第360話
B級ダンジョンから発見された、未知なる鉱脈への入り口、【デルヴ鉱山】。
その、あまりにも深く、そしてどこまでも危険な闇の底に眠るという、無限の富と、失われた古代の叡智。世界の探索者たちの熱狂は、今やただ一つの目標へと収束していた。
深淵へ。より、深くへ。
【SeekerNet 掲示板 - デルヴ鉱山総合攻略スレ Part. 28】
1: 名無しの深淵ウォーカー
スレ立て乙。
さて、諸君。今日も始めようか。我々人類が、神々の気まぐれな悪戯に、どう立ち向かうべきかの議論を。
2: 名無しのB級タンク
1
乙。
はぁ…。今日も一日、【古竜の寝床】でアズライト掘りだったぜ。
クローラーの燃料は溜まったが、あの闇に潜ると思うと、どうにも胃が痛くなる…。
3: 名無しのA級(お忍び)
2
分かる。
俺もだ。深度100を超えたあたりから、出てくるモンスターの質が、明らかに変わってきた。
あれは、もはやB級の雑魚ではない。A級下位に匹敵するほどの、異常な硬さと火力だ。
4: 名無しのC級(見学中)
3
A級様が、そんなことを…。
俺たちC級には、まだ早いテーブルなのかもしれませんね…。
5: 名無しのビルド考察家
4
いや、そうでもない。
重要なのは、ランクではない。デルヴにおいては、「準備」こそが全てだ。
ジャスパーの店で、クローラーのアップグレードは済ませたか?
闇への耐性、光の範囲、そしてアズライトの最大容量。
この三つを、地道に強化していくこと。それこそが、深淵を覗くための、唯一の資格だ。
スレッドには、そんな希望と、そしてそれ以上に多くの、闇の恐怖に打ちのめされた者たちの悲痛な叫びが溢れていた。
だが、その混沌の中から、一つの確かな「潮流」が、生まれつつあった。
深淵への競争。
化石クラフトの発見により、世界のトップギルドたちは、より希少で、より強力な化石を求め、デルヴ鉱山のさらに深層へと、その矛先を向け始めていた。
それは、国家の威信と、次世代の装備開発の覇権を賭けた、新たな大深度競争の始まりだった。
彼らは、莫大な資金力で市場のアズライトを買い占め、ギルドの総力を挙げて、ジャスパーの店でクローラーを限界までアップグレードし、一日中、闇の底へと降り続けていく。
その、あまりにも熾烈な競争。
それが、この世界の、新しい「常識」となっていた。
そして、その競争が、世界の理を、再び根底から揺るがすことになる。
深度が、200メートルを超えたあたりから。
鉱山の様相は、劇的に変化し始めていたのだ。
最初に、その異変を報告したのは、北欧のギルド【オーディン】の、精鋭部隊だった。
【SeekerNet 掲示板 - 国際トップランカー専用フォーラム】
311: 名無しのヴァルキリー
…おい。
今、深度215メートル地点に到達した。
だが、ここは、もはやただの洞窟ではない。
[画像:薄暗いクローラーの光に照らし出された、信じられない光景。壁も、床も、天井も、全てが錆びついた金属と、明滅するネオンサイン、そして剥き出しになった無数のケーブルで覆われている。まるで、サイバーパンク映画に登場する、未来都市の、巨大な残骸のようだ]
312: 名無しのバーサーカー
311
なんだ、これは…!?
【機鋼の都クロノポリス】の、亜種か…?
313: 名無しのヴァルキリー
312
いや、違う。
クロノポリスは、もっと秩序があった。
ここは、もっと…混沌としている。
そして、何よりも。
ここからドロップする化石が、おかしい。
[画像:インベントリ画面のスクリーンショット。そこには、【金属光沢の化石】や【震動する化石】といった、機械や速度に関連するMODを付与する化石が、おびただしい数、並べられている]
315: ハクスラ廃人
…なるほどな。
そういうことか。
深度によって、ドロップする化石の種類が、偏るのか。
面白い。実に、面白いじゃねえか。
その、オーディンからの衝撃的な報告を皮切りに。
世界の、各地の深層から、同じような、しかし全く異なる風景の報告が、次々と上がり始めた。
中国のギルド【青龍】が、深度250メートル地点で発見したのは、巨大なキノコが、ぼんやりとした青い光を放つ、幻想的な地下の森だった。そこからは、【異常な化石】や【腐食した化石】といった、混沌と毒に関連する化石が、集中的にドロップしたという。
アメリカの【ヴァルキリー・キャピタル】が、深度300メートル地点で見たものは、さらに異様だった。全てが、巨大な生物の、骨と内臓で構成された、冒涜的なまでの肉の回廊。そこでは、【血塗れの化石】が、まるで熟した果実のように、壁から生えていたという。
未来都市の残骸。
発光する、キノコの森。
黒曜石でできた、古代の神殿。
そして、骨で築かれた、死者の城。
深度が深まるにつれ、鉱山の様相は劇的に変化していく。ただの洞窟ではない。ある階層は、未来都市の残骸のような機械的な構造物で埋め尽くされ、またある階層は、巨大なキノコが発光する幻想的な森となっている。そして、さらに深く潜ると、そこには黒曜石でできた神殿や、骨で築かれた城といった、明らかに異なる世界の、様々な文明の痕跡が、まるで地層のように堆積していた。
探索者たちは、この鉱山がただのダンジョンではなく、無数の滅びた異世界の「墓場」であることに、畏怖と共に気づき始める。
スレッドは、もはやただの攻略情報交換の場ではなかった。
一つの、巨大な考古学フォーラムと化していた。
誰もが、その未知なる文明の痕跡に、心を奪われ、そしてその謎を解き明かそうと、躍起になっていた。
だが、その知的好奇心の、そのさらに奥深く。
彼らの魂は、一つの、より根源的な恐怖に、支配され始めていた。
(…なぜ、これほどの、多様な文明が)
(…なぜ、その全てが、等しく、滅びているんだ…?)
その答えを、誰も知らなかった。
そして、その答えの、最初の断片。
それを、彼らは、まもなく目の当たりにすることになる。
事件が起こったのは、深度500メートル。
もはや、太陽の光など、神話の時代の記憶でしかない、絶対的な闇と静寂の世界。
その、人類未踏の領域に、最初に到達したのは、日本の、一つのギルドだった。
A級上位ギルド【月詠】。
かつて、【天測の神域】の世界初攻略を成し遂げた、あの不屈の挑戦者たち。
彼らが、そのクローラーの光を頼りに、一つの巨大な空洞へとたどり着いた、その時だった。
クローラーの、強力なヘッドライトが、その闇の奥に、一つの巨大な「扉」を映し出した。
それは、彼らがこれまで道中で見てきた、どの文明の様式とも違う、あまりにも異質なデザインだった。
未来都市の、滑らかな金属。
キノコの森の、有機的な曲線。
古代神殿の、荘厳な幾何学模様。
その、全ての要素が、まるで悪夢の中で無理やり一つに繋ぎ合わされたかのような、冒涜的なまでのキメラのデザイン。
そして、その扉の前で。
それは、静かに、彼らを待っていた。
世界のトップランカーの一団が、ついに深層エリアへのゲートを守る最初の番人と遭遇する。
それは、複雑なギミックを持つボスではない。
ただ、純粋に、圧倒的なまでのステータスと、洗練された戦闘技術を持つ「強敵」。
その姿は、彼らが道中で目撃してきた、複数の異世界文明の意匠を、冒涜的に融合させたかのようなキメラだった。
獅子の頭に、機械の腕。
竜の翼に、昆虫の脚。
その、あまりにもアンバランスな、しかしどこまでも完成された、殺戮のためのフォルム。
「グルオオオオオオオオオオッ!!!!!」
番人が、咆哮を上げた。
そして、戦いの火蓋は切って落とされた。
そこから始まったのは、もはや戦闘ではなかった。
ただの、一方的な蹂躙だった。
月詠が誇る、完璧な連携。
タンクが壁を作り、ヒーラーがそれを支え、そしてDPSが火力を叩き込む。
その、教科書通りの、美しい戦術。
それが、番人の、ただの暴力の前に、いともたやすく粉砕されていく。
番人は、ただ、その機械の腕を振るっただけ。
だが、その一撃は、B級のレア等級の盾を、その使い手ごと、紙切れのように吹き飛ばした。
番人は、ただ、その竜の翼を羽ばたかせただけ。
だが、その風圧は、後衛のヒーラーと魔術師を、壁に叩きつけ、そして沈黙させた。
その強さは、A級パーティですら苦戦を強いられ、S級探索者でようやく余裕が生まれるほどの塩梅。
月詠の、その不屈だったはずの心が、初めて、絶対的な「格」の違いを前にして、折れた。
彼らは、命からがら、その場から撤退した。
この番人の存在は、探索者たちに、デルヴ鉱山の深淵が、これまでのどのダンジョンとも比較にならない、本物の「格上」の世界であることを、骨の髄まで思い知らせることになった。
その、あまりにも衝撃的な敗北の報。
それは、SeekerNetを通じて、瞬く間に世界中を駆け巡った。
だが、世界は絶望しなかった。
むしろ、その逆。
熱狂した。
これほどまでの強敵が守る、その扉の奥に。
一体、どれほどの「宝」が眠っているのか。
その、あまりにも甘美な、そしてどこまでも危険な、可能性。
それに、世界のトップギルドたちの、その闘争心は、これ以上ないほど、燃え上がっていた。
数日後。
オーディン、青龍、そしてヴァルキリー・キャピタル。
世界の、三つの巨人が、ほぼ同時に、その番人の討伐に成功したことを、発表した。
彼らが、その命と、そしてギルドの威信を賭けて手に入れた、ドロップ品。
それは、一つの、あまりにも美しい、オニキスのアミュレットだった。
そして、その効果は一つではなかった。
【SeekerNet 掲示板 - 国際トップランカー専用フォーラム】
1: 名無しのヴァルキリー
…獲ったぞ。
オニキスのアミュレット
要求レベル: 55
全能力値 +16
知性 +30
最大エナジーシールドが20%増加
最大ライフ +70
付近の敵へのヒットによるクリティカルストライク率が50%増加
迅速のオーラのリザーブがなくなる
フレバーテキスト:
"果てなき深淵で王は圧政を打ち破る。その結晶の輝きこそ、自由への烽火だ。"
[画像:【オールの蜂起】の詳細な性能。ただし、「迅速のオーラのリザーブがなくなる」と書かれている]
2: 名無しのドラゴン
1
ふん。我々もだ。
[画像:【オールの蜂起】の詳細な性能。こちらは、「決意のオーラの予約がなくなる」と書かれている]
3: 名無しのバーサーカー
1, 2
ああ、俺たちもな。
[画像:【オールの蜂起】の詳細な性能。そしてこれは、「優雅のオーラの予約がなくなる」と書かれている]
静寂。
そして、爆発。
『は!?』
『なんだこれ!?同じユニークなのに、効果が違うのかよ!』
『オーラの予約コストが、ゼロに…!?やべえ!やべえよ、これ!』
その熱狂の、まさにその頂点で。
三つのギルドは、示し合わせたかのように、そのアミュレットを、同時に、公式オークションへと出品したのだ。




