した、【ネクロマンサービルド】。

 その三つの人生を、彼は完璧に、そして自在に使い分けていた。


「今日の『仕事』は、ハイストだな」


 彼は、自らのユニークスキル【複数人(マルチ)人生(アカウント)】を発動させる。

 彼の、レベル34まで育ったスマイト徒手空拳ビルドの、その軽やかな魂が、彼の肉体から抜け出ていくような感覚。そして、入れ替わるようにして、彼の魂に刻まれた最初の、そして最も多くの血と硝煙の匂いを纏った、鋼鉄の魂が、その肉体へと宿る。

 彼の、その眠たげだった瞳が、一瞬だけ、鋭く光った。

 A級探索者、“JOKER”。

 その、帰還だった。


 彼は、その日にこなすべきノルマ…ハイストでの金策を始めるために、リビングの中央に、慣れた手つきでポータルを開いた。

 行き先は、ただ一つ。

 あらゆる欲望と奇跡が取引される、究極のテーブル。

 異空間【黄昏(たそがれ)港町(みなとまち)アジール】。

 彼は、その黄昏色の渦の中へと、躊躇なくその身を投じた。

 だが、彼がその先に見た光景は、いつものような、ビジネスライクな喧騒とは、全く違っていた。


 ◇


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」

「マジかよ!本当に、あるのかよ!」

「どけ!どけ!俺にも見せろ!」


 アジールの、その濡れた石畳の路地。

 そこは、もはやただの港町ではなかった。

 一つの巨大な「祭り」の会場と化していた。

 世界中から集まった、A級、S級のトップランカーたちが、まるでバーゲンセールに殺到する主婦のように、一つの場所へと、なだれ込むように殺到している。

 その熱狂の中心は、彼がいつもハイスト前の腹ごしらえに使っている、あの馴染みの酒場だった。

 そのあまりにも異常な光景に、JOKERは、思わず足を止めた。

 彼は、その人の波に逆らうようにして進んでいた、一人の、見覚えのある男の肩を掴んだ。

 それは、アメリカ人のガンマン、ジェイクだった。


「おい、ジェイク。なんだ、この騒ぎは」

「おお、JOKER!お前も、噂を聞きつけてきたのか!」

 ジェイクは、その顔を興奮で真っ赤にさせながら、答えた。

「出たんだよ!とんでもねえモンが!」

「グランドハイストで、超大物のユニークレプリカが出たんだ!」

「今、あの酒場でお披露目してる!一度見たほうがいいぜ、マジで!」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その声を、ひそひそうとしたものに変えた。

 その瞳には、畏敬と、そして純粋な興奮の色が宿っていた。

「――700億米ドルは、下らないらしいぜ?」


 その、あまりにも暴力的な数字。

 それに、JOKERの眉が、ピクリと動いた。

(700億米ドル…?日本円にしたら、10兆円は、超えてるってことか…)

 彼の、ギャンブラーとしての魂が、その未知なるテーブルの匂いを、確かに嗅ぎつけていた。

「…面白い」

「一度、見に行くか」

 彼は、そう言うと、ジェイクと共に、その熱狂の渦の中心へと、その歩みを進めていった。


 酒場の中は、酸欠になるほどの熱気と、男たちの汗と、そして何よりも、剥き出しの欲望の匂いで満ち満ちていた。

 人々は、テーブルの上に乗り、椅子の上に立ち、ただ一点を、食い入るように見つめている。

 その視線の、中心。

 バーカウンターの、その最も目立つ場所に、それは静かに、しかし絶対的な存在感を放って、鎮座していた。

 ベルベットの、深紅の座布団。

 その上に置かれていたのは、一足の、あまりにも無骨で、そしてどこまでも禍々しいオーラを放つ、鉄のブーツだった。

 その表面には、無数の戦いの歴史を物語るかのような、深い傷跡が刻まれ、そのつま先は、敵の頭蓋を砕くためだけに設計されたかのような、鋭利な形状をしていた。

 JOKERは、その人の壁をかき分け、最前列へとたどり着いた。

 そして、彼はそのARコンタクトレンズの鑑定機能を起動させ、その神々の遺産の、その全てを、その目に焼き付けた。


「名前: レプリカ・アルベロンの戦闘鉄靴

 種別: ソルジャーブーツ

 レアリティ: ユニーク

 物理耐性: 319

 エナジーシールド: 20

 装備条件: レベル 49, 筋力 47, 知性 47


 性能:

 ・筋力が18%増加する

 ・物理耐性 +220

 ・混沌耐性 +19%

 ・移動速度が25%増加する

 ・混沌ダメージ以外のダメージを与えることができない

 ・筋力80ごとに、アタックに1-80の混沌ダメージを追加する


 フレーバーテキスト:

 飢えた被験体は、完全に力を振るう能力を失った。

 だが、栄養を与えられると、彼が触れるもの全てを毒し始めた…」


 静寂。

 JOKERの、その頭の中だけが、絶対的な静寂に包まれた。

 彼の、ギャンブルで鍛え上げられた超人的な思考能力が、目の前の、このあまりにも異質なテキストの、その本当の意味を、常識を超えた速度で、解析し始めていた。

 そして、数秒後。

 彼は、そのあまりにも巨大な「答え」にたどり着いた。

 彼の、その眠たげな切れ長の瞳が、信じられないというように、大きく見開かれた。

「…なんだ、これ…」

 彼の口から、素直な、そしてどこまでも戦慄に満ちた、感嘆の声が漏れた。

「どういう事だ。混沌ダメージ以外のダメージを与えることが出来ないというデメリットがあるが、筋力80ごとにアタックに1-80の混沌ダメージを追加する?それに、筋力が18%増加するという効果。…まさか」

 彼の脳内で、全てのピースが、一つの完璧な、そしてどこまでも冒涜的な絵図へと、はまっていく。

「素手スマイトビルドのように、筋力特化して使えって事か!」


 そうだ。

 これは、ただのブーツではない。

 一つの、新たな「哲学」そのものだ。

 筋力(STR)という、これまでただの物理攻撃力とHPの指標でしかなかったステータス。

 それを、純粋な、そしてどこまでも暴力的な「混沌ダメージ」へと変換する、悪魔の錬金術。

 彼の脳内で、高速のシミュレーションが開始される。


「もし、筋力を2000まで積み上げる事が出来たら、そのダメージは桁違いに上がる!」

 2000 ÷ 80 = 25。

 25 × (1-80) の、フラットな混沌ダメージ。

 25-2000。

 その、あまりにも暴力的な基礎ダメージ。

 それに、筋力18%増加の、相乗効果。

 そして、もし、このビルドに、あのJOKER自身が発見した【プレサイステクニック】の、40% moreダメージが乗ったら?

 あるいは、他の、まだ見ぬ神々の装備が、組み合わさったら?

 そのダメージは、もはや計算するのも馬鹿馬鹿しいほどの、天文学的な領域へと、到達するだろう。

 スマイト徒手空拳ビルドと、同じ。

 いや、それ以上の、怪物が、生まれる。


 その、あまりにも恐ろしい、そしてどこまでも甘美な可能性。

 それに、JOKERは、ただ戦慄していた。

 そして、その彼の戦慄を、肯定するかのように。

 彼の周りで、ざわめいていた探索者たちの、噂話が、彼の耳に届いた。


「**おい、聞いたかよ。**これ、公式オークションに出品するらしいぜ?」

「まじかよ!ギルドや国家が、争奪戦するんじゃねぇか?」

「ああ、**史上初じゃないか?**レプリカ・ユニークが、ここまで注目されるのは」

「ああ。出したソロでグランドハイスト回してた奴は、金が欲しいから売るらしいぜ。魔術師だから、使い道がないらしい。わざわざ転生(てんせい)林檎(りんご)で転生する気もないらしくて、混沌ダメージビルドにも興味ないから、売り一択だとよ」

「へえ、そうなのか。じゃあ、今アジールで披露してるのも、買い取り手を募集中らしいぜ?」


 その、あまりにもリアルな、そしてどこまでも欲望に満ちた、噂話。

 それに、JOKERは、ふっと、その口元を緩ませた。

 そして彼は、その狂乱の渦の中心で、静かに、そしてどこまでも楽しそうに、笑った。

 彼の、退屈だった日常は、終わりを告げた。

 新たな、そして最高の「おもちゃ」が、この世界のテーブルに、配られたのだから。

 彼の、本当の「ショー」が、今、始まろうとしていた。

 彼の魂は、その果てしない可能性の前に、これ以上ないほどの歓喜に、打ち震えていた。



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