第37話
神崎隼人は、E級ダンジョン【毒蛇の巣窟】の薄暗く湿った小部屋で、深く息を吐き出した。
壁に背中を預け、汚れた石の床に足を投げ出す。
全身が、悲鳴を上げていた。
【古龍蛇 バジリスク】との死闘。
それは、彼の肉体と精神を限界まですり減らしていた。
勝利の高揚感はすでに波のように引き、後に残されたのは、心地よい疲労感と、そして確かな安堵感だけだった。
彼の目の前のARウィンドウには、レベルアップを祝福する黄金の文字が、まだ残っている。
レベル7。
そして、新たに手に入れた2ポイントのパッシブスキルポイント。
それは、あの死線を乗り越えた彼への、確かな報酬だった。
「…さてと」
彼は気だるげに体を起こすと、ARカメラの向こう側にいる、彼のショーを最後まで見届けてくれた観客たちに、語りかけた。
「今日のメインイベントは終わりだ。ここからは、お前らとだらだら雑談しながら、今後の身の振り方を考えるとするか」
その言葉に、これまで緊張と興奮で張り詰めていたコメント欄の空気が、ふっと和らいだ。
視聴者A: お疲れ様、JOKERさん!
視聴者B: いやー、本当に死ぬかと思った…。
視聴者C: レベル2アップ、おめでとう!
視聴者D: 雑談タイムきた!待ってたぜ!
隼人はその温かいコメントを眺めながら、インベントリから一本の真新しい【ライフフラスコ】を取り出し、そのチャージを満タンにするために、近くにいた数体のゴブリンを、いつものように「作業」として処理していく。
そして彼は、本日の最初の議題を切り出した。
「レベルアップでパッシブポイントを2ポイント貰った。お前らなら、これどこに振る?」
その問いかけを待っていましたとばかりに、コメント欄は再び熱を帯びた議論の場へと変わっていった。
『筋力系のノードを取って、火力を上げるべきだ!』
『いや、ここは防御を固めるべきだろ。ブロック率上昇とかどうだ?』
『クールダウン短縮を取って、必殺技の回転率を上げるのも面白い!』
無数の提案。
だが、そのほとんどは隼人の心を動かすには至らなかった。
今回のバジリスク戦で、彼が痛感した課題。
それは、火力でも防御でもない。
もっと根本的な、「安定性」の欠如だった。
彼のプレイヤースキルに依存しすぎている、綱渡りの戦い方。
それを改善するためには、何が必要か。
彼の脳裏に、一つの答えが浮かび上がっていた。
その彼の思考を見透かしたかのように、コメント欄に一つの重い言葉が投じられた。
それは、あの歴戦のベテランプレイヤー…**『元ギルドマン@戦士一筋』**からのアドバイスだった。
元ギルドマン@戦士一筋: JOKER、お前、今回の戦いで何が一番きつかった?
その問いかけに、隼人は即答した。
「…HPの減りだな。リジェネが、全く追いつかなかった」
元ギルドマン@戦士一筋: そうだろう。お前の指輪【混沌の血脈】がもたらす、毎秒15HPの自動回復。あれは、確かに強力だ。だが、それはあくまで**「固定値」**の回復でしかない。
固定値。
その言葉に、隼人はハッとした。
元ギルドマン@戦士一筋: 固定値の回復は、レベルが低いうちは絶大な効果を発揮する。だが、お前がこれからD級、C級とステージを上げていくにつれて、敵の一撃は重くなり、お前の最大HPもどんどん増えていく。そうなった時、毎秒15という数字は、誤差程度の意味しか持たなくなる。
その的確な指摘。
それは、隼人が漠然と感じていた不安の正体を、完璧に言語化したものだった。
そうだ、俺はいつまでもこの指輪の回復能力に、頼り切ることはできないのだ。
元ギルドマン@戦士一筋: だから、俺がお前に提案するのは一つだ。お前のパッシブツリーを開いてみろ。戦士のスタート地点から、少し下に行ったあたり。そこにあるはずだ。**『生命の泉』**と呼ばれる、キーストーンがな。
隼人はその言葉に導かれるように、自らのパッシブスキルツリーを表示させた。
広大な、星空。
そして、彼はそれを見つけ出した。
ひときわ力強く、そして生命力に満ちた輝きを放つ、一つの巨大な星。
====================================
キーストーン・パッシブ: 【生命の泉】
効果:
最大HPが、10%増加する。
毎秒、最大HPの1.6%を、自動で回復する。
その効果を見た瞬間、隼人の脳内に電流が走った。
毎秒、最大HPの1.6%を回復。
それは、固定値ではない。
自らの最大HPに**「依存」し、その価値が変動する、パーセンテージでの回復。
つまり、「スケール」**する能力。
元ギルドマン@戦士一筋: 分かったか、JOKER。それは、固定値じゃねえ。お前の最大HPが増えれば増えるほど、その回復量も、雪だるま式に増えていくんだ。
ハクスラ廃人: そういうことだ!例えば、お前の今の最大HPが300だとする。その1.6%なら、秒間約5回復。大したことねえな。だが、お前のレベルが上がり、装備が揃い、最大HPが3000になった時を想像してみろ。その1.6%は、秒間48回復だ。ライフフラスコを、常に飲み続けているのと同じ状態になる。
ベテランシーカ―: まさに、後々になるほどその恩恵が絶大なものになっていく、大器晩成型のスキルです。今のうちにこれを取っておくかどうか。それが、一流の戦士と二流の戦士を分ける、最初の分岐点ですよ。
彼らの、熱のこもった力説。
それは、隼人の心を、完全に捉えていた。
これだ。
俺が求めていた答えは。
プレイヤースキルに頼らない、システム的な「安定性」。
そして、未来への「投資」。
これ以上に、完璧な回答があるだろうか。
「…なるほどな。面白い」
隼人は、深く頷いた。
「固定値の目先の利益に飛びつくんじゃなく、スケールする未来の可能性に賭ける。…ギャンブルの基本だな」
彼は、ARカメラの向こうのベテランたちに、静かに礼を言った。
「あんたらの、おかげで道が見えた。感謝する」
彼は、迷わなかった。
新たに手に入れた2ポイントのパッシブスキルポイント。
その全てを、このキーストーン【生命の泉】へと繋がるルート上の、小さなノード(最大HP+5%)へと注ぎ込んだ。
そして、彼はその究極の星へと手を伸ばした。
『キーストーン・パッシブ【生命の泉】を習得しますか?』
『――ああ』
彼が脳内でそう応えた瞬間。
彼のパッシブツリーの星空に、一つの力強い光の道筋が描かれた。
そして、彼の全身を、これまでにないほど力強い生命のオーラが包み込んでいく。
彼のステータスウィンドウに表示されたHPの自動回復量が、確かな変化を見せていた。
これで、彼のビルドはまた一つ、新たなステージへと進化した。
だが、彼の渇望は、満たされるどころか、むしろさらに増していた。
そうだ、安定性は手に入れた。
だが、これだけでは足りない。
あのバジリスクとの死闘。
あのギリギリの戦いを、もっと圧倒的に、そしてもっとスマートに制するためには、何が必要か。
彼の脳裏に、新たな、そしてより貪欲な欲望が、渦巻き始めていた。
名前神崎 隼人 / JOKER
レベル7
クラス戦士 Lv.4
HP392 / 392 (基礎250 + 装備補正65) × 1.24
MP60 / 60 (予約: 0)
筋力 (Strength)25
体力 (Constitution)27
敏捷 (Dexterity)17
知性 (Intelligence)12
精神 (Mentality)11
幸運 (Luck)??
ステータスポイント残り: 25
パッシブスキルポイント残り: 0
ユニークスキル【複数人の人生】複数のビルドを保存・切り替え可能。
【運命の天秤】確率を操作し、奇跡的な結果を生み出す。
クラススキル 【パワーアタック Lv.1】次の近接攻撃の威力を150%に上昇させる。
【挑発 Lv.1】
【不屈の魂 Lv.1】HPが35%以下になった時、一度だけデバフを全解除し、短時間物理ダメージを軽減。
カスタムスキル 【無限斬撃】(ヘビーストライク + マナ・リーチ + 近接物理ダメージ増加 + 速度増加)
【衝撃波の一撃】(パワーアタック + 衝撃波 + 残虐 + 気絶)
【鉄壁の報復】(パリィ + ガード時にライフ回復 + リポスト + クールダウン短縮)
オーラスキル 【元素の盾 Lv.10】周囲の味方の全属性耐性+26%。(【清純の元素】により付与)
武器 無銘の長剣隻眼の老人から購入した、バランスの良い長剣。
頭【傷だらけの鉄兜】HP+20
胴【焼け焦げた胸当て】火耐性+5%
手【万象の守り】攻撃速度+15%、全属性耐性+25%
足【使い古された革のブーツ】移動速度+8%
首輪【清純の元素】全属性耐性+5%、HP+40、スキル【元素の盾 Lv.10】付与
指輪 (左)【元素の円環】【元素の盾】のMP予約コストを100%減少させる。
指輪 (右)【混沌の血脈】攻撃に15-30混沌ダメージ追加、毎秒15HP自動回復。
ベルト フラスコホルダー付きベルト




