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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
運命の赤い糸電話編

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第346話

 その日、世界は一つの恋物語に、固唾を飲んでいた。

運命(うんめい)(あか)糸電話(いとでんわ)】。

 その、あまりにもロマンチックな神話級アーティファクトが、世界で最も冷徹な男…スターリング・ダイナミクス社CEO、アーサー・スターリングの手に渡ってから、数週間が経過していた。

 当初、彼が豪語した「究極のビジネスパートナー探し」。その続報を、世界中のメディアが血眼になって追い求めていた。だが、スターリングの沈黙は、鉄壁だった。

 唯一、世界の探索者たちがその進捗を知る手がかりは、週に一度放送される、あの番組だけだった。


【ライブ!ダンジョン24】。

 その日の放送もまた、高島玲奈アナウンサーの、期待感を煽る言葉で始まった。

「皆さん、こんばんは!今夜も、世界中が注目しています!スターリングCEOの『運命のパートナー』探しの行方!ギルド関係者への独自の取材によりますと、**両者は現在、水面下で極秘の交渉を続けている模様です!**一体、どんな超大型契約が結ばれようとしているのでしょうか!?」

 その言葉に、スタジオのゲストたちが、そしてお茶の間の視聴者たちが、それぞれの憶測を繰り広げる。

 だが、その裏側で。

 真実は、彼らの想像を遥かに超える、あまりにも静かで、そしてどこまでも温かい場所で、紡がれていた。


 夜の、11時。

 アメリカ、デラウェア州。スターリング・ダイナミクス社の、巨大な本社ビル。その最上階、一切の光を通さない特殊なガラスで覆われたCEOの執務室。アーサー・スターリングは、その巨大な黒檀のデスクの前で、一人、静かにその時を待っていた。

 彼の目の前のホログラムモニターには、世界の株価、為替、そして各地の紛争地帯のリアルタイムの戦況が、無機質な数字と記号の羅列となって、絶え間なく流れ続けている。

 だが、彼の意識は、そこにはなかった。

 彼は、ただ一点。

 デスクの上に置かれた、一つの、あまりにも場違いな紙コップだけを、見つめていた。

 やがて、その紙コップが、ふわりと、淡い光を放った。

 合図だった。

 彼は、モニターの情報を全てオフにすると、まるで聖杯でも扱うかのように、その紙コップを、そっと手に取った。そして、その耳へと、当てた。


『…もしもし?スターリングさん?聞こえますか?』


 その瞬間、彼の、その鋼鉄の仮面のような表情が、わずかに、しかし確かに緩んだ。

 彼の耳に届いたのは、地球の裏側、日本の北海道から届く、一人の若い女性の、どこまでも優しく、そしてどこまでも穏やかな声だった。

 森野悠。

 彼が、この数週間、その声だけを頼りに、対話を続けてきた、唯一の人間。


「ああ、聞こえているよ、ミス・モリノ」

 スターリングの声は、いつものような、全てを支配する王のそれではない。

 ただの、一人の男の、それだった。

「今日の、君の世界の話を、聞かせてくれないか」


 そこから始まったのは、交渉ではなかった。

 ただの、他愛のない、雑談。

 彼は、その日成立させた、数十億ドル規模のM&A(企業買収)の、その冷徹な手口について語った。

 彼女は、今日生まれたばかりの、エゾシカの赤ん坊の、そのか細い鳴き声について語った。

 彼は、地政学的リスクを回避するための、ドローンによる国境監視システムの、その効率性について語った。

 彼女は、怪我をしたシマフクロウの翼を治療するために、森の奥深くで、特別な薬草を探し回った、その一日の冒険について語った。

 あまりにも、噛み合わない会話。

 あまりにも、生産性のない時間。

 だが、スターリングは、気づいてしまっていた。

 この、何の利益も生まない、非合理的な会話の時間こそが、彼の乾ききった人生の中で、唯一「安らぎ」を感じられる瞬間なのだと。


 その、世界の裏側で繰り広げられる、あまりにも奇妙で、そしてどこまでも尊い茶番劇。

 それを、一人の男だけが、その本質を、完全に見抜いていた。


【配信タイトル:【世界の茶番劇】鋼鉄の王は、小鳥のさえずりに恋をするか?】

【配信者:JOKER】


 その日のJOKERの配信は、いつにも増して、悪意と、そしてどこか優しさに満ちていた。

 彼は、自らのダンジョン攻略の手を止め、ただひたすらに、『ライブ!ダンジョン24』の、スターリングCEO特集を、数十万人の観客と共に、高みの見物を決め込んでいた。


「はっ、ビジネスパートナー探しね。建前はご立派だが、あのCEOの目、ありゃあ嘘をついてる人間の目じゃねえ。」

 JOKERは、タバコの煙を吐き出しながら、吐き捨てるように言った。

「あれは、本気だ。本気で、自分と同じ、冷徹で、強欲で、そして孤独な化け物を、探してやがる。自分の帝国を、さらに大きくするためだけの、最高の『部品』をな」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その口元に、全てを嘲笑うかのような、獰猛な笑みを浮かべた。

「だがな、残念だったな。あの糸電話が繋ぐのは、損得勘定じゃねえ。魂の、片割れだ。」

「…まあ、俺の予想じゃ、どうせ真逆の、お花畑みてえな奴にでも繋がって、人生観変えられちまうんだろうよ」


 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも不遜な予測。

 それに、コメント欄が、爆発した。


『wwwwwwwwwwww』

『またまた始まったw』

『予言者JOKERw』

『お花畑みてえな奴www言い方www』


 その、熱狂の中心で。

 運命の歯車は、JOKERの予言通りに、いや、彼の予言を、遥かに超える速度で、回り始めていた。



 そして、運命の日が来た。

 最初の対話から、一ヶ月後。

 アーサー・スターリングは、全世界に向けて、一つの声明を発表した。

『――私の、パートナー探しの結論が出た。その発表を、日本のテレビ番組、【ライブ!ダンジョン24】の、生放送のスタジオで行う』

 彼は、そのあまりにもプライベートな結論を、世界の全てに晒すことを選んだのだ。

 そして彼は、糸電話の向こう側の、まだ顔も知らない、その声の主を、その運命の舞台へと、招待した。

 世界は、熱狂した。

 その日の【ライブ!ダンジョン24】の視聴率は、歴史上のあらゆる記録を、塗り替えることになる。


 番組のクライマックス。

 スタジオの空気は、これまでにないほどの、神聖なまでの緊張感に包まれていた。

 高島玲奈アナウンサーの声が、震えている。

「――それでは、お呼びしましょう!アーサー・スターリングCEOが、その魂の全てを賭けて探し出した、究極のパートナー!…どうぞ!」

 厳重な警備の中、スタジオの巨大な扉が、ゆっくりと開かれた。

 そして、その光の中から、一人の女性が、姿を現した。

 彼女は、森野悠だった。

 その身を包んでいるのは、高価なドレスではない。彼女が、普段から森で着ている、洗いざらしの木綿のシャツと、カーゴパンツ。

 その、あまりにも素朴な普段着のまま、彼女は、そこにいた。

 華やかなスタジオに、あまりにも不釣り合いな、しかし、その背筋は凛と伸び、その瞳には、一切の臆する色のない、ただ静かな、そしてどこまでも力強い佇まい。


 スタジオの、全ての人間が、息を呑んだ。

 アーサー・スターリングが、その玉座のような椅子から立ち上がり、彼女の元へと、ゆっくりと歩み寄っていく。

 鋼鉄の王と、森の妖精。

 その、あまりにも対照的な二人が、世界の中心で、初めて、その視線を交差させた。

 そして、スターリングは、世界の数億人が見守る中、その巨大な体を折り曲げ、深々と、その若い女性に、頭を下げた。

 そして、彼は、この日のために、何百回、何千回と練習したのであろう、カタコトの日本語で、その最初の言葉を、紡ぎ出した。


「ハ…ハジメマシテ。ワタシハ、アーサー・スターリング、デス。」

「…アナタノ、ハナシヲ、キカセテクダサイ」


 その、あまりにも不器用な、しかしどこまでも真摯な一言。

 それに、スタジオと、世界中のお茶の間は、涙と感動の渦に包まれた。

 ミカは、その場で号泣し、田中健介氏もまた、その眼鏡の奥で、静かに目頭を押さえていた。


 同時刻、その光景を実況していたJOKERの配信のコメント欄は、爆発的な賛辞で埋め尽くされていた。


『うおおおおおおおおおお!!!!』

『泣いた…。俺、今、泣いてる…』

『ビジネスパートナー(物理)じゃなくて、人生のパートナーだったか…』

『待てよ…。ってことは…』

『またまたJOKERの予想が当たったな!』

『「真逆のお花畑みてえな奴に繋がる」って、完璧に予言してやがった!』

『やっぱりこの男、人の心を読むことにかけては神だな!』


 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも予言者めいた、JOKERへの賞賛の嵐。

 だが、その熱狂の、まさにその中心で。

 配信画面の向こう側で、JOKERは、ただ静かに、タバコの煙を吐き出していた。

 彼の視線は、コメント欄にはない。

 ただ、モニターに映る、あまりにも幸せそうな、あの二人の姿だけを、見つめていた。

 アーサー・スターリングの、あの鋼鉄の仮面が完全に剥がれ落ち、ただの、恋する男の、どうしようもなく幸せそうな、その顔を。

 そして、彼はポツリと、こう呟いた。

 その声は、彼の配信の、どのコメントよりも、静かで、そして重かった。


「…はっ。俺の予想は、外れたな。」

「…あんな顔、できるのかよ、人間は」


 その、彼の珍しく素直な敗北宣言は、この歴史的な一夜の、最高の締めくくりとなった。

 彼は、確かに、その出来事の「結末」は、予言した。

 だが、その結末がもたらす、人の心の、そのあまりにも温かく、そしてどこまでも尊い「輝き」までは、予測することができなかったのだ。

 その、あまりにも人間的な敗北感。

 それが、彼の、ギャンブラーとしての魂を、さらに次の、新たなステージへと、引き上げていくことになる。

 そのことを、まだ、彼自身だけが、知らなかった。



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