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ギャンブル中毒者が挑む現代ダンジョン配信物  作者: パラレル・ゲーマー
運命の赤い糸電話編

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360/491

第345話

 その日の夜、日本中が、いや世界中が、一つのテレビ番組に釘付けになっていた。

 土曜日の午後10時。東京、湾岸エリアにそびえ立つ、民放最大手テレビ局の巨大なスタジオ。その一角は、これまでにないほどの熱狂と、そしてどこまでも純粋な好奇心に満ちていた。

『ライブ!ダンジョン24』。

 その日の放送は、もはやただのワイドショー番組ではなかった。

 一つの、神話の始まりを目撃するための、世界でただ一つの特等席だった。


 スタジオは、本番特有の華やかで、しかしどこか張り詰めた空気に包まれている。無人のカメラが、油を流すように滑らかにスタジオ内を移動し、天井に設置された何百というLEDライトが、演者の顔に完璧な光を当てていた。

 メインキャスターを務める高島玲奈は、その美しい顔に、プロフェッショナルな笑みの下に隠しきれない、純粋な興奮の色を浮かべていた。彼女は、手元のタブレットに表示された台本を、もはや何度目になるか分からないほど、確認している。

 ゲスト席には、いつものように元ギルド幹部であり、ダンジョン経済評論家の第一人者である田中健介氏と、主婦層から絶大な人気を誇るタレントのミカが座っていた。彼らの表情もまた、緊張と期待で硬直していた。


「――皆さん、こんばんは!『ライブ!ダンジョン24』、今夜も始まりました!」

 玲奈の、そのいつもより数段張りのある声が、お茶の間のスピーカーから響き渡る。

「さて、今夜は番組の構成を大幅に変更してお届けいたします。先週、我々の目の前で繰り広げられた、あの歴史的オークション。世界の全てを熱狂の渦に叩き込んだ、神話級アーティファクト【運命(うんめい)(あか)糸電話(いとでんわ)】。その、あまりにもロマンチックで、そしてあまりにも謎めいた奇跡の道具を、4兆8000億円という、もはや天文学的ですらない金額で落札した、あの人物。彼が、今夜、ついに我々の独占取材に応じてくれました!」


 彼女の言葉に、スタジオが、そしてSeekerNetの実況スレッドが、一斉に沸き立った。


『きたあああああああ!』

『独占取材!マジかよ!』

『あのCEO、テレビに出るのか!』


 玲奈は、その熱狂を、プロの技術で制しながら、続けた。

「それでは、早速ご覧いただきましょう!アメリカに本拠を置く、世界最大手の民間軍事会社、スターリング・ダイナミクス社CEO、アーサー・スターリング氏。鋼鉄の王と恐れられる、この時代の最も冷徹な合理主義者。彼が、なぜ、あの糸電話を求めたのか。その真実が、今夜、初めて明かされます!」


 彼女の、そのあまりにもドラマチックな紹介と共に、スタジオの照明が落とされ、背後の巨大なモニターに、VTRが映し出された。

 そこに映し出されていたのは、どこまでも無機質で、そしてどこまでも権威的な、一つの空間だった。

 床も、壁も、天井も、全てが磨き上げられた黒曜石でできている、広大な役員室。窓の外には、スターリング・ダイナミクス社が誇る、最新鋭の兵器開発工場の、機能的な、しかしどこか殺風景な夜景が広がっている。

 そして、その部屋の中央。

 巨大な黒檀のデスクの前に、一人の男が、深く腰掛けていた。

 アーサー・スターリング。

 60代前半であろうか。その、プラチナブロンドの髪は、寸分の狂いもなく整えられ、その身を包んでいるのは、イタリア製の、しかし軍服のような、絶対的な威圧感を放つ、チャコールグレーのスーツ。その顔に刻まれた深い皺は、彼が潜り抜けてきた数多のビジネスという名の戦場を物語っていた。

 彼の背後には、彼の会社が開発した、次世代型の戦闘ドローンや、パワードスーツのホログラムが、静かに、しかしどこまでも雄弁に、その力を誇示していた。


 インタビュアーの、緊張した声が響く。

「――スターリングCEO。本日は、お忙しい中、誠にありがとうございます。世界中が、知りたがっています。なぜ、あなたが…」

 その言葉を、スターリングは、その右手を軽く上げることで、制した。

 彼は、その氷のように冷たい、しかしどこまでも鋭い青い瞳で、カメラの、そのさらに奥。世界中の視聴者たちを、真っ直ぐに見つめ返した。

 そして彼は、その重い口を、ゆっくりと開いた。

 その声は、地を這うように低く、しかし、この星の隅々にまで届くかのように、力強かった。


「――なぜ、私が糸電話に5兆円近い金を投じたか。答えはシンプルだ」


 彼の、その第一声。

 それが、この歴史的な告白の、始まりの合図だった。


「私は、究極のビジネスパートナーを探している。私のこの帝国を、さらに次の次元へと引き上げるための、私と同じ冷徹な合理性と、野心を持った、もう一人の『私』をだ。世界の隅々を探しても、私の眼鏡に適う人間は見つからなかった。ならば、答えは一つ。この世界の理の外側に、その答えを求めるしかない」

 彼は、そこで一度言葉を切ると、その口元に、わずかな、しかし絶対的な自信に満ちた笑みを浮かべた。

「このアーティファクトは、そのための、最も効率的な投資だ。5兆円で、私の帝国を100兆円、あるいは1000兆円の規模へと引き上げる、最高の『駒』が手に入るのだからな。これほど、割の良いギャンブルは、ないだろう?」


 その、あまりにも傲慢な、そしてどこまでも合理的な、独白。

 それに、スタジオのミカが、その顔をわずかに引きつらせている。田中健介氏もまた、そのあまりにも剥き出しの資本主義の論理に、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 VTRは、続く。

 インタビュアーが、次の質問を投げかける。

「では、CEO。その…『儀式』を、我々に見せていただくことは…」

「構わんよ」

 スターリングは、あっさりと頷いた。

「世界に見せつけてやろう。本当の『力』とは、何なのかをな」


 彼は、ゆっくりと立ち上がると、デスクの上に置かれた、一つのアタッシュケースを開けた。

 中には、厳重なクッションに守られるようにして、あの【運命(うんめい)(あか)糸電話(いとでんわ)】が、静かに鎮座していた。

 彼は、その片方の紙コップを、まるで聖杯でも扱うかのように、慎重に、しかし確かな手つきで、その手に取った。

 そして彼は、その目を閉じた。

 取材クルーが見守る中、彼は、その魂の本質を、その糸電話へと、注ぎ込み始めた。

 彼が、その心に強く念じたのは、ただ四つの、あまりにも無機質で、そしてどこまでも力強い、概念だった。


「――野心」

「――合理性」

「――力」

「――支配」


 彼が、その最後の言葉を念じ終えた、その瞬間。

 彼の手にあった紙コップが、淡い、しかし絶対的な黄金の光を放った。

 そして、その光に呼応するかのように。

 アタッシュケースの中に残されていた、もう片方の糸電話が、ふわりと宙へと浮かび上がり、そして空間に溶けるように、掻き消えるように、その姿を消滅させたのだ。

 その、あまりにも神々しい、そしてどこまでも非現実的な光景。

 それに、その場にいた全ての人間が、息を呑んだ。

 VTRは、そこで終わった。


 スタジオの照明が、ゆっくりと元の明るさを取り戻す。

 高島玲奈が、その興奮を隠しきれない様子で、言った。

「――ご覧いただけたでしょうか!今、まさに、運命の歯車が、動き始めました!スターリングCEOが放った、もう片方の糸電話は、一体、世界のどこに現れたのか!?」

 彼女の背後の、巨大な世界地図。その、日本の、北海道を示す一点が、赤いランプで、激しく点滅を始めた。

「糸電話は、日本のどこかに出現した模様です!我々は、現地クルーと連携し、その行方を追い続けます!」

 彼女の、そのあまりにも期待感を煽る一言と共に、番組はCMへと突入した。

 その、あまりにも劇的な展開に、世界中が、固唾を飲んで、その続きを待っていた。



 場面は、日本の北海道、大雪山の麓にある、小さなNPO法人が運営する絶滅危惧種保護センターへと移る。

 そこは、世界の喧騒が、嘘のような場所だった。

 ひんやりとした、そしてどこまでも澄み切った空気が、針葉樹の森を優しく撫で、遠くからは、雪解け水の、清らかなせせらぎの音だけが聞こえてくる。

 その、あまりにも平和な光景の中。

 巨大な飼育ケージの中で、一人の若い女性が、その優しい眼差しを、一羽の、小さな命へと注いでいた。

 彼女の名は、森野悠もりの ゆう。24歳。

 都会の喧騒を嫌い、この北の大地で、絶滅の危機に瀕したシマフクロウの保護活動に、その半生を捧げている、若き研究者だった。

 彼女の、その細い指先から、刻まれた魚の切り身が、一羽の、まだ飛ぶこともままならないシマフクロウのヒナの、その小さな嘴へと、そっと運ばれていく。

 ヒナは、その餌を、夢中で啄んだ。

 その、あまりにも尊い、生命の営み。

 それに、悠の口元に、自然と、母親のような、温かい笑みが浮かんだ。

 彼女の幸せは、常に、この場所にあった。


 その、あまりにも穏やかな、そしてどこまでも尊い日常。

 それが、一つの、あまりにも唐突な、そしてどこまでも場違いな「来訪者」によって、破られることになる。

 ぽとり。

 彼女の、その足元。

 青々と茂る苔の上に、一つの、古びた紙コップが、音もなく落ちてきたのだ。

 それは、まるで天から降ってきたかのように、あまりにも唐突に、そこに現れた。

 そして、その紙コップと、ケージの外に転がる、もう一つの紙コップが、一本の、美しい赤い糸で結ばれていた。


「…え…?」


 悠は、そのあまりにも非現実的な光景に、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 いたずらか?

 だが、この保護センターは、一般人の立ち入りが厳しく制限されているはずだ。

 彼女は、そのあまりにも場違いな物体に困惑しながらも、恐る恐る、その古びた糸電話を、その手に取った。

 紙コップは、どこか温かい。

 そして、その赤い糸は、まるで生き物のように、微かに、脈打っているように感じられた。

 彼女は、その赤い糸の、その先に、何かとてつもなく巨大な、そしてどこまでも異質な「何か」が、存在していることを、本能で感じ取っていた。

 そして彼女は、まるで何かに導かれるかのように、その紙コップを、自らの耳へと、そっと当てた。


 その瞬間だった。

 彼女の、その魂の、最も奥深く。

 一つの、威厳のある、しかしどこまでも冷たい男の声が、直接、響き渡ったのだ。


「――接続を確認した。名乗れ。君の持つ資産と、戦略的価値を、簡潔に述べよ」


 その、あまりにも無慈悲な、そしてどこまでも一方的な、問いかけ。

 それに、悠の、その大きな瞳が、恐怖と、そしてそれ以上に大きな困惑に、見開かれた。

 彼女は、その震える唇で、こう答えるのが、精一杯だった。


「…も、もしもし?あの…あなたは、どなたですか…?」

「…ここは、シマフクロウの、保護区ですけど…?」


 その、あまりにも純粋な、そしてどこまでも世界の常識からかけ離れた、答え。

 その言葉が、赤い糸を通じて、地球の裏側、アメリカの、あの鋼鉄の王の元へと届いた時。

 彼の、その完璧だったはずのポーカーフェイスが、生まれて初めて、純粋な「絶句」の色に染め上げられたことを。

 まだ、森野悠は、知る由もなかった。

 世界の、二つの、あまりにも対照的な魂が、今、確かに、一つの赤い糸で結ばれた。

 その、あまりにも奇妙で、そしてどこまでも美しい、物語の始まりだった。



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