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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
持たざる者同好会編

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第384話

 その日の東京の空気は、新たな時代の熱狂と、それに伴う喧騒で満ち満ちていた。

 だが、銀座の、古き良き石畳が敷かれた路地裏。その最も奥に、看板すら出さずにひっそりと佇む一軒の店だけは、外界の喧騒が嘘のように、静まり返っていた。

 店の名は、『煉獄(れんごく)』。

 政財界のトップや、S級以上の探索者といった、選ばれた者だけがその存在を知る、完全紹介制の個室焼肉店。

 その、最も奥にある、黒檀の一枚板で作られた扉の個室。

 部屋の中央には、無煙ロースターが埋め込まれた、磨き上げられた黒い大理石のテーブルが鎮座している。柔らかな間接照明が、壁にかけられた現代アートと、そこに座る一人の男の横顔を、静かに照らし出していた。


 神崎隼人――“JOKER”。

 彼は、その最高級の革張りの椅子に深く腰掛け、テーブルの上でパチパチと音を立てる、備長炭の赤い光を、ただぼんやりと眺めていた。

 彼の表情は、いつものポーカーフェイス。

 だが、その瞳の奥には、これから始まる最高のポーカーゲームを前にした、ギャンブラーだけが宿すことのできる、静かな、しかし獰猛な光が宿っていた。

 ここは、彼がギルドのコンシェルジュ…水瀬雫を通じて手配した、中立地帯。

 今日、この場所で、世界のメタゲームの未来を左右するかもしれない、歴史的な会合が開かれる。

【持たざる者同好会】。

 彼が、半ば冗談で、そして半ば本気で結成を宣言した、三人だけの秘密結社。

 その、最初の会合が。


 コン、コン。

 重厚な黒檀の扉が、控えめにノックされた。

「――入れ」

 JOKERの、その低い声に応えて、扉が静かに開かれる。

 そこに立っていたのは、一人の、あまりにも眩しい少女だった。

 プラチナブロンドの美しい髪をツインテールにし、その身を包んでいるのは、オーディン特注の、フリルと鋼鉄の装甲が融合した、ゴシックロリータ風の戦闘服。

 アリス@オーディン。

 彼女は、その大きなサファイアのような青い瞳を輝かせ、完璧な淑女のカーテシーと共に、その場の主へと挨拶した。

「お招きいただき、光栄ですわ、JOKER先輩」

「…ああ」

 JOKERは、短く頷いた。

(…なるほどな。オーディンは、礼儀と秩序を重んじるギルドか。面白い)

 彼の、その分析が終わるか終わらないかのうちに、再び扉がノックされた。

 次に現れたのは、アリスとはあまりにも対照的な、もう一人の少女だった。

 艶やかな黒髪を、高い位置で二つの大きな団子に結い上げ、その身を包んでいるのは、伝統的な、しかし戦闘のために機能的に改良された、深紅の拳法着。

 龍 小鈴(ロン・シャオリン)

 彼女は、その場にいる二人を一瞥すると、一切の感情をその顔に浮かべることなく、ただ深く、そして完璧な角度で、その身を折り曲げた。武の道を歩む者だけが持つ、静かな、しかし絶対的な敬意の形。

「…お招き、感謝いたします」

 その声は、静かだった。だが、その奥には、揺るぎない自信と、そして自らが背負うギルド【青龍】の、巨大な誇りが宿っていた。

(…こっちは、規律と、伝統か。なるほどな)


 JOKERは、そのあまりにも対照的な二人の天才を、値踏みするかのように、その鋭い瞳で見つめた。

 混沌のJOKER。

 秩序のアリス。

 規律の小鈴。

 この、あまりにも歪な三角形。

 それが、この世界の、新たな頂点だ。


「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ」

 JOKERは、その重い空気を断ち切るように、言った。

「今日は、ただの同好会だ。同じ『呪い』を背負っちまった、物好きたちの、ただの雑談会だよ」

 彼は、そう言って、テーブルの上に置かれたメニュー端末を、二人の前に滑らせた。

「好きなもんを、頼め。俺の奢りだ」


 その、あまりにもJOKERらしい、そしてどこまでも不遜な歓迎の言葉。

 それに、アリスと小鈴の、その完璧だったはずの表情が、初めてわずかに、人間的な色を帯びた。

 アリスは、そのメニューに表示された、信じられないほどのゼロの数に、その大きな瞳をぱちくりとさせている。

 小鈴は、その見たこともない、豪華絢爛な肉の部位の名前に、わずかに眉をひそめていた。

 JOKERは、その初々しい反応を、楽しむように眺めていた。

 そして彼は、この奇妙な会合の、最初の、そして最も重要な、氷を溶かすための儀式を始めた。


「親父。とりあえず、特上のタン塩と、幻のシャトーブリアンを、三人前ずつ。あと、キムチの盛り合わせと、ナムルもだ」

 彼の、そのあまりにも慣れた注文。

 それに、個室の隅に控えていた、店主らしき初老の男が、深々と、そしてどこまでも恭しく、頭を下げた。


 やがて、テーブルの上に、芸術品のように美しいサシが入った、ピンク色の肉の塊が、運ばれてきた。

 じゅう、という、食欲をそそる音と共に、最高級の和牛の脂が、備長炭の上に落ち、香ばしい煙が立ち上る。

 JOKERは、その肉を、まるで神に捧げる供物のように、丁寧に、そして完璧な焼き加減で、網の上で育てていく。

 そして、その焼きたての肉を、一枚ずつ、二人の少女の、その小さな取り皿の上へと、そっと置いた。


「…さあ、食えよ。腹が減っては、戦はできねえ、だろ?」


 その、あまりにも意外な、そしてどこまでも不器用な、兄のような優しさ。

 それに、アリスと小鈴は、顔を見合わせた。

 そして彼女たちは、同時に、くすくすと、楽しそうに笑った。

 場の空気が、確かに和らいだ。

 彼女たちは、その人生で最も美味しいと感じるであろう肉を、その小さな口へと運んだ。

 そして、その瞳が、これ以上ないほど、キラキラと輝いた。


「…おいしい…!」

 アリスの、その素直な感嘆の声。

 小鈴もまた、その黒曜石のような瞳を、わずかに見開き、そして静かに、しかし何度も、頷いていた。

 その、あまりにも平和で、そしてどこまでも微笑ましい光景。

 JOKERは、その光景を、ただ静かに、そしてどこか満足げに眺めていた。

 そして彼は、この奇妙な会合の、本当の議題を切り出した。

 彼は、テーブルの上に置かれたARプロジェクターのスイッチを入れた。

 円卓の中央に、一つの、あまりにも懐かしい光景が、ホログラムとして浮かび上がる。

 皇帝(こうてい)迷宮(めいきゅう)

 その、あまりにも荘厳で、そしてどこまでも悪意に満ちた、回廊。


「まずは、これだ」

 JOKERは、不敵に笑った。

「この、クソゲーについての愚痴でも、言い合おうじゃねえか」


 その、あまりにもJOKERらしい、そしてどこまでも不遜な議題。

 それに、アリスと小鈴の、その完璧だったはずの表情が、再び、人間的な色を帯びた。

 アリスは、その美しい顔を、心の底からうんざりしたというように歪ませた。

「…ええ、本当に。ギルドの皆さんが、みんなクソゲーって言うから、クソゲーなんですね。私、行くの嫌です…。どうにかならないかな」

 小鈴もまた、その黒曜石のような瞳に、明確な嫌悪の色を浮かべて、静かに頷いた。

「…同意、です。修行と、思いたいですけど…。クソゲー過ぎて、いや…」


 その、あまりにも正直な、そしてどこまでも少女らしい、本音。

 それに、JOKERは、腹の底から楽しそうに、笑った。

「はっはっは!だろ!?あれは、もはや修行ですらねえ!ただの、時間の無駄だ!」

 三人の、その共通の「敵」に対する愚痴。

 それが、この奇妙な会合の、本当の意味での、絆を深めるための儀式となった。

 彼らは、その後しばらく、あの迷宮の、いかにトラップが悪質で、いかに設計者の性格が捻じ曲がっているかについて、熱く、そしてどこまでも楽しそうに語り合った。

 国籍も、ギルドも、そしてその魂の形も違う。


 やがて、その笑い声が収まる頃。

 JOKERは、その表情を、再びギャンブラーのそれへと戻した。

 彼の瞳には、次なるテーブルへの、尽きることのない好奇心が、燃え盛っていた。

「…さて、と」

 彼の、その静かな一言。

 それに、アリスと小鈴もまた、その表情を引き締めた。

 本題の、始まりだった。


「お前らも、もう気づいてるだろ」

 JOKERは、言った。

「俺たちが、手に入れたこの【持たざる者】の力。こいつは、確かに強い。SSS級を狙えるほどの、火力を秘めている。だがな、同時に、あまりにも脆い。あまりにも、ピーキーすぎる」

「だから、俺は決めた」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その究極の、そしてどこまでも常識外れの「宣言」を、そのテーブルへと叩きつけた。

「――俺は、ビルドを変えるぜ」


 静寂。

 数秒間の、絶対的な沈黙。

 アリスと小鈴の、その大きな瞳が、信じられないというように、大きく見開かれた。

「え…?」

 アリスの、その震える声。

「せ、先輩…。本気、ですの…?」

 JOKERは、その動揺を、楽しむように眺めていた。

 そして彼は、自らがこれから歩む、あまりにも孤高で、そしてどこまでも美しい、茨の道を、語り始めた。


「ああ、本気だ。リスペックして、■■■■■■■■■ビルドを目指す」

 彼は、そのビルドの、本当の名を口にした。

 だが、その音は、まるで世界の理そのものが、それを聞くことを許さないかのように、奇妙なノイズに掻き消された。

 読者には、そしておそらくは、この世界の大多数の人間には、その本当の意味を、まだ知ることはできない。


「知り合いのギルドの人に、雫って人がいるが、話をしたら、まだそのビルドは試した人がいないかも、と言ってたしな。俺が初かもな」

 彼の声には、絶対的な自信と、そして未知なるフロンティアを開拓する、開拓者の歓喜が宿っていた。

「まあ、レベル68は必要だから、まだまだ先の話だがな」

 彼は、そう言って、ARプロジェクターの映像を、アリスと小鈴の二人だけが見えるように、プライベートモードで投影した。

 円卓の中央に、いくつかの、禍々しいオーラを放つユニーク装備のホログラムが、次々と浮かび上がる。その詳細なテキストを、アリスと小鈴の瞳が、信じられないというように追っていく。


 その全てが、一つのビルドとして組み合わさった時。

 そこに、何が生まれるのか。

 アリスの、その天才的な頭脳が、その答えにたどり着いた時。

 彼女は、戦慄した。


「…まさか」

 彼女の声が、震える。

「そんな…。そんな、ビルドが…」

 彼女の、そのサファイアのような青い瞳に、初めて純粋な「恐怖」の色が浮かんだ。

「――確かにこれなら、まさに無双のビルドが出来上がる…!」

 彼女の、その魂の絶叫。

 それは、一つの、新たな神が、その産声を上げた瞬間への、畏敬の念だった。


「…素晴らしいですわ、先輩…」

 アリスは、その震える声で、言った。

「私は…。私も、後々これ、目指します!」

 その、あまりにも真っ直ぐな、そしてどこまでも力強い、宣戦布告。


 だが、その隣で。

 小鈴は、ただ静かに、その光景を、見つめていた。

 彼女の、その黒曜石のような瞳には、恐怖も、興奮もない。

 ただ、自らの進むべき道を、改めて見定めたかのような、絶対的な静寂だけが、そこにはあった。

 彼女は、ゆっくりと、その顔を上げた。

 そして、彼女はJOKERへと、その静かな、しかしどこまでも揺るぎない声で、告げた。


「――なるほど!」

「素晴らしい、ビルドです。ですが」

 彼女は、その小さな、しかし鋼鉄の意志を宿した拳を、強く握りしめた。

「私は、この持たざる者ビルドを、追求したいと思います。私の、この【金鐘罩(きんしょうとう)鉄布衫(てっぷさん)】の力。それを、最大限に活かせるのは、この道だけだと、私は信じていますから」

 彼女は、そこで一度言葉を切ると、最高の、そしてどこまでも美しい、武人の笑みを浮かべた。

「――道を違えますが、応援してます!」


 その、あまりにも気高く、そしてどこまでも真っ直ぐな、決別の言葉。

 それに、JOKERは、ただ静かに、そして満足げに、頷いた。

「…ああ」

「俺も、お前たちの戦いを、高みの見物をさせてもらうぜ」


 その日、その瞬間。

 三人の天才たちは、確かに、そして未来永劫に、その道を分かった。

 一人は、無双の攻撃と鉄壁の防御を両立した究極の道を。

 一人は、その背中を追い、同じ頂きを目指す、挑戦者の道を。

 そして、もう一人は、その身一つで、全ての理不尽を受け止める、絶対的な金剛の盾の道を。

 彼らの、あまりにも対照的で、そしてどこまでも美しい、三つの物語。

 その、本当の始まりを告げる、静かな、しかし確かな号砲が、今、鳴り響いた。

 世界の、本当の戦いは、まだ始まってもいなかったのだ。



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