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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
国際冒険者育成プログラム編

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第355話

 その日のアメリカ合衆国、バージニア州アーリントンは、雲一つない快晴だった。

 ポトマック川の穏やかな水面が、夏の強い日差しを反射してきらきらと輝き、その向こう側には、首都ワシントンD.C.の白い記念碑群が、まるで世界の平和と繁栄を象徴するかのように、静かにそびえ立っていた。

 だが、そのあまりにも平和な風景の、すぐ足元。

 世界最強の軍事国家の心臓部、五角形の巨大な建物…国防総省、通称「ペンタゴン」の地下最も深く。外界のあらゆる物理的・電子的干渉から隔絶された最高機密の国際会議室では、世界の未来を左右する、静かな、しかしどこまでも熾烈な戦いが、始まろうとしていた。


 部屋の空気は、ひんやりと、そしてどこまでも張り詰めていた。

 磨き上げられたマホガニーの巨大な円卓。その中央には、地球のホログラムが静かに回転し、世界中のダンジョンゲートの活動状況を、青白い光の点でリアルタイムに表示している。

 テーブルに着いているのは、四つの国の、代表者たち。

 彼らの、その一挙手一投足が、今後の世界の勢力図を、そして未来の歴史を、決定づけることになる。


 議長席に近い、テーブルの片側を占めるのは、この新しい時代の、揺るぎない二人の「王」。

 日本の「超常領域対策本部」トップ、坂本純一郎特命担当大臣。その深い皺の刻まれた顔は、いつものように穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、相手の魂の奥底までを見透かすかのような、老獪な光が宿っていた。

 そして、アメリカの「ダンジョン経済戦略局(DESA)」トップ、ジェニファー・アームストロング長官。そのプラチナブロンドの髪と、寸分の隙もなく着こなされたシャープなスーツ。彼女の存在そのものが、この国の、圧倒的な力と、そして冷徹なまでの合理主義を、雄弁に物語っていた。


 そして、その二人の王と、対等な立場でテーブルの対面に座っているのが、今日の訪問者たちだった。

 韓国の、若き科学技術情報通信部長官、キム・ジフン。その鋭い眼差しには、IT大国としてのプライドと、そして何よりも、目の前の巨大なビジネスチャンスに対する、隠しきれない野心が燃え盛っていた。

 その隣には、中国の、国家ダンジョン管理局のトップ、王毅ワン・イー主任。その、まるで古代の賢者のような落ち着き払った佇まい。だが、そのテーブルの下で組まれた指は、この交渉の重要性を物語るかのように、微動だにしていない。

 彼らは、準ダンジョン先進国。

 日米に次ぐ、第三、第四の勢力。

 そして彼らは、このテーブルに、敗者としてではなく、明確な「提案」を持ってやってきていた。


「――本日は、お忙しい中、このような機会を設けていただき、心より感謝申し上げます」


 最初に、その重い沈黙を破ったのは、韓国のキム長官だった。

 彼の、流暢な英語。その声は、どこまでも明瞭で、そして自信に満ちていた。


「単刀直入に、申し上げます。坂本大臣、アームストロング長官。我々は、あなた方が二ヶ月半前に創設された、あの日米合同冒険者学校。その、あまりにも素晴らしいプロジェクトに、心からの敬意を表します」

 彼の言葉に、坂本とアームストロングは、表情を変えずに、ただ静かに耳を傾けていた。

「設立から、わずか二ヶ月半。そのあまりにも短い期間で、日本の朱雀(すざく)(みなと)君、そして我が国でも話題沸騰中のホリー・ミラー嬢といった、世界のメタゲームそのものを塗り替えかねない、規格外の才能が、すでにその頭角を現し始めている。その事実が、あなた方の教育システムの、圧倒的なまでの優位性を、何よりも雄弁に物語っています」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その顔に最高の、そしてどこまでもビジネスライクな笑みを浮かべて、その本題を切り出した。

「つきましては、我々も、その素晴らしいプロジェクトに、ぜひ参加させて頂きたい。僕達も、仲間に入れてほしいな♡」


 その、あまりにも直接的な、そしてどこまでも親しげな、提案。

 それに、会議室の空気が、わずかに揺れた。

 アームストロングの、その完璧だったはずのポーカーフェイスが、ほんの少しだけ、面白いゲームの始まりを予感したかのように、楽しげに歪んだ。

 坂本は、表情を変えない。ただ、その指先で、テーブルを、トン、と一度だけ叩いた。


 アームストロングが、そのシルクのように滑らかな、しかしどこまでも鋭利な声で、答えた。

「…ほう。興味深いご提案ですわね、キム長官。ですが、少し理解に苦しみますわ」

 彼女は、その美しい顔を、不思議そうに傾けた。

「あなた方には、あなた方のやり方があるはず。我が国も、そして日本も、誰の助けも借りずに、自らの血と汗で、今の地位を築き上げてきた。えー、自分達で個別にやったら?」


 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも意地の悪い、ジャブ。

 それに、キム長官の顔に、一瞬だけ影が差した。

 その、彼の窮地を救うかのように、これまで沈黙を保っていた、中国の王主任が、その重い口を開いた。

 彼の声は、静かだった。だが、その一言一言には、一つの巨大な国家の、そして数千年の歴史の、重みが宿っていた。


「…アームストロング長官。あなたの、おっしゃる通りです。我々も、当初はその道を検討いたしました。**その意見も、内部で出た。**ですが、我々は、この10年間の歴史から、一つのあまりにも重い教訓を、学んだのです」

 彼の視線が、ホログラムの地球儀…その、いまだに復興の途上にあるヨーロッパ大陸へと、向けられた。

「ダンジョンという、この新たな理の前では、一国のプライドなど、あまりにも無力である、と。ダンジョン関連なら、協調した方が良いかなぁと思って、こうしてお願いに上がった次第です」

「**実際、個別でやるのは、非効率的ですしね。**我々には、D-SLAYERSや、デザート・イーグルのような、経験豊富な教官がいない。あなた方が、10年かけて築き上げてきた、その貴重なノウハウも、ない。あなた方が設立した、あの学校は、その全ての問題を、あまりにもエレガントに解決している。我々は、ただその合理性に、投資したいのです」


 その、あまりにも正直な、そしてどこまでも現実的な、告白。

 それに、会議室は再び、静まり返った。

 キム長官と、王主任は、その視線を、坂本へと向けた。

 彼らは、知っていた。

 このテーブルの、本当のキングメーカーが、誰であるのかを。

 坂本は、その視線を受け止めると、ふっと、その口元に穏やかな笑みを浮かべた。

 そして彼は、その全ての判断を、隣に座る、もう一人の王へと、委ねた。


「…まあ、そりゃそうだけど。どうする、アメリカさん?」


 その、あまりにも老獪な、そしてどこまでも日本的な、パス。

 それに、アームストロングは、その青い瞳を、楽しそうに細めた。

(…面白い。この、老獪な狸…)

 彼女は、心の中で、そう呟いた。

 そして彼女は、その最高の、そしてどこまでもビジネスライクな笑顔で、その答えを告げた。

 その答えこそが、このアジアの、新たな秩序を決定づける、最初の設計図となった。


「いやー、別にうちは良いけど。」

 彼女は、そう言って、その場の空気を、一気に緩ませた。

 キム長官と、王主任の顔に、安堵の色が浮かぶ。

 だが、アームストロングの、本当の「交渉」は、ここからだった。

「ですが、条件がありますわ」

 彼女は、ホログラムの地球儀を、その指先で操作し、アジア大陸を、拡大させた。

「あなた方の国から、日本は、あまりにも近い。**一番近いの、日本だから。**もし、あなた方が独自の冒険者学校を設立すれば、それは、いずれ我々の学校の、強力なライバルとなるでしょう。それは、あまりにも非効率的。そして、無用な競争を生むだけですわ」

 彼女は、そこで一度言葉を切ると、その究極の、そして拒否を許さない「提案」を、そのテーブルへと叩きつけた。


「だから、こうしましょう。あなた方は、独自の学校は設立しない。その代わり、日本に、留学生として、大量の学生冒険者派遣するというのは、どう?」


 その、あまりにも大胆不敵な、そしてどこまでもアメリカ的な、提案。

 それに、キムと王の、その顔が、驚愕に染まった。

 だが、アームストロングは、その動揺を意にも介さず、続けた。


「もちろん、あなた方だけではないわ。**あと、アメリカの学生も、送り込みたいし。**つまり、日本の冒険者学校を、このアジア太平洋地域における、唯一無二の『国際的な教育ハブ』とするのです」

「そうすれば、あなた方にとっては、**日本の最高のノウハウも頂けて、そして育った探索者たちが、後々自国にも資源を持ち帰る事も出来る。**我々アメリカにとっても、優秀な人材を、一つの場所で、効率的に育成できる。そして、日本にとっては、アジアにおける、絶対的な教育的・文化的覇権を、その手にすることができる」

 彼女は、そう言うと、最後に坂本へと、その悪戯っぽい視線を向けた。

「まあ、その分、日本の負担は増えるでしょうけど。そのリスクを、あなた方が受け入れるというのなら、我々に、異存はありませんわ」

 そして彼女は、再びキムと王へと向き直った。

「ダンジョンは、資源が無限だから、良いけど。この案、どう?」


 その、あまりにも完璧で、そしてどこまでも計算され尽くした、究極のWin-Win-Winの提案。

 それに、キムと王は、もはや言葉を失っていた。

 彼らが、当初望んでいたもの。

 それは、ただの「仲間入り」だった。

 だが、アメリカが提示してきたのは、その遥か上を行く、巨大な「共同事業」への、参加権だったのだ。

 特に、彼らの心を揺さぶったのは、その最後の、甘い響きだった。

「日本の市場」。

 それは、今、この世界で最も成熟し、そして最も巨大な、ダンジョン経済圏。

 そのテーブルに、相乗りできる。

 その、あまりにも甘美な誘惑。

 それに、彼らが抗えるはずもなかった。


「……是非も、ありません」

 王主任が、その震える声で、答えた。

「日本という市場に、相乗り出来るなら、大歓迎するよ」

「ええ!我々も、もちろんです!」

 キム長官もまた、その興奮を隠しきれない様子で、続いた。


 その、あまりにもあっけない、しかしどこまでも歴史的な、合意。

 それに、坂本は、その顔に穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに、そして深く頷いた。

「――じゃあ、そういう事で」

 彼の、その静かな一言。

 それが、このアジアの、新たな時代の幕開けを告げる、ゴングとなった。



 その日の夜。

 ペンタゴンでの、歴史的な合意の報。

 それは、瞬く間に世界中を駆け巡った。

『日米韓中、四カ国共同による、国際冒険者育成プログラム、始動』

 その、あまりにも衝撃的なニュース。

 それに、SeekerNetの掲示板は、お祭り騒ぎとなった。


『マジかよ!』

『日本の、冒険者学校に、アメリカと、韓国と、中国の、エリートたちが集結するのかよ!』

『やべえ!これ、もうただの学校じゃねえ!世界の、最強を決める、天下一武道会じゃねえか!』



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