第359話
その日の日本最大の探索者専用コミュニティサイト『SeekerNet』は、もはやただの情報交換の場ではなかった。それは、一つの巨大な研究機関であり、そして新たな黄金郷への地図を、世界の誰よりも早く描き出そうとする、無数の知性が火花を散らす、熱狂的な戦場と化していた。
B級ダンジョンから発見された、未知なる鉱脈への入り口、【デルヴ鉱山】。
その、あまりにも深く、そしてどこまでも危険な闇の底に眠るという、無限の富と、失われた古代の叡智。最初にその人柱となった、名もなき鉱夫見習いの勇敢なレポートは、世界の探索者たちの心を、これ以上ないほど掻き立てた。
誰もが、夢を見た。
自分もまた、あの闇を穿ち、神々の遺産をその手にするのだと。
【SeekerNet 掲示板 - B級ダンジョン総合スレ Part. 426】
1: 名もなしのB級タンク
スレ立て乙。
はぁ…。今日も一日、【古竜の寝床】でアズライト掘りだったぜ。
おかげで、パーティメンバー全員、デルヴ鉱山への切符は手に入れたが…。
あの闇に、再び挑む勇気が、まだ出ねえ。
2: 名もなしのC級(見学中)
1
乙です。
気持ちは、分かります…。
昨日の夜も、北米サーバーの配信者が、デルヴの深度50あたりで闇に飲まれて死にかけてたって話ですからね…。
あれは、トラウマになる。
3: 名無しの現実主義者
2
だよな。
正直、今の俺たちにとって、デルヴはまだハイリスク・ローリターンだ。
確かに、奥にはお宝が眠ってるのかもしれんが、そこまでたどり着ける奴が、一体何人いる?
それより、B級以上のダンジョンでドロップする、この燃料鉱石アイテム(アズライト)を地道に集めて、マーケットで売る方が、よっぽど確実な金策になる。
その、あまりにも的確な、そしてどこまでも現実的な意見。
それに、スレッドは深く、そして重く頷いた。
そうだ。
世界の大多数のB級探索者たちは、まだその闇の深淵を覗くことを躊躇っていた。
彼らにとって、デルヴ鉱山とは、自らが挑むべきダンジョンではなく、ただ新たな「金」を生み出すための、都合の良い鉱山でしかなかった。
アズライトは、200個10万円という高値で取引され始め、その安定した収入は、これまで停滞していたB級ダンジョンを、再び活気で満たしていた。
誰もが、この新たな、そして穏やかなゴールドラッシュが続くと信じていた。
その、あまりにも平和な空気が、一変するまでは。
本当の革命は、常に、戦場ではなく、工房から始まる。
その日の夜。
クラフト総合スレに、一つの、あまりにも挑戦的なスレッドが立った。
そのタイトルは、シンプルだった。
だが、その奥には、世界の常識を覆すほどの、絶対的な自信が滲み出ていた。
【スレッドタイトル:【歴史の目撃者募集】化石クラフト、やってみる】
投稿主は、匿名のA級クラフター。
その名は、トップランカーたちの間では、神々の領域に最も近い男として、畏敬の念と共に囁かれていた。
彼は、あの鉱夫見習いが持ち帰った【時の化石】と【共鳴器】を、莫大な資金で落札した、あの人物だった。
スレッドは、お祭り騒ぎとなった。
誰もが、その歴史的瞬間の目撃者になろうと、その書き込みを、固唾を飲んで見守っていた。
1: 名無しのA級クラフター
…さて、と。
役者は、揃った。
見ていてくれ、諸君。
我々が、これから、神の領域の扉を、こじ開ける。
[画像:作業台の上に、何の変哲もないノーマル等級の【鉄の剣】、禍々しいオーラを放つ【ギザギザの化石】、そして一つの穴が空いた【原始的な共鳴器】が並べられている]
2: 名無しのゲーマー
1
うおおおおお!ついに、始まるのか!
3: 名無しのクラフトマニア
1
待ってた!待ってたぞ、この時を!
4: 名無しのA級クラフター
まず、これだ。
[画像:A級クラフターの手が、【ギザギザの化石】を【原始的な共鳴器】にはめ込む様子のクローズアップ。カチリという音と共に、共鳴器が禍々しい光を放ち始める]
そして、最後に。
この、化石を宿した共鳴器を、このただの鉄塊へと、使う。
どうなるか、俺にも分からん。
だが、俺の魂が、告げている。
この先に、答えがあると。
…いくぞ。
その、あまりにも潔い、そしてどこまでもギャンブル狂らしい宣言。
それに、スレッドは、熱狂した。
彼が、その最後のボタンを、タップした、その瞬間。
彼のインベントリが、一瞬だけ、これまでにないほどの、まばゆい黄金の光に包まれた。
そして、再び光を取り戻した時。
そこに表示されていたのは、信じられないほどの、奇跡だった。
[画像:先ほどの鉄の剣が、神々しいまでのオーラを放つ、黄金のレア等級の剣へと変貌しているスクリーンショット。その詳細情報には、三つの、完璧な物理ダメージMODが、最高ティアで付与されている]
静寂。
数秒間の、絶対的な沈黙。
スレッドの、全ての時間が止まったかのような錯覚。
そして、その静寂を破ったのは、一人の、あまりにも素直な、魂の絶叫だった。
『なんだこれ…』
その一言が、引き金となった。
スレッドは、爆発した。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!』
『やった…!やったんだ…!』
『歴史が、動いた…!』
『MODを、狙って付けられる!?嘘だろ!?そんなの、ありかよ!』
『ビルド構築の常識が、完全に覆された瞬間だった。』
その、あまりにも鮮やかで、そしてどこまでも美しい、革命の瞬間。
それに、スレッドは、本当の意味での「爆発」を起こした。
もはや、それは賞賛ではない。
一つの、世界の理そのものが、根底から覆された瞬間への、畏敬の念だった。
その、歴史的なクラフト配信の後。
世界の探索者たちの行動原理は、完全に変わった。
誰もが、デルヴ鉱山の、その闇の底へと、その身を投じ始めたのだ。
アズライトを掘り、そして、未知なる化石を求めて。
そして彼らは、その混沌とした闇の中で、一つの、あまりにも重要な「発見」をすることになる。
デルヴ鉱山の、入り口。
あの、古びたクローラーが鎮座する、最初のキャンプ。
そこに、いつも気難しそうにパイプをふかしている、あの老人。
ジャスパー。
これまで、誰もが彼を、ただの風変わりな案内人だとしか思っていなかった。
だが、ある日。
一人の、好奇心旺盛なB級盗賊が、ダメ元で、彼に話しかけてみたのだ。
自らが掘り出してきた、おびただしい量のアズライト鉱石を、見せびらかすようにして。
「よう、爺さん。こいつ、アンタの世界じゃ、どれくらいの価値があるんだい?」
その、あまりにも不遜な問いかけ。
それに、ジャスパーは、その深い皺の刻まれた顔を、初めて、わずかに上げた。
そして、その片眼鏡の奥の瞳を、キラリと光らせた。
「…ほう」
彼の、そのしゃがれた声が、洞窟に響いた。
「お前さん、なかなか良い『石』を持ってるじゃねえか。地上の者にしては、見所がある」
彼は、そう言うと、その背後にあった、ガラクタの山の中から、一つの古びた木箱を、取り出した。
そして、その蓋を、ギィィィ…という音と共に、開いた。
その中身を見た、盗賊は、息を呑んだ。
そこには、彼らが血眼になって探し求めていた、「宝」が、ずらりと並べられていたのだ。
【ジャスパーの取引リスト】
・共鳴器(1ソケット): アズライト x 50
・共鳴器(2ソケット): アズライト x 200
・化石(ランダム・低級): アズライト x 100
・フレア: アズライト x 20
・ダイナマイト: アズライト x 50
その、あまりにも衝撃的な、そしてどこまでも甘美な、取引リスト。
デルヴ鉱山へと向かう探索者が増える中、彼らはジャスパーがアズライトと引き換えに、共鳴器や安価な化石、そして闇を払う「フレア」や壁を破壊する「ダイナマイト」を売ってくれることを発見したのだ。
これにより、アズライトは単なる「燃料」ではなく、デルヴ鉱山で生き抜くための「通貨」としての価値をも持つことになった。
その報は、瞬く間にSeekerNetを駆け巡った。
アズライトの市場価格は、一夜にして、さらに10倍に高騰した。
そして、世界の探索者たちは、本当の意味で、その闇の底へと、その全てを賭ける覚悟を決めた。
新たな、そして最も深い、ゴールドラッシュ。
その、あまりにも静かで、そしてどこまでも熾烈な、競争の時代の幕開けだった。




