第383話
【SeekerNet 掲示板 - ライブ配信総合スレ Part. 1029】
1: 名無しのJOKERウォッチャー
おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
始まったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
JOKERが、配信始めた!!!!!!!!!!!!!!!
昨日の続きじゃない!!!!!!!!!!!!!!!!
その、あまりにも切羽詰まった絶叫。
それに、スレッドは一瞬にして、トップスピードへと加速した。
【配信タイトル:【地獄】スマイト徒手空拳ビルド、最初の試練へ【クソゲー】】
【配信者:JOKER】
【現在の視聴者数:4,582,194人】
『きたあああああああ!』
『試練!?まさか!』
『レベル40!アセンダンシー取りに行くのか!』
『タイトルがもう「クソゲー」って言っちゃってるじゃねえかwww』
その熱狂をBGMに、配信画面に映し出されたのは、見慣れたデルヴ鉱山の入り口ではなかった。
巨大な石造りの回廊。壁も、床も、天井も、全てが磨き上げられた黒い大理石で作られ、その表面には、古代の、しかし決して風化することのない黄金の装飾が施されている。
皇帝の迷宮。
その、あまりにも荘厳で、そしてどこまでも悪意に満ちた入り口。
「よう、お前ら。見ての通り、今日は新しいテーブルだ」
JOKERの声は、これまでのどの配信とも違っていた。
楽しそうな響きは、ない。
ただ、これから始まる不毛な時間を前にした、深い、深い諦観だけが、そこにあった。
「言っとくが、今日の配信は、面白くもなんともねえぞ。ただ、俺がこの世で最も理不尽で、最もくだらない、最低最悪のクソゲーに、精神をすり減らしていく様を、お前らに見せるだけだ。それでもいいって言う、物好きな奴だけ、見ていけ」
その、あまりにも正直な、そしてどこまでも本音に満ちた前口上。
それに、コメント欄は、この日一番の、温かい(あるいは面白がっている)笑いに包まれた。
『wwwwwwwwwwww』
『知ってるwwwラビリンスは、クソゲーだってwww』
『JOKERさんのクソゲー実況、最高に面白そうじゃねえか!』
「…はぁ」
JOKERは、深く、そして重いため息をつくと、その運命の扉の中へと、その最初の一歩を踏み出した。
彼の、新たな、そして最も孤独な、苦行が始まった。
◇
彼が、その最初の一歩を踏み出した、その瞬間だった。
ガシャコンッ!
彼の足元の、大理石の床が、突如として反転した。
そして、その下から現れたのは、巨大な、錆びついた鋼鉄の歯車。鋭い刃をむき出しにしながら、高速で回転し、彼を執拗に追跡し始めた。
「――出たな、クソが!」
JOKERの、その日最初の悪態が、迷宮に響き渡った。
彼は、その無数の死の刃の、そのわずかな隙間を、まるでダンスを踊るかのように、華麗に、しかしどこまでも面倒くさそうに、すり抜けていく。
だが、その完璧だったはずの舞踏に、ほんのわずかな綻びが生まれた。
彼が一つの刃をかわした、その直後。彼の死角から、もう一つの刃が、彼の回避の先を読むかのように、その軌道を変えたのだ。
ガッギイイイイイイイイイイイインッ!!!
凄まじい、金属音と衝撃。
彼の脚を、鋼鉄のノコギリが捉えた。
「ぐっ…!」
彼の口から、呻き声が漏れる。HPバーが、一瞬にして3割ほど吹き飛んだ。
「このクソゲー!」
彼は、悪態をつきながら、ベルトに差されたライフフラスコを呷った。
その、あまりにも理不尽な光景。
それを、400万人の観客が、固唾を飲んで見守っていた。
『うわ、いきなり食らった!』
『やっぱり、ラビリンスはヤバいな…』
『JOKERさんでも、無傷じゃ無理なのか…』
その、心配の声をBGMに、彼は次の部屋へと進む。
そこに広がっていたのは、どこまでも続く、長い、長い一本道の廊下。
だが、その床そのものが、灼熱の溶岩でできていた。
「…また、これかよ…」
彼は、心の底からうんざりしたという顔で、その灼熱の回廊を駆け抜ける。壁からは、無数の炎の矢が、彼を歓迎するかのように降り注ぐ。
その、あまりにも単調で、そしてどこまでも悪意に満ちたギミック。
それに、彼の口から、本音が漏れた。
「――はぁ…。俺が、もし願いを叶えるとしたら、このクソゲーをこの世から無くす事だな」
その、あまりにも切実な、そしてどこまでも人間的な魂の叫び。
それに、コメント欄が、爆笑の渦に包まれた。
そして、その熱狂の、まさにその頂点で。
ありえない奇跡が、起こった。
JOKERの、そのコメント欄。
そこに、二つの、あまりにも神々しい名前が、同時に、そして静かに、その光を灯したのだ。
アリス@オーディン:
ギルドの皆さんが、みんなクソゲーって言うから、クソゲーなんですね…。
私、行くの嫌です…。どうにかならないかな…。
小鈴@青龍:
同意、です…。
修行と、思いたいですけど…。クソゲー過ぎて、いや…。
その、あまりにも唐突な、二人の「持たざる者」の降臨。
そして、そのあまりにも正直な、そしてどこまでも少女らしい、弱音。
それに、スレッドは、もはや制御不能の熱狂の坩堝と化した。
『は!?』
『アリスちゃんと、小鈴ちゃんだ!』
『見てるのか、この地獄を!』
『二人とも、嫌がってるじゃねえかwww可愛いwww』
その、温かい、しかしどこかからかっているようなコメントの嵐。
その中で、一人のベテランが、その世界の残酷な真実を、彼女たちへと告げた。
元ギルドマン@戦士一筋:
…気持ちは分かるがな、お嬢ちゃんたち。
だが、諦めろ。
このクソゲーは、10年前からクソゲーだと言われ続けてる。
そして、これからも、永遠にクソゲーだ。
ギルドも、国も、そして神々すらも、この迷宮の理不尽さを、変えることはできん。
我々にできるのは、ただ耐え、そして乗り越えることだけだ。
その、あまりにも達観した、そしてどこまでも絶望的な、ベテランからの言葉。
そして彼は、その震える少女たちの魂に、最後の、そして最も残酷な、とどめの一撃を刺した。
元ギルドマン@戦士一筋:
それと、言っておくがな。
まだ、3週残ってますからね。
さらに、クソゲーになりますので。
お覚悟を。
その、あまりにも無慈悲な宣告。
それを、配信画面の向こう側で見ていたJOKERが、拾った。
「――はー、それだよ!」
彼は、トラップの刃を避けながら、絶叫した。
「1回目でのクソゲーが、ボスにも追加されるんだろ!?勘弁してくれよ、マジで!」
その、あまりにも人間的な、そしてどこまでも正直な、未来への絶望。
それに、コメント欄は、この日最高の、そしてどこまでも温かい、爆笑の渦に、完全に飲み込まれた。
彼は、その後も、幾多のクソみたいなトラップを乗り越え、その度に「このクソゲー!」と叫び続けた。
そして、ついにその場所へとたどり着いた。
◇
玉座の間。
そこに、この迷宮の主、【孤高の皇帝イザロ】が、静かに鎮座していた。
その、あまりにも荘厳で、そしてどこまでも威圧的な姿。
それに、JOKERは、ふっと息を吐き出した。
そして彼は、ARカメラの向こうの観客たちに、そしてこの世界の全ての神々に、宣言した。
その声は、もはやただの挑戦者ではない。
この、あまりにも理不尽なクソゲーを、その怒りの全てで、終わらせに来た、破壊者の、それだった。
「――さて、と。ようやく、本番だ」
「この、数時間分の鬱憤。お前に、全部ぶつけてやるよ」
皇帝が、その巨大な戦槌を、ゆっくりと振りかぶる。
だが、その攻撃モーションが、完全に終わる前に。
JOKERの、その最後の宣告が、響き渡った。
「――お前はもう、死んでいる!」
黄金の、雷霆。
それが、皇帝の、その鋼鉄の肉体を、確かに、そして完全に、貫いた。
ワンパンだった。
皇帝は、消滅する。
その巨体は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、その存在ごと、この世界から完全に消滅した。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、おびただしい数のドロップ品の山を、退屈そうに眺める、一人の男の姿だけだった。
その、あまりにも圧倒的な勝利。
それに、コメント欄は、万雷の拍手喝采で応えた。
JOKERは、その声援に、満足げに頷くと、ドロップ品の中から、一つの、ひときわ強い輝きを放つ、ユニークジュエルを拾い上げた。
「おっ、ユニークだ。さて、何かな?」
彼が、そのジュエルの詳細な情報を、配信画面に大写しにした、その瞬間。
世界の、全ての探索者が、息を呑んだ。
「グランドスペクトラム
クリムゾンジュエル
限定数: 3
グランドスペクトラムごとにすべての属性耐性+7%
フレバーテキスト:明るい炎で鍛えられた鋼鉄のような肌。」
その、あまりにもシンプルで、そしてどこまでも力強い性能。
それに、コメント欄の有識者たちが、戦慄と共に、その分析を開始した。
ビルド考察家:
…当たりだ。
大当たりだぞ、JOKER!
これは、皇帝の迷宮内限定でしかドロップしない、特殊なユニークジュエルシリーズ、【グランドスペクトラム】!
その中でも、全属性耐性を上げる、クリムゾンジュエルは、大当たり中の大当たりだ!
マーケットに出せば、5000万円は下らないぞ!
ハクスラ廃人:
ああ、間違いないな。
このジュエルの、本当の恐ろしさは、その「限定数: 3」というテキストにある。
同じ名前のグランドスペクトラムというジュエルを、最大3個まで、パッシブツリーに装備できるんだ。
つまり、このクリムゾンジュエルを3つ揃えればどうなるか。
元ギルドマン@戦士一筋:
7% × 3 × 3 個で、合計63%。
たった、3つのジュエルソケットで、全属性耐性を63%も稼げるということだ。
A級の呪い(-50%)を、無力化できる、とんでもねえ性能だ。
ビルド考察家:
ええ。
このシリーズには、他にも、最低持久力チャージを+1する【ヴィリジアンジュエル】や、最低狂乱チャージを+1する【コバルトジュエル】といった、強力な当たりも存在します。
その、あまりにも完璧な、そしてどこまでも羨望に満ちた、専門家たちの解説。
それに、JOKERは、ただ静かに、そして満足げに、頷いた。
「…ほう。面白い」
「クソゲーの報酬としては、まあ、悪くねえな」
彼の、そのあまりにも不遜な、しかしどこまでもJOKERらしい一言。
それに、コメント欄は、この日最高の、そしてどこまでも温かい、爆笑の渦に、完全に飲み込まれた。
彼の、新たな伝説が、また一つ、この世界の歴史に、確かに刻み込まれた、その瞬間だった。




