表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
E級編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/491

第39話

宿命の腰帯(デスティニー・コイル)】を創造した、あの熱狂のクラフト配信から、一夜が明けた。

 神崎隼人の部屋は、相変わらず万年床とコンビニの容器が、そのだらしない日常を主張している。だが、その部屋の主の内面は、劇的な変化を遂げていた。

 彼の銀行口座には、これまでの人生で一度も目にしたことのない、桁の数字が並んでいる。そして彼の腰には、それだけで高級車が一台買えてしまうほどの価値を持つ、神のベルトが巻かれている。

 だが彼は、浮かれてはいなかった。

 むしろ、その思考はこれまで以上に冷徹に、そして貪欲に研ぎ澄まされていた。


(この1000万のベルトは、ゴールじゃない。スタートだ)


 彼はギシリと軋む椅子に座り、古びたパソコンを起動させる。

(この1000万を、どう活かすか。どう転がして、2000万に、1億に変えていくか。それこそが、重要だ)


 彼は、ダンジョンには向かわなかった。

 今日の彼の戦場は、この情報の海。

 日本最大の探索者専用コミュニティサイト、『SeekerNet』。

 彼がトップページを開くと、真っ先にそのあまりにも見慣れてしまった自分の名前が、目に飛び込んできた。

 サイトの人気スレッドランキング、その不動の1位。


『【神創出】新人JOKER、また伝説を作る【100万ベルト】 Part.3』


 スレッドの勢いは凄まじく、彼が寝ている間にも数千のコメントが書き込まれ、すでに三つ目のスレッドへと突入していた。

 彼はそのリンクを一瞥すると、ふんと興味なさげに鼻を鳴らした。

 中を見るまでもない。

 どうせ、自らの幸運を賞賛する声と、その資産を羨む声。そして、彼の正体を暴こうとする、無駄な憶測の洪水だろう。


『一体、何者なんだ…』

『配信で見る限り、ただの若者だが…』

『裏に、巨大なギルドがついているのでは?』


(…好きに言ってろ)


 彼は、自らの名声には一切関心を示さない。彼が求めるのは、次の勝利に繋がる、実践的な「情報」だけだ。

 彼は、そのお祭り騒ぎのスレッドを意図的に無視し、SeekerNetの検索機能を使って、自らが求める情報の深淵へとダイブしていく。

 トップランカーと、百戦錬磨のベテランたちだけが棲息する、専門的な掲示板。

 そこにこそ、彼が次に進むべき「テーブル」のヒントが、眠っているはずだからだ。


【承】隼人が新たに見つけ出す「三つの情報」

【第一の道標:スキルの「質」という新たな強化軸】

 彼がまず調査を始めたのは、自らの攻撃能力の、さらなる強化についてだった。

 彼は、三つの強力なスキルコンボを手に入れた。だが、それはまだ完成形ではない。ベースとなるスキルジェムも、それを補助するサポートジェムも、全てマーケットで安く買い叩いた、中古のガラクタ。

 これを、さらに強化する術はないのか。


 彼は検索窓に、『スキルジェム 強化』と打ち込んだ。

 表示されたスレッドの中から、彼は一つのマニアックな取引スレッドを見つけ出した。


『【トレード】Q20スキルジェム交換スレ Part.128』


「…Q20?」

 隼人は、その見慣れない隠語に首を傾げた。

 スレッドの中では、彼が理解できない単語が飛び交っていた。


『出)Q20/Lv20 サイクロン 求)同等価値のオーラジェム』

『買)Q20 ヘビーストライク 50万で買います。WISください』

『誰か、俺のQ0のパワーアタックと、Q20のポータル交換してくれねえかな…』


 Qとは、なんだ。

 隼人は、その謎のアルファベットの意味を知るために、さらに検索を重ねていく。

 そして彼はついに、その答えが記された一つの古い、しかし今もなお参照され続けるガイドスレッドにたどり着いた。


『【初心者脱出】クオリティシステムの全て』


 彼は、そのスレッドを食い入るように読み進めていく。


 1 名無しの宝石職人

「ようこそ、新人。お前がこのスレにたどり着いたということは、ただスキルを使うだけの段階から卒業し、自らのスキルを「育てる」という、新たなステージに興味を持ったということだろう。

 いいか、よく聞け。全てのスキルジェムには、「レベル」とは全く別の、もう一つの成長軸が存在する。

 それが、**『クオリティ(品質)』**だ」


「クオリティは、スキルジェムそのものが持つ「完成度」や、「魔力の純度」を示す数値だ。通常、ダンジョンでドロップするジェムのクオリティは0%に近い。だが、その数値を高めれば高めるほど、スキルにはレベルアップとは全く別の、強力なボーナス効果が付与される」


「例えば、【衝撃波】のサポートジェム。こいつのクオリティを上げれば、衝撃波の攻撃範囲が拡大していく。【無限斬撃】のベースに使っている【ヘビーストライク】なら、クオリティに応じて、気絶させる確率が上昇するといった具合だ」


「そしてこのクオリティは、通常**20%**が限界とされている。クオリティ20%のスキルジェムは、それ自体が一つの完成品として、極めて高値で取引される。トップランカーたちが血眼になって求めているのは、このQ20のジェムだ」


 隼人は、息を呑んだ。

 スキルに、そんなもう一つの強化軸が存在したとは。

 彼は、自らのインベントリを確認する。そこに並んでいる、彼がなけなしの金で買い揃えた9つのサポートジェムと、3つのスキルジェム。

 そのクオリティは、当然全て**「0%」**だった。


「…どうやって、そのクオリティとやらを上げるんだ?」

 彼が抱いた疑問の答えは、そのスレッドのさらに下に書かれていた。


 1 名無しの宝石職人

「クオリティを人工的に上昇させる方法は、ただ一つ。

 ダンジョンでごく稀にドロップする**【宝石職人のプリズム】**という、極めて希少なクラフトアイテムを使うことだけだ。

 だが、言っておく。こいつは、マジで出ない。そして、一つのプリズムで上げられるクオリティは、わずか1%。つまり、一つのスキルジェムをQ20にするためには、20個ものプリズムが必要になる。それが、どれほど途方もない道のりか、分かるな?」


 隼人はマーケットで、【宝石職人のプリズム】の相場を検索した。

 そして、その価格に絶句した。

 一つ、5万円。

 一つのスキルを完璧に仕上げるために、100万円という大金が必要になる。

 彼が今日手にしたベルトと、同じ価値。

 それが、この世界のトップランカーたちの常識。


(…なるほどな。俺のスキルは、まだガラクタ同然ってことか)

 彼は、自らの現在地と、頂との圧倒的な距離を、改めて痛感させられた。

 だが彼の心は、折れるどころか、逆に燃え上がっていた。

 新たな、そして極めて攻略しがいのあるパズルが、目の前に提示されたのだから。


【第二の道標:究極の賭け「堕落」という名のギャンブル】

 クオリティという、新たな目標を見出した隼人。

 彼はさらに、情報の海を深く、深く潜っていく。

 クラフト、オーブ、確率、奇跡。

 そんなキーワードで検索を重ねていくうちに、彼は一つの異様な雰囲気を放つ、掲示板のカテゴリーにたどり着いた。

 そこは、SeekerNetの中でもひときわオカルティックで、そして狂信的なプレイヤーたちが集う場所だった。


『腐敗文明 考察スレ』


 スレッドのタイトルも、どこか不気味なものばかりだった。


『【目撃報告】棄てられた砦の最下層で、「脈打つ肉塊」を発見』

『【悲報】腐敗オーブで、俺の全財産(ユニーク剣)が消えた』

『「堕落」こそが、最強への唯一の道である』


 腐敗?堕落?

 隼人は、その意味の分からない単語に興味を惹かれ、一つのスレッドを開いた。

 そこに書かれていたのは、彼のギャンブラーとしての本能を根底から揺さぶる、あまりにも危険で、そしてあまりにも甘美な情報だった。


 それは、**「腐敗領域」**と呼ばれる、謎のエリアの存在。

 通常のダンジョン内に、ごく稀に出現する、赤黒い血管のようなものに侵食された、異質な空間。

 そこに一度足を踏み入れれば、二度と後戻りはできない。

 領域内のモンスターは、異常なまでに強化され、探索者自身には、常に呪いのようなデバフがかかり続ける。

 まさに、死と隣り合わせの地獄。


 だが、その絶大なリスクの先には、それに見合うだけの報酬が待っている。

 この腐敗領域でしか手に入らない、特殊なクラフトアイテム。

 それが、【腐敗のオーブ】。


 このオーブが持つ効果は、ただ一つ。

 アイテムを**「堕落コラプト」**させること。

 堕落したアイテムは、その存在を変質させられ、二度とクラフトを行うことができなくなる。

 そして、その結果は完全にランダム。

 神の気まぐれ。あるいは、悪魔の悪戯。


 奇跡: アイテムに、極めて強力な特殊な固定能力(Implicit)が、新たに付与される。


 変質: アイテムが、全く別のランダムなレアアイテムに変化する。


 変転: アイテムのソケットの色や数、リンクが、ランダムに変化する。


 無: 何も起こらない。ただ、堕落しただけのガラクタとなる。


 消滅: そして最悪の場合、アイテムそのものが、この世界から完全に消滅する。


 隼人は、そのあまりにも暴力的なギャンブル性に、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。

 アイテムが消滅する、リスク。

 それは、普通の探索者であれば、決して手を出してはいけない禁断の果実。


 だが、彼は違った。

 彼の魂が、歓喜に打ち震えていた。

 これだ。

 これこそが、俺が求めていた究極のギャンブルだ。

 彼のユニークスキル、【運命の天秤】。

 この、アイテム消滅すらありえる究極の賭けのテーブルで、一体どんな奇跡を起こすのか。

 彼は、自らの最強の切り札を試す、最高の舞台を見つけ出したのだ。


【第三の道標:人の域を超えし者「アセンダンシー」への道】

 そして、最後に。

 隼人がたどり着いたのは、彼のこれまでの常識そのものを破壊する、一つの衝撃的な情報だった。

 彼は、自らの長期的な成長の可能性を探るため、検索窓にこう打ち込んだ。

『戦士 上位職』


 そして表示された、一つのSeekerNetの公式解説ページ。

 そのタイトルは、荘厳で、そしてどこか挑戦的だった。


『汝、人の域を超え、神の領域へと至るか?――【皇帝の迷宮】と【アセンダンシー】について』


 彼は、そのページを開いた。

 そして、そこに記されていたのは、この世界の最上位に君臨する者たちだけが知る、もう一つの力の体系だった。

「戦士」、「盗賊」、「魔術師」。

 それらは、あくまでスタート地点に過ぎないと。

 そのさらに上位に位置する**「上位職(アセンダンシー)」**が、存在するのだと。


 戦士であれば、


 防御を極め、決して倒れることのない不壊の城塞**【ジャガーノート】**。


 攻撃と生命吸収に特化し、敵の血を啜り、力へと変える殺戮機械**【スレイヤー】**。


 自らを傷つけ、その痛みと怒りを純粋な破壊力へと転化させる狂戦士**【バーサーカー】**。


 それぞれが、一つの道を極めし者たち。

 そして、その神の領域へと至る唯一の道。

 それが、古代の狂える皇帝が築き上げた、死の罠だらけの巨大なダンジョン…**【皇帝の迷宮(ラビリンス)】を、たった一人でクリアすること。

 それを成し遂げた者だけが、自らのクラスに対応したアセンダンシーを一つだけ選び、通常のパッシブツリーとは全く次元の違う、極めて強力な「アセンダンシー・スキルツリー」**を、解放する権利を得るのだという。


 隼人は、そのあまりにも壮大な物語に、ただ圧倒されていた。

 だが、次の瞬間。

 彼の脳内に、一つの悪魔的な、しかしあまりにも魅力的な可能性が、稲妻のように駆け巡った。


(――一つだけ、選ぶ?)


 彼の口元が、ゆっくりと吊り上がっていく。

 それは、世界のルールを根底から覆す、JOKERの笑みだった。


(普通の探索者は、そうだろうな)

(だが、俺には【複数人の人生】がある)

(もし、そうだとしたら…?)

(俺は、ジャガーノートになり、スレイヤーになり、そしてバーサーカーにもなれるということじゃないのか…?)


 全てのクラスの、全てのアセンダンシーをその身に宿し、戦況に応じて、その役割を自在に変化させる。

 それはもはや、探索者ではない。

 神の軍勢、そのもの。

 そのあまりにも途方もない可能性に、彼は思わず声を上げて笑っていた。


 気がつけば、窓の外は白み始めていた。

 隼人は、徹夜で情報の海に潜り続けていたのだ。

 彼は大きく伸びをすると、椅子から立ち上がった。

 彼の心は、疲労感よりも、むしろこれ以上ないほどの高揚感と期待感で満たされていた。

 クオリティ、腐敗、アセンダンシー。

 三つの、新たな道標。

 このゲームは、彼が思っていたよりも遥かに深く、広く、そして面白い。


 彼は、もう迷わない。

 やるべきことは、明確だ。

 まずは、このE級ダンジョンを完全にしゃぶり尽くす。

 金を稼ぎ、オーブを集め、そしてもしかしたら存在するかもしれない、腐敗領域を探す。

 そして力を蓄え、いつか必ず、あの【皇帝の迷宮】へと挑戦する。

 彼の壮大なギャンブルの第二幕は、今、始まったばかりなのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
今日読み始めてちょっと読んだ程度ですが 過去に修正したものが先の話に反映されてないことが多く 数字や設定が飛びまくる あとは世界観やシステム的なものも変わってるのかどうかわからないですがいきなり出…
全て「100万ベルト」のままで修正されていません…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ